紅い瞳の魔女

タニマリ

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友よ

俺の居場所

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朝から何匹もの蝉が鳴いている。
季節は冬だっていうのに、ここ何日かの異常な気温のせいで夏だと勘違いたらしくやかましいったらない。
見上げた空には雲一つなく、突き抜けるくらいの青空が広がっていた。

あと二日で今年も終わる。
もうすぐ訪れる新しい年を前に、街も人も浮かれていた。
でも俺は……

なにもする気が起きず、寮のベッドで寝転がっていた。



─────くそっ……

あの野郎……
なんなんだあのキザメンキャラは?シャオンに馴れ馴れしくしやがって。
大体シャオンを助けるのは俺の役目なんだぞ?
それを、横から現れてナイトみたいに颯爽と助けやがって……
すっげえ腹が立つ!

あいつになのか自分になのか……
あの日からずっと、思い出しては落ち込んでいた。




あいつ──────……
俺の兄、まほろば。
腹違いの兄で俺より百年先に産まれた純血のヴァンパイアだ。


俺の母親は人間だ。
太陽の光に十字架やニンニク…弱点が多いヴァンパイアは里を作り、集団で生活している。
何千年と続くヴァンパイアの里で、人間が一緒に暮らしたのは後にも先にも俺の母親くらいだろう。
心優しかった母親は里のみんなから愛され、里の長《おさ》であった親父からも溺愛されながら25年という短い生涯を経た。

小さい頃こそ俺のことを半分人間の半端者と馬鹿にしてくる奴らはたくさんいたが、やがて母親そっくりに成長した俺にそんなことを言ってくる者はいなくなった。

ただ一人、まほろばを除いては─────

ヴァンパイアであることを誰よりも誇りに思っていたまほろばは、里の中に人間の血を持つ者がいることが許せなかった。
まほろばは外面がいいので周囲にはそんな気持ちはひた隠しにしていたが、陰では事あるごとに俺を蔑んできた。

まあ俺も、大人しくやられてるような性格ではなかったので罠を仕掛けたりして散々やり返してやったが……


まほろばは強かった。
ツクモの分際で俺に敵うとでも思っているのかとしつこいくらいに言われたので、こなクソと思い、里にいた頃は面倒くさい魔法の特訓もかなり頑張った。

まほろばはクソだったが、気の合う仲間もたくさんいて、里にいた六百年間は平和で楽しい毎日を過ごしていた。


でも……親父が後継者には俺とまほろばのどちらかにすると決めたことで状況が一変した。

魔力の量からすれば俺より百年長く生きているまほろばの方がはるかに上だった。
でも俺にはそれをカバーする知識と応用力があったし、ヴァンパイアの弱点である太陽と十字架とニンニクが平気だったというのも何よりの強みだった。
自分の名前の後に俺の名前が呼ばれた時の、まほろばの怒りを押し殺した能面のような顔は今でも脳裏に焼き付いている。

里は俺とまほろばのどちらが長に相応しいかで意見が真っ二つに分かれた。

仲が良かった里が険悪な雰囲気になるのを見るのは耐えられなった。
でもそれ以上に…口には出さなかっただけで、俺に人間の血が半分混じっていることを忌み嫌っている人がこんなにもいたのだと知ることとなり、愕然とした。



「ツクモ…これで良くわかっただろう?この里におまえのような者は要らない。邪魔なんだ。」



まほろばに言われてもなにも言い返せなかった。



六百年も過ごしたこの場所に
俺の居場所なんて最初からなかった─────




全てがどうでも良くなってきて、俺は黙って里を出た。









「……クモ、ツクモっ。」



里で偉そうに長をやっているのだとばかり思っていた。
なんで人間嫌いのあいつが烈士団になんか入ってんだ?


里に……
なにかあったのだろうか─────……?




「ツクモ!!」



シャオンが俺の耳のそばで叫ぶもんだから頭にキンときた。
いつから部屋に居たんだろう…全然気付かなかった。
シャオンは長い髪を高い位置でひとつくぐりにし、腕を組んで俺を見下ろしていた。
……って、あれ?

「朝からずっとベッドで寝転んだままなのか?休みだからって毎日毎日フヌケてるんじゃない!」
「シャオンこそどうした?なんで女の姿なんだ…まだ昼間だぜ?」
シャオンは冬休み中はルームメイトのココアが帰省してていないので、夜寝る時は魔力回復のために変身を解いていた。
でも、昼間で解いているのを見たのは初めてだった。

「この寮には僕とツクモしかいないんだからいいだろ?年が開ければココアが帰ってくる。少しでも魔力を温存しときたい。」


休みが始まった時に俺も全く同じことを提案した。
誰も居ないんだから無駄な魔力を使うのはよせと……
でもシャオンは、ツクモと二人っきりの部屋で女になれるわけがないだろ!と即却下した。
夜も寝る時は4つあるベッドの端と端を使い、シャオンは俺が寝付くまでは絶対に寝ない。
……俺ってどんだけ信用ないの?

まあシャオンの可愛い寝顔を見て理性を保てる自信は全くないのだが……
シャオンは黒いテープを取り出すと、部屋を分断するように真ん中に貼り始めた。

「このテープからこっちは僕の陣地だから絶対に入ってくるなよ。」

なにそれ?俺はバイキンか?
本気で学校が始まるまで女の姿でいるようだ。
ずっと女のシャオンを前にしてお預け状態だなんて……
なんて苦行を俺に強いるんだっ!

俺が煩悩という強敵と闘ってるってのに、シャオンはTシャツと短パンという軽装備な格好で自分のベッドに寝転がり、本を読み始めた。
丈が短いもんだから可愛いオヘソがチラリと見えてやがる……
誰かあいつに危機管理という言葉を教えてやってくれ!

「ツクモはあちらの世界に行ったことはあるのか?」
「はあ?ねえよそんなもん。ちょっと今俺に話しかけんなっ!」


シャオンはこないだ初めてあちらの世界とやらを知ってから興味津々だ。
あちらの世界とは南の海にある境目の、さらに向こう側に広がる魔物の住む世界だ。
境目とは年がら年中嵐が続く帯のような一体を指す。
一般には知られていないが、北半球が今俺達がいる人間が支配するこちらの世界。
南半球が魔物が支配するあちらの世界だ。

そしてこないだ昆虫型の魔物が通ってきた歪みとは、極たまに二つの世界を繋ぐ通り道が出来てしまうという不可思議な現象のことだ。
まあ出来たとしても小さな穴だし、最寄りの烈士団員がすっ飛んできて塞ぐから大したことは起きないのだが……

こちらの世界には魔物はいないとされている。
シャオンが熱心に読んでいるのは烈士団が所有する本当のことが書かれてある真実の本だ。

別に知ったところで何が変わる訳でもないのに……相変わらず勉強熱心なこった。


「これを読み終わったら爆破魔法を覚えたい。ツクモも付き合ってくれ。」
「今日はパス。」
俺はシャオンからからのお誘いを無下に断った。

「なんでだ?あと少しでコツを掴めそうなのにっ。付き合えよ!」

昨日俺の腕を吹っ飛ばしといてよく言うな……
自分で治癒魔法でくっつけたけれども、まだ全然本調子じゃねえんだからな?
ノーコンで力加減を全くしないシャオンの魔法の特訓に毎日付き合っていたら、体がいくつあっても足りやしない。
これがデートのお誘いってんなら喜んで付き合おう。
せっかく冬休みの間は自由に外に出歩けるっていうのに、シャオンはちっとも遊ぼうとしないのだから面白くない。

「ツクモは今日も外に行くのか?」
「ああ。暗くなったら酒飲んでくる。」

シャオンがふ~んと疑いの眼差しを向けてきた。
きっとクラブで女をナンパしてるとでも思っているんだろう。
そんなことは全然してないんだけれども、そう思ってくれてる方が都合が良い。
実は俺も、シャオンに隠れて特訓をしてたりする。


まほろばはまた強くなっていた。
自分の強さに自信があるから、烈士団の本部なんてとこに正体を隠して身を置くことが出来るんだ。
人間として鈍《なまくら》に生活していた今の俺じゃあ、あいつに勝てる気がしない。

今のままではダメだ。
いざって時には俺の手で、ちゃんとシャオンを守ってやれる男になっていたい─────


「ツクモ、また何か考えているだろ?」


シャオンはベッドで寝転ぶ俺の近くまでやってきた。
俺にはテープから入るなと言ったくせに自分はいいのかよ。

「なにか悩んでいるのか?僕で良ければ言ってくれ。力になるから……」
シャオンはベッドに腰をかけると前屈みになって覗き込んできた。

シャオンが男になっている時のグリーンの瞳も新緑のように色鮮やかで大好きだけれど、この紅い瞳はそれよりもさらに魅力的だ。
否応なしに心を奪われ、惹き付けられる……

「シャオン……今度俺の陣地に入ってきたら押し倒してもいい?」
「いいわけがないだろ。おまえはいつもそんな風に誤魔化すんだな。」

シャオンは拗ねたように俺をじとっと睨みつけた。
心配してくれてたのだろうか……
俺はベッドから起き上がってシャオンの手を握った。


「俺の悩みなんてシャオンがそばにいてくれたら全部解決するんだよ。」


里で過ごした六百年より、一人で気ままに過ごしてきた四百年より、シャオンといたこの四ヶ月の方が俺にはよっぽど価値がある。


シャオンが俺を必要としてくれる限り、俺はこのまま…ずっとシャオンと共に─────……




「ツクモ。僕のことをジロジロ見すぎだ。」
「……ああ悪い。シャオンがあまりにも可愛かったから見とれてた。」

「またおまえはそういうことを……」


シャオンが俺の熱い視線から逃れるように背中を向けた。
いつもならここは華麗にスルーして去るとかデンデとかが飛んでくるのがお決まりのパターンなのに……
俺が繋いだ手を払い除けようともしない。
ちゃんと拒絶してくれないと、ベッドに押し倒しちまいそうなんだが……


「……シャオン?」


俺が名前を呼ぶとシャオンの体がピクっと反応した。
髪の隙間からちょっとだけ覗くシャオンの耳が、なんだか赤くなっているように見える……

もしかして……あのシャオンが、照れてる?


「……シャオン、こっち見て。」
「イヤだ。」

「いいからこっち見ろって。」
「イヤだ。」

「なんもしないからこっち見て下さい。」
「イヤだ!」


ヤバい……可愛過ぎる。
これは……なにもするなと言う方が無理だ。




「……シャオン……」




シャオンの肩にそっと手を伸ばし……
強引に俺の方に向かせ……──────




「やっほ──いっ!迎えに来ったよんっ!」





部屋の扉を勢いよく開けてココアが乱入してきた。
咄嗟にシャオンを押し倒して布団をかけたけれど……
女の姿のシャオン…見られてないよな……?
俺から馬乗りにされているシャオンは声にならない悲鳴を上げていた。

「二人とも何してんの?プロレスごっこ?」
「ココアこそどうした?休みの間はずっと田舎で過ごすんじゃなかったのかっ?」

「クマ先生から聞いたんだ。ツクモとシャオンが学校に残ってヒマしてるって。」

クマは魔具使いのエキスパートだ。魔具オタクと言ってもいい。
昨日の朝、ココアの故郷であるコビーナ村に住む魔具創りの鬼才のところに今から行くのだと嬉しそうに話してたっけ……


「せっかくのハッピーイアーだってのに二人とも水臭いな~。言ってくれたら僕の村に招待したのに。ほら直ぐに用意して。次のバスが来ちゃうよっ!」


男の姿になって布団から出てきたシャオンと、キョトンとしながら顔を見合わせた。













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