上 下
46 / 75
第五章 異世界出張、新能力習得への修行

7

しおりを挟む

 光沢を放つ石の壁や床、敷かれた真っ赤な絨毯は見慣れた者でもなければ目を突かれてしまうような光景。

「おお……」

 そんな部屋の中で、これまた巨大なテーブルを前にして椅子に腰掛けているのは嶺二とレキナ。広大な部屋の広大なテーブルに、まるで海を見渡すかのように視線を巡らせていた。

「ここがレラん家の食卓かよ……」
「すごいね……それにこの椅子の数、ここには何人住んでるんだろう?」

 後に言ったレキナの疑問に答えるのは、テーブルの上で胡座をかいているレナ。

「たくさんの人が来るだよー」
「な、なるほど……」

 舌足らずに返されたレナの言葉に、レキナは納得したように頷いた。
 嶺二は鼻をピクっと動かして、つられるように視線を部屋の扉へ向ける。

「この匂いは……ぬおっ!」

 部屋の扉が開くと、ナラを先頭としたメイド服姿の女性集団が列を成して入ってきた。皆して器用に料理を手に乗せている。
 嶺二は立ち上がって興奮したようにそれらを眺め。

「すげぇ! 秋葉原だ!」

 などと叫んでメイド服を着た女性達に駆け寄った。
 じーっと観察している嶺二だが、女性達は表情ひとつ崩さず、何の文句も言うことなく、運んできた料理を淡々とテーブルに並べ始める。主に肉料理のようだ。
 嶺二はその様子を見て、顎に手を当てると理解したように。

「なるほど……レラの家はメイド喫茶ってやつだったんだな」

 メイド服の女性達を連れてきたナラが、嶺二に言う。

「この者たちはゴーレムで、我が家の召使いですわ」
「飯使い……? ああ、だから飯運んでるのか。精霊使いだの飯使いだの、この世界には色んな奴がいるんだな」

 またひとつ賢くなった嶺二は、唾液を飲み下すと急いで椅子に戻る。

「美味そうな飯達だ! 食っていいのか?」
「もちろんですわ。しかしレナは食べ物ではありませんので、テーブルから降ろして差し上げてくださいな」

 テーブルの上で料理に囲まれて、胡座をかいているレナ。嶺二がひょいと持ち上げると、彼女の体躯はでろーんと猫のようにだらしなく伸びる。完全に脱力状態だ。

「お行儀が悪いぞレナ。ほれ、座ってろ」

 隣の椅子に座らせると、嶺二は嬉しそうに手を合わせる。

「いっただきまーす!」

 嶺二にとって、目の前に並べられた料理は取っ付きやすく。それはレラがハテノチで作ってくれていたものと似ているからだ。

「い、いただきます……」

 遠慮なくガツガツと食い漁っている嶺二に対して、隣ではレキナが物珍しそうな顔でゆっくりと食べ始めた。
 ナラも椅子に座ってスプーンを取ると、自信ありげに嶺二に訊く。

「どうでしょう、お口に合いまして?」

 頬張ったままの嶺二はこもった声で返した。

「めちゃくちゃ美味いぞ! 一生食ってられる!」
「えっふ……ふふんっ! さぁさぁ、遠慮なく召し上がって下さいな!」

 変な声を上げて言ったナラは、頬を染めて満更でもない様子。

 しばらく経って、召使いのゴーレム達が空いた皿から片付けを始めた頃。

「んぁ?」

 残っている料理を逃がさんと頬張っている嶺二の鼓膜を震わせたのは、低い鐘の音。ゴーンと、部屋に鳴り響いた。
 その音を聞いて立ち上がったのはナラ。ため息をついて面倒くさそうに。

「全く、また来ましたのね……。すみませんが少し席を外しますわ。お客さんが来られたようですので」
「ん? おう」

 歩いて部屋の扉へ向かっていく彼女を、嶺二はハムスターのような顔のまま目で追うが。そのあと彼は特に気にすることもなく料理を頬張り続けた。



          ◇


 来客を知らせる鐘の音を聞き、家を出たナラは広大な庭園の花道を歩き始める。
 気の抜けるようなため息をついて。

「はぁ……全く、何度もお断りをしているというのに。しつこい方たちですわ」

 来客が待っているであろう門の方まで近づくと、門前に見える者の姿を見て、ナラはきょとんとする。

「アルカさん? ああ、そういえば嶺二さんやレキナさんと一緒に来られてましたわね」
「先程はあの者たちがお騒がせした。申し訳ない」

 門前で待っていたのはアルカだった。しかしナラは門を開けることなく、彼に問う。

「それで、その方たちは?」

 ナラが怪訝な目を向けているのは、アルカの背後に立つ端正な身なりをした三人の男。一番ガタイの良いスキンヘッドの男は、ニヤリと口角を上げて自分の胸に手を当てた。

「お初にお目にかかりますナラ様。私、ルレコニット共存地区にて秩序と安全を守ることに尽力する精霊使い三銃士……そのリーダーを務めるレイグという者にございます」
「精霊使いですって……?」

 すると、後の二人も続けて。

「同じく、精霊使い三銃士が一人……マシリスと申します」
「並んで、コニーと申します。…………優雅なお昼下がりに無礼とは存じますが、おひとつあなたにお尋ね申したきことがございます」

 ナラは彼らが精霊使いだと知ると途端、額に冷や汗を流した。
 コニーの言葉を続けたのはリーダーのレイグ。

「ただ今我々、とある人物を捜索する任務を承っておりまして……」

 ナラは、まずと質問する。

「あなた方は錬金組織の方ではありませんの? そのような話で気を逸らして、またウチの娘との契約を狙ってここにきたのではありませんこと? いくらお金を積もうともレナは渡しませんわ!」

 レイグはさらに口角を上げて返す。

「いえいえ。我々は先にも申した通り精霊使いにこざいます。愚かながら、私はあなたのご家族についてあまり詳しく存じ上げないのですが、あなたのお話からすると……」

 今度は、その瞳を不気味に歪ませて続ける。

「と~っても優秀なご息女がおられるようで?」

 ナラは、彼らのことをしつこく迫ってくる錬金組織の者でないと知った安心感のせいか、幾分か表情をやわらげて発散するように。

「そうですの! ちょっと聞いてくださいまし! ウチにはレナという、とーーーーっても優れた才能を持つ錬金術師がいるんですけれど、その子を自らの組織に引きれようとこぞって怪し~い人達が毎日のように詰めかけて来ますのよ!?」
「ほう……? そんな輩はせいぜい、一億ゴールド程度のはした金で交渉を迫って来ているのでしょう。いささか失礼な者たちですな?」
「契約金はどの錬金組織も百億ゴールド以上を提示してきますわ! それでもレナは渡しませんわよ!」

 その数字を聞いた三銃士は一様に唖然としたが、すぐにレイグが冷静な表情で呟く。

「それはそれは……ひとつ仕事が増えてしまうではありませんか」
「え? 何かおっしゃいまして?」
「いえ。それよりも、我々は今重要な任務を授かっております。協力してはいただけないでしょうか」
「もちろんですわ! 精霊使い様の言うことですもの、願ってでも協力させていただきますわ!」

 レイグは頭を下げた後、言う。

「ありがとうございます。我々の任務は名誉ある精霊使いを愚弄した人間と、その仲間であるケミル族を捉えよといったもの。既にルレコニット共存地区からは姿を消していたようで、そこの本部の者に聞いたところ、どうやら同名の者がパスポートを発行したと……」

 パスポートを発行され、それに加えてルレコニット共存地区で見当たらなかったということは………と、ナラは察して言い返す。

「それでその方達は今、隣国であるマインアストル帝国……この国にいらっしゃると?」

 レイグは頷く。そこでアルカが何かに気づいたように口を開くが、レイグはそれを遮って話し出した。

「そう推測しております。このアルカ様から聞いた所によりますと、捜索なら多くの兵を持つ帝国錬金術師会会長のレガ様にご相談をということであったが。運悪くも本部にてご不在であったため、その方を主として建つこちらへ出向いた所存であります」

 ナラの返答よりも先に、アルカが発する。

「レイグ殿、そなたらは失踪したご子息を探していると仰っていたはず。人間とケミル族などとは一言も……」
「黙れ、帝国の犬め」
「なっ……」

 レイグの表情が凶変し、アルカをぎろりと睨みつけた。
 ナラは不穏な空気を察してか、門を開こうとしていた手を止める。
 レイグが今度はその殺意に満ちた瞳をナラに向けた。

「ナラ様。当然のこと、精霊使いに歯向かう気はございませんよね? 帝国の兵士を総動員させ、直ちに捜索を……」
「お断りしますわ。何だかあなた達、怪しいですもの。本当は精霊使いではないのではありませんこと」

 ナラは額に汗を浮かべながらも、堂々と言った。

「そうか……ならば致し方ない」

 レイグは片手を突き出して、その手掌をナラに向けた。

「帝国錬金術師会会長のご家族であれど、精霊使いに歯向かうとはいい度胸だ」
「レイグ殿! 何を!」

 アルカがレイグを止めに入ろうとするも、マシリスとコニーに掴まれる。

「大人しくしてろよ? おっさん」
「あの生意気な人間とケミル族を殺してやりたいのはやまやまだが……目の前に金の成る木が生えてりゃ、話は別だ」
「まさか……お前たちっ!」

 レイグがアルカを睨みつけて返す。

「帝国の民は、目上の者に対する礼儀すらままならんのか。しかし、お前の予想は正しい…………ナラ、お前の娘をいただく。もちろん首を縦に降ってくれるのだろう?」

 ナラは後ずさりながら、それでも強気の姿勢を崩さない。

「嫌ですわ! やっぱりあなた達、錬金組織の方だったのですわね!? それでも、今までの方達は断れば頭を下げてすぐに帰っていきましたわ。あなたのような部下を持つ錬金組織になんて、ウチのレナは絶対に渡しませんことよ!」

 ならばと、レイグの突き出された手に火が灯る。

「火よ………手掌に咲け」

 その瞬間、レイグの足元から空へ向けて、一本の太い氷が突き出た。

「なっ……これは」
 
 狼狽するレイグの突き出された右手は、その氷に巻き込まれ、炎は消滅。
 ナラは落ち着いた表情で彼を見ている。

「貴様……まさか」

 隣に視線を向けたレイグは、目の前に突き出された手掌から醸す冷気を見て目を見開いた。

「氷の……精霊使いだと。隠していたのか!」

  その視線の先にアルカ。彼を拘束していたマシリスとコニーは、地面の氷により動きを封じられていた。
 アルカの表情は、とても落ち着いている。彼は囁かに笑い混じりで口を開いた。

「帝国の民が、目上の者に対して礼儀を知らぬと? 言ってくれるではないか、レイグ殿。しかし、礼儀を知らぬのは貴様らの方だ」
 
 その口調は、語尾につれ力強く、怒りを表したものへと変わる。
 それは、アルカの表情も同様に。
 先ほど地上から生えた氷が、意志を持ったかのように三人を覆い囲んだ。

「ぐっ!」
「しまった!」
「レイグ、ずらかるぞ! こいつはやばい!」

 アルカの顔前に掲げられた右手の平に、冷気が収束していく。

「レガ様のご家族を脅かした罪は重いぞ、若者達よ」
「お、俺たちが悪かった! 許してくれ!」
「今後この国へは立ち入らないと約束する!」
「同じ精霊使いだからといって、貴重な精霊使いを減らしていいと思っているのか! ……た、頼むアルカ、アルカ様!」

 掲げられたアルカの右手は、冷気を散らして握られる。

「隣国より参った愚かな民への制裁…………帝国錬金術師会副会長、このアルカが執行した」

 三人を覆い囲んでいた氷は、中心から引っ張られたかのように、幾本もの結晶が密集して地面に咲いていた。
 赤く咲いた氷の中で、三人がどのようになっているかなど、想像したくないものだ。
 そこで、門が開いた後に拍手が聞こえる。

「やっぱりアルカさんはすごいですわね! さすがは夫の親友ですわ!」

 そう言われたアルカは、途端に腰を抜かしたように膝を着く。

「わ、私がレガ様のご親友だなんて! ナラ様、冗談はおやめ下さい! 仮に魔族の端くれであるこの私が、レガ様とそのような関係だと自ら言い張ろうものなら、後悔した後に死刑を以て償いたき所存のほど!」

 急に丸くなったアルカを見たナラは、楽しそうに笑っている。

「やっぱりアルカさんは面白いお方ですわね。先ほどは助かりましたわ」

 アルカは即座に立ち上がって、胸に手を当てた。

「はっ! 当然のことをしたまででございます」

 しかしナラは心配そうに、赤く染まった氷を見て言う。

「でも……本当に彼らが精霊使いだとすれば、それは高位な存在ですわ。いくらあなたが精霊使いでも、その……殺してしまって良かったのでして?」
「ご心配なく、彼らを殺してはおりません。急所は避けておりますので。そのうち氷が溶けるか、自ら精霊を操って溶かせば、這いずる程度のことはできましょう」
「そ、そうですのね……」

 急所を突くだとか避けるだとか言える状態ではなさそうだが、それでも彼らはまだ生きているらしい。

「私はこの氷が溶けるまで見張っておきますので、ナラ様は安心してお過ごしくださいませ」
「え、ええ。感謝しますわ……」

 少し引き気味に言ったナラが、家に向けて踵を返した。

「――待てコラァァァァァァァ!」

 その時だった。家の扉が開いたと同時に、そこから走って出てきたのは黒い布を抱えたレナ。頭頂部のアホ毛を忙しく跳ねさせながら走ってくる。
 それを見たナラはきょとんとして。

「レナ? その後ろは……」

 全裸の嶺二だ。

「返せコラくそガキァァァァァァ!」

 レナがナラの前にやってくると見つめて来て、細く息を切らしながら懐の布をぎゅっと抱きしめた。

「捕まえたぞレナァァァァ!」

 ナラは当然状況が飲み込めず、飛び込んでくる全裸の嶺二を見て。

「ギャァァァァァア!」
「ごへぇぇぇ!?」

 彼の顔面に渾身のグーを入れた。

「が……はっ」

 嶺二は呆気なく転がり倒れ、微動だにしなくなる。
 ナラは即座に顔を手で隠し。

「急に何ですの!? 裸で外を走り回るだなんて不潔ですわ!」

 顔を覆った指の隙間から、ソレをチラチラと見ながら叫んでいる。
 嶺二はよろよろと立ち上がって、こめかみに血管を浮かせた。

「レナが、俺の服を脱がせて盗んでいきやかったんだよ……!」
「そ、それでも! 全裸のまま出てくるなんてとんだ変質者でしてよ! 見損ないましたわ!」

 ピキっと、嶺二のこめかみが鳴る。何でもいいからこのイライラを治めてやりたいと思ったのか……彼の手に触れたのは赤く咲くようにして広がる氷の塊。

「こんなもの……!」

 自分の体の三倍はあろうかという大きな氷塊を覆うように掴んで。

「――シャラァァァァアイ!!」

 消しゴムでも放ったのかと思えるほどに、軽々と氷塊は空へ投げ放たれたのだった。

しおりを挟む

処理中です...