官能の捜査線 〜エリート女刑事、潜入先の極秘クラブで夫の「真実」を暴く〜

スカッと文庫

文字の大きさ
8 / 10

第8話:崩壊する聖域(マイホーム)

しおりを挟む
カイトから受け取ったSDカード。その冷たい感触をブラジャーの隙間に忍ばせ、結衣は「家」へと戻った。
三軒茶屋のマンション。かつてここは、自分にとって唯一の安らぎの場所であり、正義を忘れるための聖域だった。しかし今、玄関のドアを開ける指先は微かに震えている。

「お帰り、結衣。今日は少し早いんだね」

リビングから拓海の声がした。キッチンでエプロンを締め、手慣れた手つきでパスタを茹でている。その家庭的な姿は、路地裏で見た冷徹な「藤堂の側近」とあまりにかけ離れていて、結衣の脳裏に激しい眩暈が走った。

「……ええ。早めに片付いたから」

結衣は努めて自然な動作でコートを脱ぎ、拓海の背中にしがみついた。
「……拓海。……ねえ、ずっとこうしていられる?」

拓海の手が止まる。彼はゆっくりと振り返り、濡れた手を拭いて結衣の頬を包み込んだ。
「急にどうしたんだい? ……もちろん、ずっと一緒だよ。君が僕を捨てない限りね」

その優しい瞳。かつては、この瞳に守られていると信じていた。だが今は、その奥に潜む「少年時代からの闇」が見える気がした。
結衣は夕食の間、カイトから聞いた話を反芻していた。出会いさえも管理官が仕組んだ罠。自分は拓海を警察から守るための「盾」として選ばれたに過ぎない。

(……それでも、この三年間がすべて嘘だったなんて、思いたくない)

夜、拓海が先にベッドに入ったのを確認し、結衣は音を立てずに書斎へ向かった。
昼間に見つけた暗号の手帳。そのページをスマートフォンで撮影し、SDカードのデータと照らし合わせる。
拓海が藤堂からくすねている裏金の流れ。そして、警察の上層部――管理官への定期的な送金の記録。

「……やっぱり。……管理官も、あんたと同じ穴の狢だったのね」

絶望的な溜息を吐いたその時。
背後のドアが、音もなく開いた。

「――結衣。……探し物は見つかったかな?」

振り返ると、そこにはパジャマ姿の拓海が立っていた。
しかし、その表情からは「優しい夫」の仮面が完全に消え去っている。彼はゆっくりと部屋に入り、結衣の手からスマートフォンを奪い取った。

「……拓海。説明して。……あんた、私を利用してたの? ……警察の追及を逃れるために、私を……」

拓海は答えず、結衣を本棚へと追い詰めた。
「……カイトから何を聞いた? ……あの男は、僕を破滅させて君を奪おうとしている。……信じてはいけないと言ったはずだ、結衣」

「……信じられるわけないじゃない! ……私たちの出会いだって、全部仕組まれてたんでしょう? ……管理官に頼まれたの? ……私を監視するために!」

結衣が叫ぶと、拓海は激しく結衣の肩を掴んだ。
「……最初はそうだったかもしれない。……だが、結衣、君を愛してしまったのは誤算だった」

拓海の瞳に、狂気にも似た情熱が宿る。
「……君が刑事でいてくれれば、僕は安全だった。……だが、君は踏み込みすぎた。……そのSDカード、カイトから受け取ったんだろう? ……それを本庁に持ち込めば、僕も、君の愛する正義も、すべてが崩壊する」

拓海の手が、結衣の喉元に伸びる。
絞めるためではない。愛しむように、そして逃がさないように。
「……結衣。……カードを僕に渡して、明日、辞職願を出すんだ。……二人で海外へ行こう。……藤堂も警察もいない場所へ」

「……逃げるっていうの? ……犯罪者として?」

「……愛し合う夫婦としてだ」

拓海は結衣のブラウスのボタンを強引に引きちぎり、隠されていたSDカードを奪い取った。
そのまま結衣をデスクの上に押し倒し、彼女の耳元で残酷な事実を告げる。

「……残念だよ、結衣。……君がカイトに会った時点で、管理官は君を『処分』することに決めた。……明日の朝、君は捜査情報の漏洩容疑で逮捕される。……君を守れるのは、もう僕しかいないんだ」

「……なっ……」

結衣の絶望を封じ込めるように、拓海の重い身体がのしかかる。
聖域だったマイホームは、今、冷酷な監禁所へと変貌した。
拓海の愛撫は、昨夜よりも執拗で、支配的だった。
それは、結衣から刑事としての誇りを、正義を、そして自由を奪い去るための儀式。

(……ああ。……私は、もう戻れない)

情事の最中、結衣の視界が涙で滲む。
拓海は彼女を抱きながら、狂おしくその名を呼び続けた。
結衣の中に残っていた「氷の心」が、どろどろとした情欲と絶望の中で完全に溶けていく。

深夜、拓海が深い眠りに落ちた後。
結衣は、奪われたはずのSDカードを拓海のパジャマのポケットから抜き取った。
いや、拓海はわざと、彼女が取り返せるように置いたのかもしれない。
「……私を試しているのね、拓海」

結衣は、鏡に映る自分を見つめた。
髪は乱れ、肌には無数の赤い刻印。その瞳には、もはや警察官としての光は欠片も残っていなかった。

彼女はスマートフォンを手に取り、ある番号へメッセージを送った。
宛先はカイト。

『――計画通りよ。……明日の朝、すべてを終わらせるわ』

結衣の逆襲が、ここから始まる。
それは正義のためではなく、自分を裏切ったすべてを焼き尽くすための、孤独な復讐劇だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

寄生虫の復讐 ~美咲の冷徹な一刺し~

スカッと文庫
ミステリー
「お前みたいな寄生虫はゴミだ」 10年尽くした夫・雅也から突きつけられたのは、離婚届と不倫相手。 彼は知らない。私が家を飛び出した「サカモト・ホールディングス」の令嬢であることを。 そして明日、彼が人生を賭けて挑む調印式の相手が、私の実父であることを。 どん底に叩き落とされたサレ妻による、容赦なき「経済的破滅」の復讐劇。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...