【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

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第22話 宝物庫でドキドキ

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 執事はそう言って、惜しげも無くロイに先代の日記を見せてきた。英雄の秘密だと言うのに、部外者のロイにこんなに簡単に見せてもいいのだろうか?そんな疑問を抱きながらも、ロイは好奇心の方が勝った。

 そこのページを読めば、英雄の剣が何で作られているのかが分かった。ロイは思わずそのページに目を奪われた。使われている素材と作成を依頼した工房が書かれていたのだ。困ったことに、剣の素材はダンジョンで集めたと書かれていた。魔力が通りやすいように、柄の部分に魔石をはめてあると書いてあった。

「魔石?」

 英雄の剣に使用される魔石とはどんなものなのかきになって、ロイは勢いよく立ち上がった。

「!!!!!」

 予備動作なしで立ち上がったからだろうか?ロイの背中に衝撃がはしった。

「どうした?」

 立ち上がった途端に、動きが止まったロイを不審に思ったセドリックが聞いてきた。しかし、ロイは無言で涙目だ。

「…せ、せな、か」

 ロイがか細い声で言う。

「背中?」

 不審に思いながら、セドリックはロイの背中に手を当てる。
 右側がやたらと硬い。

「つ…つった」

 ロイの訴える目が痛い。

 背中なんかつったことがないセドリックは、対処がわからない。
 とりあえず伸ばそうと、ロイの手を掴んで上に引っ張ってみた。まるで囚われたみたいになったロイは、たんなる宙吊りだ。

「痛い痛い、手が痛い」

 全く効果がないことに気がついたセドリックは、ロイを下ろした。けれど、触れればロイの背中がまだ硬いことが分かる。

「伸ばしてよう」

 セドリックはロイを床に寝かせた。そうしてロイの両足を掴んで上にあげる。

「え?なに?」

 両足を揃えて上に挙げられた状態で、ロイはセドリックを見上げる形になった。けれど背中はまだ痛い。

「ゆっくりと、伸ばすからな」

 そう言って、セドリックはロイの両足を胸の方へと下ろしてきた。確かに背中は伸びるかもしれないけれど、同時に太腿の裏も伸ばされている気がする。

「ぃ……ぃったあぁ」

 ゆっくりと伸ばしながら、セドリックが体重をかけてきた。ストレッチを逆の体勢でしているようなものだ。下にいるロイが苦しいのは変わらない。
 つま先が、頭の後ろの床に着きそうなぐらい押しつぶされるようにされて、ロイは息苦しかった。

「く、苦しい……あ、でも、背中」

 背中がなんだか楽になってきた気がする。この体勢をもう少し続ければ、背中の痛いのがおさまるのでは?ロイがそう思った時、扉をノックする音がした。

「セドリック様、お夜食にございます」

 そう言って扉を開けてメイドが入ってきた。ロイの視界にはワゴンのタイヤが見える。

「ああ、すまない」

 ロイを押し潰した体勢のまま、セドリックが返事をした。

「…こ、ここにおいてよろしいでしょうか?」

 仕える屋敷の息子と、そのご学友が宝物庫でおかしなことになっている。それを目の当たりにして、悲鳴を上げずに対応出来ているのだから大したものである。
 だが、対応の仕方が分からない。
 執事に指示された通り、夜食を差し入れた。お茶をいれなくてはならないのだけど、どうにもおぼっちゃまはそんな状態ではないようだ。

「あのっ……失礼を致しました。どっ、どうぞごゆっくり」

 メイドは直立不動のような体勢から頭を深々と下げて、扉をきっちりと閉めていなくなった。
 何をどうごゆっくりなのだろうか?

「ねぇ、夜食だって」

 セドリックの下からロイは言う。少食のロイだけれど、今日は特に大して食べていなかった。それなのに、体を動かしてこんな夜更けまで起きている。
 お腹が空いてしまうのも仕方がない。

「治ったのか?」

 ロイの両足首を掴んだまま、セドリックは下にいるロイに問いかけた。しっかりと押さえつけているから、ロイとは顔が近い。

「うん、違和感がなくなった」

 ロイがそう答えると、ゆっくりとセドリックはロイの足を掴んだままロイから離れた。ロイの両足を床におろし、それからロイに手を差し出した。
 ロイはセドリックの手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

「わぉ、サンドイッチ」

 少食のロイにはサンドイッチはご馳走だ。一口で主食と副菜がはいってくるのだから、ありがたい。

「お茶いれるよ」

 ロイはワゴンに載っていたお茶のポットに、生活魔法でお湯を注いだ。カップに注ぐと、香り高いお茶がとても美味しそうだ。

「ありがとう」

 宝物庫だから椅子もテーブルもない。立ったままでお茶を飲み、サンドイッチを口に運ぶ。
 こんな、行儀の悪い事をセドリックはしたことがなかった。たぶん、ダンジョンに入ったり、戦場にいけばこんなことは当たり前なのだろう。

「ねぇ、剣に触っても大丈夫かな?」

 ロイは気になる剣があって、それを触りたくて仕方がない。

「ああ、触る分には問題ないな」

 二人はワゴンの上のものを平らげると、ロイの浄化魔法で手を綺麗にして、英雄の剣を手にした。
 柄に付いている魔石を丁寧に触る。その色からおそらくは属性は風だろう。ロイはしっかりと柄を握ってみた。握った手のひらにちょうど魔石が当たる。これはなかなかな出来だ。
 ロイはゆっくり鞘を外した。

「これは凄いぞ」

 興奮して頰が赤らむ。
 刀身に呪文が彫られている。柄にはめ込まれた魔石からのエネルギーがその呪文を介して刀身全体にまとわりつく仕様だ。ロイの指が刀身を撫でる。指先から刀身に魔力が流れていく。

「どうしよう、試したい」

 すでに刀身に魔力を乗せてしまったロイが、興奮してセドリックを見つめた。興奮して赤くなった頰、期待に満ち溢れた瞳は潤んでいる。下から見上げるようにおねだりされれば断れない。

「しかしここでは……」

 さすがに宝物庫ではできない。かといって、いくら広くても屋敷の庭でやっていいことではない。

「ダンジョン行こう」

 ロイの手がセドリックの袖を引く。

「うちの領地にダンジョンあるんだ。距離はあるけど、魔石の力を借りるから大丈夫、ね?」

 喉を鳴らしたのち、セドリックは頷いた。拒否できない程のとてつもない誘惑だった。
 そして同時刻、公爵家ではうごきがあった。メイドが執事に宝物庫で見たままを報告したのだ。そしてさらに、公爵は大きな魔力が動いたのを感じた。
 予想はしていたけれど、なかなか行動に移すのが早いものだ。期待はしていたものの、それ以上の成果が得られそうだ。
 公爵は執事を呼んだ。早めに手を打つ必要がありそうだ。
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