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その9
しおりを挟む「如何なされました?」
とぼとぼと廊下を歩いているユノハイムに声をかけてきたのは後宮の侍女である。後宮の侍女はお仕着せの色が榛色であるから、すぐに分かった。ユノハイムの仕えるエリシアは住まいは離宮であるけれど、輿入れ予定の姫であるから榛色のお仕着せを着た侍女が身の回りの世話をしているのだ。エリシアの御前に出る度に壁際に立っているのを見てきたから、ユノハイムにとっては馴染みのある姿である。だが、誰一人として名前など知らなかった。
「あの……」
なんと言ったらいいのか分からず、ユノハイムは口ごもった。昨日は一応、仕える姫エリシアの命を受けてこっそりと閨に侵入したユノハイムである。だが、閨は皇帝の寝室であり後宮の一部である。そこに皇帝以外の男が堂々と侵入していいはずなどないのだ。
「あら?今朝の騎士様ではございませんこと?」
ユノハイムの顔を確認するように見つめてきた侍女が口を開いた。もちろんそんなことは白々しいところである。何しろユノハイムの着ている騎士服は帝国のものではない。遠目から見ただけですぐに正体がしれてしまっているのだ。それに、侍女たちは配属が決まっているから、閨の担当の侍女は当然今朝方ユノハイムと言葉を交わした侍女である。気が付かないのはユノハイムだけなのである。
「あ、はい。そうです」
思わず頭を下げてしまうのは、どこか落ち着かないからだ。姫の命を遂行しなくて姫の元には戻れない。適当に皇帝陛下の男の武器と似たような大きさの何かを探しだして、姫の御前に届けると言うことをしてもいいのだろうけれど、誰が何処で見ているか分からないからこそ、キチンと閨で確認をしなくてはならないユノハイムなのである。
「本日も調査にございますか?」
口元に柔らかな笑みを浮かべ侍女が言う。
「え?あ、はい」
驚きすぎてユノハイムの視線がアチコチ彷徨ってしまったが、そんなことは閨の侍女には大したことではなかった。何しろ閨が担当の侍女なのである。しっかりと昨夜の出来事を確認済みなのである。もちろん記録にも残してある。だって閨担当の侍女だから。
「軽いものでも召し上がられますか?」
突然のお誘いにユノハイムが驚いいると、侍女は有無を言わさずユノハイムを部屋に通してしまった。こじんまりとした作りの部屋ではあるが、調度品は質の良いものでまとめられていた。
「ここは閨の前室にございます。閨に入られる前に支度を整えるんですよ」
そんな説明をしつつ、ユノハイムを椅子に座らせると目の前にいわゆる軽食と呼ばれる食べ物を出してきた。瑞々しい果物に軽い味付けの焼き菓子、爽やかな香りのするハーブティーだ。
「あの時間に起きられたのですから、大したものを口にされてはいらっしゃらないでしょう?」
其れは確かに当たりである。湯を使わせてもらった後に出されたお茶を飲み、その足でそのままエリシアの御前へと向かった。待たされている間に口にしたのはやはりお茶である。そう考えるとユノハイムは昨夜からなんの固形物も食べていないことになる。
「いただきます」
果物からするなんとも言えない甘い香りを嗅いでしまったら、なんだか腹が減ってきた気がしたのだ。瑞々しい果物を一口口に頬張れば、喉を鳴らして飲み込んだ。初めて口に下果物であったが、とても甘くて美味しい。ハーブティーも軽めの焼き菓子によくあっていた。全てを食べ終えて一息つくと、侍女が嬉しそうに笑っていた。
「大変美味しそうに召し上がっていただけて嬉しいですわ」
そう言ってユノハイムの目の前から空いた食器を片付けていく。
「身支度を整えられるのであればあちらになります。腰の剣は預からせていただきます」
そう言って慣れた手つきでユノハイムの腰に下げた剣を回収してしまった。一人残されたユノハイムであったが、久しぶりに食べ物を口にしたからから、確かに身支度を整えたくはなった。そうしてユノハイムは一人身支度を整えると、ようやく昨日と同じ閨に侵入することができた。
「さて、どうしたものか」
閨に入ることは何故だか分からないけれど許可されてしまった。だがしかし、昨日既に確認しているから今更寝台の下を調べる気にはならなかった。
「しかし、昨日の今日で仕込まれている場合もあるか」
今日、閨を出る際に寝台の下を確認した訳では無いから、うっかりユノハイムが寝ている間に何かが仕込まれた可能性は否定できない。
「あの侍女を疑うわけではないが、念の為確認しておくか」
前室にもしかしたら誰かがいるかもしれないと思って、あえて独り言を大きな声で口にする。そうして寝台の下を確認するべく、ユノハイムは無駄にヒラヒラとしている布をめくり、寝台の下に頭を突っ込んだ。流石に大きな寝台の下を見るには、頭を突っ込んだだけでは奥まで確認ができず、もう少しと体を潜り込ませる。
「何も、ない、な」
四つん這いというより這い蹲るに近い体勢で寝台の下に潜りんだユノハイムであったが、さてこの後進むべきか戻るべきか悩むところである。もちほん、キチンと確認するべきなのだから、このまま進んで反対側に出ればいい。そんな簡単なことなのだが、潜りんでからユノハイムはふと気がついた。果たしてこの寝台の反対側は時分が出られるほどの空間があっただろうか?
「先に進んで立ち上がれるほどの空間が無ければ出られなくなるな」
そんな事に気がついて見たものの、体は大分寝台の下に入り込んでいた。
「これは困った」
確かに大きな寝台ではあったが、ユノハイムが潜り込むにはその下はさほど広くはなかった。そうしてうっかり進んでしまい、行き着いた先は人が一人立てるほどの空間とそそり立つ壁が見えたのだった。多分頑張れば出られるし立ち上がることも出来る。けれどそこに立ったところでどうにもならないことぐらいユノハイムはわかっていた。仕方が無いので後退することを決めたユノハイムは、ゆっくりと寝台の下から体を出すことにした。
「ん?」
ユノハイム自身は真っ直ぐに下がっているつもりであったけれど、何かが足にぶつかった。寝台の脚にぶつかったのかと思い、後ろを確認すれば確かに棒のような物が見えた。それではと、隙間があるはずの方角に体を傾ける。するとどうしたことだろうか。今度は尻に何かが当たったのだ。寝台の下を這いつくばっている時に頭も尻もぶつかることはなかったのに。
「その方は変わった誘い方をするのだな」
いるはずのない人物の声を聞き、ユノハイムは文字通り飛び上がるほど驚いたのだった。
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