紅い瞳の魔女

タニマリ

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道標

シャオンの秘密

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夜になり、校舎の複雑なラインがシルエットとなって夜空に浮かんでいた。

魔法の実技練習は連日続き、とてもハードだった。
みんなが疲れきって泥のように寝静まる中、俺はこっそりと部屋から抜け出した。
タダで三食昼寝付きだからと我慢してはいるが、いい加減こんなところに閉じこもっているのも限界だ。
今夜は街へとくり出して、久しぶりに女でもナンパして思いっきり遊ぶぞ~。

鼻歌交じりに意気揚々と歩いていたのだが、だだっ広い学校を取り囲む塀にたどり着くだけでくたびれてしまった。
無駄に広すぎんだろ…この学校……
気を取り直して塀の窪みに手足を引っ掛け、10mはあろう高さをヒョイヒョイと上まで登った。
チョロいなと思って外に身を乗り出そうとした時、見えない壁にぶち当たって内側にはね飛ばされてしまった。

……っぶね!下まで落ちるところだった。
咄嗟に掴んだツタを使ってもう一度上まで登り、目を凝らして良く見てみた。

「……防御魔法、だと……?」

防御魔法とは攻撃から身を守るための魔法だ。
こんなのどかな国の魔法学校が誰かから攻撃を受けるとは考えにくい……
てことは、俺みたいな生徒が逃げ出さないようにするためのトラップか?……刑務所かよここは!
闘争心がメラメラと燃えてきた。
そっちがそうくるならこっちは絶対ここから抜け出して毎晩遊びまくってやろうじゃねえかっ!

塀上のヘリを歩いて張り巡らされた防御魔法を隈無くチェックした。


「なんだこの魔法…つなぎ目が見当たらねえ……」


普通は何人かで創るような規模のデカさである。
そうするとつなぎ目部分にわずかな隙間が出来るものなのだが……
これはよほどの魔導師がひとりで創ったとみえる。

あれ…?これって……
俺は外側にもう一つ魔法が重なり合っていることに気が付いた。
人や物の出入りをキャッチする感知魔法である。
いくらなんでも厳重すぎる……
ある不安が俺の脳裏を過ぎった。



もしかしてこの学校って──────……



その可能性については考えたくもないのだが有り得ない話ではない。
だとしたら一刻も早くここから脱出する方法を見つけないと……


「こんな国…来るんじゃなかった。」



後悔してももう遅い。
ここは一旦、寮へと戻った方が良さそうだ。
















寮へとダッシュで帰っていると、こちらに向かってくる誰かの気配を感じて沿道へと素早く身を隠した。
さっきの感知魔法が反応していて俺のことを探しににきたのだろうか……
息を殺す俺の直ぐ横を足早に通り過ぎていったのは意外な人物だった。


──────シャオン……?


まさかシャオンが奴らの仲間?
いや、まだろくに魔法も使えないのにそれは有り得ない。
じゃあ夜の街にナンパしに行くとか?
俺じゃあるまいしあの性格からしてそれもないか……
シャオンは森の中へと入っていった。

そう言えば入学式典のあともシャオンは森にいたよな……
気になってシャオンの後を付けて行くと、あの千年は経つ巨木の前まできてピタリと足を止めた。
上を見上げて一番低い幹に手をかけると、慣れた様子で登り始めた。

「真夜中に木登りって…何やってんだあいつ……」

さっきまで塀を登ってた俺が言うのもなんだけど。
シャオンはある一定の高さまで登ると、身を屈めてなにかをじっと見つめていた。
なんだ…?あそこになんかあるのか……?
俺もシャオンに気付かれないように近くの木に登った。

シャオンが見つめる幹の根元には四角い出っ張りがあった。
それは自然に出来たようなものではなく、どこかへ通じる小さな木の扉のように見えた。


シャオンはその木の扉の真ん中部分にそっと右手を置いた。
そしてもう片方の手に魔法書を持ち〈オープン〉と唱えた。
今日習ったばかりの初歩的な解除魔法である。
ピシピシという解除魔法独特の音はするが、木の扉はピクリとも開かなかった。

どうやらあの木の扉には強力な封印魔法がかけられているようだった。
あんな初歩的な解除魔法ではおよそ破れやしないだろう……

シャオンは何度も解除しようと試みたのだが、無理だとわかったのか諦めたようにその扉から手を離した。


あの扉はなんだ?なんでシャオンはあの扉を開けたがっているんだ?
すっげえ気になるけど、聞いたってどうせ教えてくれねえよな……


……って、シャオンの奴……

今度はいったいなにやってんだ……?




シャオンは胸のペンダントを両手で握り締めた状態で目を瞑っていた。
静かに祈りを捧げているようなその崇高な姿に、思わずポウっと見とれてしまった。



シャオンはいつも同じペンダントを身に付けている。
それは深い緑色をした半透明の硬玉で、小鳥の卵ほどの大きさがある翡翠《ひすい》だった。
翡翠には銀糸で草花のような細工が施されており、かなり高価なものだということが一目でわかった。
あの年代物の魔法書といい、シャオンの親は相当な金持ちなのだろうか……

俺がそんなことを考えていると、ペンダントが淡く光り出してシャオンの体を包んだ。

その光は七色に美しく輝き、シャオンはまるでオーロラを身にまとっているかのようだった。
シャオンの髪が風になびくように揺らぐと、腰の辺りまで長く伸びていった。
男にしては少し華奢だったシャオンの体がみるみるうちに丸みを帯びて胸が膨らみ、腰がくびれていく……


………えっ?
ちょっと待て。
なにが……どうなってる?

シャオンを包んでいた光が消えると、そこにはどう転んで見ても100パー女にしか見えないシャオンがたたずんでいた。



シャオンが……女になった───────?!



グリーンだった瞳が、薄暗い中でも目立つほどに紅く染まっている……
あの時、俺が森で見た光の正体はこれだったのか……
これは魔法なのか?性別を変えれる魔法なんて初めて見たっ……
どんな魔法よりも高度なのは間違いない。
あいつ…デンデしか使えないんじゃなかったのか?

んなことより可愛いっ!
めちゃくちゃ可愛いっ!!

女になったシャオンは、少女と大人の狭間にある、危うい妖艶な雰囲気を漂わせていた。
俺は今目の前で起きた信じ難い出来事に驚くよりも、シャオンの神々しいまでの美しさに猛烈に感動していた。



シャオンは再び扉に手を当てると〈オープン〉と唱えた。
……諦めたんじゃなかったのか?
封印で使われている魔法とレベルが違いすぎるのに……
あれでは一晩かけても傷ひとつさえ付かないだろう。

の、はずなのだが……

扉は地割れのような音とともに一気に砕け散った。
初歩的な解除魔法なのに……注ぎ込んだ魔力がとんでもない量だったのだ。
レベル違いの封印魔法を力技でねじ伏せた感じだ。

女になったとたんなんなんだあの魔力の質量はっ?

シャオンはパックリと開いた穴に、なんの躊躇もなく入って行った。



「あれって…不法侵入だよな……」



しばらく待っていたのだが一向に戻ってくる気配がない。
幹づたいにシャオンのいた場所まで行ってみると、穴は人ひとりがやっと通れるくらいの大きさで、下へと続く石の階段が見えた。
砂まみれの階段にはシャオンの足跡がくっきりと残っていた。
足跡ぐらい消していけよ…ド素人かよ……
危険な香りがプンプンする。むしろヤバい匂いしかしない。
普段の俺なら間違いなく引き返す。

でも………


「……くっそ、あの野郎っ……」


俺はためらいながらもシャオンの後を追った。














石の階段は蛇のようにとぐろを巻きながら、下へ下へと延びる暗闇へと続いていた。
壁にそって連なるランプが代わる代わる点灯し、俺が行く足元を薄気味悪く照らしてくれる……
侵入者に対してなんてご親切なんだ。罠のようにみえなくもないけれど……

ようやく底まで辿り着くと、そこには真っ白な明るい空間が広がっていた。
明暗の差に目がチカチカして痛いくらいだ。
壁も床も白い大理石で覆われ、正面中央には祭壇のような四角い石段があった。
その後ろの壁には草花や動物の描かれた色鮮やかなステンドガラスが飾られ、宝石のような美しい光が溢れ出ていた。

ここが地下なのを忘れるくらい、現実世界から隔離された夢幻的な雰囲気だった……


天井が物凄く高い───────


今降りてきた階段の何倍もの高さだった。
きっとここは空間魔法によって創られた広間なのだろう。
学校の敷地を取り囲む、あのどでかい防御魔法と同じ魔導師が創ったに違いない……
全身の毛穴がピリピリしてここは危険だと知らせてくる。

「シャオンの奴…どこいった……?」

だだっ広い広間を見渡すがシャオンの姿がない。
壁際にズラっと並んでいる扉のひとつが少し開いていた。
その扉のそばまで行って中を覗いてみると、中身がぎっしりと詰まった背の高い本棚が、見渡す限りに整然と並んでいた。



本棚には世界中の様々な言語で書かれた書物が大量に集められていた。

手前の本棚には数々の魔法書や歴史書、歴代の魔導師の伝記といった学校の図書室にあるものと変わりない本が置かれていた。
でも奥に進むとその装いは違ってきた。

書物というより、手書きの報告書が目立つ……
手に取って開いてみると、禁止されている黒魔術や古代魔法について詳細に書かれていた。
普通に生活している人にはおよそ目にすることのない内容だ。

そして──────

狼男やフランケンシュタイン、人魚にヴァンパイアといった文字も並ぶ……
どれも空想上の存在として語られている生き物だ。


「くだらねえ資料をせっせと集めやがって…暇人か。」


こんなもんより今はシャオンだ。
長い本棚の列を一つ一つ確認しながら歩いていると、遥か前方にシャオンとは違う白い影を捉えて素早く身を隠した。

……なんだ今のは?
気配が全くしなかった……

本棚の隙間からもう一度ソレを確認した。
目で見ているからそこに居るとわかるが、あれは一体なんなんだ……?
そいつは白くて地面にまで付きそうなコートを着ていた。
水色のスカーフを帽子のように深く被り、顔には真っ白い仮面を被っているのか霞むようにぼやけている。
その得体の知れない者は本棚の間を音も立てず滑るように動き回っていた。
後から入ってきたのか最初からいたのか……
言えることは、あの白コートに見つかると非常にヤバいと言うことだ。

白コートが本棚の角を曲がった時、背中に描かれたマークが見えた。


……ああ、やっぱりそうか──────


背中には特殊な魔法の糸で刺繍された、上部が欠けた金色の星が印されていた。
それは俺がこの世でもっとも関わりたくない奴らのシンボルマークだった。




不味いなんてもんじゃない。


ただでさえ学校を取り囲むあの防御魔法で逃げ場なんてないのに……
こんな場所で顔を見られるのだけはなんとしても避けなければならない。

俺は被っていたニット帽を髪の毛が見えなくなるまでスッポリと被り、腰に巻いていたバンダナで目から下を覆った。




突然、けたたましい攻撃音が部屋中に鳴り響き、本棚がドミノ倒しのように奥から崩れ始めた。
……シャオンが見つかったのかも知れないっ!
音のした方へと急いだ。


シャオンは大量の本に押し潰されるように埋まっていて腕以外は見えない状態だった。
その腕には白コートが出した拘束魔法である棘のついたムチが何重にも絡みつき、皮膚が裂けて鮮血が流れ出ていた。


「何者だ。目的を言え。」


白コートの地を這うような低い声が頭に直接響いてきた。
シャオンが何も答えないでいると、ムチをしならせ強く引き寄せた。
シャオンの腕に棘が深く突き刺さり血しぶきが激しく飛んだ……

あんの白コートっ…シャオンの腕をちぎるつもりかっ?!

風氷魔法である〈ブリザード〉を唱えた。
鋭い刃のような氷が猛吹雪となって相手を襲う、氷系の中では最強クラスの攻撃魔法である。
白コートはヒラリとその攻撃を避けたのだが、かわされることは想定済みだ。
氷の刃でムチを切断し、シャオンの上に積み重なっていた本を全て吹き飛ばした。
次に造氷魔法の〈ブリザス〉唱えて白コートを取り囲むように分厚い氷で覆った。
こんな囲いでいつまで閉じ込めておけるかは分からないっ……


「扉から早く逃げろっ!!」


シャオンは俺の声に反応して傷ついた腕を押さえながらもなんとか立ち上がると、フラフラと扉へと向かった。
シャオンが安全な場所に行くまでは時間を稼がねえと……


あの拘束魔法を使えるということはなかなかの手練であることは間違いない。
勝負は最初の一瞬で決まりそうだ……
ありとあらゆるパターンを見据えて待ち構えていたのだが、一向に氷の囲いを破ろうとする気配がない。

やがて氷が溶け出して中が透けて見えてくると、白コートの姿はそこには無かった……
床にはさっきまで着ていたあの白いコートが、まるで抜け殻のように力なく転がっていた。


「……中身が、消えた……?」


なんなんだ一体……
あれは本当に生きている人間だったのか?


服を持ち上げて調べてみたがコートだけでそれ以外の服や靴なんかは一切なかった。
背中には確かに奴らのシンボルマークである欠けた星の印が刺繍されている……

考えられることは魔法によって創りだされた、この資料室を護る番人型の人形《どーる》だったのかもしれない。


一先ず、ホッと気が抜けた。



──────にしても……


今までは奴らに少しでも関係してそうなことは極力スルーしてきたってのに……
シャオンが危険だと思ったら頭で考えるより先に体が動いてしまった。


「……何やってんだ俺。らしくねえ~……」


だいたいシャオンは魔法が使えんのか使えないのかどっちかハッキリしろってんだ。
ちゅーかここで何を探ろうとしてたんだ?
なにより、女になったってのが一番訳が分からねえ!


とにかくだ!
シャオンに関わるとろくなことが起こらないってのがよ~く分かった。
もう二度とシャオンには近付かねえっ!!
寮に戻ってクソして寝るっ!




……………


………あいつ……治癒系の魔法は使えんのか……?
失血しすぎてどっかで気ぃ失ったりしてねえだろうなあ……



「……あ~くそ。面倒くせえなあ。」




もうすぐ夜が明ける。

急がないと───────……













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