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1話

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 というところで目が覚めた。何とも不吉で生々しい夢だったのだろうか。あの白猫が僕の方を見ていた時にニヤリと笑った気がした。それを思い出すだけで背筋が凍る思いだった。夢で良かったと安堵していると
「ようやく起きたか。」
 聞き覚えのない声が聞こえる。辺りをよく見ると知らない所にいる。ベッドもいつも使っている安いベッドではなく高級ホテルのような高そうなベッドだった。どうしてここで寝ていたのかと不思議に思っていると、ベッドの脇から猫がぴょんと飛び乗ってきた。どこからか入ってきた猫だと思ったが、その猫は僕が助けた猫にそっくりだった。
「お前には感謝して蘇らせてやったんだぜ?」
 そっくりさんはそう言った。つまりはそっくりさんではなくご本人という事だ。いや、待て。驚く所はそこではない。猫が喋っているじゃないか。変な夢を見たせいで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。これは何科に受診すれば良いんだろうか?そもそも病院に行って、猫と会話出来るんです、って言ったら即入院させられそうじゃないか。
「なーにごちゃごちゃ考えてるんだよ。俺様が蘇らせてやったのに不満があるって言うのか?」
 とても偉そうな猫だ。まさか猫に見下される日が来るとは思わなかった。…ちょっと待て。猫が喋る所に注目していて大事な所を聞き逃していた。今、蘇らせたって言わなかったか。じゃあさっきのは夢じゃなくて本当に起きた事…?いやいやいやいや、そんな非現実的な事有り得ないだろう。
「いい加減、認めちまえよ。これは現実だぜ?お前は俺様のおかげで蘇る事が出来た。第二の人生を楽しめ。じゃあな。」
「ちょっと待て!」
 何の説明も無しに立ち去ろうとする猫を引き止める。せめてもう少し説明をして欲しい。
「ここはどこ何だ?お前は一体何者なんだ?蘇らせたってどういうことだ?」
「そう矢継ぎ早に質問するな。仕方ねぇな。助けて貰ったか恩くらいは答えてやるよ。」
 何ともふてぶてしい猫だ。ここまでくるといっそ清々しさを感じる。
「質問の順番には気をつけろよ。順番を間違えたら聞きたい事が聞けなくなっちまうかも知れねぇからな。」
 しっぽをゆらゆらさせながら笑っている。この猫と話しをしているとチェシャ猫と話している気分になる。きっとアリスもこんな気持ちだったのだろう。
「蘇らせたって事はあの事故で僕は死んだのか?」
「そうだぜ。」
 即答された。なんなら少し食い気味に。気持ちの整理がつかないが、今は次の質問をしなくては。
「ここはどこなんだ?」
 この質問は大事だ。海外だったら一巻の終わりだ。なぜなら僕は英語が苦手だからだ。
「なんでも『庶民の私が貴族の彼と結ばれていいの!?』って作品らしいぜ。俺様も詳しくは知らねぇけど。」
 僕も初めて聞いたけど題名から予想するに、庶民の主人公が貴族と結ばれるというよくある展開のストーリーだな。しかしこういう話って大体、海外系が多くないか?この部屋の内装も洋装だし。二つ目の重大な質問をぶつける。
「この世界の舞台はもしかして海外なのか?」
「お前の言う海外が日本以外だったらそれは海外だぜ。もしも言葉の心配をしてるんだったらそれは問題ない。なんせ日本人が書いた話だからな。」
 そんな事を言われたらぐうの音もでない。しかし日本語だと言うのなら安心して生活が出来る。
「もういいだろ。質問タイムは終わりだ。じゃあ余生を楽しめよ。」
 再びどっかに行こうとする猫を慌てて引き止める。
「待って。最後に一つだけ聞きたいんだけど、君は何者なんだ。」
 これは好奇心でしかないし、猫が何者であろうとも僕のこれからの生活に支障はきたさない。
「そんな事聞いてどうするんだ?俺様の正体を知ったら後悔するかもしれねーぜ?」
「…分かってるよ。でも恩人の事はちゃんと知っておきたいから。」
そう。僕にとって彼は恩人だ。蘇らせる事が出来るのだからきっと只者では無いことくらい想像ついている。
「意外と面白いな。蘇らせて正解だぜ。俺様の正体は…。」
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