初恋~ちびっこ公爵令嬢エミリアの場合

山口三

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5エミリア、買い物をする

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『CLOSE』

「なっ!」
「今日はお休みのようですね」ルーカスは淡々と事実を述べた。まるで閉まっているのが当たり前のように。

「あたしが・・あたしが買い物に来てやったのよ! わざわざこの店を選んで! それなのに休みだなんて!」

 だが店の中で人の気配がした。あたしは店のドアを思いっきり叩いた。

「ちょっと開けなさいよ。なんで閉まってるのよ!」

 鍵を開ける音がして中から若い男が顔を出した。「すみません、今日は棚卸の為に早く閉店したんです。また明日お越しください」

 男はあたしの後ろに立っているルーカスに話しかけた。ちびのあたしには気づいてもいない。

「あんた! 買い物に来たのはあたしよ。ゴールドスタイン公爵家の娘が来たのよ、さっさと通しなさい!」

「いたっ・・しょ、少々おまちくだ・・」あたしに向う脛を蹴られた若い男はスネをさすりながら後ろを振り向いた。

 このやり取りを聞きつけ、すぐ店主らしき中年の男がドアを大きく開けて出て来た。満面の笑顔で彼は言う。

「これはこれは公爵令嬢さま、大変失礼致しました。どうぞ中へお入りください」


 今日の一番目の買い物は宝飾品よ。この店の物が一番高級だとお母様が言ってたわ。ルーカスは展示されているネックレスや指輪についている値段を見て仰天している。

 さてあたしの目当ての物はあるかしら・・。

「チョーカーが欲しいのよ」
「チョーカーでございますね。金で出来た物と革で出来た物がございます、両方お持ち致します」

 店主は色々なチョーカーを出してきたが子供のあたしが付けると大きすぎてイマイチだった。それにあたしが探しているデザインはこういう物じゃない。

 ふとあたしは店の奥に寝そべっている大きな犬に気が付いた。「あれがいいわ! 綺麗にして、あれにこのルビーのチャームを取り付けてちょうだい」

「えっ、あれでございますか? あれは犬の・・」
「いいのよ! あれに適当に値段を付けていいから。チャームを取り付けるのにかかる時間は?」

「1時間はかからないと存じます」
「じゃあ30分後に戻って来るからそれまでに作っておいて」
「は、はぁ。畏まりました」

 あたしが店の外に出ると、あくびをしながらしゃがんでいた若い騎士が慌てて立ち上がった。

「次の店に行くわよ」

 次の目的地は金物屋。そう遠くない場所らしいから徒歩で移動することに。

「その角を曲がってすぐの路地にあるそうです」

 あたしのすぐ後ろを歩いている護衛騎士が言った。ルーカスは更にその後ろをゆっくり歩いて付いて来ている。そしてその角を曲がろうとした時だった。

 ガコン! と、後ろで鈍い音がして振り返ると男が倒れている。

「酔っぱらいでしょう」ルーカスは自分の足元に倒れている男を一瞥して言った。

「この先の路地は人通りが少ないですね。騎士殿、しっかりと護衛をお願いします」

 そう言いながらルーカスは鞘に収まった剣を護衛騎士に差し出した。

「あれっ、俺の剣」

 騎士は腰のベルトを押えながら慌てている。「いつの間に・・」

「ベルトから外れて落ちそうになっていましたよ」
「あ、そうなんですか。それはありがとうございます」

 騎士はきょとんとしながら受け取った剣をベルトに差し直した。



 金物屋で買い物を済ませたが約束の時間までまだ少しある。「宝飾店に戻り、店の中で待たせてもらいましょう」そうルーカスが提案してきた。

 店の前に戻ると先ほど寝そべっていた犬が店先で子供と遊んでいた。あたしと同じ位の年かさの男の子だ。あたしがじっと見ているとこちらに気づいて手を振って来た。

「やあ、犬が気になる? こっちへおいでよ」

 あたしが行きかけると護衛騎士が前に出て来てあたしを止めた。「お嬢様、平民の汚らしい子です。関わってはいけません」

 まるでばい菌でも見るかのようにその子を見ながら「しっしっ、あっちへ行け。お前の様な者が声を掛けていい方ではない」と手を振って追い払おうとした。

 だが護衛騎士の言う事には構わず、ルーカスはその子の隣にしゃがんで犬の頭をわしゃわしゃと撫でている。

「よ~しよし、いい子だ。ん? この棒を投げて貰ってたのか? どれ・・」男の子から棒きれを受け取ったルーカスはそれを放り投げた。犬は尻尾をフリフリしながら棒きれを取りに走り、それを咥えて戻って来た。

 あたしは動物が好き! それが鳥であろうと犬であろうと種類に関係なく。

「あたしも! あたしにもそれ、貸しなさい!」たまらず2人と1匹の元に駆け寄り、あたしも棒きれを投げた。

 犬は同じように喜んで棒きれを咥えて戻り、あたしの前に落とした。「わあぁ、いい子ね!」あたしも嬉しくなって犬の頭を撫でた。

 何度か棒きれを投げて遊んでいると男の子がポケットからハンカチに包んだ食べかけのパンを出して来た。

「朝の残りなんだ。おやつに食べようと思って取って置いたんだけど、半分あげる」そう言ってパンを半分にちぎると、食べかけでない方をあたしに渡して寄越した。

 普段食べているような白くて柔らかいパンじゃなく、雑穀の混じった黒っぽくて硬いパン。

 店の階段に腰かけてパンをかじる男の子。ルーカスはその横にハンカチを取り出して敷いてくれた。ハンカチの上に座り、手の中のパンとルーカスの顔を見比べた。ルーカスは微笑んでいる。

 次に護衛騎士の方へ向いてみた。彼は目をぎゅっとつぶり、ブンブンと首を横に振った。あたしは護衛騎士に見せつける様に大きな口を開けてパンを頬張ってやったわ。

「美味しい?」
「え、ええ」

「ジャムが付いてなくてごめんね。ジャムは日曜だけなんだ」

 無言でパンを噛みしめていると、先に食べ終わった男の子が犬の頭を撫でながら言った。

「この子、ジョンって言うんだ。でもメスなんだよ」
「メスなのにジョンなの?」
「ここのご主人がオスと間違えて付けたんだ。メスだよ、って言ったんだけどこれでいいんだって言われた」
「変なの」
「ね、アハハハ」

 ルーカスもこの話を聞いて笑った。3人の笑い声を聞いて宝飾店のドアが開き、最初に出て来た若い店員が注文の品が出来たと教えてくれた。

「じゃ、もう行くわ」
「また来る?」

「‥分からないわね」
「俺の家、あそこの花屋の裏なんだ。今度来たらうちにおいでよ、またジョンと一緒に遊ぼう」
「分かったわ。パン、ご馳走さま」

 注文の品を受け取ったあたしたちは帰路についた。

 ガタガタと揺れる馬車の中から、沈みゆく太陽が山の端に見える。あたしは同年代の子供との交流が無い。お母様はそういう事は必要ないと考えているから。

 あたしに必要なのは公爵家を継ぐ能力、経済的な手腕、レディとしてのたしなみ、そういった物だって。

 夕日が沈むのは淋しいわ。きっともうあの子ともあの犬とも会う事はないだろうな。今日、外国語の授業をサボって一人で買い物に出掛けた事がお母様にばれたらきっと叱られる。しばらくは外出禁止かな。

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