ヒロインに婚約破棄された悪役令息

久乃り

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第25話 ものには順番というものがある

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「もちろん、一番最初に試すのはこの僕です」

 ひとしきり静寂を取り戻した広間にフィルナンドの声が響いた。もちろん新しいポーションであるから、効果効能を確認しなくてはならないわけで、当然試すとなれば男の体で試さなくてはならないわけだ。

「どういうことだ!」
「上位貴族からが筋だろう」
「王家に献上しないつもりか」

 フィルナンドの言葉を聞いて、広間に集まった貴族たちが騒ぎ出した。どこの貴族家庭も同じ悩みを抱えているのだ。それ故の怒号だということぐらいフィルナンドはもちろん理解している。が、そんなことは想定内なので一切気にかけることなんてない。

「うるさいなぁ、もぉ」

 フィルナンドがそう発したことで余計に苛立ったのは前列に居座る上位貴族。すなわち侯爵という肩書きを持つ人達だ。

「貴様、我がギンデル侯爵家が最初ではないのか!聖女の生家なんだぞ」

 抗議の声を最初にフィルナンドに伝えてきたのはあろうことかマルティンの父親であるギンデル侯爵だった。それを見て、呆れたのはもちろんマルティンであり、フィルナンドは思いっきり侮蔑の感情を顕にした。

「何言ってんの?寝言は寝てから言いなよ。ポーションを作るのはこの僕。だから誰に売るとか売らないとか、決めるのは当然僕だよ。聖女の生家?ふざけんなよ。マルティンのことを追い出しておいてさぁ」

 胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで睨み合う両者を諌めたのはマルティンであった。

「フィル、落ち着け」

 耳元でフィルナンドに囁くと、そのまま抱き寄せるようにして顔を自分の胸に埋もれさせた。白いフワフワとした衣装であるから、特に怪我などはしないはずである。

「お静かに」

 ここにいる貴族たちは当然ながら、マルティンがアンテレーゼとの婚約破棄からの廃嫡を国王から言い渡されていることを知っているのだ。このままでは自分の父親が悪者になってしまう。もちろん廃嫡されたことはストーリー上のことだからマルティンは父親を恨んでなんかいないのだ。むしろ好きなだけ金を使わせてくれたことに感謝している。高価な浄化の魔石を持ち出したし、大金を使って作らせた魔法カバンも持ち出している。そのことについて咎められていないし、没収も未だにされてはいない。要するに父親は侯爵として国王に忠実なだけなのである。言われたから従っただけなのだ。特別非がある訳ではない。少なくともマルティンはそう思っているし、アンテレーゼと婚約を破棄してくれた国王にだって感謝しているぐらいである。何しろアンテレーゼの中の人はマルティンが前世で大嫌いだった妹でほぼ確定なのだから。

「ぉ、私が廃嫡されたことは皆様ご存知かとは思いますが、全ては私が聖女になるための試練だったのです。ギンデル侯爵家の嫡男のままでは聖女にはなれませんでした。もちろん、私が聖女になるための試練を乗り越えられたのは私一人の力ではなく、このフィルナンドのお陰なんです。フィルナンドの持っているこの本は、じつはギンデル侯爵家の書庫に眠っていたものでした。私が勝手に持ち出しフィルナンドに託した物なのです。ですから、フィルナンドが最初に男の子宮の機能を回復させるポーションを試すのは至極当然のことです。もちろん、本の出処であるギンデル侯爵家に寄贈するのは当たり前だと考えています」

 そう言いながら、マルティンはフィルナンドが余計なことを口走らないように必死になだめていた。

「ポーションの性能を試すためにフィルナンドは自らの身体を使うと言っているのです。そこは皆様にご理解を頂きたい。それと……お、私が聖女であるので浄化の旅に赴くことは確定しております。聖女の護衛は聖騎士とフェンリルの役割となります。お集まりの皆様の領地に私が赴く際は暖かなご支援を賜れればと思います」

 元は貴族子息であるからこの程度の演説は大して苦ではないマルティンなのである。

「それから、もうひとつ重大な話がある」

 マルティンがフィルナンドを抱き抱えるように後ろに下がると、入れ替わるようにして国王が広間に集まった貴族たちの前に立った。その隣には王太子の姿がある。

「薬師ペトモル小伯爵が作るポーションであるが、我が王家でも試させて貰うことになっている。何より国の象徴である王家に聖女の血が入ることは重大な案件である。他国への牽制とすることも可能なことだ。幸いなことに我が息子王太子であるリチャードには婚約者はいない。リチャードには聖女の子を産んでもらい次期国王になってもらいたいと考えておる」

 国王の宣言を聞いて、広間に集まった貴族たちは歓声をあげた。もちろん自分たちも聖女の血を欲しいのだが、何よりも王家に聖女の血が入ることはとてつもなく素晴らしいことである。それが次期国王の王太子が産むとなれば、確実に王家の血筋に聖女の血が入ることになるのだ。これほど素晴らしいことは無いのである。

「はあああああああああっ」

 そんな歓声に包まれた広間にドスの効いた声が響き渡った。声の出処は言わずもがなアンテレーゼ・ウィンステン侯爵令嬢である。侯爵家の人間なのに何故か中央より後ろの辺りにたっていた。隣に立つ夫人がなんとも苦々しい顔をしているのが印象的である。

「今、なんつったああああ」

 鬼のような形相でアンテレーゼが再び叫んだ。それはもう、貴族令嬢とは思えないような顔と声である。かき分けられた人並みの向こうに茫然自失といったウィンステン侯爵夫人の姿が見えた。見えたのだが、それはほんの一瞬の事で、マルティンの前にはフェンリルが立ち塞がり、当たり前だが国王と王太子の前には騎士たちが立ち塞がった。
 寸前まで迫ってきたアンテレーゼであったが、当たり前のように騎士たちに取り押さえられ、引き摺られるように広間から退出させられてしまった。もちろん、その間もわめき続け、マルティンに向かって「ズルよ。ズル!イカサマ聖女!」と、罵り続けたのだった。

「皆の者、静粛に」

 ざわめきと動揺が広がるのを国王が制した。

「王太子妃候補と言われていた令嬢たちには確かに酷なことではあるが、国のことを思えばこれほど素晴らしいことは無いのである。国のため国王である我に忠誠を違う貴族であれば受け入れてくれると信じている。何が国に取って最適なのか。それは言わなくても理解出来よう」

 国王がそう話せば、広間に集まった貴族たちは一様に頷いた。本音では自分の娘こそが王太子妃に、なんて思っていたとしても争い事や駆け引きなどなく、平和的に解決するのなら、それが一番である。なにしろ聖女が現れたことで、自分の領地が浄化されるのだ。穢れがなくなり魔物の出現がなくなることの方が重要なのである。なにより、聖女が男であるならば、その血筋を分けてもらえるかもしれない。ということの方に関心が向いてしまうのは仕方がないことだろう。

「諸君らも知っている通り、聖女の存在は国同士の話し合いにおいてとても重要となる。そのため外交の場に立ち会って貰わなくてはならない時もある。そのことは理解して貰えるだろうか?」

 国王が広間にいる全員に聞こえるような声量でマルティンに問いかけてきた。もちろん、それがわざとなのだとマルティンは理解している。ついこの間まで侯爵家嫡男として生きてきたのだ。国王に忠誠を誓っていた、一貴族としてそのくらいは理解している。

「もちろんです。聖女としてこの国や国民のためになるのなら」

 マルティンが、そう答えると広間に集まった貴族たちから歓声が上がった。もはやアンテレーゼの事など誰もが忘れ去った瞬間であった。
 
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