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29・ジョンソンソフトウエアを訪問
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大迫由利香は不安と焦燥が入り混じった気持ちでリビングに入って行った。
(宏樹さんは記憶を取り戻したいとは考えてないのかしら。そうだとしたら先日の私の申し出はただ迷惑なだけだったのかもしれない。おまけにこんな風に押しかけて来‥でも私は宏樹さんの事を諦めたくないの)
「すみません、ご自宅にまで押しかけて来て」
「いえ、いいんですよ。こちらも連絡が遅れてましたし・・俺があなたの探している宏樹かもしれないんですし」
そうじゃないかもしれない、と宏樹は思っていたが口には出さなかった。由利香の表情からはその必死さが伝わって来たし、それ以外にも何か‥自分の中に何か引っかかるものがあったからだ。
ソファに座った由利香はすぐ本題を切り出した。
「あの、先日お話した事なんですけど」
「俺の記憶を取り戻す手伝いをしたいという話ですね?」
「はい。昨日父にも話してみたんです。もう少し進展があってからと思っていたんですけど、宏樹さんは父の元同僚でもありますし。父も心配してました。ですから職場に顔を出すだけでもどうでしょうか?」
(俺はどうしたいのだろう? ありもしない記憶を戻すための茶番に付き合うか、新しい人生を生きたいからと言って断るべきか)
答えはすぐに出そうになかった。だから宏樹は口が勝手に動くままにする事にした。
「分かりました。今日はこれから夜勤なので明後日ではどうでしょうか?」
由利香は仕事の邪魔にならないように昼休みに訪問しようと提案し、宏樹もそれに応じた。
この日も直巳は学校があって宏樹と一緒に来ることは出来なかった。
宏樹は由利香と待ち合わせた駅に着いた。ここからジョンソンソフトウエアまでは徒歩で5分くらいらしい。駅構内をぶらぶらと歩いてみたが特に感情を揺さぶられる事もなく、フラッシュバックも起こらない。
(当たり前か。やはり俺に五十嵐宏樹の記憶などある訳がないのだ)
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」後ろから由利香がやって来た。
その途端まためまいの様な感覚に襲われた。
―――――
「すみませ~ん、お待たせしました。この子が新人の‥‥」
スーツ姿の若い男性が頭を下げながら宏樹に近づいて来た。後ろにもう一人、新人と呼ばれた人間が立っているようだが姿がはっきり見えない。スーツの若い男が体を開けると後ろの人間が少し前に出てきた。女性か? 髪色がピンクだ。しかもこのヘアスタイルは・・。
「では五十嵐さん、すみませんが一緒にジョンソンまで行っていただけますか?」
―――――-
「‥‥五十嵐さん、大丈夫ですか? 宏樹さん、宏樹さん?」
由利香が心配そうに宏樹の顔を見上げている。
「あっ。大丈夫です‥」
「もしかして何か思い出したのでは?」
「いえ、勘違いでした。さ、行きましょう」
歩きながら由利香は知りうる限りの情報を宏樹に話して聞かせた。
「宏樹さんは人気者だったそうですよ。父は初め、『あんな生意気なやつ』なんて言ってましたけど、宏樹さんの仕事に対する情熱は本物だって褒めていました」
その由利香の話はあながち間違ってはいなかった。
宏樹と由利香がビジターパスでジョンソンソフトウエアに入るとすぐ二人の姿を認めたスタッフが声を掛けてきた。
「あ、五十嵐さん! よかった、無事だったんですね。お―い、みんな。五十嵐さんが戻ったぞ」
その背の低い色白の若いスタッフがドアを半開きにして中に声をかけると、ぞろぞろと部屋からスタッフが出てきた。
「五十嵐さん! お元気そうで良かったです」
「五十嵐君、心配したんだぞ。さ、中に入って」
「コーヒー淹れますね。ハチミツありますよ。僕も五十嵐さんに習ってずっとコーヒーにはハチミツにしてるんですよ」
その部屋は宏樹が働いていた部署だったらしく、みんな宏樹が入って来るなり集まって声を掛けてきた。
「五十嵐さん、ここで待っていて下さい。父を探してきますので」スタッフに囲まれた宏樹に由利香はそう言うと部屋を出て行ってしまった。
この部署の一番年長らしい男性が宏樹の向かいに腰かけた。
「事故で記憶を無くしたんだってな。大変だったな。何か俺たちにして欲しい事があったら何でも言ってくれよ」
「ありがとうございます」
一人の男性社員がノートパソコンを宏樹の前に置いて言った。「これが五十嵐さんが開発していたゲームですよ、無事出来上がって凄く売れたんですから」
それは『The Prizoner』の画面だった。続けて別のスタッフが話し出した。
「このゲームのラスボス、五十嵐さんがモデルなんですよ。五十嵐さん、イケメンだし雰囲気持ってるじゃないですか、だからキャラクター原案の人に参考にして下さいって言ったら‥」
「出来上がったラスボスのヴァンパイアキングが、まんま五十嵐さんでね」
「そうそう、まんまじゃないですかぁってツッコミ入ってましたよね」
ノートパソコンのゲーム画面を見ながら談笑するスタッフたちは宏樹が無事だったことを心から喜んでいる様だった。
(随分と和やかな職場なのだな。ハチミツ入りのコーヒーも悪くない‥)
そこへ由利香が父である大迫伸二を連れて戻って来た。
「五十嵐君! 由利香から聞いた時は信じられなかったが本当に無事で良かったよ」
「はい、体はいたって元気そのものです。ご心配をお掛けしました」
「それで‥記憶の方はどうなんだね、ここに来て何か思い出した事は?」
「いえ、すみませんが何も思い出せません」
宏樹が首を振ると由利香が抗議した。「お父さん、そんな風に急かすのはダメなのよ。当人にとっては物凄いストレスになるんだから」
「やあ、すまない。確かにそうだな。五十嵐君がいなくなってからお前が苦しむ姿を見てきたから、つい、な」
少ししんみりとした空気が流れた。
「あ、そうだ大迫さん。五十嵐君が置いて行った荷物を見せてあげてはどうですか? 2Fの倉庫のロッカーに入れたままですから!」
先ほどの年長の男性が重くなった空気を切り裂くように突然、提案を出してきた。
(宏樹さんは記憶を取り戻したいとは考えてないのかしら。そうだとしたら先日の私の申し出はただ迷惑なだけだったのかもしれない。おまけにこんな風に押しかけて来‥でも私は宏樹さんの事を諦めたくないの)
「すみません、ご自宅にまで押しかけて来て」
「いえ、いいんですよ。こちらも連絡が遅れてましたし・・俺があなたの探している宏樹かもしれないんですし」
そうじゃないかもしれない、と宏樹は思っていたが口には出さなかった。由利香の表情からはその必死さが伝わって来たし、それ以外にも何か‥自分の中に何か引っかかるものがあったからだ。
ソファに座った由利香はすぐ本題を切り出した。
「あの、先日お話した事なんですけど」
「俺の記憶を取り戻す手伝いをしたいという話ですね?」
「はい。昨日父にも話してみたんです。もう少し進展があってからと思っていたんですけど、宏樹さんは父の元同僚でもありますし。父も心配してました。ですから職場に顔を出すだけでもどうでしょうか?」
(俺はどうしたいのだろう? ありもしない記憶を戻すための茶番に付き合うか、新しい人生を生きたいからと言って断るべきか)
答えはすぐに出そうになかった。だから宏樹は口が勝手に動くままにする事にした。
「分かりました。今日はこれから夜勤なので明後日ではどうでしょうか?」
由利香は仕事の邪魔にならないように昼休みに訪問しようと提案し、宏樹もそれに応じた。
この日も直巳は学校があって宏樹と一緒に来ることは出来なかった。
宏樹は由利香と待ち合わせた駅に着いた。ここからジョンソンソフトウエアまでは徒歩で5分くらいらしい。駅構内をぶらぶらと歩いてみたが特に感情を揺さぶられる事もなく、フラッシュバックも起こらない。
(当たり前か。やはり俺に五十嵐宏樹の記憶などある訳がないのだ)
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」後ろから由利香がやって来た。
その途端まためまいの様な感覚に襲われた。
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「すみませ~ん、お待たせしました。この子が新人の‥‥」
スーツ姿の若い男性が頭を下げながら宏樹に近づいて来た。後ろにもう一人、新人と呼ばれた人間が立っているようだが姿がはっきり見えない。スーツの若い男が体を開けると後ろの人間が少し前に出てきた。女性か? 髪色がピンクだ。しかもこのヘアスタイルは・・。
「では五十嵐さん、すみませんが一緒にジョンソンまで行っていただけますか?」
―――――-
「‥‥五十嵐さん、大丈夫ですか? 宏樹さん、宏樹さん?」
由利香が心配そうに宏樹の顔を見上げている。
「あっ。大丈夫です‥」
「もしかして何か思い出したのでは?」
「いえ、勘違いでした。さ、行きましょう」
歩きながら由利香は知りうる限りの情報を宏樹に話して聞かせた。
「宏樹さんは人気者だったそうですよ。父は初め、『あんな生意気なやつ』なんて言ってましたけど、宏樹さんの仕事に対する情熱は本物だって褒めていました」
その由利香の話はあながち間違ってはいなかった。
宏樹と由利香がビジターパスでジョンソンソフトウエアに入るとすぐ二人の姿を認めたスタッフが声を掛けてきた。
「あ、五十嵐さん! よかった、無事だったんですね。お―い、みんな。五十嵐さんが戻ったぞ」
その背の低い色白の若いスタッフがドアを半開きにして中に声をかけると、ぞろぞろと部屋からスタッフが出てきた。
「五十嵐さん! お元気そうで良かったです」
「五十嵐君、心配したんだぞ。さ、中に入って」
「コーヒー淹れますね。ハチミツありますよ。僕も五十嵐さんに習ってずっとコーヒーにはハチミツにしてるんですよ」
その部屋は宏樹が働いていた部署だったらしく、みんな宏樹が入って来るなり集まって声を掛けてきた。
「五十嵐さん、ここで待っていて下さい。父を探してきますので」スタッフに囲まれた宏樹に由利香はそう言うと部屋を出て行ってしまった。
この部署の一番年長らしい男性が宏樹の向かいに腰かけた。
「事故で記憶を無くしたんだってな。大変だったな。何か俺たちにして欲しい事があったら何でも言ってくれよ」
「ありがとうございます」
一人の男性社員がノートパソコンを宏樹の前に置いて言った。「これが五十嵐さんが開発していたゲームですよ、無事出来上がって凄く売れたんですから」
それは『The Prizoner』の画面だった。続けて別のスタッフが話し出した。
「このゲームのラスボス、五十嵐さんがモデルなんですよ。五十嵐さん、イケメンだし雰囲気持ってるじゃないですか、だからキャラクター原案の人に参考にして下さいって言ったら‥」
「出来上がったラスボスのヴァンパイアキングが、まんま五十嵐さんでね」
「そうそう、まんまじゃないですかぁってツッコミ入ってましたよね」
ノートパソコンのゲーム画面を見ながら談笑するスタッフたちは宏樹が無事だったことを心から喜んでいる様だった。
(随分と和やかな職場なのだな。ハチミツ入りのコーヒーも悪くない‥)
そこへ由利香が父である大迫伸二を連れて戻って来た。
「五十嵐君! 由利香から聞いた時は信じられなかったが本当に無事で良かったよ」
「はい、体はいたって元気そのものです。ご心配をお掛けしました」
「それで‥記憶の方はどうなんだね、ここに来て何か思い出した事は?」
「いえ、すみませんが何も思い出せません」
宏樹が首を振ると由利香が抗議した。「お父さん、そんな風に急かすのはダメなのよ。当人にとっては物凄いストレスになるんだから」
「やあ、すまない。確かにそうだな。五十嵐君がいなくなってからお前が苦しむ姿を見てきたから、つい、な」
少ししんみりとした空気が流れた。
「あ、そうだ大迫さん。五十嵐君が置いて行った荷物を見せてあげてはどうですか? 2Fの倉庫のロッカーに入れたままですから!」
先ほどの年長の男性が重くなった空気を切り裂くように突然、提案を出してきた。
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