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第二章 緊急態勢突入、第四次異世界衝突へ

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 ハテノチは徐々に戦力を取り戻していた。
 魔導式撃竜砲は再帰し、強化された大砲、それらは再び頑強な蒼い壁の上で空を見据えて。最も魔族の数は百人程度と、従来に比べるとかなり少人数だが戦闘設備は順調に街の守りを固めている。
 さらにこの街に、新たな兵器が開発されようとしていた。それは城壁の外で。

「おいおい……」

 銀色の翼を生やした鉄の塊が、風を巻き起こすような機械音を立てながら嶺二の目の前をゆっくりと進む。

「マリアのやつ、よりにもよってこんなものを……」

 嶺二にとって見慣れたもの……日本軍が使用していた戦闘機。レラが見様見真似で生成したその外見は忠実に再現されていた。
 戦闘機を操縦しているのはレラのようだが、今し方『それ』は上空へ飛び上がる。

「きゃぁぁぁぁぁあ!」

 嶺二は身体ひとつで空に飛び上がったレラをぼーっと眺めながら、隣のマリアに言う。

「やっぱりダメだろ。お前らにはあんなもの使えねぇって」
「今のは緊急脱出か……? なるほど、興味深い」

 ふむふむとその様子を眺めたマリアは、嶺二の心配を他所に戦闘機に歩み寄った。

「おい危ないぞマリア! 爆発するかもしんねぇぞ!」
「するものか。……どれ、次は私が乗ってみよう」

 マリアが無言で嶺二に手を差し出すと、察した嶺二はため息をついて歩み寄り彼女を抱える。

「どうなっても知らねぇからな」
「早くコクピットとやらに連れて行け」

 嶺二は飛び上がり、機体の上にマリアを着地させた。
 その頃。

「きゃぁぁぁぁあ!」

 レラが帰って来たようだ。座席は機体の傍らに落下し、レラは受け止めた嶺二に抱えられ。

「た、助かりましたわ……ありがとう嶺二」
「お前よ……自分で作ったものくらいちゃんと扱えよな」
「うっ……離しなさい!」

 レラは無理やり嶺二の腕から降りると、マリアに頼まれ再度座席を生成する。

「よし……嶺二、お前も乗れ」
「あ? どう見ても一人乗りだろうが」
「乗れと言っている」

 嶺二はマリアに言われるがまま仕方なく彼女と座席に座るが……予想通り、壁に張り付くようにして敷きつまった。

「おい、こんなんじゃ操縦出来ねぇだろうが」
「つべこべ言わずに操作法を教えろ」
「分かんねぇっつの! とりあえず上のヤツ降ろせよ」

 嶺二は頭上に開いているガラスを指さして言うが、マリアがその操作法を知るはずもない。
 そこでレラがコクピットを指さして。

「このボタンを押したら閉じましたわよ?」
「いいぞレラ。これだな?」

 躊躇なくマリアがそのボタンを押すと、一瞬機体を揺らせたそれはゆっくりと嶺二たちの頭を覆って閉じる。
 その中で、さらに密着した二人の表情は対照的。一人は好奇心を全面に出した笑顔で、一人は見るからにイライラしている。

「おいマリア! お前幅取りすぎなんだよ!」
「何を言っている、私は華奢な乙女だぞ。お前の方こそもっとそちらへ寄ったらどうだ」
「こ……の」

 嶺二は邪魔そうにマリアの片乳を掴んで押し退けた。

「何処を触っている! 殺すぞ!」
「だぁ! 殴んなって!」

 コクピットの外ではレラが何かを言っているが、二人には聞こえない。しかしその動きで察したか、マリアがポチっと。

「す……進んだ!」

 音を発した機体はゆっくりと前進を始めた。喜びの声をあげるマリアだが、嶺二の表情は腑に落ちない。

「そういえばこの戦闘機……」

 操縦桿が、ない。

「――っ……!」

 機体は突如急加速。レラは紙切れのように吹っ飛び、マリアと嶺二は背もたれに身体を押し付けられる。

「走った……やったぞ!」
「バカヤロー! 早く止め……ろぉぉお!」

 苦しげに重力に耐えながらも、マリアは歓喜の声を上げた。時折、地面の起伏に強く揺れる機体の中で、二人は掻き混ぜられるように踊らされ。

「ハハハハハ! これであいつらに対抗できるな!」
「使いこなせてねぇだろうがバカァァァ!」

 何故か、機体は地面を離れ一直線に空へ舞い上がる。

「飛びやがった!?」
「いいぞ嶺二! それでミサイルとやらはどのようにして撃つ?」
「今はそれどころじゃねぇだろ!?」

 けたたましい機械音がスっ……と消えた時。機体は真上を向いて落下を始める。

「マリア! 俺に掴まれ!」
「断る!」
「アホ!」

 嶺二はマリアの腹に腕を回すと、とっかかりを見つけたように彼女の乳を鷲掴みしてすぐにガラスを割った。

「脱出だ!」
「貴様! さては私の胸を揉みたいだけだろ!」
「うるせぇ! 行くぞ!」

 嶺二はマリアを抱えてコクピットから飛び出し、空中で落ちていく戦闘機を眺める。地上で爆散したそれを見てマリアは寂しげな表情を浮かべた。

「せっかくの兵器が……」
「あんなもん使わなくたって、それより強い俺がいんだろうが?」
「ふん。そうだな……それにしても日本人は頭がいい、あんなものを自在に操るのだから」

 嶺二は「まあな」と照れくさげに鼻を掻く。

「お前には言っていない」
「何だと!」
「お前は、この世界の住民だからな」

 嶺二が地面に着地すると、慌てた様子でレラが駆け寄ってきて。

「大丈夫ですのマリア!」
「ああ、大事無い」
「俺の心配は……?」

 大破した戦闘機の残骸を見たレラは苦笑いで言った。

「どうやら、私たちにアレを扱うのは無理なようですわね」
「そうだな。我々は我々のやり方で強くなっていこう」

 これによって戦闘機の開発は中止となり、再び街の要塞化が始まった。



           ◇



 ある所では魔族の子が生まれ、兵器が作られ……徐々に体系を形にしていったこの街では、新たな計画が始まろうとしていた。
 それは、本部前で魔族たちに向かって立つマリアの口から放たれる。

「街の要塞化は従来の水準に達した。もちろん、敵に対抗するにはまだまだ足りないが。ここで戦力の分断を行うことにする」

 魔族たちは顔を見合わせて疑問の表情を浮かべているが、マリアは続けた。

「本部を構えるこの場所を『甲都こうと』と命名し、こことは別の場所……城壁外に『乙都おつと』、さらに『丙都へいと』を構える」

 最初にツッコミを入れたのは嶺二。

「おいマリア。戦力の分断とか言ってたが、まさか新しい街を作ってみんなバラバラになって暮らせって意味か?」
「その通りだ。嶺二にしては理解が早い」

 バカにされたように返された嶺二は、それでも堪えて質問を続けた。

「でもよ、俺たち全員で敵にかかっても苦しい戦いになることは分かってんだろ? 分断したら勝てるもんも勝てなくなるぞ」

 しかしマリアのことだ。何か考えがあるのだろうということは嶺二にも分かっている。だから否定から入らずに、その理由を確かめたのだ。

「これからも、先の戦いのようにたった一回の戦闘で街が滅ぶことは充分にありえる。だがその時、ひとつでも生き残った街があれば我々はそこから始められるのだ。今回は運良く、完全とはいかずも形成を立て直すまで敵は現れなかったが……次はどうなるかわからない」

 確かに日本軍からの襲撃の直後、その増援もしくは他の軍勢が押し寄せて来ていたら、嶺二たちは全滅していてもおかしくはなかった。それに城壁に囲まれたこの街だけで世界に対抗できるだろうか。今の人数からすると広々としたものだが、世界に対抗するほどの戦力を、世界力を身につけるには狭すぎる。

 嶺二は屁をこいて言った。

「そうだな、確かにお前の言う通りだ。でも、たったこれだけの人数をどう分けるつもりだ?」

 今いる魔族の数は、新たに生まれた者を合わせても百人半ば。マリアはここを含め三つの街を作ると言っているのだから単純に五十人程度で分けるといったところだろうか。

 マリアは嶺二の質問に答えるように、魔族に向かって言う。

「この計画の第一段階は、魔族の数を増やすこと。ある程度増えたら街づくりと並行して、ゆくゆくは九千人にまで昇らせる。ひとつの街あたり三千人程度だな」
「きゅ……九千人!?」

 その数字に驚いたのは、声を発した嶺二だけでは無い。魔族たちやターシャ、レラも同じ。ソールは依然と無言だ。
 抗議に向かったのは嶺二ではなくレラ。

「それは無理がありましてよ! 今では魔族の過半数が子どもで、残った大人だけでそんなには……」
「別に今日明日でそれを成せとは言っていない。今はスローペースでも、すぐに人口は爆発的に増えるはずだ。明日には大人になっている者もいるだろう。そして次の日も、その次の日にもな」

 人口が増えれば増えるほど生まれる数も多くなる。そして三日で成熟する魔族なら、すぐにその結果は見えてくるということだろう。

「なるほどですわ。しかしその間に襲撃されれば……」
「我々は次こそ全滅だ。前回でさえ、相手はたった一つの国の軍勢だったのだからな」

 一国の軍勢により、一瞬でこの世界の人口のほとんどが亡くなってしまったということになる。
 ひとつの場所に密集していれば確かに局所的な戦力は上がるが、全滅の危険性も高まるのだ。

「私はこれでも多少の道徳は得ている。だからお前たちに早く生めとは言えん。しかしこの計画が完了する前に敵が襲来すれば、我々に未来はないと肝に命じてくれ」

 その言葉を聞いた魔族たちは、唾液を飲み下したかのように喉を鳴らす。
 マリアは開いていた本を閉じると。

「今ここには微力ながらに敵に対抗出来る兵器と、最低限の生活ができる環境がある。ここを起点にお前たちは新たな街を作り、そして発展させていってほしい」

 全ては時間との勝負だ。こちらの計画が完了するが先か、敵の襲来が先か。
 それに、計画が完了したところで敵にかなうとも限らない。……しかし今は、とにかく『全滅』だけは避ける必要があった。

「私やります!」

 魔族の一人が。

「俺もやるぜ!」

 また一人と、魔族たちが次々に声をあげた。
 そんな中、しばらく黙っていた嶺二は頭をかいて。

「あんまり感心できる計画じゃねぇが……お前らがやる気なら俺もとことん付き合うぜ?」

 ここで初めて口を開いたターシャも笑顔で言う。

「必ず成功させましょう! ね? ソールさん!」
「……ああ」

 これまでに比べて大きな規模を誇る計画を前にしても、魔族たちはやる気満々に笑顔を輝かせていた。
 マリアが安心したように息を吐くと、セリスが寄ってきて。

「身を粉にする覚悟はできております。皆できっと成功させましょう」
「ああ。成功したとて未来が紡がれる可能性の低いこの愚策に、どうか付き合ってくれ……」

 マリアの計画は、まず最初に魔族を増やし、分断できるほどの人口を確保すること。そして次にこの街『甲都』の他に『乙都』、『丙都』の二つの街をこの世界に構えるというもの。あわよくば全滅を回避するための苦肉の策とも思えるこの計画は、誰の反対もなく開始されたのだった。

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