【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

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第68話 誰得イベント?

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 どうしてこうなった?
 目が覚めて、テリーは自分が心地の良い眠りについていたことを自覚した。何故か、腕の中にはロイがいた。困ったことに、ロイが自分の耳朶を咥えているのだ。軽く吸っているようで、小さな水音が聞こえてくるから、どうにもくすぐったい。

「ロイ、起きろ」

 耳の辺りから首筋がなんだか冷たい。理由が分かるだけに、一刻も早くロイに起きてもらいたい。無理に離せば、当たっている歯のせいで、痛い思いをするのはテリーなのだ。

「……んぅ……んん…んっ」

 口を離し、ロイがテリーの腕の中で目を覚ました。何度か瞬きを繰り返し、自分の状況を把握しようとしている。
 けれど、知らない部屋で馴染みのない顔であるからか、ロイの瞬きはおさまらない。できるだけ驚かさないように、テリーも、下手には動けなかった。

(なんで俺がここまで、気を使わなくては)

 内心で文句を言いながらも、テリーは最初に見たロイの幼さを記憶しているせいで、慎重になっていた。さすがに幼子のように泣き出したりはしないだろうけれど、盛大に誤解されるのは避けたい。

「ん?テリー???」

 瞬きを繰り返していた目を、今度は大きく開けて、じっくりとテリーを見つめてきた。この反応は、幼子が泣く寸前のようで、テリーは普段では感じない緊張を強いられた。

「お、はよう……ロイ」

 どう考えてもおかしな体勢で、ロイは裸で、テリーは制服を着ている。この状況だけを見たら、盛大に誤解されることは避けられない。特に、セドリックにだけは見られたくはない。許嫁がいるくせに、ロイへの肩入れが重すぎる。

「…おはよ…」

 ロイはまた目を瞬かせて、テリーを見つめた。そうして、自分の状態を確認する。

「う~ん?」

 ロイがなにやら考え込んでいるけれど、ここでテリーが下手な動きをしようものなら、ロイが誤解をするかもしれない。そう思うと、テリーは変に緊張してきた。

「あっ!」

「な、なんだ?」

 ロイが突然大きな声を出したから、テリーは驚いて瞬間的にロイから体を離した。
 テリーが離れたから、ロイは自分の状態がよく分かった。服を着てない。下着も身につけていない。いわゆる裸だ。胸の辺りから下が見えたけれど、赤い痕が随分とある。思わず数を数えようと思ったけれど、どうしてこうなったのかを考えて、ロイは不意に気がついた。

「俺…お腹すいてるっ!」

 ロイが叫ぶように言うものだから、テリーは信じられないものを見るような目でロイを見た。テリーは知らないのだ。ロイが恐ろしいほど少食だということを。

「じゃ、じゃあ、食堂に行こうか」

 テリーはぎこちなくそう言うと、ロイの制服を持ってきた。アレックスが適当に脱がせるから、裏返しでぐちゃぐちゃだった。一応、アレックスのお世話係兼なので、テリーはロイの制服に浄化をかけて、丁寧に畳んでおいたのだ。

「?ありがと」

 テリーから制服を受け取りながら、ロイはお礼を言うけれど、丁寧に畳まれた制服が不思議でならない。考えながら受け取って、そのまま制服に着替えた。靴も、いつもと違う風に紐が緩んでいた。

「履けるか?」

 目の前でテリーが覗き込んできたから、ロイは思わず匂いを嗅いでしまった。セドリックとは違い、甘い香りは花のようだった。

「っん、うん」

 ロイが匂いを嗅いだのは、当然テリーは気がついていたけれど、あえてそこには触れず流した。
 ロイが靴紐を結び終えたのを確認すると、テリーは慣れた手つきで鍵を開けて部屋を後にした。

「俺、お腹すかせて食堂きたの初めて」

 ロイが妙に浮かれているから、テリーもなんだかつられてしまう。学園に入って、食事の前にこんな気分になったのは初めてかもしれない。そもそも、騎士の家系に生まれたから、物心着いた時から食事も訓練の一環だった。体を作るために摂る食事は、味はもとより栄養が重要視されていた。
 だから、お腹がすいて食事が楽しみだという感覚は、テリーからは随分昔になくなっていたのだ。

「あ、セドだぁ」

 トレーを手にして並ぼうとした途端、ロイがそのまま走り出し、セドリックの所に行ってしまった。
 既に食べ始めていたセドリックは、フォークを片手に動けなくなっているようだ。いつもなら、アレックスと別室で食べているテリーは、仕方なくロイの分もトレーに載せてテーブルに運んだ。

「セドは甘い匂いだよねぇ」

 ロイは食事をしているセドリックの首筋辺りの匂いを嗅いでいた。それが何を意味するのかわからないまま、テリーはセドリックの隣に食事の載ったトレーを置いた。

「あら?おはよう、テリー」

 セドリックの向かいにはミシェルが座っていた。自分の前には何故か、エレントが座っている。普通、許嫁同士が向かい合わせに座るのでは?と思いつつ、テリーはセドリックの首にぶら下がるようになっているロイを椅子に座らせた。

「腹が減っていると言ったのはお前だろう」

 そう言って、テリーはロイの隣に座ると、ロイが持ってきた空のトレーに、ロイの分を載せてみる。

「あら?今朝のロイはたくさんなのね」

 ミシェルが笑いながら言うから、テリーは不思議でならない。ウォーエント領の邸では、ロイは結構食べていた気がするのだが。

「うん、すっごくお腹すいてんの、魔力が足んない」

 そう言って、ロイはパンを手にした。口元まで運んだ時、ロイの動きがふと止まった。

「どうした?」

 自分のとってきた食事を手にして動きが止まるから、テリーは訝しんだ。さすがに学園の食堂でおかしなものは出てこないはずだ。まして、普段はいないテリーを狙ってなど、考えにくい。

「パンからいい匂いがする」

「焼きたてのパンはいい匂いがするわよね」

 ミシェルがそう言うけれど、ロイは小首を傾げてパンの匂いを何度も嗅ぎ直す。

「あ、分かった」

 そう言うと、パンを皿に戻してテリーの方を向いた。そして、ゆっくりとテリーの首筋の辺りに鼻を近づけた。

「……な、んだ?」

 テリーに三人の注目が集まるだけでなく、食堂にいる生徒の目線も、チラチラとよこされているのがわかった。

「この匂い、テリーなんだ」

 ロイは遠慮なくテリーの首筋に鼻を埋めて、匂い嗅ぎまくる。そんなことされては、ロイの髪の毛がくすぐったくて仕方がない。何しろ、テリーはこんな甘ったるいことをする相手がいない。立派な騎士になるまで、婚約者などという甘い関係は不要とされているからだ。
 もちろん、テリーだって年頃だし、目の前で王子たちがそんなことを致せば、それなりに興味は湧く。だが、それを抑えることも訓練として受け止めていた。

「匂い?」

 パンの匂いを嗅いで、自分の匂いがすると言われても、到底テリーには理解ができない。

「テリーの匂いは花の匂いに似てる」

 ロイはそう言って、テリーの顔を見た。何が花の匂いなのか、テリーにはさっぱり見当がつかない。昨夜アレックスの部屋の風呂を使ったけれど、石鹸は花の香りではなく、ハーブの香りがした。制服は、浄化魔法をかけただけだから、花の香りになるはずがない。

「どういう意味だ?俺は香水の類は…」

 テリーが口を開いたタイミングに合わせて、ロイの顔が近づいてきて、そのままロイに口を塞がれた。

「……?!」

 背後から見たことはある。
 砦のダンジョンで、アレックスがしていた。相手はロイだった。テリーは瞬きをするのを忘れて、頭の中で必死に考えてみる。
 これは、なんだ?
 ロイの頭越しに見えるセドリックの顔が険しい。
 なぜ、そんな顔を俺に向けてくるのか、テリーには理解できない。いや、それよりも、なぜこうなった?

「テリーのは花の匂いがして、スッキリしてる」

 それはとても満足そうに微笑まれると、テリーは何も言えなかった。

「そ、うか…じゃあ、食事の続きをしよう」

 テリーはぎこちなく笑って、食事を口に運んだ。前に座るミシェルとエレントが優しく微笑んでいる事が救いだったかもしれない。

「さすがはテリーね」

「次代の騎士団団長と呼ばれるだけはあります」

「セドリックの顔が面白かったわ」

「悪趣味ですね。覗きながら音声を…」

 騎士科と魔術学科の境目で、アーシアとテオドールは出歯亀をしていた。もちろん、ロイが大声を出したので、すぐに気づいた。訳ではなく、鏡でずっと動向を探っていたのだ。

「しかし、まぁ、朝から楽しかったですね」

「でしょう?少しは感謝して欲しいわ」

「素晴らしいですね。あなたの盗聴器は」

「ちょっと、人聞きの悪い」

 観葉植物の隙間で、この2人がこんなやり取りをしていることなど、騎士科の生徒は誰一人として知らない。もちろん、魔術学科の生徒たちからは丸見えではある。
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