死神と姫君

小田マキ

文字の大きさ
4 / 9

しおりを挟む
 一方その頃、王妃の私室を飛び出したフォルセリーヌは自室で膝を抱えていた。
 城を抜け出してクラウディア帝国跡地に向かったときは、堅苦しい監視の目から逃れられた解放感からわくわくしていたのに……あの聡明な母を出し抜いたことが愉快で堪らなかった。高揚はほんの一時で、今こんな惨めな気持ちになるなんて思わなかった。
 ディゾ・リーリング、人の身ながら最高位の破壊神である白き死神イシュトレイグを御したと言う伝説の人物。戦いの最中で敵同士でありながら母サスキアを愛し、守る為に存在理由でもあった復讐の念を手放して逝った人だ。
 戦争終結後に蘇るも、精霊に身を堕としたイシュトレイグとともに、新たな諍いの火種になることを避けて表舞台からその姿を消した。
 彼リィンがいなければ、きっと自分はこの世に生を受けることが出来なかった。大好きな両親にも会うことができなかった。母が語るその人となりに、好意を抱くのは簡単だった。
 忌まわしい、呪われたと評される戦火を映し込んだような赤い瞳も死神の吐息のような白い髪も……目を瞑れば細部に亘るまで鮮明に思い出されるようになった頃、この気持ちは感謝ではなく恋慕であると気付いた。
 肖像画を眺めるだけの一方通行で、会うことさえ叶わないのに。
「……オジサンって言っちゃった」
 先ほどまで目の前にいた彼は、瞳も髪の色も、母と同じ夜の闇のようだった。壮年を過ぎた容姿に身をやつしていたリィンは、自分が脳裏に焼き付けたディゾ・リーリングとはまるでかけ離れていたのだから。
 膝を抱いていた手で、頭を抱える。二人の初対面は、これ以上ない最悪なものだった。
 彼は自分のことを、両親を困らせて楽しんでいる我がまま娘だと思ったはずだ。実際、はねっ返り呼ばわりされてしまい、あれだけの醜態を晒して今さら弁解はきかない。
 今頃リィンは、母と何を話しているのだろう。
 自分のことなど、もう忘れてしまっているに違いない。その命を賭して守ったほどの想い人サスキアは、四十を超えてなお輝くばかりに美しい。父親似を自覚しているフォルセリーヌは、母に似なかったことが残念でならなかった。
 ほんの僅かでいいから似ていれば、彼の心の隅にも自分の存在を残せたのに。城を抜け出したりしなければ良かった。こんなことなら、引き留めたりしなければ良かった。
 リィンへの想いを知っている母のからかうような態度が嫌で逃げ出したのではない。
 彼が母に笑顔を向けるのを見たくなかった……それは、自分には絶対に向けられることなどないのだから。

「フォル、入るよ」

 愛する母に対して嫉妬を覚えるフォルセリーヌの耳に、当の本人の声とともに、扉を叩く音が突き刺さる。ギョッとした彼女は、間髪を置かずに湧き起こった罪悪感に、思わず無視を決め込んでしまった。
「……フォールー、いるのはわかってるんだよ。心配しなくても今回は説教じゃない、大事な話があるんだ」
 しばらく返事を待って、再びノックとともに呼びかけられる……このまま無視を続けていようか、と一瞬思ったが、そんなことをすればサスキアは何の躊躇いもなく扉を蹴破るだろう。そういう人なのだ。
 仕方なく彼女は蹲っていた長椅子の上から下りると、自室の扉を開けにいった。
「素直でよろしい」
「きゃぁっ……!」
 扉を開けて現れた母の笑顔の後ろに立つ人物が目に入ったフォルセリーヌは、小さく叫んで硬直する。
「……私は化け物か」
 どうして、彼までいるのだろう……リィンを見つめたまま固まるフォルセリーヌに、彼は眉を顰めた。
「ちょっと驚いているだけだろう」
「少しどころじゃないだろう。これでは不自然過ぎる……先が思いやられるな」
「大丈夫、大丈夫。端から見たらそれも微笑ましく見えるよ。似合いな二人だよ」
 二人の話題が自分のことだろうが、一体何を話しているのかわからない。サスキアと話している間も自分に固定されたリィンの視線のせいで、頭が巧く働かなかった。
「どう考えても、誘拐犯と人質だ」
「無粋なことを言うな。あんただって、ちょっとは努力してくれないと困るぞ……二人は愛し合っているんだからな」
 母の言葉に、フォルセリーヌの脳に衝撃が走った。大事な話、愛し合う二人……激情とともに言葉が口を吐く。
「酷いわっ、お母様! 私達を捨てるって言うのっ……?」
「はっ……?」
 彼女の非難に、サスキアは目を丸くした。
「彼が素敵なのはわかるけどっ……、今さら駆け落ちなんて信じられない!」
 叫んだフォルセリーヌの頬に、涙が伝う。母への怒りと悲しみで、我を失っていた。
「……何か盛大に勘違いしてないか?」
 大きな瞳からボロボロと大粒の涙を流して母を責める彼女に、渦中のリィンが端正な顔を歪める。
「とにかく、泣きやんで……フォル」
「いやっ、触らないで! お母様なんて嫌いっ、見損なったわ! お父様が可哀想過ぎるっ……彼を愛しているなら何でお父様と結婚なんてしたのよ! 私まで産んどいてっ、汚らわしい!」
 伸ばされた手を弾きながら、フォルセリーヌは恥じ入る様子もなく己を懐柔しようとする母を涙で濡れた双眸で睨みつけた。
「落ち着きなさい、フォル。私は駆け落ちもしなければ、アルフレインもお前もちゃんと愛してるよ」
「じゃあ何っ? まさか不倫っ……貴方もよくそんなの承諾したわね! 男としてどうなのよっ、矜持はないの!」
「……っ……よくもまあ、そこまで支離滅裂な誤解ができるな」
 突如、怒りの矛先を向けられたリィンは、生温かい双眸をフォルセリーヌに注ぎながらため息を吐く。
「それだけ純粋だってことだ……聞きなさい、フォル。リィンと私は何でもないし、大事な話というのも、リィンとお前とのことだよ」
 サスキアは更なる非難の言葉を押し留めるように片手を上げ、真面目な顔をしてそう口を開いた。
「リィンと婚約しなさい、フォルセリーヌ。これは母親の言葉ではなく、オルガイム国王妃としての命令です」
 告げられた言葉にフォルセリーヌは、石化の魔法にかかったかのように、息を吐くことさえ忘れてその場に立ち尽くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...