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第二章 緊急態勢突入、第四次異世界衝突へ

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 街は跡形もなく消滅した。
 消えて無くなったその場所を、生き残った四十人の魔族たちは呆然と眺めている。泣くでもなく、怒りを声にするでもなく……ただ、呆然と。
 その真っ只中で、白い巨体から立ち上がったのは嶺二。

「こりゃあ……たまげた」

 のんきに頭をかいて言う嶺二は、一瞬浮いた地面に視線を向けた。
 扉のようになっていたそこが開くと、ぞろぞろと魔族たちが姿を現す。

「地下シェルターか。そんなもん作ってたんだな」

 やはり、視界に広がる光景を見たその者たちは例外なく絶望とした表情で立ち尽くしてしまう。
 そこからターシャとレラも出てきて、それを見た嶺二は大きく息を吐いた。

「無事だったか」

 残ったのは最強の五人と、過半数を子どもが占める百人程度の魔族、そして白い巨体に、崩れた城壁の一部。
 その中心に、神様が降り立った。

「皆さん。お集まりください」

 神様の周囲に皆が集まると、彼女は笑顔で。

「よく耐え抜きましたね。敵の軍勢は思いのほか小規模なものであり、私たちでもなんとかこの世界を守ることができました」

 その言葉に嶺二が迫る。

「お前よ……この有り様でよくそんなことが言えたもんだな」
「戦いに犠牲はつきものです。それを無駄にしないためにも、我々はめげずに立ち上がらなくてはなりません」
「綺麗ごと言ってんじゃねぇぞ……」

 拳を握りしめる嶺二の肩に手を置いたのはマリア。

「嶺二、お前の気持ちはよく分かる。私だって奴らが憎くてたまらない。しかし、奴らも篩にかけられた不幸な連中だ」
「そう……だけどよ!」

 今回の敵を一番憎く思っているのは嶺二だろう。かつて同じ世界にいた者たちが、同じ場所で育った者たちが……彼の目の前で何人もの子どもを焼き殺したのだから。

「私たちに敵を憎んでいる暇などありません。即刻、体勢を整えてください」

 神様はそう言うと、俯く嶺二に歩み寄る。

「申し訳ありません。私にもっと、力があれば……」
「………っ」

 言い切る前に、嶺二の体は神様の肩を通過して地面に倒れた。

「れ、嶺二さん!」

 すぐにターシャが治癒魔法を展開。彼が歩いてきたであろう道筋には多量の血痕が引かれていた。
 切なく俯いた神様が静かに踵を返した時、その足が掴まれる。歪んだ顔をした嶺二が神様を見上げていた。

「こんな遊びをしでかすお前の仲間……俺が絶対……殺してやるからな……!」

 パンと、乾いた音が空に響き渡る。

「………………っ」

 嶺二は呆然と、神様の腹に空いた穴を見つめた後。

「なっ……」

 その背後に立つ子どもを見て目を見開いた。

「何してんだ……お前」

 震えた両手で拳銃を握る女の子は、涙を浮かべてこちらを見据えている。
 肩まで伸びた黒い髪に、見ていて不自然とも思わせない風貌。ぶかぶかの緑の服を着ている少女は間違いなく日本人だ。

「子ども……? って、あ! 嶺二さん、まだ立っては……」

 嶺二は体を傾けながらも何とか立ち上がって、神様の前に出る。

「嶺二さん、私は大丈夫です。あなたはあの者を……」
「許せねぇ……許さねぇぞあいつら……!」

 襲来した日本軍の生き残りは……女の子。それが銃を構えて神様を撃ったのだ。当然、日本で育った嶺二の中でさらなる憎しみが湧く。
 嶺二は震える少女を見据えて。

「いつから日本は……戦争に子どもを利用するようになったんだ!」

 止まらぬ出血を足元に引きながら、嶺二は少女へと歩み寄る。

「こ……来ないで!」

 発砲。
 嶺二は足を止めることなく……飛んできた弾丸を右手に握りしめ、握力で砕くと。

「お前は……人を殺しちゃいけねぇ」

 嶺二の手が少女の肩に触れようとした時。

「っ……。――っ……!」

 パン、パンと、二発の弾丸が嶺二の腹を貫通した。
 それと同時に、少女は銃の反動に負けたか腰を抜かして尻もちをつく。

「来ないで……来ないで……!」

 少女が畏怖の目を向けるのは無理もない。普通の人間なら、血だらけの男に迫られては誰でも臆してしまう。
 嶺二は少女の前に膝をつき、握られている拳銃を手で覆う。

「子どもが一丁前に、こんなもん振り回してんなよ……?」

 瞬間、少女はポケットからナイフを取り出して。

「いやぁ!」

 サクッと、嶺二の腹に空く弾痕を抉った。

「い………てぇな……」

 刺されながらも、嶺二は微笑んで少女を見つめている。

「いや! いや!」

 サクッ、サクッと、少女が躊躇なく彼の体を刺し続けると、何度目かでその手は制止された。

「おっと……そろそろ死んじまうからやめてくれ。お前に人殺しなんてさせねぇぞ?」

 もはやその見てくれは、死んでくれた方が少女のためだと思えるほどに荒んでいる。
 嶺二は少女の頭に優しく手を置いて。

「お前……名前は?」
「ひ……」

 一向に怯えた様子の少女は、震える唇で返してくれる。

「…………み、美里みさと
「美里か、いい名前だな」
「……うん」

 その時、嶺二の体は乱暴に後方へ引っ張られた。

「離れろ嶺二」

 引っ張ったのはソールで、少女を睨みつけて言ったのはマリア。羽交い締めにされた嶺二に、ターシャがすぐに治癒魔法をかけた。

「何を考えているのですか嶺二さん!」
「あ? 相手は子どもだろうが……」
「武器を持っているんですよ!?」

 今ではナイフも拳銃も、その少女……美里の傍らに落ちているが、それでも皆の警戒は解けない。
 美里に歩み寄るマリアに、嶺二は慌てて言う。

「おいマリア! そいつに手出すなよ? 美里は利用されているだけだ!」
「分かっている」

 マリアは怯えた目を向けてくる美里の前にしゃがんで。

「美里……か。嶺二と同じで変な名前だな」
「……う」

 もう元気になったのか、嶺二はソールの懐でバタバタと手足を振って叫ぶ。

「おい聞こえてんぞマリア! 誰が変な名前だコラ!」

 マリアは背後で暴れる嶺二を気に留めず、口角をあげて美里に言った。

「そうか……お前は嶺二と同じ世界の……」
「ひっ……」

 きゅっと眉間を寄せる美里。
 日々マリアと接している者なら大したことではないが……初対面で、それも子どもとなればその鋭い目付きに恐れるのも無理はない。

「色々と話を聞かせてもらおう……嶺二、お前からもな」

 詳しい話は本部で……と言いたいところだが、そういうわけにもいかず。
 マリアは立ち上がってお決まりの本を開く動作。

「私の質問に答えろ。……美里、お前は日本という国に住んでいる人間だな?」
「……ひぃ」
「答えろ!」

 いつの間にかマリアの背後に立っていた嶺二が、マリアの頭をぱこっと覆い掴んだ。

「バカかお前は、脅してどうする」
「その臭い手をどけろ」

 嶺二はさりなげなく、マリアの髪の毛をわしゃっと絡ませてから手を放して続ける。

「美里は俺と同じ日本人だ。そんで戦争に利用されてる……だな?」

 美里がこくりと頷くと、マリアは顎に手を当てて言う。

「子どもを利用して、我々を動揺させるつもりだったのだろう。もしも相手が嶺二でなかったら、お前は殺されていただろうな」

 同じ国で育った嶺二が相手だっだからこそ、その作戦は通用したということ。威圧的な目に、美里はまた怯えた表情をして、今度は嶺二の背後に隠れた。

「だから脅すなってお前……その顔じゃ美里がビビっちまうだろうが」
「そのようなつもりはない。……何だ嶺二。私の顔に文句でもあるのか」
「いいえ、ありませんとも。……んで、何を聞きたいんだ?」

 マリアは腑に落ちない様子だが、気を取り直して言う。

「そうだな……どうやってここに来た?」

 嶺二が美里の頭を撫でながら、同じことを彼女に聞くと。

「鏡の……壁」
「何?」

 恐らく子どもなりに稚拙な表現で言い表したのだろうが、それはマリアや他の皆にも心当たりがあるものだった。
 それは、ソールと嶺二がこの世界にやってきてからすぐに見つけたもの。ソールからするに、それは全てを映すものだと。
 美里がさらに呟く。

「いざなぎさんが、開けてくれた」

 そこで神様が出てきて。

「その世界を管理する神の名前ですね」
「おい神様よ、そういえばお前撃たれたんじゃ……」

 神様の腹からはキレイさっぱりに傷が消えていた。
 はいはいと察した様子の嶺二を見た神様はさらに続ける。

「イザナギがこの世界へゲートを開いたのです。恐らく美里の国の軍勢だけでここを落とせると判断し、他では開かなかったのでしょう。不幸中の幸いでしたね」

 ん? と声を漏らしたレラが。

「神様に名前がありましたの? ではあなたは……」
「私は神様ですよ。『カミサマ』という神なのです」
「あー……なるほどですわ」

 苦笑いで返答したレラの次に、マリアが口を開く。

「ということは、嶺二とソールが見つけたという謎の壁の正体は、神の力によって異世界へ繋がるゲートになるわけだな。……なるほど、さすがはソールだ、確かに全てを写しているといっても過言ではない」

 ソールは無言だが、代わりに嶺二が胸を張った。

「ま、俺を褒めるのも大概にしとけや。伸びちまうからよ」

 そんな嶺二を放っておくように、マリアは美里に訊く。

「それで、お前は故郷へ帰る方法を知っているのか?」

 ふるふると首が横に振られると、マリアは神様を見て。

「神様、あなたの力でこの子を返すことはできますか?」
「少人数であれば、転移魔法で移動させることが可能ですよ」
「そうですか。では後のことは嶺二に聞きますので、この子を返してあげてください」
「了解しました」

 すると、空間に光る円が出現した。それは嶺二たちにとって見覚えのあるものだ。
 神様は微笑んで美里に一言。

「どうぞっ」

 美里はすぐにそこへ向かって歩いて行くかと思いきや、嶺二の背後を離れない。
 きょとんとした嶺二が美里に向くと、彼女のまん丸の目は嶺二を向いていた。

「嶺二は、帰らない?」
「そうだなぁ、俺は……。んげっ」

 キリッと女性陣の目が睨みつけてくる。

「か、帰らないってか……返してくれそうにねぇな! なははは!」

 本の角を手のひらで叩くマリアと、真顔でトンカチを生成したレラに威圧されたか、嶺二は誤魔化すように笑った。

「じゃあ、私も帰らない」
「え……いいのか?」

 美里は頷いて。

「戦うの……嫌。帰ったら、またどこかに連れていかれちゃう」
「なるほどな……」

 嶺二がマリアの顔を見ると、彼女は首を横に振る。

「よし分かった。俺たちとここで暮らそう」
「うん!」
「おい嶺二! 私は首を横に振ったはずだ!」

 マリアの考えとしては、成長の遅い人間の子どもをこの状況で仲間に加えるのは、苦しいといったところだろう。

「固いこというなって。…………皆はどう思う!」

 魔族たちは向けられた視線に、みんなが笑顔で返す。

「よろしくな美里!」
「よろしくね!」
「これから一緒に頑張ろ?」

 魔族たちは満場一致のようだ。これではさすがのマリアも反対を押し切れないか。
 マリアは額に手をあててため息をつくと。

「やれやれ……だったら嶺二、お前が美里の面倒を見てやるんだぞ?」
「さっすがマリア姉さんだぜ! ……よかったな美里」
「うん! いひひっ」

 はにかんで笑う美里に、嶺二も笑顔を向けた。

 次に嶺二は魔族たちに向いて腰に手を当てて言う。

「ってことで! これより再び、ここに俺たちの街を作ることにする!」
「嶺二! それは私のセリフ――」
「「「おおおおおおお!」」」

 いくつもの拳が高々と上げられた空は今日も青く、そしてすぐに騒がしい群れがそこを舞い上がった。

「魔石堀りだお前らぁぁあ!」
「「「うおおおお!」」」

 再び一から始めた彼らだが……忘れてはならないのが、まだこの戦いは始まったばかりだということだ。
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