幻影まほら

小鳥遊わか

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第一章 夜明けに向かう物語

第八話

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「テンドー! 見て見て!」

 砥石で剣を研ぎ手入れしているアズマの元に、ハジメがぱたぱたと駆け寄る。アズマが手を止めて視線をそちらに向ければ、ハジメは両手の上に一輪の黄色い花を乗せていた。

「おー、魔法か?」
「あのね、こないだケイくんに見せてもらった本にね、かいてあってね、」
「おん」
「かいてあった花がね、本物がね、お花屋さんにあってね」
「おー」
「それをね、じぃー……って見てたらね、お花屋さんがね、ひとつくれたの!」

 ハジメは嬉しそうに、にぱっと笑顔を見せる。
 ケイシーの家に遊びに行くことになって以来、語彙もぐんと増え、年相応には──ハジメの厳密な年齢は分からないのだが──会話ができるようになってきた。行動力は相変わらずで、とにかく落ち着きはなく常に動き回っている。

「お前、まァた勝手に外出たな」
「えへへぇ」

 悪びれもなくふにゃりとハジメは笑うので、アズマは片手で自身の頭を押さえてため息を吐いた。それから武器を置いて、ハジメに向き直る。
 
「っつーか、花屋でもらったってことはそれ本物か?」
「ううん? 魔法!」

 ハジメが返答すると、掌の上にあった黄色い花はすぅ、と薄れて消える。それからハジメは玄関口まで走って行ったかと思うと、片手に一輪の黄色い花を握りしめて戻ってきた。

「こっちが本物! テンドウにあげる~」

 半ば押し付けられたような形で、アズマはその花を受け取る。指先で花の茎をくるくると回して眺めてから、ふと思い立ったようにハジメの方を見た。

「ハジメ、さっきの魔法もう一回できるか?」
「お花? いーよ!」

 ぽん、とハジメの両手に、先程の幻影でできた花が生まれる。それを手で掴むことはできないが、アズマは本物の花をその横に置いて並べた。

「こうしてみるとマジでそっくりだな。再現度が高ぇ」
「上出来?」
「おー、上出来だ上出来」

 色、形、花弁の枚数……それらがそっくりそのまま再現されている。幻影魔法を知らぬ者が見れば、同じ花が二輪あると思い込むことだろう。

「しかしまァ、これだけ似てるとなると……花一輪程度じゃ大事にゃならんだろうが、あまり人に見せるモンでもねェな」
「?」

 ハジメが意味を理解しかねるといった表情で首を傾げながら、アズマを見上げる。
 
「外で魔法は使うなよってことだ」
「上出来なのに?」
「上出来だから、だ。下手すりゃお前が嘘つき呼ばわりされるかもしれねェ」

 アズマはハジメの手のひらから本物の花を手に取り、それを適当なグラスに挿しながら話す。
 ハジメはそれを眺めていたが、アズマの言うことは聞いていたようで、作っていた花を消してアズマの顔を覗き込んだ。

「おれ、嘘つかないよ! あのね、絵本でね、嘘ついてる人は誰も信じてもらえなくなっちゃうって、かいてた!」

 それから自分はなんでも知っているんだと言わんばかりの渾身のドヤ顔をアズマに見せている。アズマは苦笑いでハジメの得意げな様子を見て、その頭をぽんぽんと撫でた。

「よく勉強してるなァ。ただな、魔法のせいでお前が怖がられるかもしれねェし、あるいは……悪いヤツに目をつけられて捕まるかもしれねェぞ」
「悪い? どんな見た目してるの?」
「見た目は分かんねェよ、いろいろだ。だから怖いんだよ。ま、とにかく、外では使うな。家の中ならまァ、俺が見てるときは好きにすればいい」

 分かったな、とアズマに言われるが、ハジメは腑に落ちない様子で首を傾げている。
 ハジメの自覚する限りでは、人に恐怖を与えたことも危害を加えられたことも経験がないだろう。少なくとも一番ハジメが怯えていたのは最初に出会ったとき、意思疎通が図れなかったときであって、それ以来は何かを怖がるような素振りも見せない。
 それ故にあまり想像ができていないのだろうと、アズマは小さくため息を吐く。こればかりは実際に経験して覚えていくのが良いだろうが、未知の魔法が何を招くのかは、アズマ自身にも分からなかった。

 ハジメが何かを言おうとアズマの顔を見上げたとき、街の時計台が15時を知らせる鐘の音を響かせた。ハジメはすぐにその音に反応して窓の外を指差し、アズマの足元で耐えきれずぱたぱたと足踏みをする。

「テンドウ! お空、ゴーンって鳴った! ケイくんのとこ行ってくる!」

 先ほどまでの話はもう頭からすっ飛んでいるのであろうハジメの笑顔を見ながら、アズマはやれやれと首を振る。
 
「日が落ちる前には帰ってこいよ」
「はあい! いってきまぁーす!」

 言いながら既にハジメは駆け出しており、玄関の扉を開けて元気よく外に飛び出していく。
 ケイシーの家には何度か遊びに行っており、ハジメも道を覚えて一人で向かうことができるようになった──というより、ハジメが一人で行けると言って床で転がり喚いたことがあるので、悪さをしているわけではないしと一旦好きにさせることにした。それからはアズマも多少息が抜ける……と、いうわけでもなく。

「……3回は一人で辿り着いたが、たまに興味を惹かれてどっか行こうとすんだよなあいつ……」

 やれやれと立ち上がり、アズマも玄関口へと向かう。
 暫くは、目を離せそうにはない。


 ◆


 少し傾いた太陽を追いかけながら、ハジメは街中を駆ける。
 ケイシーの家が建っている区画は街の中心部に位置しており、アズマの家から離れているとは言え歩いて向かえる範囲だ。基本的に大通りを歩いて行けばよく、曲がり道にも目印となるような店や建物があるため、子ども一人で外を出歩く練習としては丁度良いとも言える。
 ハジメはよく周囲を観察しているからか、アズマと出かけるときでもすぐに店の位置を覚えていた。方向感覚もあるようで、道が分からず迷子になるようなことは、余程無いだろう。
 ただ──

「……蝶か」

 ハジメの近くを、黄色い蝶がふわりと飛んだ。それを見たハジメは、目を輝かせてそれに手を伸ばしながら、追いかけるように走り出す。
 そのまま道沿いの花壇まで追いかけ、花に止まった蝶をじっ……と眺めていた。

 声をかけるか? そこまで道を逸れた訳でも無いし平気か……?
 そんな思考を巡らせつつ、アズマは木の影からその様子を見守る。
 
 数十秒ほどその状況が続くが、蝶が再び花から離れてふわりと飛んだので、ハジメも立ち上がってそれを見上げた。また追いかけるのかとアズマは眺めたが、ハジメは「またね~!」と蝶に手を振ってから、再び歩き出す。
 どうやら目的は忘れていなかったようだ。
 ほう、と息を吐きつつ、アズマはバレないようにゆっくりとハジメを追いかけた。

 道中にあるパン屋の前を通りかかると、いい匂いがしたからかハジメは立ち止まり、ふわふわと店の方に吸い寄せられていく。
 ガラスのショーケースに両手をつけて、並べられた様々なパンをじぃっと眺めていた。
 それに気付いた店主が、ハジメに何やら話しかけている。このパン屋には何度かハジメもアズマに連れられて来たことがあるため、店主とは顔見知りだ。
 しばらく眺めていると、店主が何か袋に入れてハジメに渡している。ハジメに金は持たせていないため買い物はできないはずだが、ハジメはそれを受け取って嬉しそうに手をブンブン振り、再び歩き出した。
 ハジメが立ち去ったところで、アズマは店主の元へと向かう。

「あー、店主」
「ああ、アズマさん! こんにちは。ハジメくん、お出かけの練習ですか?」

 あとからやってきたアズマの姿を見て察したのか、パン屋はニコニコと微笑みながら尋ねた。

「まあそんなとこだな。悪い、あいつ何か強請ったか? 金は払うが」
「いえいえ、何も強請られていないですよ。パンの余った部分で作ったラスクを少しね。売り物じゃないので気にしないでください。……追いかけなくて平気ですか?」
「ああ……そうか、ありがとう。今度また買い物に来るわ」

 アズマはパン屋に礼を言ってから、ハジメが向かっていった方向へと軽い駆け足で向かう。パン屋もそれを微笑ましく見送った。

 それからもハジメは街の人に声をかけたりかけられたり、猫を見つけて何やらにゃあにゃあと喋っていたりしていたが、大きく道を逸れることなく無事ケイシーの家に辿り着いた。
 普段は母親が出迎えるが、今日は珍しくケイシーが直接玄関口に出てきたようだ。
 ここまで来ればさすがに大丈夫だろうと、アズマはほっと息を吐く。
 帰る時間は魔鳩で連絡が来ることになっているので、それまではゆっくりするかと玄関の方を再び見ると、ケイシーと目が合った。
 げ、と声を漏らしてアズマは木の影に隠れたが、ケイシーはそれをあまり気にしていないようで、ハジメを中に招き入れて玄関の扉を閉める。
 バレても不都合がある訳では無いが、アズマは何となく、ケイシーに"ハジメが心配で追いかけてきている"という事実を知られたことに妙な気恥ずかしさを覚えた。
 長いため息を吐いてから、アズマは後を託し、その場からゆっくりと立ち去った。


 ◆


「おじゃましまあす!」
「どうぞ。今日は母さんも用事があって出かけているから僕一人だけど、気にしないで」

 ケイシーの家に上がり、ハジメたちはいつものように客間へと向かう。それから、思い出したように左手で握りしめていた小包をケイシーに差し出した。

「あ! これね、来るときにね、パン屋さんがくれた! えーと、えっとね、ですく!」
「ラスク?」
「それ! ケイくんにあげる!」

 にぱっと笑いながら、ハジメはケイシーにそれを渡す。ケイシーは受け取った小包の中身を確認してから、ハジメに向き直った。

「ありがとう。それじゃ、一緒に食べよっか。ちょっと待っててね、紅茶を持ってくる」

 ケイシーはハジメをソファに座らせると、小包を机に置いて部屋を後にする。
 ハジメはソファに座ったままケイシーを見送った後、机に置かれた小包に視線を向けた。それから小包を開いて、砂糖がたっぷりとまぶされたラスクを一欠片摘んで取り出し、大きく開けた口に放り込む。

「! あまぁ!」

 頬を両手で包みながら、ハジメは嬉しそうにぶんぶんと両足を交互に振った。



 


 それから戻ってきたケイシーと共にティータイムを過ごすが、結局ハジメはラスクのほとんどを自分で平らげていた。
 ケイシーは慣れない手つきで二人分の紅茶を淹れるが、自分は少し口を付けるくらいであまり飲んではいない。ラスクも一つか二つ食べたくらいだった。

「ケイくん、いらないの?」
「僕はそんなに沢山食べないかな。吸血鬼って人に比べてはそこまで取らないから」
「吸血鬼?」

 最後の一欠片を片手に、ハジメが首を傾げる。

「そう、吸血鬼。現代では、魔族と呼ばれる種族の一種。僕らの栄養源は血なんだよ」
「ち……??」
「うん。……あ、大丈夫だよ、人を襲って血を吸うような事は無いから。法律でちゃんと決められているんだよ」

 ケイシーが説明するが、ハジメには少々難しかったのか、分かったような分かっていないような表情でぽかんと口を開けていた。
 ケイシーはそれを苦笑いで見てから、思いついたように声を上げた。

「そうだ、今日貸してあげる本は吸血鬼の本にしよっか。子ども向けだけど、僕らのことは少し分かるかもしれない」

 ケイシーがそう提案したとき。
 玄関のノッカーの音が響いた。それと同時に、「こんにちはー!」と複数の子どもの声がする。

「あ! お客さん!」
「ああ、いいよ、放っといて。そのうち帰ると思……ハジメ?!」

 ケイシーがため息混じりに話している途中にも、ハジメはソファから立ち上がって「はぁーい!」と叫びながら玄関の方へと駆け出して行く。ケイシーは慌ててその後を追いかけた。
 
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