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第五章 異世界出張、新能力習得への修行
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ハテノチの主幹として堂々と構えられている甲都。その中でも一際巨大な建物は本部。そこは何時にもなく緊張感に包まれていた。
四十万人を超える魔族が本部の前で端正に整列し、前に立つ五人を見張っている。マリア、ターシャ、レラ、ソール……そして、神様。
大勢の者を前に、まず口を開いたのはマリア。
「宣戦布告を受け一週間、ついに約束された時がやって来た。敵はニームナという世界から来た者達であり、我々にとっては未知の種族。どのような戦闘手段を以て来るかわからないが。心配するな、数ではこちらが圧倒的に有利。それに加え、お前たちの力は高水準だ」
それを聞いた大勢の魔族は、皆一様に真剣な表情をさらに引き締める。次にマリアは自信満々な表情で続けた。
「この戦い……我々に敗北はありえない。鍛え抜かれた二十万超えの防衛軍に、イブソルニア率いる二十万の魔王軍。そして忘れてはならないのが、我々には人間の皮を被ったバケモノが味方についているということだ」
マリアの言葉の最後で、魔族たちは口角を上げてその表情を自信に染めた。
そこでソールが何やら感じ取ったように、早足でマリアの横につく。
「……マリア、魔力の反応が近づいている」
「距離は?」
「……北、百キロメートル。数はおよそ二十万だ」
「まだ余裕はあるな……。各自持ち場につけ、慌てなくてもいい」
二十万……その数を聞いても、ここで臆する者は誰一人としていなかった。その倍以上もの味方がそこにいるのだから。
魔族たちが四方八方へ散って行く中、ソールは怪訝に空を眺めている。宣戦布告を受けた日に感じたアンジ族の気配……それはこのようなものでは無かったと。
ソールの視界でナニかが飛び上がった。
「……っ!」
防壁を越えて現れたソレは人。しかし見慣れない身格好に、ソールの警戒レベルは一気に頂点へ達した。
そうなるのは無理もない。胸に埋め込まれた赤い玉、そこから血管のように全身を這う鉄の糸……そんな姿をした者を見て平然としていられるほど、今の状況は芳しくない。
光り出した胸の赤い玉から、強烈な魔力を感じれば尚更のことだ。
「……マリア!」
叫んだソールはマリアの背後へ手を伸ばし、防御魔法を展開。数秒と待たぬ間に一帯が吹き付けるような激しい閃光に覆われた。
マリアはしかめた瞳を開けて振り向く。本部にはくり抜かれたような穴が空いており、その断面は高熱で爛れていた。
「奴ら……もうここへ到達したのか!」
「……俺が察知したのは恐らく後衛の魔族。そして今そこにいる者は……アンジ族だ」
分散しつつあった魔族たちは一斉に空中で留まり、防壁に立つ歪な身なりのそれらを眺めた。一同がそこを怪訝な表情で見張っている。
「何だ……あいつらは」
「あれがアンジ族なのか?」
「気味の悪い奴らだ……」
およそ百人程度。確かに人の顔をした者達が甲都を見渡していた。
一人の魔族が声を上げる。
「やるぞお前たち! あいつらをぶっ飛ばせ!」
「「「おう!」」」
直後に空で光るいくつもの球。星のように彩ったそれは、一直線の光線となり防壁へ放たれた。
「俺たちの魔法を食らいやがれ!」
素早く形成される光の軌道は、瞬きの間に防壁に立つ者達を巻き込んで爆発を上げた。
「よっしゃ!」
「やったぞ!」
喜びの声を上げる魔族たちの顔が唖然とするのはすぐのこと。防御をするような姿勢もとっていないそれらは、平然と爆煙の中で立ち尽くしている。
「俺たちの魔法が……効かない!?」
魔族の魔法を受けても傷一つ負っていない彼らは、それぞれに埋め込まれた赤い玉から光を放つ。それは草原を燃やす過程を経ずに焦がした。
ソールの防御魔法に守られているマリアは、黒く焦げた草原や建物を見渡して訊く。
「ソール、奴らに魔法は効かないのか?」
「……魔力を遮るような反応だ。恐らく、特殊な体質を以て魔力を無効化しているのだろう」
「だが奴らは魔法を使っていた。それはどう説明する」
「……分からん。奴らが攻撃を放つ直前、その体内から魔力を感じるが。あの異様な体躯に答えがあるのか」
その時、地上で耳を突くような爆発音が鳴り響く。
空を進む砲弾。軌道を遡ればそこに大きな筒を空に向けて立つ大砲が鎮座していた。一列に並ぶいくつもの大砲は、防壁に設置されているものよりも幾分かスマートな格好で、その砲弾は楕円状のもの。
「撃て!」
その一声で、さらに多くの爆発音が鳴り響いた。空を指さしながら声を張り上げた者は、ハテノチの防衛軍を仕切る少女――美里。
「撃ち方用意!」
甲高い声に従い、てきぱきと砲弾を装填している魔族。その者たちの身の丈を優に下回る美里がさらに叫ぶ。
「撃て!」
防壁へ突き進む弾幕が次々と対象へ目掛けて落下していく。魔法の時とは違い、相手はその砲撃を巧みに躱していた。
その様子を見ていたマリアがふむと鼻を鳴らした時、同じ防御魔法の中で守られていたターシャとレラが寄ってくる。
「マリアさん。あの人たちは一体何なのです?」
聞かれたマリアが、答えを求めるように視線を向けたのはレラだ。
「あれは科学ですわね」
「科学……ですか?」
「ええ。恐らくアンジ族は高度に発展した科学を利用して、己の身を強化しているのですわ。魔法を使えて、魔法を無効化できる……まさに人体の魔改造ね」
ターシャが不安そうな面持ちで。
「魔法を無効化できるということは……つまり」
「ええ。いくらこちらの魔族が多いとはいえ、魔法が効かないんじゃ意味がありませんわ。例えソールの凄まじい魔力を以てしても……」
「そんな……」
しかしマリアは冷静に本を開いて言う。
「魔法は効かないようだが、物理攻撃は効くようだ。奴らがミサト率いる防衛軍の砲撃を躱しているのはそういうことだろう」
「で、でも。防衛軍だけじゃ……それに砲弾には限りがあります」
加えて、敵は一帯を瞬く間に焦がしてしまうほどの高威力な魔法を扱う。今にも増え続ける敵の数に対し、こちらは四十万以上の戦力が半分以下になったも同然の戦況。今では、防壁の上で数え切れぬほどのアンジ族が悠々と甲都を見下ろしている。
レラの話からすると、アンジ族は魔改造とも言える科学の力で人智を超えた能力を発揮する。魔法はおろか、近接戦でも並の者では太刀打ちできないことが予想できる。
マリアは冷静にしかしと続けた。
「ソールがこの地から百キロメートル先に魔力の反応を感じたと言っていた。そのことから、恐らく敵軍を構成しているアンジ族の数は前線の二万人。それ以外の二十万人は魔族だ。つまり、この前線勢力さえ抑え込めば勝機は充分にある」
仮にそうだとすれば、ではこのアンジ族たちをどうやって排除するのか。彼女の中でその答えは出ていた。
マリアは防壁に立つ敵を見据えながら言う。
「行け、イブソルニア」
瞬間、マリア達の頭髪が風に揺れる。視界端に白色の残像を窺った時には、既に遠方の防壁が轟音を立てて崩れ落ちていた。地面を割った痕跡は嶺二の振る舞いにも似た光景。
視線が追いついたターシャが唖然と防壁を眺めて声を漏らす。
「イブソルニアさん……!」
拳で押し込まれた赤い玉は、そのまま押し潰されるように防壁ごと木っ端微塵に散っていく。
白い制服姿で、長い襟から青の瞳を覗かせて立っている女性はイブソルニア。嶺二をも地に伏す腕力は、屈強な防壁を豆腐のように散らした。
しかし彼女が誇る一番の長所は腕力ではない。その速さだ。
今し方、右手に持った赤い玉を握り潰して言う。
「貴様達のような阿呆など。一刻以てすれば容易く散らせる」
この一瞬の間。何百人、いや何千人といたアンジ族は胸に穴を空けて倒れていた。崩れた防壁の瓦礫に下敷きとなっている者、地面に頭を埋めて動かない者、四肢の一部を失って倒れている者たち……この光景は全て、たったの一人によって形成されたもの。
しかしまだアンジ族の軍勢は途絶えていない。イブソルニアが倒した敵の何倍もの数……それこそ万といえるほどのそれらが今にも彼女へ向けて迫り、胸の赤い玉から光を発する。
「散れ」
一帯を照らす閃光が晴れる。防壁の外で広がる森林エリアは、敵の攻撃により焦がし尽くされていた。そこで立っているのは、赤い玉を握るイブソルニアただ一人。……いや、もう一人いた。遠方で胸を光らせ彼女を見据えている。
瞬きの間のこと、赤い玉を握ったままのイブソルニアの拳は、既に敵の顔前にあった。殴るように顔面へ打ち付けた赤い玉は砕け、加えて直後の蹴りが胸のそれも砕く。その体躯は粗末に飛び転んだ後、微動だにしなくなった。
「物足りんな」
軽く腕を回し、今更ながらの準備体操を始めたイブソルニア。彼女の周囲には無数の死体が寝そべっていた。彼女は飛び上がってマリアたちのところへ戻る。
腕を組んで待っていたマリアは口角を上げて彼女に言った。
「良い運動になったか」
「寒い」
一言で返したイブソルニアは、今度は目つきを尖らせて言う。
「嶺二を出せ。我はあの者と戦いたい」
「心配はいらんぞイブソルニア。あいつはもうじき帰ってくる」
そう言ったマリアは、ずっと黙っていた神様に視線を向けた。神様はこんな状況でありながらも微笑んで見返してくる。
「神様、あれから一週間以上が経ちました。嶺二ならそろそろ目的を達成していてもおかしくはありません。転移のための力を蓄えておいてください」
神様は笑顔のまま答える。
「う~ん。彼の進捗度はおおよそ二十パーセントといったところでしょうか。まだまだ時間がかかりそうですっ」
「なっ……」
宣戦布告を受けたのは一週間前、戦いが始まる頃には嶺二が帰ってくるであろうと予想していた。多くの犠牲を払うとこなくこの戦いに勝利できると。そう思っていたマリアの冷静な表情が崩れる。
「そんなはずは……! 嶺二には二週間の猶予を与えていますが、彼ならそれを待たずとも成せるはずです」
「あれから一週間以上が経ちました。それは、この世界における日の経過ですね」
マリアはまさかと目を見開いて訊いた。
「神様……ひとつ教えていただきたいことが」
「はい、なんでしょう?」
「嶺二が旅立ってから、カシュエドでは何日が経過しているのでしょうか?」
神様は人差し指を立てて言う。
「一日ですっ」
その一言を合図にでもしたかのように、魔力を伴う敵の軍勢が空を覆った。
四十万人を超える魔族が本部の前で端正に整列し、前に立つ五人を見張っている。マリア、ターシャ、レラ、ソール……そして、神様。
大勢の者を前に、まず口を開いたのはマリア。
「宣戦布告を受け一週間、ついに約束された時がやって来た。敵はニームナという世界から来た者達であり、我々にとっては未知の種族。どのような戦闘手段を以て来るかわからないが。心配するな、数ではこちらが圧倒的に有利。それに加え、お前たちの力は高水準だ」
それを聞いた大勢の魔族は、皆一様に真剣な表情をさらに引き締める。次にマリアは自信満々な表情で続けた。
「この戦い……我々に敗北はありえない。鍛え抜かれた二十万超えの防衛軍に、イブソルニア率いる二十万の魔王軍。そして忘れてはならないのが、我々には人間の皮を被ったバケモノが味方についているということだ」
マリアの言葉の最後で、魔族たちは口角を上げてその表情を自信に染めた。
そこでソールが何やら感じ取ったように、早足でマリアの横につく。
「……マリア、魔力の反応が近づいている」
「距離は?」
「……北、百キロメートル。数はおよそ二十万だ」
「まだ余裕はあるな……。各自持ち場につけ、慌てなくてもいい」
二十万……その数を聞いても、ここで臆する者は誰一人としていなかった。その倍以上もの味方がそこにいるのだから。
魔族たちが四方八方へ散って行く中、ソールは怪訝に空を眺めている。宣戦布告を受けた日に感じたアンジ族の気配……それはこのようなものでは無かったと。
ソールの視界でナニかが飛び上がった。
「……っ!」
防壁を越えて現れたソレは人。しかし見慣れない身格好に、ソールの警戒レベルは一気に頂点へ達した。
そうなるのは無理もない。胸に埋め込まれた赤い玉、そこから血管のように全身を這う鉄の糸……そんな姿をした者を見て平然としていられるほど、今の状況は芳しくない。
光り出した胸の赤い玉から、強烈な魔力を感じれば尚更のことだ。
「……マリア!」
叫んだソールはマリアの背後へ手を伸ばし、防御魔法を展開。数秒と待たぬ間に一帯が吹き付けるような激しい閃光に覆われた。
マリアはしかめた瞳を開けて振り向く。本部にはくり抜かれたような穴が空いており、その断面は高熱で爛れていた。
「奴ら……もうここへ到達したのか!」
「……俺が察知したのは恐らく後衛の魔族。そして今そこにいる者は……アンジ族だ」
分散しつつあった魔族たちは一斉に空中で留まり、防壁に立つ歪な身なりのそれらを眺めた。一同がそこを怪訝な表情で見張っている。
「何だ……あいつらは」
「あれがアンジ族なのか?」
「気味の悪い奴らだ……」
およそ百人程度。確かに人の顔をした者達が甲都を見渡していた。
一人の魔族が声を上げる。
「やるぞお前たち! あいつらをぶっ飛ばせ!」
「「「おう!」」」
直後に空で光るいくつもの球。星のように彩ったそれは、一直線の光線となり防壁へ放たれた。
「俺たちの魔法を食らいやがれ!」
素早く形成される光の軌道は、瞬きの間に防壁に立つ者達を巻き込んで爆発を上げた。
「よっしゃ!」
「やったぞ!」
喜びの声を上げる魔族たちの顔が唖然とするのはすぐのこと。防御をするような姿勢もとっていないそれらは、平然と爆煙の中で立ち尽くしている。
「俺たちの魔法が……効かない!?」
魔族の魔法を受けても傷一つ負っていない彼らは、それぞれに埋め込まれた赤い玉から光を放つ。それは草原を燃やす過程を経ずに焦がした。
ソールの防御魔法に守られているマリアは、黒く焦げた草原や建物を見渡して訊く。
「ソール、奴らに魔法は効かないのか?」
「……魔力を遮るような反応だ。恐らく、特殊な体質を以て魔力を無効化しているのだろう」
「だが奴らは魔法を使っていた。それはどう説明する」
「……分からん。奴らが攻撃を放つ直前、その体内から魔力を感じるが。あの異様な体躯に答えがあるのか」
その時、地上で耳を突くような爆発音が鳴り響く。
空を進む砲弾。軌道を遡ればそこに大きな筒を空に向けて立つ大砲が鎮座していた。一列に並ぶいくつもの大砲は、防壁に設置されているものよりも幾分かスマートな格好で、その砲弾は楕円状のもの。
「撃て!」
その一声で、さらに多くの爆発音が鳴り響いた。空を指さしながら声を張り上げた者は、ハテノチの防衛軍を仕切る少女――美里。
「撃ち方用意!」
甲高い声に従い、てきぱきと砲弾を装填している魔族。その者たちの身の丈を優に下回る美里がさらに叫ぶ。
「撃て!」
防壁へ突き進む弾幕が次々と対象へ目掛けて落下していく。魔法の時とは違い、相手はその砲撃を巧みに躱していた。
その様子を見ていたマリアがふむと鼻を鳴らした時、同じ防御魔法の中で守られていたターシャとレラが寄ってくる。
「マリアさん。あの人たちは一体何なのです?」
聞かれたマリアが、答えを求めるように視線を向けたのはレラだ。
「あれは科学ですわね」
「科学……ですか?」
「ええ。恐らくアンジ族は高度に発展した科学を利用して、己の身を強化しているのですわ。魔法を使えて、魔法を無効化できる……まさに人体の魔改造ね」
ターシャが不安そうな面持ちで。
「魔法を無効化できるということは……つまり」
「ええ。いくらこちらの魔族が多いとはいえ、魔法が効かないんじゃ意味がありませんわ。例えソールの凄まじい魔力を以てしても……」
「そんな……」
しかしマリアは冷静に本を開いて言う。
「魔法は効かないようだが、物理攻撃は効くようだ。奴らがミサト率いる防衛軍の砲撃を躱しているのはそういうことだろう」
「で、でも。防衛軍だけじゃ……それに砲弾には限りがあります」
加えて、敵は一帯を瞬く間に焦がしてしまうほどの高威力な魔法を扱う。今にも増え続ける敵の数に対し、こちらは四十万以上の戦力が半分以下になったも同然の戦況。今では、防壁の上で数え切れぬほどのアンジ族が悠々と甲都を見下ろしている。
レラの話からすると、アンジ族は魔改造とも言える科学の力で人智を超えた能力を発揮する。魔法はおろか、近接戦でも並の者では太刀打ちできないことが予想できる。
マリアは冷静にしかしと続けた。
「ソールがこの地から百キロメートル先に魔力の反応を感じたと言っていた。そのことから、恐らく敵軍を構成しているアンジ族の数は前線の二万人。それ以外の二十万人は魔族だ。つまり、この前線勢力さえ抑え込めば勝機は充分にある」
仮にそうだとすれば、ではこのアンジ族たちをどうやって排除するのか。彼女の中でその答えは出ていた。
マリアは防壁に立つ敵を見据えながら言う。
「行け、イブソルニア」
瞬間、マリア達の頭髪が風に揺れる。視界端に白色の残像を窺った時には、既に遠方の防壁が轟音を立てて崩れ落ちていた。地面を割った痕跡は嶺二の振る舞いにも似た光景。
視線が追いついたターシャが唖然と防壁を眺めて声を漏らす。
「イブソルニアさん……!」
拳で押し込まれた赤い玉は、そのまま押し潰されるように防壁ごと木っ端微塵に散っていく。
白い制服姿で、長い襟から青の瞳を覗かせて立っている女性はイブソルニア。嶺二をも地に伏す腕力は、屈強な防壁を豆腐のように散らした。
しかし彼女が誇る一番の長所は腕力ではない。その速さだ。
今し方、右手に持った赤い玉を握り潰して言う。
「貴様達のような阿呆など。一刻以てすれば容易く散らせる」
この一瞬の間。何百人、いや何千人といたアンジ族は胸に穴を空けて倒れていた。崩れた防壁の瓦礫に下敷きとなっている者、地面に頭を埋めて動かない者、四肢の一部を失って倒れている者たち……この光景は全て、たったの一人によって形成されたもの。
しかしまだアンジ族の軍勢は途絶えていない。イブソルニアが倒した敵の何倍もの数……それこそ万といえるほどのそれらが今にも彼女へ向けて迫り、胸の赤い玉から光を発する。
「散れ」
一帯を照らす閃光が晴れる。防壁の外で広がる森林エリアは、敵の攻撃により焦がし尽くされていた。そこで立っているのは、赤い玉を握るイブソルニアただ一人。……いや、もう一人いた。遠方で胸を光らせ彼女を見据えている。
瞬きの間のこと、赤い玉を握ったままのイブソルニアの拳は、既に敵の顔前にあった。殴るように顔面へ打ち付けた赤い玉は砕け、加えて直後の蹴りが胸のそれも砕く。その体躯は粗末に飛び転んだ後、微動だにしなくなった。
「物足りんな」
軽く腕を回し、今更ながらの準備体操を始めたイブソルニア。彼女の周囲には無数の死体が寝そべっていた。彼女は飛び上がってマリアたちのところへ戻る。
腕を組んで待っていたマリアは口角を上げて彼女に言った。
「良い運動になったか」
「寒い」
一言で返したイブソルニアは、今度は目つきを尖らせて言う。
「嶺二を出せ。我はあの者と戦いたい」
「心配はいらんぞイブソルニア。あいつはもうじき帰ってくる」
そう言ったマリアは、ずっと黙っていた神様に視線を向けた。神様はこんな状況でありながらも微笑んで見返してくる。
「神様、あれから一週間以上が経ちました。嶺二ならそろそろ目的を達成していてもおかしくはありません。転移のための力を蓄えておいてください」
神様は笑顔のまま答える。
「う~ん。彼の進捗度はおおよそ二十パーセントといったところでしょうか。まだまだ時間がかかりそうですっ」
「なっ……」
宣戦布告を受けたのは一週間前、戦いが始まる頃には嶺二が帰ってくるであろうと予想していた。多くの犠牲を払うとこなくこの戦いに勝利できると。そう思っていたマリアの冷静な表情が崩れる。
「そんなはずは……! 嶺二には二週間の猶予を与えていますが、彼ならそれを待たずとも成せるはずです」
「あれから一週間以上が経ちました。それは、この世界における日の経過ですね」
マリアはまさかと目を見開いて訊いた。
「神様……ひとつ教えていただきたいことが」
「はい、なんでしょう?」
「嶺二が旅立ってから、カシュエドでは何日が経過しているのでしょうか?」
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