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海の都 ラグーノニア

幕間:キラキラ王子の腹の中―②

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 いけないと、わかってはいるけれど――――
 闘技大会……至宝……誘拐……ミコトの評判……

 腹の底から大きな溜息を吐いた。クッソ――思いついてしまったからには、これがベストにしか思えない。

 多少の危険を伴っているが……全てがうまくいく作戦がある。

「副団長。もしおとり捜査をしたとしたら……早期解決できそうですか? 」

「あ? おとり捜査をしたらって……そんな都合のいいガキいないだろう。まぁそしたらヤツらの根城もその取引相手もわかるだろうから、スピード解決には――」

 ――――ガンッ!!

「っふざけるなよ、ジーク!! 」

 目を吊り上げて怒りを露わにしながら、アルが胸倉を掴み上げてきた。本当に――ミコトに関することに対しては、鼻が利く男だ。

「――フェイラート副団長。ミコトとユキちゃんを使ってください。俺らが離れている、闘技大会中に。祭りの騒ぎの中、ヤツらは必ずノッてくるはずだ。」

「そんな危険なことにミコトを巻き込んでんじゃねぇよ!! 」

「冷静に考えろ、アル。初動が大事の誘拐事件でこっちは出遅れているんだ。祭りに乗じてあっちは更に子どもを誘拐するぞ! やみくもに調査しているより、ミコトとユキちゃんを野放しにして影から見守っていた方が――勝率が高い。フェイラート副団長、あの2人を差し出すから、その代わりに騎士団員を何人か俺たちに貸してください。」

 俺の言っていることは――間違っていない。正しいとも言えないけど。

 悔しそうにアルが拳を握りしめる。殴られるかと思ったけど、そのままの状態でアルは沈黙していた。

 張り詰めた空気が漂う部屋の中、話を続ける。

「引き続き調査をする者、闘技大会に出場する者、ミコトとユキちゃんを見張る者に――団員を分けてもらえますか。あいつらには、巫女の練習だと言って、女の子の格好で街をうろついてもらいます。例え誘拐されなくても――無防備な子供の周りをうろついている者がいたら目星をつければいい。」

「……わかった。」

 返事をしたフェイラートにアルが鋭い視線を向けるが、それ以上に冷徹な視線をフェイラートはアルに返した。彼の頭の中では、もう算段がついたのだろう。その視線を受け止めたアルは、八つ当たりするかのように、再び俺を睨みつけた。

「――ミコトが危険な目に合わないという、確証は? 」

「誘拐の目的は、おそらく隣国への売買目的だろう。商品に傷は付けないはずだ。」

 眉間にシワを寄せてアルがしばらく考え――大きく溜息を吐いた。拳は変わらず握りしめられたまま、怒りを孕んだ悔しそうな声で絞り出す。

「――さっさと終わらすぞ。このふざけた祭りも、胸糞悪い事件も。」

「期待しているよ。灼熱の炎獅子様。」

 予定外のことになったが……ここから如何に万全を尽くせるかだ。ミコトとユキちゃんの安全を考えた、海の都の作戦会議は、夜分遅くまで続いた。

 ここで決まったことが3つ

 1.ミコトには伝えずに行動する。挙動不審になるのが目に見えて逆に警戒されてしまう。
 2.ユキちゃんには伝える。じゃないと手加減なく敵を葬り去りそうだ。
 3.期限は闘技大会終了時まで。その後は各々の役割に戻る。

 そんな会議中も、アルはことあるごとに、ミコトの警備体制への注文をつけてくる。やれ、ガードが甘いだの、見失ったらどうするだの……

 そんなに見張り付けたら相手に警戒されちゃうから!! 

 おとり捜査の意味わかっているのか? 冷酷な堅物騎士の仮面はどこへ行った……今のアルは、初めてのお使いに行く子を心配している父親みたいだ。

(まるで親子……そうかそれだ! )

「アル……ミコトのにおいを完璧に覚えて追跡することは可能か? 」

「はぁっ?? 」

 獣人は家族や番いのにおいを覚えて、相手の居場所がわかる――と聞いたことがある。他人のミコトにも出来るのだろうか。いや、してもらうぞ!! 怪訝そうな顔をされるが気にしない。そんな小さなことでいちいち悩んでいたら王子なんて出来ないのだ。

「お前、ミコトの護衛に自分が関われないことが嫌なんだろう? そうしたらミコトのにおいを覚えて……この街のどこにいても、居場所がわかるようになっていればいい。」

 それこそ最強のボディーガードじゃないか! いつもは切れ長な目を丸くして、衝撃を受けたような顔でアルが固まっている。そんな驚くようなこと言ったつもりはないのだが……

「殿下、さすがにそれは――「わかった。」」

 俺の無茶ぶりを咎めていたフェイラートの言葉を遮って、アルが返事をした。いつも通りのポーカーフェイスで、なんてことのない、というような涼し気な顔だ。

「うっそ、マジで? 」

 逆にフェイラートは顎が外れるんじゃないかってくらい口を開けている。対照的な二人の副団長の様子に思わず笑いが零れる。

「任せたよ――我らが聖女様の護衛騎士。」

 先ほどまでいちゃもんつけていたアルは、その後、古城を守るガーゴイルみたいな目つきで、黙って会議を見守っていた。見守っているというか――心ここにあらず、というような感じだな、あれは。一体怖い顔して、何を考えているのやら。

(あ、ミコトにばかり気を取られていて忘れていたけど――)

「アル、ユキちゃんのにおいも覚えられそうか? 」

「……無理だ。一人で精一杯だ。」

「そうか、そういうもんか。」

 なら仕方ない、ユキちゃんはまた別の方法で守ることにしよう。そういえば、前にミコトがケータイデンワについて話しているときに、ジーピーエスとやらの話もしていた。あれを魔導具で作ることは出来るのだろうか――いや、ぜひやってもらおう。

 二人の安全を考えると、出来るだけの策は講じておきたい。

(泣かせるわけにはいかないもんな~)




 ――――この時の俺は、些か調子にノッていた。過去に戻れるのなら、全力で張り倒し行きたい。目先の欲に目がくらんで、してはいけないことをしてしまった。

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