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1エミリア、お茶をする
しおりを挟む「仕方ありませんわね、そんなにお聞きになりたいなら話して差し上げますわ」
私は読んでいた本を閉じて顔を上げた。窓辺に差し込む午後の日差しは暖かく、眠くなってきた所だった。だから眠気覚ましに丁度いいと思ったのだ。
私の前で目を輝かせ、興味津々で待ち構えている相手は私より3つ年上の31歳の伯爵夫人スーザンだ。スーザンはどうして私が今の婚約者を選んだのか、不思議で仕方ないらしい。
「では、何をお聞きになりたいのかしら?」
「それは‥やはりお二人の出会いかしら?!」
「私達の出会い? まあ随分と陳腐な事をお尋ねになるのね。でも出会いなんかより・・そう、恋が始まったのがいつか、それを教えてあげるわ」
―21年前―
うららかな春の午後、新緑を揺らす穏やかな風が心地良い、ガーデンでのお茶の時だった。
「熱っ! 舌を火傷したわ! どのマヌケがお茶を淹れたのよっ?!」
あたしはガチャンと音を立てて、お茶のカップをソーサーの上に戻した。横で控えていた小柄なメイドが慌てて言った。
「も、申し訳ありません。わ、私が淹れました」メイドはうつむいて重ね合わせた手をブルブルと震わせている。
「あんたねぇ、あたしが幾つか知らないの?」
「お、お嬢様は今年で7つになられました・・」
「たった7つの子供がこんな熱いお茶を飲めると思ってるわけ?」
「も、申し訳ございませんっ」
「ねえ、あんたから見たあたしはどんな感じなの?」
うつむいていたメイドが恐る恐る顔を上げて、私に視線を合わせた。ゴクリと固唾を飲む音が聞こえてきた。
「え、エミリア様はプラチナブロンドの美しい髪に、大きな空色の瞳が印象的なとても可愛らしい・・とても可愛らしいお人形の様なお嬢様でいらっしゃいます」
「そんなお人形みたいなあたしの舌を火傷させて、あんたの良心は痛まないのかしら?!」
「本当に、本当に申し訳ございません!」
メイドはもう一度深々と頭を下げた。あたしはまたカップに手を掛けた。このメイドの頭の上にお茶をぶちまけてやろうと思ったのだ。どれくらい熱いか身をもって知ればいいんだわ。
でもカップを持った手元が急に暗くなった。お日様が陰ったのかしら? 見上げると黒っぽい大きな塊があたし達の上空を覆っていた。
今日は公爵家のチャリティーイベントでガーデンパーティが催されていた。あたしは公爵家の一人娘だが、まだ子供なので大人達とは別に一人、お茶をしていた所だった。
あちこちで悲鳴が起きた。一瞬あたしは何が起きたのか分からずぼう~っと空を見上げていた。
「危ない!」
すぐ近くにいた護衛騎士があたしの体を抱え、素早く後ろに下がった。そこへ間髪入れず上空の大きな物体が急降下して、あたしが座っていた椅子もテーブルもひっくり返していったわ。奴は獲物を捕らえる事が出来ず、怒りの叫びをあげた。
耳をつんざくような鳴き声にその場に居た人々は皆、顔を歪め、耳を押えて呻いた。
コカトリスだわ! 巨大な鶏の様な外見と蛇の尻尾を持つ魔獣。図鑑で見た事がある! でもここまで大きな個体は珍しいみたいで「こんな大きなのは見た事が無い・・」と呟く護衛騎士の声が聞こえた。この黒髪の騎士は邸内でもよく見かけるわ。きっとただの平騎士ではないわね。それなら安心かしら。
護衛騎士の小脇に抱えられたままであたしは言った。「コカトリスは草食でしょ、なんで襲ってくるのよ!」
「お嬢様、あれは変異種で凶暴な肉食コカトリスです。今は子育ての時期です。餌を求めてこんな所までやって来たのでしょう」
「ここを襲ったって事は、まさか餌はあたし?」
「・・そうだと思われます」
「とんでもないわ! あたしが餌にされてたまるもんですか。あんた、あたしを守りなさい!」
「はっ」
護衛騎士はあたしを一旦地面に下ろし剣を両手に構え直した。他にも4、5人の護衛騎士が駆け付けて来てコカトリスとやり合っている。
でも相手は空から自在に攻撃を仕掛けてくる。羽を広げると、ざっと牛3頭分くらいあるその大きな個体の羽ばたきだけでも、相当な暴風が起こった。まず、小柄な騎士が1人遠くまで吹き飛ばされた。
次の騎士は果敢にコカトリス目掛けて剣を振り回したが、強靭で鞭のようにしなる尻尾に剣を弾き飛ばされてしまった。
その近くには石化した騎士が二人転がっている。コカトリスと目を合わせてはいけないのに!
あたしを守っている騎士はこの状況を見て逃走を選択したようね。当たり前よ、あたしの安全が第一だわ! 騎士はまたあたしを抱え直し「走ります」と一言言った。
彼は大人達が楽しんでいたガーデンパーティーの方へ駆け出した。メイン会場では豪華に飾り付けられた大きなテントが幾つも無残な状態で倒壊していた。客達はみんなパニックになり逃げ惑っている。
お茶のワゴンや椅子、天幕などが散乱し、更には石化した人間が転がっているものだから騎士も思うように素早く逃げられない。とうとうコカトリスの鋭い爪が逃げる護衛騎士の背中を切り裂いた。
「うっ」
護衛騎士の足が止まった。更に襲ってくるコカトリスに剣を向けるが、爪の攻撃をかわすだけで精一杯のようだ。
「下ろして! 一人で逃げるわ」あたしは体をよじって護衛騎士の腕を解いた。
「あっ、いけません!」走り出したあたしを彼は止めようとしたが、背中の傷のせいで思う様に動けなかった。
あたしは彼がコカトリスを相手してる間に一人で逃げられると考えたのよ。でもその考えは浅はかだった。あたしが1人になるとコカトリスは護衛騎士を放り出して、走るあたしを追って来た。
・・どうして子供っていうのはこういう時に転ぶのかしら! 決して石につまづいた訳でもないのに!
あたしは前のめりになって地面に倒れた。膝に痛みが走り、胸を打って息が詰まった。
そのあたしの背中をコカトリスの爪が触ったような気がした。
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