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第一章 魔王……そして圧倒的戦力差
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しおりを挟む嶺二は魔族たちを引き連れて本部の前に戻ると、早速機嫌の悪そうなターシャに絡まれる。
「嶺二さん」
「あーはいはい分かってますっつの。いいからこいつらを治療してやってくれ」
嶺二もかなりボロボロだが、皆とは違って服に損傷はない。レラが戦闘の場面を考慮して丈夫に作ってくれたのだろう。しかし右手の手袋だけは甲の部分が破れていた。
「一体なにをしたらこんなボロボロに……まぁ、いいです。みんな楽しそうなので」
魔族たちの笑顔を見て、ターシャはやれやれと肩を落とすと皆に治癒魔法をかけ始める。
「ありがとうお母さん!」
「お母さんの治癒魔法すげぇなぁ!」
ターシャは眉をひそめて魔族の男に言う。
「その『すげぇな』って言い方……まるで嶺二さんみたいなのです」
シェミルと話していた嶺二は、それを聞き逃さずに彼女に詰め寄った。
「おいターシャ。何か文句でもあんのかよ? 別に汚い言葉じゃねぇだろ」
「はいはい。あなたにも治癒魔法をかけときますね」
嶺二の傷が癒えると、さらに元気になった魔族たちが彼を囲んだ。
「嶺二! もう一回!」
「あ? 何をだよ」
「エクスプロージョンパンチ!」
「ばっ……バッキャロー! 死ぬ気かお前ら!」
それを放っては立っていられないほどの負荷を負うということは彼らも分かっているはず。嶺二は頭をかいて呟く。
「タフすぎんだろ……こいつら」
その時、嶺二の背中に柔らかいものがあたると同時に、後ろから何者かに抱きつかれる。
「ん……シェミルか? ……って」
「よぉ。嶺二ぃ~」
顔を真っ赤に染めたマリアだった。放たれた吐息は酒臭く、見事に仕上がっている様子。嶺二はその顔を遠ざけるべく彼女の頬を押さえつける。
「おいマリア。お前ひょっとして、今までずっと飲んでたのか?」
「ひっく……ああ!?」
「げっ……」
酒豪とは聞き違いだったか、さっそく酒癖の悪そうな雰囲気が漂っている。
「マリアさん!? どうしたんですか!?」
「こいつ、朝から酒飲んでたんだよ。自分のことを酒豪とか言っときながらこのザマだ」
しかしこのようなマリアの姿は新鮮。いつもは鋭い目付きで威圧的な態度をとってくる彼女が、今では目尻を下げて間抜けに笑っている。
「わ、私の魔法でアルコールを抜きます!」
「まあ待てターシャ」
嶺二はイタズラな笑みを浮かべて。
「いつもエラそうにしてるこいつがこんなマヌケな顔してんだ。皆に見せて笑ってやろうぜ?」
「え……そ、それは……」
マリアが嶺二の顔ごと巻き込んで口に手を当てた。
「おえっ! ぐっぶ……」
「マリア? お前まさか」
真っ赤だった顔は、今度は蒼白として頬を膨らませている。それを見た嶺二は即座にもがいた。
「離せぇぇえ! お前吐くつもりだろ!? ふざけんな! 他人のゲロ浴びるなんて御免だからな!」
「嶺二……うっ………あまり揺らすな……ごっ……ぶーー」
放たれた。
「ヒィヤァァア!」
言葉にしたくない液体が嶺二の後頭部から浴びせられ、彼は当然ソレにまみれることになる。
「……ふぅ」
マリアは安心したように、嶺二の肩で目を閉じた。
「く……こいつ……!」
嶺二の肩に垂れたマリアは寝息を立てている。眠ったようだ。
「ターシャ、悪いんだがこいつを部屋に……」
「近寄らないでください」
ターシャは鼻をつまんで嶺二から距離を取る。嶺二は舌打ちして。
「ったく……」
マリアを背中に寝かせながら、本部の中へ入っていった。
リビングにて、昼食の準備をしているレラが今し方姿を現した二人に怪訝な目を向ける。
「嶺二……? その……マリアはどうしましたの?」
嶺二は自分の肩にもたれかかって寝息を立てるマリアをチラと見てから。
「お前もここにいたなら知ってるだろ? 酔ってんだよこいつ」
「いえ……私はそんなマリアを見たことがありませんわ……。しかも酔っているって……私が作ったお酒を飲んだのですわね」
「余計なモン作りやがって」
「マリアに頼まれましたの!」
嶺二がため息をついてレラに歩み寄ると、彼女は即座に鼻を押さえた。
「うげっ……イヤな臭いがしますわ」
「頼みがある。油性ペンを作ってくれないか」
「油性ペン……? ええ。それくらないならお易い御用でしてよ?」
嶺二はレラの作った油性ペンを握って二階へあがり、マリアを彼女の自室のベッドに放り投げる。
それでもすやすやと眠っているマリアを見下ろして、嶺二はイタズラな笑みを浮かべた。
油性ペンのキャップを取り外し、ペン先をマリアの顔に近づける。
「へへへっ。散々俺をパシリやがって……報復の一手を差し伸べてやる」
ペン先は簡単にマリアの頬に触れるとそこで走り出す。
「こうして……こうして……こうだ!」
両側の頬に猫のヒゲを三本ずつ描いて、さらに瞼には猫のような目も。
「傑作だ……」
キャップを締めた嶺二は、満足気にその顔を見つめると部屋を後にした。
本部を出た嶺二は、暇そうに頭の後ろで手を組んで歩いていると、いつもの様に地面に手を着けているソールを見つける。
「おっすソール。精が出るな」
「……嶺二か。……何だこの匂いは」
嶺二はそれに答えることなく、しゃがんでソールの目線に合わせて言った。
「なぁソール。近々お前の子どもたちが戦いや街のために働くようなるみたいだが、お前はどう思う?」
「……当然のことだ」
嶺二は頭をかいて。
「やっぱそうなんか~。魔族ってのはエラく働き者なんだな」
無言のソールに、嶺二は目を見開いてさらに続けた。
「そんでよ? お前の子どもたち、めちゃくちゃ強ぇんだぜ? まさか生まれてたったの三日であれ程とはな!」
「……俺とターシャの、子だからな」
嶺二は僅かに口角が上がったソールを見てご機嫌そうに笑う。
「へへっ。全くその通りだぜ」
と、その時。
『みなさーん! 昼食の時間でしてよ~!』
メガホンでも使っているのか、レラの声が街中に響き渡った。
その声を聞いた嶺二は即座に立ち上がってソールに言う。
「だってよソール! ……くぁ~、朝から何も口にしてねぇから腹ぺこだ」
「……行こう」
◇
魔族たちの家へ食事が行き渡り、嶺二が風呂を済ませるとテーブルにつく。レラ、ターシャ、ソール、おまけでシェミルも既に椅子に座っていた。
物足りないような顔をしたレラが言う。
「マリアはまだ起きておりませんの?」
「ああ。あいつは今頃ぐうすか寝てるだろ。そんなことより早く食おうぜ? 腹ぺこなんだ俺は」
レラは「そう……」と一言呟くと、手を合わせて。
「じゃあお先にいただきましょうか」
「いっただっきまーす!」
串刺しにしてある大きな魚をさらにフォークで串刺しにした嶺二は、口を広げてかぶりつく。
「うめぇぇえ~!」
見たことの無い魚を疑いもなく頬張る嶺二は幸せそうな表情だ。
皆も食事に手をつけ始め、しばらく経った後に嶺二の背後でリビングの戸が開く。
対面に座っているレラはすぐにその名前を呼んだ。
「マリア、起きたのですわね。さあ座ってすわ……って?」
「ああ、すまない。」
マリアの鋭い眼光はいつも通り。酔いも覚めて通常運転状態のようだ。しかし眉をひそめたレラが凝視しているのは、油性ペンでも使って描かれたかのような頬のヒゲと、瞼に重なる目。
レラはすぐ嶺二に視線を移して睨みつけた。
「ん? どしたレラ」
色々と頬張ってハムスターのような顔になっている嶺二は、きょとんとしている。
レラは小声で。
「あんた……ひょっとしてマリアの顔に……!」
「ん?」
マリアが嶺二の隣に座る。その顔を見た彼はきょとんとした表情を崩さずに。
「しまった」
マリアはレラと嶺二を交互に見やった後、最後には嶺二の方を向いて不思議そうに問う。
「どうした。私の顔に何かついているのか?」
もちろん、嶺二とレラ以外の皆も気づいている。しかし誰もが簡単には答えられそうにない中で。その声は嶺二の隣から。
「……マリアお姉さん。頬に何かついてる」
「何? どれ……」
シェミルのジェスチャーを見て頬を擦るマリアを、皆固まった表情で見つめた。
「むぅ。何も手につかないが……嶺二、取ってくれ」
「げっ……」
差し出された頬に描かれている三本の線を見つめる嶺二は、額に汗を浮かべて言う。
「と、取れねぇよ……油性なんだから」
「何……?」
鋭い目線がレラに向くと、彼女はすぐさま鏡を生成して胸の前に構えた。ソレにはもちろん、猫面にされたマリアの顔が写っているわけで。
ドン、という音と共に皿が震える。
「ははは……これは面白い」
マリアは笑って鏡を見つめていた。嶺二がほっと息を吐いた瞬間、その顔はひょっとこのように絞り上げられる。
「ぶっふ!」
「貴様……私にこのようなことをして見せるとはいい度胸だな?」
「んぶっ! んぶ! しゅ、しゅみましぇんでし……」
「…………飲め」
どこからともなく、マリアが一升瓶を掲げた。
「しょ、しょんなもの……どこから……ーーぶブ!」
ひょっとこ口に繋がった一升瓶のそれからは当然中身が流れ込んでくるわけで。
嶺二はひっくり返った虫のように手足をばたつかせた。
「ンゴっ!? ゴ……ご……ぐ」
「はははは! どうだ美味いだろ!? ……もっと飲め!」
「が……ご……ばっふぁ……」
嶺二の顔は次第に青く染まっていき、しまいには白目を剥いて椅子から転げ落ちてしまう。
ターシャは慌てて立ち上がってテーブルの下に消えた嶺二を覗く。
「嶺二さん!? 大丈夫ですか!?」
「アボボボボ…………」
泡を吹いて白目を剥いている嶺二は小刻みに痙攣していた。
「……嶺二、苦しそう」
「きゃぁあ嶺二さ~ん! す、すぐに治癒魔法を~!」
「はーはっはっは! 思い知ったか小僧!」
しゃがんで嶺二の顔をつつくシェミル。慌てふためていて治癒魔法をかけ始めるターシャ……一升瓶片手に大笑いするマリア。
その様子を見ていたレラはため息をつくと、フォークに刺した肉を口へ運ぶ。
「全く、食事の時くらい静かにできませんの……?」
レラが隣のソールに向くと、やはり表情を崩さず淡々と食事をする彼にまたため息をついた。
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