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24エミリア、副団長とダンスする
しおりを挟むその夜は任命式に続いて盛大なパーティーが催された。
ロスラミン団長は挨拶周りに忙しそうだ。時々ルーカスが呼ばれて相手方に紹介されている。それ以外の時のルーカスはロスラミン夫人と大人しく談話してるようだ。
彼より少し年上位の子息女も何人か来ていたが、そちらの方は豪華な食事とデザートに夢中になってはしゃいでいる。静かなルーカスは子供たちの中では少数派の様だわ。
そんな風に思いながらルーカスを見ていると、お母様が私を捕まえて言った。
「こんな隅に隠れていたのね。あなたに紹介したい人がいるのよ」
お母様が連れて来たのはアーノルド・カーティスだった。公爵家騎士団の制服を着て正装している。
「彼は今度新しく副団長になったのよ。アーノ・・」
「昼間お会いしましたわ。それに騎士団の方ですもの、何度かお見かけしてます」
「そう! じゃあ紹介は不要ね。ほら、ちょうど音楽が始まったわ。二人で踊ってらっしゃいな」
お母様ったら音楽が始まる時間に合わせてアーノルドを連れて来たのね。
「エミリア様、踊って頂けますか?」
本当は断りたかったわ。でも今日は彼が副団長になったおめでたい日でもある。無下に断るわけにはいかない。
「あなたはとても優秀だとロスラミン団長が言っていたわ」
「身に余るお言葉です。一応アカデミーの騎士科は首席で卒業しました。剣術には少し自信があります」
「頼もしいわね。アカデミーはどちらを卒業されたの?」
「王立の正教会アカデミーです。お嬢様が通っておられるアカデミーより、規律が厳しくて‥少し堅苦しい学校でしたね」
私の手を取るアーノルドの手にわずかに力がこもった気がした。またあの感情の炎が揺らめく瞳で私を見つめてくる、真っすぐに。
「エミリア様、私はカーティス家の長男ですが家を継ぐ気はないと両親に話してあります。私はエミリア様に一生を捧げるつもりです」
「えっ、それは‥騎士としてという事よ、ね?」
「半分はそうですが、もう半分は違います。私は・・」
そこで曲が終わった。だがアーノルドは私の手を取ったまま、続きを言いたそうにしている。
短髪のきらめくような金髪に碧眼。すらっとしているが騎士団の制服が似合う引き締まった体躯。絵に描いた様なイケメンのアーノルドの次のダンスを狙って、年頃のレディ達が色めき立っている。23の若さにして公爵家騎士団の副団長、しかも独身と来たら彼女たちの反応も頷けるわ。
でも私は興味がないし、話の続きは聞きたくなかった。聞いてしまったらお母様の思うつぼの様な気がして。もう部屋に戻ろうと思いアーノルドにダンスのお礼を言った。
「あの、よければもう少しお話しませんか?」
「今夜のもう一人の主人公を私が独占するわけにはいきません。他のレディ達に恨まれたくないわ」
残念そうに私を見送るアーノルドに背を向けて私はその場を去った。
ふう、アーノルドは退けた。でも部屋に戻る前に1杯、水が欲しい。おしゃべりしながらダンスをして喉が渇いてしまった。給仕を探そうと思っていると後ろから声を掛けられた。
「エミリア様、レモネードです」
いつの間にかルーカスが私のすぐ後ろに立っていた。レモネードのグラスをふたつ持って。
「あら、気が利くのね」
「ありがとうございます。エミリア様のダンスも素敵でした。カーティスさんととてもお似合いですね」
「嫌だわ、あたなまでお母様みたいな事を言って」
「それは‥すみません。わた‥僕はお嬢様にいいお相手が見つかったのかと。早とちりでしたね、すみません」
「そんなに何度も謝らなくていいわ。それよりバルコニーでレモネードを飲みましょう」
ルーカスからグラスを受け取りバルコニーへ出ようとした時、アンドーゼ先生がアンとダンスを踊っているのが視界の端に映った。アンがダンスを踊るところなんて初めて見たわ!
ルーカスもバルコニーに付いて来た。昼間は暖かだったが、この時間になるとさすがに外は肌寒い。
「ううっ、結構寒くなってきましたね。お嬢様、お風邪を召すといけません、中に戻りましょう」
「そうね。レモネードも冷たかったし、冷えちゃったわ。それにしてもルーカスったら飲み物はタイミング良く持ってきてくれるし、『お嬢様、お嬢様』ってうちの執事みたいよ」
「あっ、あはは。みなさんがそうお呼びになるのでつい‥あはは」
何をそんなにどきまぎしてるのかしら。おかしなルーカス。
翌日、私は話があるとお母さまに呼ばれた。
「さ、そこへ掛けて」
昨夜のパーティーでお酒でも飲み過ぎたのか、少し顔色が悪いお母様が私をソファへ座らせた。
「昨日のアーノルドの事なんだけど・・彼、どうだった?」
「どうだった、とは?」
「んもう、色々あるでしょう? ダンスが上手だったとか、話が合ったとか、イケメンで一目惚れし‥てはいないようね」
私の顔になんの感情も浮かんでいないのを見て、お母様はため息をついた。
「お母様、私はまだどなたとも交際する気はありません」
本当は交際どころか結婚もする気はない。私が公爵家を継いでも、その後は親族から養子をとるつもりだから。ルーカスを死なせてしまった私には結婚して幸せになる資格なんてないのだもの。それに私はもう再び誰かを愛する事はないと思う。アカデミーで人気者のアレクにも、正統派イケメンのカーティスにも私の心は動かなかった。もう・・8歳の頃みたいに純粋に人を好きになる事はないだろう。
でも今それを公言したりはしない。そんな爆弾を落とそうものなら、お母様はその爆弾を排除しようとあらゆる手を講じて来るに決まっている。
「何もアーノルドと結婚しろと言ってるのではないのよ。ほら、今年はデビュタントもあるしパートナーが必要でしょう? 彼は立場的に最もあなたに近しい男性なんだから、気楽にお友達になったらいいと思っただけよ」
「考えてみます。では失礼します、ロスラミン団長のご子息とアンドーゼ先生が待っておられるので」
私達は図書室で課題をする事にしていた。お母様の話は短めに切り上げてきたが、二人はもう先に来ていた。
「ごめんなさい、遅れてしまったわ」
「いえ~遅れてはいませんよ。僕は先にルーカス君の課題を見ていました。彼は数字に強いですね」
「いやぁ、こうしてまた勉強が出来ることが今は楽しくて仕方ないのです。以前はあまり、ああ~~いとこ、従妹たちが騒がしくて・・」
なんだかしどろもどろになっているルーカスに先生が助け舟を出した。
「勉強する時は環境が大事ですからねぇ。その点、この図書館は最高ですね。あっ、でもおやつの時間になったら別の場所へ移動するんですよね?」
「アンドーゼ先生の大事なおやつはティールームで頂きましょう。本を汚しては大変だから。それともお庭で頂いたほうがいいかしら」
「今日はお天気がいいですから、外がいいかもしれません」
整然と並ぶ読書机を照らす、フランス窓から差し込む陽光を見ながらルーカスが言った。アンドーゼ先生もそれに賛成し、時間になると3人で庭へ繰り出した。
お茶の支度はエレンが整えてくれた。
「今日はディクソンさんはお出かけですか?」
「いえ、おります。ですがお嬢様にお茶をお持ちしてほしいと私が頼まれましたので」
そうですか、と先生はエレンにお礼を言ったが、どことなく不満げな様子が伺えた。アンドーゼ先生のこんな顔はあまり見たことがない。
「先生、アンに何か用事がありまして?」
「いえ、用事という程の事ではありません、失礼しました。おお~今日はアップルパイですね。バニラアイスが添えてあるのが堪らないです。この組み合わせは、切っても切り離せない運命のパートナーの様な物です」
「運命・・ですか。アンドーゼ先生のデザートに向ける情熱は相変わらずですね」
「僕は甘いものに目がありませんから、デザートが無い人生なんて考えられません。あれ、ルーカス君はどうしてご存じで?」
「ええと、ええと誰だったかな。た、多分父です。父が言っていたのだと思います」
ルーカスは口を開くたびに何か失態でも犯したように狼狽えている。アカデミーに居る時よりこの屋敷に来てからの方が余計にそう感じるが、単にそれは一緒に過ごす時間が長いからだろうか?
何か、何か私の心に引っかかりが生まれた。思い出せない人の名前、やり忘れている事、そんなもどかしい何かが、小さなしこりの様に私の心に出来てしまった。
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