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第一夜 再生①
しおりを挟む晴れた空が広がる丘陵地帯を見下ろすように佇む厳粛な屋敷ーー鴨生家というーーには一人の少女が住んでいる。
名を、御言という。
御言は、疎まれた子どもだった。本家筋の者が集い暮らすその家で現当主の兄の一人娘として生まれたが、待望の男児ではなかったために「立身出世の希望も学を授ける楽しみも得ようがない」と失望した父親には何の関心も抱かれず、余所に出すのも預けるのも自由にしろと匙を投げられた家の者は“尽くす価値なし”と御言をぞんざいに扱った。己の胆力で生きる糧を得る下民は、時に酷な判断も厭わない。
しかし、これだけ大きな屋敷である。数多いる使用人のうちの幾人かが、屋敷の影のように家の隅を歩き回っている儚げな少女を憐れみ、主人方の食事の余りや下働きの者たちの食事を残しておいたものを彼女にこっそりと与えた。少女は、食事の姿を人に見せない。それどころか、誰も、最も長い間親切にしていた女中頭でさえ、口を開いたところを見たことがなかった。与えた食事は、翌朝に揃えて三枚の皿が棚に加わっていることで、食べ終わったのだと知られたのである。
彼女は少ない食事とはいえ、系譜を辿ると戦国の世に遡る元城主で現子爵家の食事で用いられる食材を食していたのである。その土地の生産物を、農家たちは一年の報告と他県の市への推薦願いを兼ねて当主に献上していた。その選りすぐりの野菜たちは色濃く、みずみずしく、大気の滋養まで余すところなく吸い尽くしたような充実した味をしていた。“うまし里”として他県でも評判のこの三美の地は、北部である鴨生家付近の高台では果樹や山菜、山鳥に野ウサギが採れ、民家側の傾斜では棚田が開かれている。眼下に広がる平地では野菜や穀物が栽培され、恵まれた日光を利用して柑橘類もよく育っている。東南は太平洋に面していて、海産物と塩の生産量も潤っている。
そんな肥沃な地の食材を常に口にしていたとは思えないほど、彼女の姿は変わらなかった。いつまでも痩せていて儚げだった。その変化のなさは、女中頭を筆頭に、私たちは幽霊に食べ物をやり続けるなんて馬鹿な真似をしているんじゃないだろうね?とささやかれる始末だった。
実は、少女はその食事の全てを食べていなかった。三美の里の澄んだ空気の中で、自分の手で、英気に富んで色彩豊かな野菜を育ててみたいと、野菜の切れ端を埋めてみたり、卵の殻をつなぎ合わせて鶏の巣の中に戻したりしていた。ほんの幼い子どもである御言は、野菜は美しい空気、肥えた土に日光と水さえあれば育つものと思っていた。種が必要だとは思いもよらず、芽が出るように祈りながら埋めた野菜の皮に毎日水を遣っていた。でも、せっかく毎日水をあげたのに野菜の皮はどこにもなくなっていたし、卵は潰れて孵らなかった。
がっかりした御言だが、美味しい野菜を作る夢は捨てられない。眼下に広がる村に顔を出すようになった。丘程度とはいえ、子どもの足で往復するにはきつい道である。これが女中頭たちの幽霊譚の原因なのだが、もともと食の細い御言は、疲れでますます食事の量が減っていった。ぼろを身に纏い痩せた御言は、丘から降りてきたとはいえとても鴨生のお姫様には見えなかったため、村人は気さくに接したし、物は言わないけれど、目を輝かせて畑を眺める御言を誰もが可愛がった。村人に付いて廻り、食物の育て方を身に付けていった御言は、いよいよ今年で16歳。成人の儀を迎える。
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