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第一章 魔王……そして圧倒的戦力差

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 翌日。
 嶺二を除く四人は、本部のリビングでテーブルを囲んで座っていた。各々が神妙な面持ちの中、最初に言葉を発したのはマリア。

「昨日の件、計画したのは私。警鐘を作ったレラは、私の指示に従っただけだ」

 皆は彼女に視線を向け、続きを待つ。

「我々の主砲である嶺二の覚悟と、そして刺客を送り込んでくる神様の行動パターンを把握するために行った……私の興味心が誘発した軽率な計画だ。もしや全滅の危機もあった状況を意図的に作り出し、皆を危険な目に合わせてしまった……申し訳ない」

 頭を下げた彼女の言葉に返したのはターシャ。

「私が……そしてソールさんが一番気にしているのは、その……」
「分かっている。魔王とその娘のことだな」
「はい……」
「心配するな、私はソールのことを大切な仲間だと思っているし、ましてやシェミルは彼の娘だ。粗末な扱いは決してしない」

 ターシャはほっと息を吐くと、思いついたように。

「では……マリアさんの家族が魔王に襲われたというのも?」
「それは本当だ。しかしソールにやられたわけではない。私が彼を恨むのは筋違いだろう」
「じゃ、じゃあ皆でまた楽しく過ごせるんですね!」

 マリアは笑顔で頷くと、だが……と。その表情で、皆も察したのか一様に俯いた。

「嶺二は……」

 六体のレビギルを相手に戦った嶺二は、見るからに瀕死の状態だった。ターシャの治癒魔法を受けたはものの、目を覚ますことなく、彼は二階の自室に運ばれ眠っている。

「れ、嶺二さんならきっと大丈夫ですよ! 治癒魔法をかけた時はかなり呼吸が浅かったですけど……でも嶺二さんなら!」

 ターシャの無理やり元気をつけたような言葉に、それでも皆の表情は晴れない。レラはテーブルに胸を突き当てて言う。

「いざとなれば、この私が彼の身体を機械にしたって蘇らせて差し上げますわ!」

 レラならそれも不可能ではないだろう、しかし一番は嶺二が問題なく回復することだ。
 もちろん、嶺二が瀕死の状態となって最も気に病んでいるのはマリアのはず。

「まさかレビギルを六体も送り込んでくるとは……嶺二、どうか目を覚ましてくれ……!」

 ターシャが宥めようとすると、マリアは大きく目を見開き、狼狽の声を漏らした。

「マリアさん? どうしたんですか?」
「しまっ……」


 ――ウオオオオオオオオオオオン!

 誰もが、聞き覚えのあるその咆哮を聞いて唖然とする。

「そ、そんな……」
「……また来たか」

 皆は一斉に本部を出て、空を見上げた。
 案の定、空では金と黒の巨体が滑空している。今回は……二十体ほど。
 マリアは顔を歪め、舌打ちすると。

「やはり、神様はこのような状況で刺客を送り込んでくるらしい」

 昨日は、全員が同じ場所にいた。それに加えて司令塔であるマリアが機能していない状況である。
 今回は……。

「絶好のタイミングだな。なぜなら我々には今、嶺二がいない……」

 その言葉で、改めて絶望的な状況であると自覚した皆は一様に呆然とする。

「ど、どうすれば……マリアさん」
「とにかく子どもたちを避難させ……」

 ぞろぞろと、マリアたちの前にやってきてレビギルを見据えたのは少年少女。その者たちは青いローブを纏っていた。

「お、お前たちは……!」

 中心に立つ少年が振り向いて、自信に満ちた顔を向ける。

「マリア姉さん! ここは俺たちに任せてくれ!」

 その者たちは、ソールとターシャの息子娘。昨日まで子どもだった彼らは、今では少年少女と呼べるくらいに成長していた。

「みんな……大きくなったね……!」

 胸の前で手を合わせて、泣きそうな顔でターシャが言うと、今度は少女が。

「お母さん、お父さん。この街は私たちが守るから、安心して?」

 漏れなく頼もしい美男美女が揃ったその光景に、マリアはふっと笑いをこぼす。

「嶺二がいない状況で、ヤツらに対抗出来るか……お手並み拝見といこう」

 空を舞う二十体が、一斉に炎を吹いてきた。二十本の炎はひとつになり、街を飲み込んでしまうほどに巨大化する。

「みんな! お願い!」

 全員が手を前に伸ばすと、無数の光が束になり、空中で壁を作った。


 巨大な炎は光の壁に衝突するとさらに拡がって周囲の空気を歪め始める。地上では立っているのがやっとというくらいに熱風が吹き荒れた。

「ぐっ……皆、耐えろ!」

 少年の言葉に、皆の表情に更に力がこもった。

「厳しいか……!」

 マリアは押される壁を見て、険しい表情を作る。
 一向に衰えない炎に対して、光の壁はその濃度を徐々に失っていった。

「母さんたちは逃げて!」

 防ぎ切れないと悟ったか、少年が叫ぶも、ターシャは。

「諦めないで! 皆の力はそんなものじゃないでしょ!?」

 少年たちが唸り声をあげると同時に、光の壁が濃度を増して炎を押し返し始めた。

「俺たちは……諦めない!」
「私たちがこの街を守らないと!」

 しかし、また光の壁は迫ってくる。

「ぐっ……もう、駄目だ」

 一人の少年が倒れた。続けざまにもう一人、もう一人と。

「みんなぁ!」

 隣の者が倒れると、そのまた隣が絶望的な表情を浮かべ、その繰り返し。
 当然、光の壁は急激に薄くなって……炎はすぐそこへやって来た。

「……俺が、行こう」
「ソール! ……頼んだ」

 ソールが一歩踏み出したと同時に、一人の女性が現れる。長く伸ばした黒髪に、丈の足りないローブ姿の彼女は魔族たちの背後に経ち、右手を伸ばした。

「シェミル……?」

 彼女が目を見開くと同時に、世界中の空間が歪んだかのように全てが揺れる。

「……みんなに、乱暴しないで」

 瞬間、光の壁へ一直線に走るナニか。

「なっ……なんということだ」

 狼狽するマリアの目には、ナニかが壁を突き破って炎を吹き返す光景が映った。
 よく見れば、その女性……シェミルの右手が向く軌道上は酷く歪んでおり、まるで溶けているかのよう。
 炎は押し返され……いや、何者をも溶かしてしまいそうな豪炎でさえ、溶けるように霧散していった。
 
 炎が消えた直後、壁を展開していた魔族たちは唖然として振り向く。

「シェミル……何て力だ」
「すごいね……シェミル」

 皆から注目されると、すぐにシェミルはターシャの後ろに隠れた。それを見てターシャは微笑む。

「さすがはシェミルだね。よく頑張りました」
「……う、うん」

 シェミルは自分よりも背の低いターシャの背中に、できるだけ縮こまって頷いた。

「それにしてもシェミル、どこにいたの?」

 ターシャがそれを疑問するのは当然だろう。皆が戦っているというのに、何をしていたのか。
 シェミルは答える。

「……嶺二と、かくれんぼしてた」

 ターシャ含め、マリアもソールもレラも、みんなは彼女が何を言っているのかすぐに理解ができなかった。

「それってどういう……」

 ターシャが発しきる前に、ソレは本部の裏から大声をあげて飛び出してきた。

「もぉぉぉぉぉおおいいいいいいかァァァァアイ!」

 それは二十体のレビギルの方向へ一直線に向かっていき、拳を引く。

「バケモン…………見ぃつけたァァァ!」

 粉砕する一体。すぐに隣のレビギルが尻尾で攻撃するも掴まれ、振り回される。

「シェミル、見ぃつけたァ!」

 言って、レビギルをその方向へ投げ飛ばした。
 迫ってくるレビギルを見て、ターシャは叫ぶ。

「きゃぁあ! こっちに来るぅ!」

 彼は、攻撃してくる他のレビギルを今度は踏み台にして地面に向かって飛び、その足で。

「シェミルに手ぇ出すんじゃねぇぞボケェ!」

 空中で巨体を蹴り飛ばし、地面に着地。

「ふぅ!」

 やりきったような顔で息を吐く男を見た皆の顔は、唖然としている。

「嶺二……さん?」

 その男……神矢嶺二はパンツ一丁で現れた。

「よっ、ターシャ。また騒がしいことになってんな」

 本部の自室で眠っているはずの男が、なぜ? というような顔の面々は彼の格好など気にする余裕がない様子。しかしマリアは鋭い目付きで彼に歩み寄る。

「嶺二……お前、どうして」
「ん? 俺はシェミルとかくれんぼしてたんだ。それがどうかしたのか?」

 今回、本を持っていないマリアは嶺二に拳をぶつけた。

「いでっ……おいおい、何でそんなに怒ってんだよ」

 嶺二に抱きついたのはターシャ。

「嶺二さんのこと、みんな心配してたんですよ!」

 嶺二はきょとんとしている。

「は? どうしてだよ」
「どうしてって……なかなか目を覚まさないから」
「ああ……そっか、俺気絶しちまってたのか。どうりで朝起きたら身体中が痛かったわけだ」

 レラはこめかみに血管を浮かせて。

「眠ったままでいただけたら、私があなたの身体を好き放題できましたのにね……?」
「げっ……レラお前も怒ってんのか?」

 ソールは黙ったままその様子を見ているだけで、やはり一番冷静なマリアは空を指さした。

「来るぞ」

 残った十八体の突進。1本のブレスならともかく、これを全て防ぐのは嶺二でも不可能だろう。
 嶺二は振り向いて、魔族たちに言った。

「お前たち! アレを何とかできるか?」
「はい!」

 少年たちは手を掲げて、光の壁を生成する。それにぶつかったレビギルの群れは渋滞し。

「ソール!」
「……分かった」

 嶺二の呼びかけで、ソールが両手を広げる。すると、壁に張り付くレビギルたちが網にでもかかったかのように収束していった。

「ナイスだソール! んじゃ、今日もカマすぜ!」

 地面が沈むと同時に、嶺二は密集したレビギルの群れへ一直線に飛んでいく。

 その直前で、拳が血の一閃を描く頃。

「何体いても絶対倒すパーーーーンチ!」

 その拳は光の壁ごとレビギルたちを粉砕し、周囲に鈍重な音が響き渡らせた。

「どうだ!」

 肉片の中から、レビギルの頭部だけが飛び出してくる。

「ゾンビかよ」

 嶺二を食らうことは諦めた方がいい。なぜなら彼は、自らその口を鷲掴みにして喰らいにいくからだ。

「一丁あがり!」

 穏やかな空が訪れた頃、嶺二は地面に着地して皆の前に立って言う。


「みんな! よくがんばったな!」

 少年たちは笑顔で返した。

「バーカ!」
「あ?」

 嶺二はキョトンとした顔で彼らを見つめる。そして次々と。

「バーカ!」
「ばぁか!」
「バーカバーカ!」

 ピキっと、嶺二のこめかみが鳴ったその頃、シェミルが彼の腕にひっつく。

「お、シェミル」

 彼女は、見上げた笑顔で。

「……ばーかっ」

 そういうことかと、嶺二は拳を振り上げ、地面に振り下ろす。

「よくできましたァ!」

 神の祟りかと思わせるほどに地面が跳ね上がると同時に、嶺二はシェミルを抱えて垂直に飛び上がった。

「……嶺二、すごい」
「へへっ」

 見下ろすと、腕をあげて笑顔で歓声をあげている魔族たち、そして真顔で見上げるターシャ、レラ、ソールに……。

「降りてこいコラ嶺二ぃぃい!」

 激怒するマリア。

 嶺二はシェミルと見つめ合うと笑って。

「こりゃ殺されるかもな」
「……大丈夫、私が守るよ」
「そりゃ心強い」

 案の定、嶺二は着地するなりマリアに殴られ、ターシャやレラにもしつこく罵声を浴びせられた。
 無理もない。地面が暴れたおかげで、建物のほとんどが傾いたのだから。
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