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消えた名画(植草家の非日常)
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東京近郊のK市。戦後暫くは田園風景が多く見られる小さな街であったが、国全体が高度成長を遂げるのと共に発展し、今や一大ベッドタウンとして隆盛を極めている。
そのK市で生まれ育った植草真一の家に、今日も今日とて悪友の栗橋雄太が遊びに来ていた。
彼が暇さえあれば植草家を訪れるのには訳が有った。実は植草真一の妹、奈緒に密かに恋心を抱いているのである。
今も兄妹と仲良くお茶を飲みながら面白おかしく世間話を披露していた。
「お気楽といえば今年、我社に入った前田という新人が相当なものでね。例えば先日もこんなことがあった」
栗橋が自分のお気楽さを棚に上げて話を始める。
「或る見積もりの金額のコロンを四桁目に打っていたんだ。課長が四十万? おかしい、安すぎると良く見れば四百万だった。危うく大損するところだったって課長がカンカンに怒っていた」
「まあ、でも新人君の気持ちは判らないでもないわ。日本の数字の数え方は五桁目で位が変わるじゃない。万、億、兆。だから四桁毎にコロンを打ちたくなるのよ。ところが会計では世界基準に則って三桁毎でコロンを打つでしょ。私は未だに慣れないでプライス・タグのゼロの数を数えちゃうわ。一、十、百、千って」現役OLの奈緒が口を挟む。
「西欧ではサウザント、ミリオン、ビリオンと四桁目で単位が変わるからね」
何を今更という風情で植草が呟く。彼は会話に口を挟みながらインターネットで世界のニュースをチェックしていた。
「ほう、フランスで大規模な絵画窃盗団が捕まったらしい」誰に言うでもなくボソボソ呟いている。
「事件は映像の最新技術を盗み出したもので、それを持ち逃げした主犯格の男を取り逃がした……か。警察の大失態に非難が集中だってさ」
器用な奴だ、新聞を読みながら耳だけは会話に参加している。そう思いながら、栗橋は話を続ける。
「奴は俺にも変なことを言うのさ。デパートのサマーセールのゲラを修正した時だった。七月十六日を16JULYに変更するのは何故だと聞くから、輸入物を扱っている関係でお客様も外国人が多いからだと説明してやったのさ。そうしたら、そんなことを聞いているんじゃない。どうして西欧では年も日付も数字なのに月だけスペルで記すのかを知りたいと言う。それも本来なら七月はSEPTのはずだとか訳の判らない事を捲くし立て始めた。SEPTは九月だろうが。そんなことどうでもいいと思ったが、日本だって昔は睦月、如月、弥生と固有の呼び名が有ったじゃないかって言ってやった」
「彼は納得したかい?」ノートパソコンの画面から顔を上げずに植草が聞く。
「それが頭に来るのだ。奴は小馬鹿にしたようにフンと言いやがった」
「僕も以前から不思議に思っていた。ラテン語でセプテム、オクト、ノウェム、デケムは七、八、九、十だ。だから今でもラテン系の国々は若干のスペルや発音が違ってもほぼ似た言葉になっている。それが月の名前になると二ヶ月ずれて九月のセプテンバーに始まりオクトーバー、ノーベンバー、ディッセンバーだ」
「成る程、言われて初めて気がついた。それでお前のことだ、理由も調べたのだろ」
栗橋がそう言うと、植草はやっとパソコンから顔を上げ、嬉しそうに解説し始めた。
「今の暦は周知のように太陽暦だ。グレゴリオ暦とも言うが、その昔はユリウス暦を使用していた。そして年の始まりは三月だった」
「えっ、そうなの? どうしてそんな中途半端な月に始まるの?」奈緒も興味があるらしい。二人の会話に食いついてきた。
「今の感覚で考えちゃ駄目だ。昔は種まきが一年のスタートと考えられていた。だから今でもその名残が残っているものがあるだろ」
「判った。星座占いね。三月の牡羊座が最初だわ」勘の良い奈緒が言う。
「その通りだ。だから九月が七番目の月だったのさ。以下同様に十二月は十番目ということになる」
「じゃあ、一月から八月まではどうなるのだ?」栗橋が素直な疑問を口にする。
「神話に因んだ名前が多いね。一月はヤヌス、二月はファブルウス、三月はマルス、四月はアフロディテ、五月がマイア、六月がユノ、七月は神様ではなくてユリウス・カエサル、つまりジュリアス・シーザーのことだが彼の生誕月だからユリウス、八月はアウグストゥスから名づけられたのだ。ユリウス暦を廃止した理由は、年々春分の日がずれて十六世紀後半には約十日ずれていたらしい。ローマカトリック教会はそれに伴って起きる復活祭の日程のずれを問題視したのさ。そこで新しくグレゴリオ暦を制定、千五百八十ニ年十月四日の翌日を十五日として新暦がスタートしたって訳。だが、月の呼び名だけはそのまま残された。そして徐々に世界中に広まり、わが国もそれまでは中国から伝わった太陰暦を使用していたが、明治五年に太陽暦に切り換えたのさ」
「新人君は多分、そう答えて貰いたかったのね」
「こりゃあ、良いことを聞いた。早速教えてやろう」
「雄太さんのことだから、さも自分で調べたように得意げに話すんでしょ」
「酷いな、奈緒さん。そんなことはしないよ」胸中をズバリ見抜かれて、栗橋がうろたえた、
「そもそも、欧州文化圏にはラテン語の名残や神話、キリスト教などに因む事象が残っていて、我々日本人には理解しがたい風習や文化が存在するのさ。絵が最たるものだね。ロココやバロック時代の絵画は、それぞれ深い意味が込められている。神話や聖書を知らないとその絵に込められた作者の意図が読めない。尤も我々は評論家じゃあるまいし、素直に絵の美しさや技巧を鑑賞すればいいと思うけどね」
又、植草の悪い癖が始まった。喋り始めるともう止まらない。それにしても、何の話題にでも薀蓄を傾けるこの男の博学さには畏れ入る。彼の名前と一字違いで「僕は散歩と雑学が好き」などのエッセイで知られる植草甚(うえくさじん)一(いち)に負けず劣らず博学であり、世の中のありとあらゆる事象に精通しているのだから参ってしまう、と栗橋は思った。
植草家の両親は既に他界し、大きな屋敷には二人の他に先代の頃からの住み込みの使用人が二人と愛犬が一匹いるだけである。
先祖は代々地元の郷士であり、所有する土地と資産は相当なものだ。マンションや駐車場の家賃だけで不自由の無い生活を送っている。父親は文化人類学の研究の傍ら郷土史編纂にも尽力した人物であった。
そんな富と名声に恵まれた環境の中で生まれ育ったせいなのか、植草真一には浮世離れしたところが有った。定職に就かず気儘に絵を描いたり同人誌に雑文を掲載したりしている。全く羨ましい身分だと栗橋は思う。
「おい、聴いているのか?」その声に栗橋は思考を中断する。植草の薀蓄話が終わったらしい。
天使がどうのこうの、キューピッドがどうのとか喋っていた覚えは有るものの、肝心の内容は右の耳から左の耳へと通り抜けていったようだ。
聞いていなかったとも言えず、栗橋は曖昧に返事しながら奈緒のほうを見やる。彼女はとっくに兄の話などそっちのけでテレビに目を転じていた。
栗橋も画面を見る。そこには美術評論家のアラン佐伯(さえき)の姿が大写しになっていた。
アラン佐伯、三十六歳。突如現れた美術界の新星として注目されているが、彼の生い立ちについては謎が多い。フランス人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフであるらしい事や、フランスに在住し美術大学を卒業後、美術評論家としてその地位を確立した程度しか情報が無い。フランス国営放送の美術番組のナビゲーターを務めたことから人気を博し、日本でも話題になっている人物である。
金髪の長い髪。前髪を数本額に垂らしているイケメンは服装のセンスも良い。仕立ての良い三つ揃いの胸元はピンホールのクレリックシャツ。淡いパープルの小紋柄のネクタイと同色のチーフ。手元にはi-padが置かれている。
「彼は常にi-padに作品を映し、それを指し示しながら解説を行う。それが非常に判りやすいと評判なんだ。そのスタイルが今や彼のトレードマークになっているらしい」
栗橋が言うとおり、アランは爽やかな語り口で手元のタブレット端末をカメラに向けながら、そこに映し出されたフェルメールの絵を解説している。
「オランダ絵画はそれまでの宗教画をモチーフにしたヨーロッパ絵画とは一線を画するものです。一般には風俗画と呼ばれ、日常の生活風景を切り取った作品が多いのが特徴です。しかし絵の中には暗示や象徴となるアイテムが描き込まれて」
液晶画面にアップになったアランの顔をうっとりと見詰めながら奈緒が呟いた。
「素敵よね、アランって」
そんな奈緒の横顔を盗み見て栗橋は複雑な心境になるが、平静を装い問いかけた。
「奈緒さんは、アラン佐伯がタイプなの?」
「だって、イケメンだし知性はあるし……一度で良いから会ってみたいわ」画面を食い入るように見詰めながら奈緒が答える。
「じゃあ、紹介しようか」栗橋がまだうっとりした表情の奈緒に声を掛ける。
「え、どういう事。どうして雄太さんが?」訳が判らず奈緒が聞く。
「実は今度K市立美術館で十七世紀バロック展が開催される。我社の主催なんだ。それの監修をアラン佐伯が受持つことになっているのさ。開催日は翌月の七日だけれど、彼は一週間前から来日する。六日の前夜祭には、市長を始め来賓を招待してパーティーが催されるので、良かったら奈緒さんも来る? アランを紹介するよ」
その言葉に対する奈緒の反応は素早かった。
「凄い、やったね。有難う、雄太さん」
興奮して奈緒が栗橋の両手をぎゅっと握り締める。その柔らかい両手の感触を受け止め、栗橋の胸は高鳴るのであった。
「でも主催だなんて凄いじゃない、地方紙の新聞社がよく開催出来るわね」
「こら、奈緒。失礼な事を言うものじゃない」植草が諭す。
「あ、ごめんなさい。つい、うっかり」奈緒が慌てて口を押さえる。
「余計酷い。フォローになってないぞ」
「いいんだよ。正直、俺も我社で実現出来るなんて思っても見なかった」
有頂天になってはしゃぐ奈緒の様子を悲しげに見詰めながら栗橋はため息をついた。
月が替わり、アランが来日した。地元のマスコミのみならず、全国紙である在京の新聞社やTV局も取材を申し込んだが、混乱を避けるためなのかアランは取材を嫌った。
説得の末に、共同記者会見、それも映像はNGということでカメラマンをシャットアウトした状態で開かれた。当然、単独インタビューなどはすべて拒否をされた。
しかし、彼は仕事には精力的であった。作品ごとに配置やライティングなどの細かなチェックを行い、常にトレードマークのタブレット端末を片手に持ち、美術館の学芸員に見直しを指示して廻った。
そんな具合に周到な準備が一週間をかけてなされ、いよいよ前夜祭の日を迎えた。
当日は招待客に展示会場のお披露目が行われ、その後、美術館に隣接するホテルの大広間でパーティーが行われた。
市長、商工会議所理事、銀行支店長など数多くの来賓の祝辞が述べられる中、奈緒は約束どおり栗橋からアランを紹介してもらっていた。
今夜の奈緒は、長い髪をシニヨンに結い上げ、大きく肩口の開いたカクテルドレスを身に纏っている。細いうなじや露わになった肩から二の腕の白い肌が輝くようだ。
その美貌に栗橋のみならず周りのゲスト達全員が目を見張った。アランとて例外ではなく、いや、それ以上に欧米人特有のオーバーなジェスチャーとともに奈緒の美しさを讃えあげた。奈緒の手を取り甲に接吻するに到っては、脇にいる栗橋も心穏やかでは無くなった。
アランは人目もはばからず奈緒の腰に手を回し、耳元で何事か囁いている。そんな妹の様子に頓着せず、植草はのんびりとワイン・グラスを揺すりテイスティングを試みている。
「おい、奈緒さんを放っておいて良いのか? アランが口説いているぞ。暢気にワインなんか飲んでいる場合か」
栗橋は植草に近づくなり、そう咎めた。
「このワインはシャトーブリオンだぞ。これだけでも今夜来た甲斐があるな。お前もそんなに目を吊り上げていないで飲めよ」
植草はワインの匂いを嗅いだり、グラスを揺らしてワインの滴り具合を確かめた後、ようやく口に含み舌で転がす。
こりゃ駄目だと栗橋が思ったとき、アランが司会者に呼ばれた。
「それでは今回の監修としてご尽力頂きましたムッシュ・アラン佐伯にご登壇頂きましょう。皆様、盛大な拍手でお迎えください」
割れんばかりの拍手に迎えられ、アランがステージへと向かう。
「奈緒さん、アランと何を話していたの?」栗橋はこの機を逃さず彼女に話しかける。
「え、ああ、さすがドンファンね。貴女はフランス語をとても流暢に話す。そこで素敵な提案を思いつきましたって言うの。何だろうと思ったら、パーティーが引けたら部屋で楽しいお喋りを肴に、飲み直しませんかってお誘いだったの。勿論、即応諾しちゃったわ」
「ええっ、ま、まさか二人きりで?」
「いいじゃない。どうして雄太さんが心配するの?」
「いや、その、だって奈緒さんが心配だし、その……」
「ふふ、大丈夫よ。部屋では無くて最上階のバーラウンジにしてもらったから。それに今夜日本を発つそうだから、それまでの時間潰しみたいなものね。でも、テレビで見たより老けているわ。ちょっぴり期待はずれ。もっと若々しくてシャープさが有る印象だったの。それなら部屋で一晩一緒に過ごしてもいいなって……痛い!」
いつの間にか植草が隣に立って、奈緒の脇腹を肘で小突いていた。
「何を尻軽女のように喋っている。だからお前は黙っていろと言うのだ。何も言わず微笑んでいれば育ちの良いお嬢さんに見えるのに」そう言って今度は奈緒の頭を小突く。
「酷いわ、兄さん。ヘアスタイルが乱れちゃう」
そんなやりとりをしている時に通訳を介してアランへのインタビューが始まった。
「ところで、アランさん。今回のバロック名画展についてお伺いしたいのですが、先ず展示される作品のご紹介をお願いいたします」
「今回の展示はルネサンスからロココに至る十七世紀に生まれた作品群で、正確に言うならばマニエリズムの一部も含みます。ルネッサンス同様にイタリアから生まれたバロックですが、この時代は、スペインのベラスケスやフランドルのルーベンス、そして市民文化の盛り上がるオランダのレンブラント、フェルメールなど各国で多数の巨匠たちが作品を残しています。それらを一同に集めました」
「成程、今回の見所はどのようなところに有るのでしょうか? ポイントをかいつまんで教えて頂けませんか?」
「いやあ、見所満載で、とても一口には言えませんが」そう言ってアランが少し考える仕草をする。その眉根を寄せた端正な顔つきは少々芝居臭い。
奈緒さんは、こんなキザ野郎の何処が良いのだと嫉妬心に煽られた栗橋は思う。
「そうですね、近年になって人気沸騰のフェルメールは日本でもお馴染みでしょうが、カラバッジョの『キリストの捕縛』は一見の価値が有ると思います。行方不明だった作品なのですが、ホントホルストの作品としてアイルランドのイエズス会修道院の食堂に飾ってあったのを二人の女子学生が発見した。そんないわく付きの絵画です。それに、そうそうルーベンスの『愛の園』も一見の価値が有ります」
話しながらアランが例によってタブレット端末を取り出しカメラに向ける。そこには「愛の園」が映し出されている。
「この作品は題名どおり沢山の天使がご婦人方を」
それまで聞き流していた植草が、耳をそばだてて真剣に聞き入りだした。そうしてステージ上のアランの顔を食い入るように見詰める。
まるで睨みつけるような鋭い視線をアランに送る植草。
それに気づいた栗橋が「どうかしたのか」と問いかける。
「ハハーン、奈緒さんにちょっかいをかけるのが気に食わないんだろ」
「何を馬鹿な。今のアランの話の中に少々気になる部分が有ったので、おやっと思ったのさ」そう答えながらも植草はステージから視線を外さない。
その時、栗橋は植草以外にもステージ上のアランに鋭い視線を投げつける男たちの存在に気づいた。二人組の外国人だ。
一体何者だろうか? そういえばお披露目の席にも参列し、展示されている作品群を穴の開くほど見詰めていたことを思い出す。招待客にあんな人物はいたかな? それにしても怪しい二人だ。そんな事を思う栗橋だった。
ステージでは司会者の質問が続いている。
「アランさんは照明にも大変気を遣われていましたね」
「ええ、少しでも作品を良く見ていただきたいと思い、随分ライトの角度や照明の当て方には気を配りました」
「ご自身でライトの機材も持ち込みになったとか?」
「はい、反射光の少ない光が出せる最新式のライトです。総てに使うほど数がないので一部の作品にしか使っていませんが、その効果は――」
その時栗橋は、植草が「気に入らない」とポツリと呟くのを耳にした。
妹の奈緒がアランにすっかりメロメロなのが気に食わないのだろう、無理もないと栗橋は思った。
パーティーがお開きとなり、来賓の面々をホテルの車寄せまで見送った新聞社の社員達は、後片付けや荷物の積み込み等を済まし、ようやくその場で自然解散となった。
やれやれ、やっと開放された。パーティーの終了時刻が予定より大幅に遅れたために後のスケジュールも押し気味になってしまった。だが、これで我々の役目は終わりだ。アランも今夜の飛行機でパリに帰る。やるべきことはすべて完璧に終えた。明日はどの程度の客の入りになるか楽しみだ。
大きなイベントを終えて自然と肩から力が抜けるのを感じながら、栗橋は腕時計を見る。既に十時を過ぎていた。
ふと見ると美術館にも明かりがついている。可哀想に、美術館の警備の連中も九時で業務終了のはずなのに、帰りそびれたようだ。
一緒に帰ろうと植草の姿を探す。奈緒を呼びに行ったのだろうか。
彼女はアランに誘われてパーティーを中座し、バーラウンジに行ったまま戻ってこない。アランと二人きりになって数時間が過ぎており、栗橋は気が気ではない。
真一の奴、早く奈緒を連れて戻ってこないかなと辺りを見回す。
その時、ロビーから植草が美術館館長や学芸員とともに駆け出してくるのが見えた。その表情の強張りから、栗橋は何か異変が起きたと直感した。
「おい、真一。奈緒さんを迎えに行ったんじゃ無かったのか。どうしたんだ、何か有ったのか?」
「雄太か、社主はもうお帰りになったのか?」
「たった今、来賓の方々をお見送りして、社主もお帰りになったところだ」
「そうか、お前で良いや。主催者側代表として一緒に来てくれ」
「どうしたんだ? 何処へ行くっていうんだ」
「隣の美術館さ。今連絡が入って絵の何点かが無くなったらしい」
「何だって」
大変だ。開催日は明日の午前十時なのに、今になって絵が無くなるなんて一体どうした訳だ。その時、栗橋の脳裏に先刻の人相の悪い外国人の姿がよぎる。まさか奴らの仕業じゃないだろうな。
「どうも嫌な予感がしていたのだ」そう言うと植草は足早にその場を離れ、先を急ぐ館長や学芸員の後を追う。
全員、緊張の面持ちで美術館に走り去る。栗橋も慌ててその集団を追いかけた。
美術館の入口には警備員が二名立っていた。
「警備主任が中で待っています。無くなったのは二階のフェルメールの絵とレンブラントの素描画二点です」一人が館長に報告する。
一同は展示室に雪崩れ込むと階段を駆け上がり、会場の右突き当たりの小部屋に向かう。その部屋の左壁中央にフェルメールが展示しているはずなのだが、そこに作品は無く、二箇所からのライトが虚しく壁を照らしていた。
続いて一行はレンブラントのコーナーに向かったが、そこでも二箇所ぽつんと壁を照らすのみであった。
「パーティーが始まってからは誰も館内には入れていません。玄関に二名の警備員が張り付いていますし、防犯カメラのモニターもチェックしていました。先刻まで異常は有りませんでした」警備主任が説明する。
「異変に気がついたのはいつだ?」と館長。
「今申し上げたように九時の見回りの時にも異常は有りませんでした。十時になると同時に絵が無くなっている事に気がつきました。急いで此処へ駆けつけたのですが既に絵は無くなっており、直ぐに館長に連絡をしたのです」
説明を聞きながら植草が腕時計を見る。現在時刻は十時五分であった。
「それじゃあ、九時から十時の一時間足らずの間ということだな」
「それが……」警備主任の歯切れが悪い。
「何だ、違うのか? はっきりしろ」噛み付くような勢いで館長が怒鳴る。
「十時になる瞬間に絵が無くなっています。モニターをチェックしましたが、二、三秒画像が乱れて、元に戻ったときには既に絵は無くなっておりました。一瞬にして消えてしまったような感じで……口頭で説明しても理解できないでしょうから、どうぞご自分の目でご覧下さい」
警備主任が警備室に一同を案内する。館長が歩きながらも主任に怒鳴っている。
「誰も玄関から出入していないなら、必ず何処かに賊の侵入した形跡が残っているはずだ。手分けして賊の侵入経路を探せ」
「既に手配しています。建物周辺、窓、それに未だ賊が隠れている可能性もありますのでトイレやその他、使われてない部屋など館内すべてに部下を向かわせています」警備主任が応じる。
「防犯カメラのモニターをチェックしたと言ったな。犯行の様子が写っていないのか?」冷静さを保つ館長だが声が震えている。
「それもチェックしました。ですが先ほど申し上げたように……」
「ん? 犯人は写っていないのか?」
「兎に角モニターをご覧になって下さい」
部屋には、大きな壁掛けモニターが三台あり、それぞれのモニターに警備員が張り付いている。画面は十分割され、十台分のカメラ映像を写し出していた。
「ご覧のとおり会場には三十台の防犯カメラを設置し、ここで常時三名の警備員がチェックをしています。おい、一時間前から再生をしてくれ」一人の警備員に主任が命じた。
全員が一斉にモニターを見詰める。
画面に絵が現れる。フェルメールの「レースを編む女」だ。数分が経過しても画面には
何の変化も現れない。静止画ではない証拠に画面右下のデジタル時計が刻々と時を刻んで
いる。
「五十九分までこの状態が続きますので、問題の瞬間まで早送りします」主任がそう断っ
て機械を操作する。
画面の時計が五十九分五十九秒から十時になる瞬間、画像が乱れモニターには砂嵐が映
る。すぐに正常な画面に戻ったときには「レースを編む女」が画面からかき消えていた。画面のデジタル時計には十時0分四秒と表示されている。
「おお、消えた」全員が驚愕の声を上げる。
「レンブラントも同時刻、一瞬にして消えました」
別のモニターを見ていた学芸員が叫ぶ。
「そ、そんな馬鹿な」館長が悲痛な声を上げる。
無理も無い。僅か四秒で絵が持ち去られたのだ。はたしてその僅かな時間で絵を持ち去
ることが出来るものだろうか? それも同時に三枚も。到底、人間業とは思えない。
これは何かの冗談だ、こんなことが起きるはずが無い。余りの現実感の無さに栗橋には未だ事態が良く飲み込めなかった。
その時、周辺の捜査を行っていた警備員が戻ってきた。
「駄目です、やはり館内には誰もいません。それに侵入経路も見当たりません。それから一階のトイレでこれを発見しました」
二人の警備員が抱えてきた三つの額縁と黒いプラスチックのチップを差し出す。
「それは?」栗橋が黒いチップを一瞥して尋ねる。
「防犯ゲート用のセキュリティー・チップです。中央にカッターナイフで切り込みを入れてあります」主任が応じる。
「そのチップは電磁波を飛ばす方式ですね。ゲートがその電磁波をキャッチしブザーを鳴らす。だが、鋭利な刃物で切り込みを入れれば電磁波は飛ばせない」
「植草さんの仰るとおりです」苦々しく主任が応じる。
「これで盗難にあったことがはっきりしました」
残された額縁とセキュリティー・チップ。それらを目にして栗橋も事の重大さを認めざ
るを得なくなった。体が震え、膝から力が抜けていく。背筋を冷たい汗が伝わっていくの
が感じられた。
一体、誰が? そしてどのような方法で一瞬にして絵を持ち去ったのだろうか? まる
でマジックか魔法、いやサイコキネシスで瞬間移動させたとしか思えない。
「館長、警察に連絡しましょう」学芸員の一人が言う。
その発言に栗橋も我に返り、声を上げる。
「そうだ、直ぐに主催者である社主にも一報を入れないと……」
「ちょっと待ってくれ、栗橋さん。先ずは我々で調べてみよう。こんなことを表沙汰にする訳にはいかん」館長が栗橋を押し留める。
「しかし、早くしないと犯人が逃げてしまいます」
「いや、その心配はいらない。僕には犯人のおおよその見当はついている」
植草の言葉に全員が彼を振り返る。
「君には犯人が判ったと言うのかね?」館長が植草に詰め寄る。
「おそらく。ですが、どんな方法で盗んだのかが判りません。それが判明しない以上その人物だと確信は持てません」
植草の言葉を聞いて、栗橋は我が意を得たりと声高に叫んでいた。
「そうか、パーティー会場にいた人相の悪い外国人の二人組だ。俺も怪しいと思ったのだ」
「そうなのか? 君、心当たりが有るのなら言い給え」
館長の執拗な追及に植草が仕方無さそうに口を開く。
「犯人はアラン佐伯です」
思いもよらない植草の発言に、その場の全員が唖然とする。
「何を馬鹿な、冗談にもならん。彼がそんな事をする訳が無いだろ。それに彼は今夜中に帰国するので、もう既にホテルを出発しただろう」
「いえ、彼は女性とバーラウンジにいます」栗橋が言う。
「え、まだホテルにいるのか? それにしても、ホテルの最上階にいる人間に絵を盗み出す時間がどこにある? 先刻も君は、アランに監修を依頼したのは誰なのだ? などと訳のわからない質問をしていたな。彼はイタリアのプラド美術館の推薦状を持ってきたのだ。そこには、是非彼に監修を任せたい旨の文面が書かれていた。信頼できるルートでの紹介なのだ。もう良い、君は余計な口を挟まないでくれ」館長がせせら笑うように言う。
栗橋も開いた口が塞がらなかった。いくら可愛い妹が口説かれたからといってそれは無
いだろう。それに、わざわざ館長にアランについての不躾な質問までしていたのか……真
一の奴、血迷ったのか? 内心でそう思う。
「全く話にならん。こんな馬鹿なことが起きるはずがない。もう一度現場に戻ろう。何か仕掛けが有るに違いない」捨て台詞を残して、館長は学芸員を伴い管理室を出て行った。
植草はそんなことを気にもかけず、何事か一心に考えている。いつものように右手に持ったボールペンだけがくるくると回っている。
暢気に考えている場合じゃない。絵が盗まれたのははっきりした。一刻も早く警察に連絡して周辺道路を封鎖してもらうべきだ。早く絵の行方を追わないと……そう焦る栗橋の様子を見て植草が話しかける。
「焦っても仕方が無い。絵は十時に無くなったのじゃない。もっと以前に盗まれているはずだ。それに、もしアラン以外の人物が犯人であるなら既に逃げのびている。今更騒いでみても後の祭りさ」
「どうして絵はもっと以前に盗まれたと思うんだ?」
「どう考えても四秒で盗めるわけが無い」
「俺もそう思うが、実際この目で無くなる瞬間を見たじゃないか」
「あれはモニター映像を見ただけだ。実際に展示場所で見ていた訳じゃない。僕が直ぐに思いついたのは、防犯カメラに実際の現場を写していると見せかけて、実はダミー映像をモニターに流す手口だ。多分、館長もカメラに何か細工がしてあると考えて現場に引き返したのだろう。そんなことより犯人はどうして額縁を捨てていったと思う?」
「そりゃあ、邪魔になるからだろう」
「いいか、レンブラントの素描画が入れられていた額縁は新しくてシンプルなものだから価値は無いが、フェルメールの絵が入っていたこの額縁は、絵が作成された当時の額縁なのだ。この額縁にも大変な価値があるんだ」そう言って植草が額縁を示す。
成程、人間の肩幅程度の額縁の周囲には重厚な彫刻が施され、黒光りする艶が何世紀もの時代経過を物語っているようだ。
「例えばの話だが、警備員が目を光らせている会場にそっと忍び込んで貴重な絵を強奪できたとする。普通は一刻も早くその場から離れるはずだ。見つかる危険を冒してトイレに立ち寄ってまで額縁を隠すだろうか? そんなことをせずに一目散に車で逃走するはずだ。どうしても額縁が不要なら、安全な場所に逃げてからゆっくり始末すればいい」
「普通そうするよな」
「だが、この建物には先刻調査したように玄関以外の場所から侵入した形跡は無い。しかも玄関には警備員が目を光らせている。以上のことから導き出される結論は一つ」
「関係者と招待客が怪しいと言うんだな」
「そのとおり。それらの人物なら警備員の前を堂々と出入できる。しかし、だからといって例え布で隠して持ち出そうにも額縁が大きくて目立ち過ぎる。警備員も不審に思うだろう」
「成程、だから額縁を捨て、絵だけを持ち出したのか。しかし関係者だとしてもそれがアランだったとは言い切れないんじゃないか? 先刻俺が言ったように二人組みの外国人も怪しいぞ」
「まあ待てよ」そう言うと植草は、警備員に声を掛けた。
「この防犯カメラを稼働させたのは何時からですか?」
「お披露目が終了してからですから、たしか六時過ぎです。アランさんが最終チェックをされて、彼の立会いの下、録画を開始しました。巻き戻してみますか?」
「いえ、それには及びません。六時というのは間違いないですね」植草が警備員に念を押す。
「ええ、それからはずっと付きっ切りでモニターチェックしています。異変の合った十時前までは何事も無かったです。画像が乱れることも有りませんでした」
「そうか、俺にも判ったぞ。犯行時刻はカメラが稼働した六時以降に絞られるって事だ。そして犯人はゆっくり時間をかけて絵を盗み出した。なにしろモニターにはダミー映像が映し出されているわけだからな。しかし警備員が巡回した九時にはまだ絵は盗まれてはいない。となると益々犯行時刻は絞られる。つまり九時以降の犯行になる。どうだ? 真一、俺の推理も中々のもんだろ」
「まるでなっちゃいない。その時間には関係者や招待客は全員パーティー会場にいた。完璧なアリバイが有る。それにパーティーが始まってからは誰も通していないと、玄関の警備員が言っていたのを忘れたのか?」
「あ、そうか。九時の時点で絵は無事だった。しかしその後は誰にも盗むチャンスが無い。どうなっているんだ? ああ、判らない。可能性としては玄関の警備員か、九時に巡回した警備員。どちらかが嘘を言っているとしか考えられないじゃないか」栗橋が思わず口走る。
「しっ、声が大きい」慌てて植草が止めるが既に遅かった。
「我々は本当に誰も通してはいませんし、九時の巡回時に絵が存在したのを確認しています」警備員の一人がむっとして言い返す。
「すみません、彼もそれは信じています。可能性を言った迄です。許してやってください。それより、アランがチェックに立ち会ったと、さっき仰いましたよね?」
「ええ、三十のカメラできちんと作品総てがカバーしきれているかどうかをチェックされたのです」
それを聞いて植草は再び考え込む。又もや右手のボールペンがくるくると回りだす。
「何故だ? 何故そこまでチェックする必要が有る?」植草が誰にともなく呟く。
「モニターに何か細工を行ったのなら、その映り具合をチェックするだろうが、その可能性は無くなった。ならば何故? アランは監修の責任者だ。そこまで配慮する必要が何処に有る? 作品の価値や芸術性を理解してもらうために絵の配置やライティングに気を遣うのは理解できる。だが、防犯カメラに細工をしたので無ければ、チェックなど警備のプロに任せておけば良いはずだ」
「そりゃ、貴重な作品がこれだけ集まっているのだ。監修だけに留まらず盗難事故への配慮もするだろ」
まだアラン犯人説が信じられない栗橋は、彼を擁護するように言う。
「盗難が起きても管理責任を問われるのは、美術館側と主催者である関東日報だろ。変な言い方になるがアランにとっては関係の無い話だ。それに関東日報は多額の保険を掛けているのだろ」
「当然さ。それに警備も人間とカメラ、それに防犯ゲートまで設置して二重、三重のガードを施している」
「そこまで対策を施した結果がこのザマか?」植草が冷たく言う。
それを指摘されると一言も無い栗橋であった。
「まあ、そんな事を今更言っても仕方ない。何故アランはモニターチェックの必要が有ったのか? 多分それが犯行の手口に関連するはずだ」呟きながら再び植草が考え込む。
やがて、手の上のボールペンの動きが止まり、植草が顔を上げて叫んだ。
「そうか、判ったぞ。細工はカメラじゃ無かったのだ。おい、僕たちも現場に行ってみよう」そう言って立ち上がった。
二人が二階の展示室に向かうと学芸員たちが防犯カメラを念入りに調べていた。
「どうですか? 何か発見出来ましたか?」栗橋が館長に声を掛ける。
「いや、カメラには何の仕掛けもない。もうお手上げだ」
「やはりそうか。思ったとおりだ。誰かライトを調べて下さい」植草が口を挟む。
「又、君か。ライトなど何の関係も無いじゃないか」
苦々しく言う館長の言葉を聞き流し、植草はライトの真下に行き、自らそれを調べ始めた。
「これはライトじゃ無い。小型のプロジェクターだ」
その声にその場にいた全員が植草の周りに集まってきた。
「何だって、それを持ち込んでセットしたのはアランさんだぞ」と館長。
「だからアラン佐伯が疑わしいと先刻申し上げたはずです」
そう館長に冷ややかに言うと、植草は説明を始めた。
「僕にはどうしても九時の時点で絵が盗まれていないという点が引っ掛かっていました。それを前提にすると、どんな方法で絵を盗み出そうとも、九時以降の犯行になります。ですがパーティーが始まってからは誰も此処には出入していない。玄関以外に侵入した形跡も無い。となると、失礼な言い方になりますが、警備員の方々にしか犯行の機会は無いのです」
「やはり我々を疑っているんじゃないか」主任が注文をつける。
「勿論、警備員が嘘を言ったのではないでしょう。彼らは確かに絵を確認したのです。ですが、それは本当に実物だったのでしょうか」
「君は一体何を言いたいのだ。警備員を疑っているのか信用しているのかどっちなのだ」
館長が声を荒げて植草に詰め寄る。
「今説明します。彼らが見た絵は本物だったのでしょうか? 警備員が見たのは虚像だったのじゃ無いかと考えたのです」
「贋物という意味か?」
「贋物ではなく虚像です。それも3Dの画像だったのです。恐らく、アランは最新機種のライトだと偽って左右二機から発せられるプロジェクターを使い、3D映像を描き出したのです。つまり九時の巡回時に警備員が見たのは実物ではなく立体映像だったという訳です」
「3D? アバターをシネコンで見たが専用のメガネを掛けたぞ。メガネを掛けていなくとも立体画像が見えるのか?」栗橋が問いかける。
「専用のメガネで立体画像を見る技術など昔から存在する。子供の頃、赤と青のフィルムが張られたメガネで写真を見た記憶があるだろう。あれはアナグリフとよばれている。現在の主流は偏光フィルターを使用するパッシブ方式か左右の目を交互に閉じるシャッターメガネを利用するアクティブ方式、あとは頭からすっぽりと被るヘッドマウントディスプレーなどがある。だが、これらはすべてメガネが必要だ。
そこで開発されたのが裸眼で立体画像を見ることが出来る技術だ。既にパララックスバリアと呼ばれる技術を使ったN社のゲーム機が発売されているじゃないか。来年にはメガネ不要の3Dテレビが総合家電メーカーのT社から売り出される予定だ。S社も全方向から立体画像が見られる装置を発表した。但しそれらの場合、モニター側にパララックスバリアとかレンチキュラーだのと呼ばれる技術が盛り込まれている必要がある。
だが今回の場合は、直接壁に照射するのだから映画をスクリーンに照射するのと同じだ。雄太が今言ったようにメガネを掛けるか、又はアクティブ・レンチキュラー方式、つまりレンチキュラーと呼ばれるレンズを貼ったシートに照射させる方法が有るんだが、その場合は壁にレンチキュラーシートが残る。見たとおり壁には何も無い。だからこれは却下だ。最近ではプロジェクション・マッピングと呼ばれる技術もあるが、ほら、東京駅復原時に披露されていたやつさ。だが、あれは映像であることは誰の目にも明らかだ。
となると最新技術を利用したとしか思えない。まだ試作段階らしいのだが、プロジェクターから発するレーザー光の焦点で空気中の酸素や窒素をプラズマ発光させ、映像を作り出す方式が開発されたのだ」
「そんな事が可能なのか」館長はまだ懐疑的な口ぶりだ。
「映す対象によります。大勢の観客が鑑賞するスクリーンで、しかも画像がめまぐるしく変化する動画であれば、仰るとおり直ぐにばれてしまいます。幾らなんでもそこまでの技術はまだ開発されていません。実現するのにあと二十年は要すると言われています。しかし、今回は動きの無い絵を映すだけです」
「しかし、君。幾らなんでも実物と映像を見間違う訳は無い」館長が意地悪く突っ込む。
「ははは、館長、何か誤解されていませんか。3Dだからといって絵が飛び出すわけじゃないんですよ。絵そのものはキャンバスに描かれたものですから、実物にしても平面的な二次元でしかないのですよ」
「じ、じゃあどうして3Dにする必要が有る?」
「壁に掛けられた額縁の厚み、そこに収まる絵との奥行きなどが実物であると錯覚させるのです。しかも周りの照明は暗い。更に絵の展示場所は、この小さな部屋の左壁です。警備員はこの部屋の入口に立てば全体が見廻せます。その際、左正面にフェルメールの作品を眺めることになります」
説明を続けながら植草はプロジェクターを調べている。
「見て下さい、レーザー照射装置にタイマー機能が付いています。今再生しますので実際にご覧下さい」
そう言って植草がプロジェクターのタイマーを戻す。全員が見詰める左壁に見事な立体映像が浮かび上がる。
再び、植草が口を開く。
「3Dは人間の左右の目の視差を利用していますので、裸眼で立体像を見ることが出来る視野の範囲に制限があるのです。上から見下ろしたり、下から見上げたりしても立体像になる技術は今のところ開発されていません。左右百八十度までの角度から立体像を見ることは可能ですが、そうなるとプロジェクターも五十台程度は必要ですし、スクリーンとしてレンチキュラーシートを壁に貼る必要もでてきます。
ですが、この部屋は奥行きがおよそ五メートル足らずしか有りません。まさか真横近くから絵を眺める人はいないでしょう。自然と正面から絵を眺めることになります。だからこそ可能だったのです。全くうまい場所を見つけたものだ。この部屋にフェルメールを展示することに決めたのは監修責任者のアランですね?」
「ああ、君の言うとおり彼が提案したのだ」
今までの勢いは消え失せ、がっくりとうな垂れる館長。
「それでも明日になって、大勢の客が様々な角度から作品を見れば直ぐにばれてしまうでしょうが、警備員は作品を鑑賞するために巡回している訳ではありません。異常が無いか、不審者はいないか、そんな視点で見廻っているのです。巡回でざっと見渡す程度では、実物だと思うでしょう」
「まさか、そんな」
力が抜けてしまったのか、館長はへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
「本来今夜は九時で閉館予定だったので、彼は十時丁度で映像を消し、ただの光線に切り替えたのでしょう。ところがパーティーが延びたために警備員たちも居残っていた。それで絵の盗難がばれてしまった。でなければ、明日の朝まで気づかれることはなかったでしょう。ですから実際の犯行はもっと以前に行われたのです。恐らくこれをセットして直ぐに犯行に及んだのだと考えられます。そしてその後、警備室に行き、防犯カメラを稼働させ、モニターにどう写っているかを確認したのです」
誰もが呆然と植草の話を聞いていたが、警備主任がはっと我に返る。
「アランをすぐに捕まえましょう。高飛びされてしまう」
「大丈夫です。彼には妹を張り付かせていますから」植草が言う。
「妹さん? 女性じゃ危険だ」そう叫ぶと警備主任は部下を連れて駆け出した。
植草がクスクス笑っている。
「おい、笑っている場合じゃないだろ」栗橋が諌める。
「これが笑わずにいられるか? 妹が女性だから危険だってさ。アハハ」
奈緒は合気道三段の資格を持っているし、元格闘技チャンピオンで植草家の執事でもある斎藤にあらゆる格闘技を教わってもいる。だから真一も笑っていられるのだと栗橋には理解できる。しかし、そうは言っても奈緒は妙齢の女性なのだ。
その時、栗橋はあることに思い立った。
「真一、お前先刻、妹を張り付かせていると言ったな? という事は、デートじゃ無かったのか」
「当たり前だ。どこの世界に可愛い妹が絵画泥棒にナンパされるのを喜んで送り出す兄がいるものか。逃亡を企てないように足止めを食らわしてやったのさ」
「それ、おかしく無いか? 可愛い妹なのに危険な役目をさせているのは何処のどいつだ。ナンパよりよっぽど性質が悪い」
そう毒づきながらも、デートでなくて良かったと安堵の胸を撫で下ろす栗橋であった。
二人が館長を伴いバーラウンジに向かうと、奥のボックスシートで警備員たちがアランを取り囲むように坐っていた。
「館長、一体何事だ。もう余り時間が無い。羽田十二時発のパリ行きの便に間に合わなくなる。どうして私がこんな酷い扱いを受けなければならないのだ」
「とぼけるのもいい加減にしろ。まさかアラン佐伯が絵画泥棒だなんて誰も思わない。私は全幅の信頼を寄せていたと言うのに」館長が悲痛な叫びを上げる。
「大事な絵は何処に隠した? さっさと白状しろ」
「何の事だ? 私が絵画泥棒だと? 失礼にも程がある」
「まだしらばっくれるのか。君の部屋には警備員を向かわせた。絵が発見されるのも時間の問題だ。さっさと認めるのだな」
「何だと、他人の部屋に勝手に踏み込んだのか。日本人は何処まで無礼な人種なのだ。面白い、絵が出てこなければどうする? 私は裁判沙汰にするぞ」
両者が睨み合う。そのまま沈黙が続く。
「もうこのあたりで決着を着けませんか? 幾ら彼の部屋を探しても絵は発見出来ませんよ」沈黙を破るように植草が誰にとも無く呟く。
「君は判っているようだ。この無礼な奴らに何とか言ってくれ」
「僕は貴方が無実だとは言っていない。絵が部屋に隠されていないと言っただけです」
「じゃあ、何処に有ると言うのだ」館長が問い詰める。
「盗まれたのはレンブラントの素描画二枚とフェルメールの『レースを編む女』でした。あれはフェルメールの現存する作品の中でも一番サイズが小さい。展示時は大きな額縁に入れられていますが、絵自体は確か三号だったかな、B5版より若干幅が大きい程度です。素描画も同様のサイズです」
「だから? 何が言いたい」館長が焦れる。
「折角手に入れた貴重な絵です。額縁から抜き取れば肌身離さず持ち歩ける大きさになります。そのために額縁を捨てたのでしょう。この男が大事にいつも持ち歩き、しかも誰もが奇妙に思わない物。警備員も当然チェックしません。なにしろアランのトレードマークですからね。さあ、そのi-padのケースをこちらに寄越しなさい」
アランの脇にあったケースを奈緒が素早く取り上げる。それを受け取った植草が中身をあらためる。
「思ったとおりケース内側のポリカーボネイトやシリコンといった緩衝材を取り外してある。これなら三枚の絵もすっぽりと収まるでしょうね」
果たしてケースの中から三枚の作品が現れた。
「証拠の品が出てきたのだ。そろそろ覚悟を決めたらどうなんだい、アラン佐伯の偽者君」
植草のその言葉に、そこに居た全員が一斉に彼の顔を見る。アランの顔から血の気が引いていく。
「に、偽者だって?」
その時、背後で女性の声がした。
「そうです。この男はアラン佐伯では有りません。本人は現在イタリアに出張中です」
その声に振り返ると、いつの間にか二人の外国人と一人の日本人女性が立っていた。
男性二人の顔を見て、栗橋はあっと声を上げる。自分が窃盗犯だと勘違いした例の二人組ではないか。
「私は文科省文部技官の立花由香と申します。こちらの方々はFBIパリ支局のケント捜査官とフランス国家憲兵隊美術犯罪捜査班のピエール主任捜査官です」
立花由香は二人を簡単に紹介し、話を続けた。
「最近、ヨーロッパ全土を股にかけて活動していた大掛かりな窃盗団が逮捕されました。でも一味の主犯格の男性を取り逃がしてしまったのです。マスコミ報道はされていませんが、関係者から、その一人がアラン佐伯に似ていたという証言を得た当局は、まさかとは思いつつもアラン佐伯の動向をマークすることにしました。商用でイタリアに向かっているアランに見張りをつけたのです。
ところが先日、フェイスブックにアランが日本にいるという書き込みが有りました。そこで、真偽を確かめるために両名が急遽来日され、我々の協力を要請してこられたのです。
確かにこの男性はアランに瓜二つといって良いほど酷似しています。ましてや日本人である我々にはほとんど見分けがつきません。ですが、彼らの目は誤魔化せません」
その場の全員が、立花嬢の話しに気を取られていた。
「そうか、例の大規模窃盗団の捕り物で、主犯格の男が新開発技術を持ったまま逃走していると報じていた。この男だったのか、そして盗まれたのがレーザーによる3D照射技術」植草が独り納得している。
その瞬間アラン、いやアランの偽者が横に坐っている奈緒を拘束した。どこに隠し持っていたのか登山ナイフを奈緒の首筋に突きつける。
「こうなっては仕方が無い。さあ、全員後ろに下がれ。でないとマドモアゼルの白い首筋が真っ赤に染まることになるぞ。さあ、どけ」
しまった。予想外の展開に全員が油断をしてしまった。
「馬鹿なことは止せ。どうせ逃げ切れない」ピエールがフランス語で説得を試みる。
「そうだよ、君。絵は無事戻った事だし、穏便に済まそうじゃ無いか」館長も説得のつもりなのか日本語で喚いている。
「日本語で通じるのか?」植草がクスクス笑いながら栗橋に囁きかける。
こんな場面になっても奈緒の凄さを知る植草は暢気なものだ、と栗橋は思う。
「いいか、俺は羽田で飛行機をジャックする。それまでこの娘は人質に取る。大人しく我々を通せ」
男は左腕で奈緒の動きを封じつつ、右手のナイフをさらに彼女の喉元に突きつける。
「そろそろ奈緒の得意技が出るぞ。デジ・カメの用意はいいか?」植草が栗橋に囁く。
「おっと、そうだった」
二人が小声で囁きあっているのを男が聞きとがめる。
「おい、そこの二人。何を相談している、黙って言うことを聞け。全員後ろのテーブルまで下がるのだ」そう言って男はナイフに力を込める。
「仕方が無い。この場は言うことを聞きましょう。お二方も奴を刺激しないで下さい」
警備主任が植草たちを嗜め、全員を下がらせる。
男は奈緒を盾にしてテーブルを離れ、ゆっくりと通路へと歩を進める。
囚われの身となった奈緒は、右手で刃物を突きつける男の右腕をしっかりと両手で掴んでいる。
二人は、そのままの体勢で、出口のほうに後ずさりしていく。我々との距離が五メートルほど離れた、その時であった。
「とうりゃー」
気合のこもった声とともにカクテルドレスの裾が翻ったと同時に、男性の体が宙を舞い、背中から床に投げ出された。その拍子に金髪が吹っ飛び栗橋の足元に転がる。
「ん? カツラだったのか」
すかさず男の右腕を締め上げ、ナイフを取り上げる奈緒。俯く男の頭頂部は見事に剥げ上がっていた。
一瞬の出来事に、一同が唖然とする。
「何をぼけっと突っ立っているのよ。早く手錠を掛けなさい」
男の腕を逆に決め、床に這い蹲らせた奈緒が怒鳴る。
我に返った警備員達が両側から男を押さえつけ手錠を掛けた。
さすがに観念した男は、がっくりと首をうな垂れ、二人の捜査官に引きずられるように連行されていく。
「忘れ物だ」栗橋が金髪のカツラを男に放り投げてやった。
「やれやれ、一軒落着」両手でカクテルドレスをはたいて立ち上がる奈緒。
「馬鹿、早くこれを着ろ」植草が自分のタキシードを脱いで奈緒に着せかける。
「何? どうしたの」訳が判らずに奈緒が尋ねる。
「奈緒さん、む、胸元が……」顔を真っ赤に染めた栗橋が、奈緒のバストを指す。
大きく胸元の開いたドレスで立ち回りを演じたため、奈緒の右乳房がぽろりと顔を出していた。
「きゃ、エッチ、見ないで」奈緒は慌ててタキシードで胸元を押さえた。
翌日の関東日報の一面には、男を投げ飛ばす奈緒の勇姿がデカデカと掲載されていた。
「ああ、これでいよいよお転婆娘は縁遠くなったぞ。おまけに、その場でおっぱいポロリの大サービスだ」
「もう、兄さんったら。その話は止して」
「しかし、本当にこんなじゃじゃ馬を好きになってくれる男性はいるのかねえ」植草が大袈裟に嘆く。
「大丈夫、少なくとも一人は此処にいる」栗橋はうっかり口を滑らせる。
「えっ、雄太さん。今なんて言ったの?」
「いや、何でも無い」慌てて誤魔化し、栗橋は話題を変える。
「しかし、アランの贋物とは恐れ入ったよ。カツラが無ければイケメンの本人とは似ても似つかぬ、冴えないオヤジだったな。これで本物のアランも有らん(アラン)疑いを掛けられないで済んだ、なんちゃって」
二人が無言で冷たい視線を栗橋に投げつける。まずい。栗橋は更に話題を変える。
「それより、真一。どうしてアラン佐伯が偽者だと判ったのさ。いつから気がついていたんだ」
「記者会見を異常に避けていたじゃないか。まるで日本にいることを知られたくないようで、変だなとその時はちらっと思った程度だった。何か確認する方策は無いかなと――」
「あっ、フェイスブックにアランが日本にいると書き込んだのは、もしかして、お前だったのか?」
「そうさ。どう考えてもアランの挙動は不審だった。記者会見は売り込むチャンスだしフランスでテレビ番組を持つ彼が、何故カメラを避けるのか? そこで一か八かネットに投稿したのさ。フランスの誰かが読むことを祈ってね。だが反応は無かった」
「でも、実際はフランス当局の目に留まったって訳ね」
奈緒が、さすが我が兄貴じゃん! と讃える。
「僕の考え過ぎかなと思い始めたときに前夜祭があった。疑惑が確信に変わったのは、パーティー会場で今回の見所を説明した時だった。お前たちは気がつかなかったのか?ルーベンスの『愛の園』の解説を始めたときに、彼はこう言ったのだぞ。この作品は題名どおり沢山の天使がご婦人方を――ってね」
「どうして、それが変なの?」奈緒が頬に指を当て、首を傾げる。
「俺も判らない」
「やれやれ、先日欧州の文化について話した時に、キューピッドと天使の違いを説明したじゃないか」
「ああ、そういえば何かそんなことを話していた記憶が有る」
「兄さんの薀蓄が始まった時に、丁度テレビ番組にアランが出演していたのよ。そりゃ、そちらを優先するに決まっているじゃない」悪びれずに奈緒が言う。
「いいかい、今度こそ真剣に聞けよ。ルネッサンス以前の絵画には良くキューピッドが描かれている。当時は題材に神話を取り上げた作品が多いのだ。だからビーナス、ギリシャ神話ではアフロディティの事だが、その周りに愛の象徴であるキューピッド、正確にはクピドという弓矢を持った子供が描かれている。だからルーベンスの『愛の園』に描かれているのはクピド、もっと正確に言えばブットー、複数でブッティーと呼ばれるクピドのお供なのさ。
一方、その後キリスト教の浸透とともに題材にキリストやマリア像が多く描かれた。マリアの周りに描かれた羽の生えた子供、これは天使なのだ。例えばムリリョの『聖母昇天』の足元に描かれているのは天使なのさ」
「どう違うんだ。チーズのCMに『天使が恋するフィラデルフィア』っていうのがあるが、飛ばした矢が折れて戻ってくるぞ。クピドと一緒だろ」
「多くの日本人は両者を混同している。ギリシャ神話やキリスト教に馴染みが薄いから無理も無い。ヨーロッパの人間でもたまに違いが判らない輩が存在する、どうしてかというと迫害を恐れたキリシタンの画家は、キリスト崇拝の絵を描いたとばれないように、天使をクピドに似せて描いたのさ。それが混乱の元なのだ。
クピドは言い換えるとギリシャ神話でいうところの性愛の神、エロスなのだ。そして手に持つ矢が命中した人物が恋に堕ちる訳だ。一方、天使のほうは弓矢など持ってはいない。それに便宜上絵画では子供の姿で描かれているものの、実際は目には見えない実体の無い存在なのさ。
天使には階級があって上級、中級、下級に別れ、さらにそれぞれが三段階に区別されている。つまり全部で九階級に分かれているのさ。そして位の低い天使ほど人間の姿に近くなる。だから絵画に描かれるのは階級の低い八位の大天使や九位の天使なのだ。
マリア様に受胎告知を行うのは大天使ガブリエル、最後の審判で天国行きか地獄行きかを決めるのは大天使ミカエルという具合さ。こんなことは西洋美術を学ぶ際の基本なのだ。だから当然、美術評論家のアラン佐伯がそれらの事を知らないはずが無い。
だが、偽者と判明したものの僕には盗みの手口が判らなかった。それを解明しなければ彼は盗みを認めないだろうからね。だからその時間稼ぎをしたかった」
「それで私にあの男を足止めするよう指示したのね」
「そういう事」
「例の新開発の機械は無事研究所の手元に戻されたそうだ。しかし今後益々、犯罪も新しい科学技術やエレクトロニクスを悪用する連中が増加しそうだな」
栗橋の呟きに植草が応じる。
「それは今も昔も同じさ。化学兵器や原子力がそうだし、瑣末な例えではカラーコピー機の普及で偽札が作られる世の中だからね。要はそれを使う人間次第ってことなのだが、犯罪に限らず、暮らしが豊かになり便利な環境を享受してしまうと、そのリスクや危険性などを省みず、不便だけれど安全だった時代を忘れてしまうのが人間の性だ。それが良いのか悪いのか……」
植草の言葉は最後にポツンと呟いて終わる。
その場の雰囲気が少し重くなる。その空気を変えたのは奈緒だった。
「でも、あの男も馬鹿よね。新開発の凄い機械を盗んでおいて、わざわざ絵画を盗むなんて」
「どういう意味?」奈緒の言わんとすることが理解できないで栗橋が尋ねる。
「私なら、あの機械をライバル企業に売りつけるわ。それとも研究所を強請(ゆす)って買い戻させるって手もあるし……その方が、それを使って絵を盗むなんてしち面倒くさい事よりずっと楽に大金が手に入るじゃない」そう言って得意そうに奈緒が鼻をピクピクさせる。
言われてみれば全く奈緒の言うとおりだ。余りにも当たり前な発想なのに、どうしてそのことに気がつかなかったんだろう。絵を盗むことにしか考えが及ばないなんて、全く間抜けな泥棒だ。でも、それを思いつく奈緒という娘は、何て素直な発想の持ち主なんだろうと栗橋は感心しそうになるがすぐに思い直す。
素直な娘が強請るなどと邪悪な発想をするだろうか? 世間ずれしないお嬢様のどこにそんな大それた思考回路が有るのだろう。しかも男性を軽く投げ飛ばすほどのじゃじゃ馬でもある。
やはり女は怖い。プロポーズするのは考え直したほうが良いかな? そう密かに思う栗橋であった。
そのK市で生まれ育った植草真一の家に、今日も今日とて悪友の栗橋雄太が遊びに来ていた。
彼が暇さえあれば植草家を訪れるのには訳が有った。実は植草真一の妹、奈緒に密かに恋心を抱いているのである。
今も兄妹と仲良くお茶を飲みながら面白おかしく世間話を披露していた。
「お気楽といえば今年、我社に入った前田という新人が相当なものでね。例えば先日もこんなことがあった」
栗橋が自分のお気楽さを棚に上げて話を始める。
「或る見積もりの金額のコロンを四桁目に打っていたんだ。課長が四十万? おかしい、安すぎると良く見れば四百万だった。危うく大損するところだったって課長がカンカンに怒っていた」
「まあ、でも新人君の気持ちは判らないでもないわ。日本の数字の数え方は五桁目で位が変わるじゃない。万、億、兆。だから四桁毎にコロンを打ちたくなるのよ。ところが会計では世界基準に則って三桁毎でコロンを打つでしょ。私は未だに慣れないでプライス・タグのゼロの数を数えちゃうわ。一、十、百、千って」現役OLの奈緒が口を挟む。
「西欧ではサウザント、ミリオン、ビリオンと四桁目で単位が変わるからね」
何を今更という風情で植草が呟く。彼は会話に口を挟みながらインターネットで世界のニュースをチェックしていた。
「ほう、フランスで大規模な絵画窃盗団が捕まったらしい」誰に言うでもなくボソボソ呟いている。
「事件は映像の最新技術を盗み出したもので、それを持ち逃げした主犯格の男を取り逃がした……か。警察の大失態に非難が集中だってさ」
器用な奴だ、新聞を読みながら耳だけは会話に参加している。そう思いながら、栗橋は話を続ける。
「奴は俺にも変なことを言うのさ。デパートのサマーセールのゲラを修正した時だった。七月十六日を16JULYに変更するのは何故だと聞くから、輸入物を扱っている関係でお客様も外国人が多いからだと説明してやったのさ。そうしたら、そんなことを聞いているんじゃない。どうして西欧では年も日付も数字なのに月だけスペルで記すのかを知りたいと言う。それも本来なら七月はSEPTのはずだとか訳の判らない事を捲くし立て始めた。SEPTは九月だろうが。そんなことどうでもいいと思ったが、日本だって昔は睦月、如月、弥生と固有の呼び名が有ったじゃないかって言ってやった」
「彼は納得したかい?」ノートパソコンの画面から顔を上げずに植草が聞く。
「それが頭に来るのだ。奴は小馬鹿にしたようにフンと言いやがった」
「僕も以前から不思議に思っていた。ラテン語でセプテム、オクト、ノウェム、デケムは七、八、九、十だ。だから今でもラテン系の国々は若干のスペルや発音が違ってもほぼ似た言葉になっている。それが月の名前になると二ヶ月ずれて九月のセプテンバーに始まりオクトーバー、ノーベンバー、ディッセンバーだ」
「成る程、言われて初めて気がついた。それでお前のことだ、理由も調べたのだろ」
栗橋がそう言うと、植草はやっとパソコンから顔を上げ、嬉しそうに解説し始めた。
「今の暦は周知のように太陽暦だ。グレゴリオ暦とも言うが、その昔はユリウス暦を使用していた。そして年の始まりは三月だった」
「えっ、そうなの? どうしてそんな中途半端な月に始まるの?」奈緒も興味があるらしい。二人の会話に食いついてきた。
「今の感覚で考えちゃ駄目だ。昔は種まきが一年のスタートと考えられていた。だから今でもその名残が残っているものがあるだろ」
「判った。星座占いね。三月の牡羊座が最初だわ」勘の良い奈緒が言う。
「その通りだ。だから九月が七番目の月だったのさ。以下同様に十二月は十番目ということになる」
「じゃあ、一月から八月まではどうなるのだ?」栗橋が素直な疑問を口にする。
「神話に因んだ名前が多いね。一月はヤヌス、二月はファブルウス、三月はマルス、四月はアフロディテ、五月がマイア、六月がユノ、七月は神様ではなくてユリウス・カエサル、つまりジュリアス・シーザーのことだが彼の生誕月だからユリウス、八月はアウグストゥスから名づけられたのだ。ユリウス暦を廃止した理由は、年々春分の日がずれて十六世紀後半には約十日ずれていたらしい。ローマカトリック教会はそれに伴って起きる復活祭の日程のずれを問題視したのさ。そこで新しくグレゴリオ暦を制定、千五百八十ニ年十月四日の翌日を十五日として新暦がスタートしたって訳。だが、月の呼び名だけはそのまま残された。そして徐々に世界中に広まり、わが国もそれまでは中国から伝わった太陰暦を使用していたが、明治五年に太陽暦に切り換えたのさ」
「新人君は多分、そう答えて貰いたかったのね」
「こりゃあ、良いことを聞いた。早速教えてやろう」
「雄太さんのことだから、さも自分で調べたように得意げに話すんでしょ」
「酷いな、奈緒さん。そんなことはしないよ」胸中をズバリ見抜かれて、栗橋がうろたえた、
「そもそも、欧州文化圏にはラテン語の名残や神話、キリスト教などに因む事象が残っていて、我々日本人には理解しがたい風習や文化が存在するのさ。絵が最たるものだね。ロココやバロック時代の絵画は、それぞれ深い意味が込められている。神話や聖書を知らないとその絵に込められた作者の意図が読めない。尤も我々は評論家じゃあるまいし、素直に絵の美しさや技巧を鑑賞すればいいと思うけどね」
又、植草の悪い癖が始まった。喋り始めるともう止まらない。それにしても、何の話題にでも薀蓄を傾けるこの男の博学さには畏れ入る。彼の名前と一字違いで「僕は散歩と雑学が好き」などのエッセイで知られる植草甚(うえくさじん)一(いち)に負けず劣らず博学であり、世の中のありとあらゆる事象に精通しているのだから参ってしまう、と栗橋は思った。
植草家の両親は既に他界し、大きな屋敷には二人の他に先代の頃からの住み込みの使用人が二人と愛犬が一匹いるだけである。
先祖は代々地元の郷士であり、所有する土地と資産は相当なものだ。マンションや駐車場の家賃だけで不自由の無い生活を送っている。父親は文化人類学の研究の傍ら郷土史編纂にも尽力した人物であった。
そんな富と名声に恵まれた環境の中で生まれ育ったせいなのか、植草真一には浮世離れしたところが有った。定職に就かず気儘に絵を描いたり同人誌に雑文を掲載したりしている。全く羨ましい身分だと栗橋は思う。
「おい、聴いているのか?」その声に栗橋は思考を中断する。植草の薀蓄話が終わったらしい。
天使がどうのこうの、キューピッドがどうのとか喋っていた覚えは有るものの、肝心の内容は右の耳から左の耳へと通り抜けていったようだ。
聞いていなかったとも言えず、栗橋は曖昧に返事しながら奈緒のほうを見やる。彼女はとっくに兄の話などそっちのけでテレビに目を転じていた。
栗橋も画面を見る。そこには美術評論家のアラン佐伯(さえき)の姿が大写しになっていた。
アラン佐伯、三十六歳。突如現れた美術界の新星として注目されているが、彼の生い立ちについては謎が多い。フランス人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフであるらしい事や、フランスに在住し美術大学を卒業後、美術評論家としてその地位を確立した程度しか情報が無い。フランス国営放送の美術番組のナビゲーターを務めたことから人気を博し、日本でも話題になっている人物である。
金髪の長い髪。前髪を数本額に垂らしているイケメンは服装のセンスも良い。仕立ての良い三つ揃いの胸元はピンホールのクレリックシャツ。淡いパープルの小紋柄のネクタイと同色のチーフ。手元にはi-padが置かれている。
「彼は常にi-padに作品を映し、それを指し示しながら解説を行う。それが非常に判りやすいと評判なんだ。そのスタイルが今や彼のトレードマークになっているらしい」
栗橋が言うとおり、アランは爽やかな語り口で手元のタブレット端末をカメラに向けながら、そこに映し出されたフェルメールの絵を解説している。
「オランダ絵画はそれまでの宗教画をモチーフにしたヨーロッパ絵画とは一線を画するものです。一般には風俗画と呼ばれ、日常の生活風景を切り取った作品が多いのが特徴です。しかし絵の中には暗示や象徴となるアイテムが描き込まれて」
液晶画面にアップになったアランの顔をうっとりと見詰めながら奈緒が呟いた。
「素敵よね、アランって」
そんな奈緒の横顔を盗み見て栗橋は複雑な心境になるが、平静を装い問いかけた。
「奈緒さんは、アラン佐伯がタイプなの?」
「だって、イケメンだし知性はあるし……一度で良いから会ってみたいわ」画面を食い入るように見詰めながら奈緒が答える。
「じゃあ、紹介しようか」栗橋がまだうっとりした表情の奈緒に声を掛ける。
「え、どういう事。どうして雄太さんが?」訳が判らず奈緒が聞く。
「実は今度K市立美術館で十七世紀バロック展が開催される。我社の主催なんだ。それの監修をアラン佐伯が受持つことになっているのさ。開催日は翌月の七日だけれど、彼は一週間前から来日する。六日の前夜祭には、市長を始め来賓を招待してパーティーが催されるので、良かったら奈緒さんも来る? アランを紹介するよ」
その言葉に対する奈緒の反応は素早かった。
「凄い、やったね。有難う、雄太さん」
興奮して奈緒が栗橋の両手をぎゅっと握り締める。その柔らかい両手の感触を受け止め、栗橋の胸は高鳴るのであった。
「でも主催だなんて凄いじゃない、地方紙の新聞社がよく開催出来るわね」
「こら、奈緒。失礼な事を言うものじゃない」植草が諭す。
「あ、ごめんなさい。つい、うっかり」奈緒が慌てて口を押さえる。
「余計酷い。フォローになってないぞ」
「いいんだよ。正直、俺も我社で実現出来るなんて思っても見なかった」
有頂天になってはしゃぐ奈緒の様子を悲しげに見詰めながら栗橋はため息をついた。
月が替わり、アランが来日した。地元のマスコミのみならず、全国紙である在京の新聞社やTV局も取材を申し込んだが、混乱を避けるためなのかアランは取材を嫌った。
説得の末に、共同記者会見、それも映像はNGということでカメラマンをシャットアウトした状態で開かれた。当然、単独インタビューなどはすべて拒否をされた。
しかし、彼は仕事には精力的であった。作品ごとに配置やライティングなどの細かなチェックを行い、常にトレードマークのタブレット端末を片手に持ち、美術館の学芸員に見直しを指示して廻った。
そんな具合に周到な準備が一週間をかけてなされ、いよいよ前夜祭の日を迎えた。
当日は招待客に展示会場のお披露目が行われ、その後、美術館に隣接するホテルの大広間でパーティーが行われた。
市長、商工会議所理事、銀行支店長など数多くの来賓の祝辞が述べられる中、奈緒は約束どおり栗橋からアランを紹介してもらっていた。
今夜の奈緒は、長い髪をシニヨンに結い上げ、大きく肩口の開いたカクテルドレスを身に纏っている。細いうなじや露わになった肩から二の腕の白い肌が輝くようだ。
その美貌に栗橋のみならず周りのゲスト達全員が目を見張った。アランとて例外ではなく、いや、それ以上に欧米人特有のオーバーなジェスチャーとともに奈緒の美しさを讃えあげた。奈緒の手を取り甲に接吻するに到っては、脇にいる栗橋も心穏やかでは無くなった。
アランは人目もはばからず奈緒の腰に手を回し、耳元で何事か囁いている。そんな妹の様子に頓着せず、植草はのんびりとワイン・グラスを揺すりテイスティングを試みている。
「おい、奈緒さんを放っておいて良いのか? アランが口説いているぞ。暢気にワインなんか飲んでいる場合か」
栗橋は植草に近づくなり、そう咎めた。
「このワインはシャトーブリオンだぞ。これだけでも今夜来た甲斐があるな。お前もそんなに目を吊り上げていないで飲めよ」
植草はワインの匂いを嗅いだり、グラスを揺らしてワインの滴り具合を確かめた後、ようやく口に含み舌で転がす。
こりゃ駄目だと栗橋が思ったとき、アランが司会者に呼ばれた。
「それでは今回の監修としてご尽力頂きましたムッシュ・アラン佐伯にご登壇頂きましょう。皆様、盛大な拍手でお迎えください」
割れんばかりの拍手に迎えられ、アランがステージへと向かう。
「奈緒さん、アランと何を話していたの?」栗橋はこの機を逃さず彼女に話しかける。
「え、ああ、さすがドンファンね。貴女はフランス語をとても流暢に話す。そこで素敵な提案を思いつきましたって言うの。何だろうと思ったら、パーティーが引けたら部屋で楽しいお喋りを肴に、飲み直しませんかってお誘いだったの。勿論、即応諾しちゃったわ」
「ええっ、ま、まさか二人きりで?」
「いいじゃない。どうして雄太さんが心配するの?」
「いや、その、だって奈緒さんが心配だし、その……」
「ふふ、大丈夫よ。部屋では無くて最上階のバーラウンジにしてもらったから。それに今夜日本を発つそうだから、それまでの時間潰しみたいなものね。でも、テレビで見たより老けているわ。ちょっぴり期待はずれ。もっと若々しくてシャープさが有る印象だったの。それなら部屋で一晩一緒に過ごしてもいいなって……痛い!」
いつの間にか植草が隣に立って、奈緒の脇腹を肘で小突いていた。
「何を尻軽女のように喋っている。だからお前は黙っていろと言うのだ。何も言わず微笑んでいれば育ちの良いお嬢さんに見えるのに」そう言って今度は奈緒の頭を小突く。
「酷いわ、兄さん。ヘアスタイルが乱れちゃう」
そんなやりとりをしている時に通訳を介してアランへのインタビューが始まった。
「ところで、アランさん。今回のバロック名画展についてお伺いしたいのですが、先ず展示される作品のご紹介をお願いいたします」
「今回の展示はルネサンスからロココに至る十七世紀に生まれた作品群で、正確に言うならばマニエリズムの一部も含みます。ルネッサンス同様にイタリアから生まれたバロックですが、この時代は、スペインのベラスケスやフランドルのルーベンス、そして市民文化の盛り上がるオランダのレンブラント、フェルメールなど各国で多数の巨匠たちが作品を残しています。それらを一同に集めました」
「成程、今回の見所はどのようなところに有るのでしょうか? ポイントをかいつまんで教えて頂けませんか?」
「いやあ、見所満載で、とても一口には言えませんが」そう言ってアランが少し考える仕草をする。その眉根を寄せた端正な顔つきは少々芝居臭い。
奈緒さんは、こんなキザ野郎の何処が良いのだと嫉妬心に煽られた栗橋は思う。
「そうですね、近年になって人気沸騰のフェルメールは日本でもお馴染みでしょうが、カラバッジョの『キリストの捕縛』は一見の価値が有ると思います。行方不明だった作品なのですが、ホントホルストの作品としてアイルランドのイエズス会修道院の食堂に飾ってあったのを二人の女子学生が発見した。そんないわく付きの絵画です。それに、そうそうルーベンスの『愛の園』も一見の価値が有ります」
話しながらアランが例によってタブレット端末を取り出しカメラに向ける。そこには「愛の園」が映し出されている。
「この作品は題名どおり沢山の天使がご婦人方を」
それまで聞き流していた植草が、耳をそばだてて真剣に聞き入りだした。そうしてステージ上のアランの顔を食い入るように見詰める。
まるで睨みつけるような鋭い視線をアランに送る植草。
それに気づいた栗橋が「どうかしたのか」と問いかける。
「ハハーン、奈緒さんにちょっかいをかけるのが気に食わないんだろ」
「何を馬鹿な。今のアランの話の中に少々気になる部分が有ったので、おやっと思ったのさ」そう答えながらも植草はステージから視線を外さない。
その時、栗橋は植草以外にもステージ上のアランに鋭い視線を投げつける男たちの存在に気づいた。二人組の外国人だ。
一体何者だろうか? そういえばお披露目の席にも参列し、展示されている作品群を穴の開くほど見詰めていたことを思い出す。招待客にあんな人物はいたかな? それにしても怪しい二人だ。そんな事を思う栗橋だった。
ステージでは司会者の質問が続いている。
「アランさんは照明にも大変気を遣われていましたね」
「ええ、少しでも作品を良く見ていただきたいと思い、随分ライトの角度や照明の当て方には気を配りました」
「ご自身でライトの機材も持ち込みになったとか?」
「はい、反射光の少ない光が出せる最新式のライトです。総てに使うほど数がないので一部の作品にしか使っていませんが、その効果は――」
その時栗橋は、植草が「気に入らない」とポツリと呟くのを耳にした。
妹の奈緒がアランにすっかりメロメロなのが気に食わないのだろう、無理もないと栗橋は思った。
パーティーがお開きとなり、来賓の面々をホテルの車寄せまで見送った新聞社の社員達は、後片付けや荷物の積み込み等を済まし、ようやくその場で自然解散となった。
やれやれ、やっと開放された。パーティーの終了時刻が予定より大幅に遅れたために後のスケジュールも押し気味になってしまった。だが、これで我々の役目は終わりだ。アランも今夜の飛行機でパリに帰る。やるべきことはすべて完璧に終えた。明日はどの程度の客の入りになるか楽しみだ。
大きなイベントを終えて自然と肩から力が抜けるのを感じながら、栗橋は腕時計を見る。既に十時を過ぎていた。
ふと見ると美術館にも明かりがついている。可哀想に、美術館の警備の連中も九時で業務終了のはずなのに、帰りそびれたようだ。
一緒に帰ろうと植草の姿を探す。奈緒を呼びに行ったのだろうか。
彼女はアランに誘われてパーティーを中座し、バーラウンジに行ったまま戻ってこない。アランと二人きりになって数時間が過ぎており、栗橋は気が気ではない。
真一の奴、早く奈緒を連れて戻ってこないかなと辺りを見回す。
その時、ロビーから植草が美術館館長や学芸員とともに駆け出してくるのが見えた。その表情の強張りから、栗橋は何か異変が起きたと直感した。
「おい、真一。奈緒さんを迎えに行ったんじゃ無かったのか。どうしたんだ、何か有ったのか?」
「雄太か、社主はもうお帰りになったのか?」
「たった今、来賓の方々をお見送りして、社主もお帰りになったところだ」
「そうか、お前で良いや。主催者側代表として一緒に来てくれ」
「どうしたんだ? 何処へ行くっていうんだ」
「隣の美術館さ。今連絡が入って絵の何点かが無くなったらしい」
「何だって」
大変だ。開催日は明日の午前十時なのに、今になって絵が無くなるなんて一体どうした訳だ。その時、栗橋の脳裏に先刻の人相の悪い外国人の姿がよぎる。まさか奴らの仕業じゃないだろうな。
「どうも嫌な予感がしていたのだ」そう言うと植草は足早にその場を離れ、先を急ぐ館長や学芸員の後を追う。
全員、緊張の面持ちで美術館に走り去る。栗橋も慌ててその集団を追いかけた。
美術館の入口には警備員が二名立っていた。
「警備主任が中で待っています。無くなったのは二階のフェルメールの絵とレンブラントの素描画二点です」一人が館長に報告する。
一同は展示室に雪崩れ込むと階段を駆け上がり、会場の右突き当たりの小部屋に向かう。その部屋の左壁中央にフェルメールが展示しているはずなのだが、そこに作品は無く、二箇所からのライトが虚しく壁を照らしていた。
続いて一行はレンブラントのコーナーに向かったが、そこでも二箇所ぽつんと壁を照らすのみであった。
「パーティーが始まってからは誰も館内には入れていません。玄関に二名の警備員が張り付いていますし、防犯カメラのモニターもチェックしていました。先刻まで異常は有りませんでした」警備主任が説明する。
「異変に気がついたのはいつだ?」と館長。
「今申し上げたように九時の見回りの時にも異常は有りませんでした。十時になると同時に絵が無くなっている事に気がつきました。急いで此処へ駆けつけたのですが既に絵は無くなっており、直ぐに館長に連絡をしたのです」
説明を聞きながら植草が腕時計を見る。現在時刻は十時五分であった。
「それじゃあ、九時から十時の一時間足らずの間ということだな」
「それが……」警備主任の歯切れが悪い。
「何だ、違うのか? はっきりしろ」噛み付くような勢いで館長が怒鳴る。
「十時になる瞬間に絵が無くなっています。モニターをチェックしましたが、二、三秒画像が乱れて、元に戻ったときには既に絵は無くなっておりました。一瞬にして消えてしまったような感じで……口頭で説明しても理解できないでしょうから、どうぞご自分の目でご覧下さい」
警備主任が警備室に一同を案内する。館長が歩きながらも主任に怒鳴っている。
「誰も玄関から出入していないなら、必ず何処かに賊の侵入した形跡が残っているはずだ。手分けして賊の侵入経路を探せ」
「既に手配しています。建物周辺、窓、それに未だ賊が隠れている可能性もありますのでトイレやその他、使われてない部屋など館内すべてに部下を向かわせています」警備主任が応じる。
「防犯カメラのモニターをチェックしたと言ったな。犯行の様子が写っていないのか?」冷静さを保つ館長だが声が震えている。
「それもチェックしました。ですが先ほど申し上げたように……」
「ん? 犯人は写っていないのか?」
「兎に角モニターをご覧になって下さい」
部屋には、大きな壁掛けモニターが三台あり、それぞれのモニターに警備員が張り付いている。画面は十分割され、十台分のカメラ映像を写し出していた。
「ご覧のとおり会場には三十台の防犯カメラを設置し、ここで常時三名の警備員がチェックをしています。おい、一時間前から再生をしてくれ」一人の警備員に主任が命じた。
全員が一斉にモニターを見詰める。
画面に絵が現れる。フェルメールの「レースを編む女」だ。数分が経過しても画面には
何の変化も現れない。静止画ではない証拠に画面右下のデジタル時計が刻々と時を刻んで
いる。
「五十九分までこの状態が続きますので、問題の瞬間まで早送りします」主任がそう断っ
て機械を操作する。
画面の時計が五十九分五十九秒から十時になる瞬間、画像が乱れモニターには砂嵐が映
る。すぐに正常な画面に戻ったときには「レースを編む女」が画面からかき消えていた。画面のデジタル時計には十時0分四秒と表示されている。
「おお、消えた」全員が驚愕の声を上げる。
「レンブラントも同時刻、一瞬にして消えました」
別のモニターを見ていた学芸員が叫ぶ。
「そ、そんな馬鹿な」館長が悲痛な声を上げる。
無理も無い。僅か四秒で絵が持ち去られたのだ。はたしてその僅かな時間で絵を持ち去
ることが出来るものだろうか? それも同時に三枚も。到底、人間業とは思えない。
これは何かの冗談だ、こんなことが起きるはずが無い。余りの現実感の無さに栗橋には未だ事態が良く飲み込めなかった。
その時、周辺の捜査を行っていた警備員が戻ってきた。
「駄目です、やはり館内には誰もいません。それに侵入経路も見当たりません。それから一階のトイレでこれを発見しました」
二人の警備員が抱えてきた三つの額縁と黒いプラスチックのチップを差し出す。
「それは?」栗橋が黒いチップを一瞥して尋ねる。
「防犯ゲート用のセキュリティー・チップです。中央にカッターナイフで切り込みを入れてあります」主任が応じる。
「そのチップは電磁波を飛ばす方式ですね。ゲートがその電磁波をキャッチしブザーを鳴らす。だが、鋭利な刃物で切り込みを入れれば電磁波は飛ばせない」
「植草さんの仰るとおりです」苦々しく主任が応じる。
「これで盗難にあったことがはっきりしました」
残された額縁とセキュリティー・チップ。それらを目にして栗橋も事の重大さを認めざ
るを得なくなった。体が震え、膝から力が抜けていく。背筋を冷たい汗が伝わっていくの
が感じられた。
一体、誰が? そしてどのような方法で一瞬にして絵を持ち去ったのだろうか? まる
でマジックか魔法、いやサイコキネシスで瞬間移動させたとしか思えない。
「館長、警察に連絡しましょう」学芸員の一人が言う。
その発言に栗橋も我に返り、声を上げる。
「そうだ、直ぐに主催者である社主にも一報を入れないと……」
「ちょっと待ってくれ、栗橋さん。先ずは我々で調べてみよう。こんなことを表沙汰にする訳にはいかん」館長が栗橋を押し留める。
「しかし、早くしないと犯人が逃げてしまいます」
「いや、その心配はいらない。僕には犯人のおおよその見当はついている」
植草の言葉に全員が彼を振り返る。
「君には犯人が判ったと言うのかね?」館長が植草に詰め寄る。
「おそらく。ですが、どんな方法で盗んだのかが判りません。それが判明しない以上その人物だと確信は持てません」
植草の言葉を聞いて、栗橋は我が意を得たりと声高に叫んでいた。
「そうか、パーティー会場にいた人相の悪い外国人の二人組だ。俺も怪しいと思ったのだ」
「そうなのか? 君、心当たりが有るのなら言い給え」
館長の執拗な追及に植草が仕方無さそうに口を開く。
「犯人はアラン佐伯です」
思いもよらない植草の発言に、その場の全員が唖然とする。
「何を馬鹿な、冗談にもならん。彼がそんな事をする訳が無いだろ。それに彼は今夜中に帰国するので、もう既にホテルを出発しただろう」
「いえ、彼は女性とバーラウンジにいます」栗橋が言う。
「え、まだホテルにいるのか? それにしても、ホテルの最上階にいる人間に絵を盗み出す時間がどこにある? 先刻も君は、アランに監修を依頼したのは誰なのだ? などと訳のわからない質問をしていたな。彼はイタリアのプラド美術館の推薦状を持ってきたのだ。そこには、是非彼に監修を任せたい旨の文面が書かれていた。信頼できるルートでの紹介なのだ。もう良い、君は余計な口を挟まないでくれ」館長がせせら笑うように言う。
栗橋も開いた口が塞がらなかった。いくら可愛い妹が口説かれたからといってそれは無
いだろう。それに、わざわざ館長にアランについての不躾な質問までしていたのか……真
一の奴、血迷ったのか? 内心でそう思う。
「全く話にならん。こんな馬鹿なことが起きるはずがない。もう一度現場に戻ろう。何か仕掛けが有るに違いない」捨て台詞を残して、館長は学芸員を伴い管理室を出て行った。
植草はそんなことを気にもかけず、何事か一心に考えている。いつものように右手に持ったボールペンだけがくるくると回っている。
暢気に考えている場合じゃない。絵が盗まれたのははっきりした。一刻も早く警察に連絡して周辺道路を封鎖してもらうべきだ。早く絵の行方を追わないと……そう焦る栗橋の様子を見て植草が話しかける。
「焦っても仕方が無い。絵は十時に無くなったのじゃない。もっと以前に盗まれているはずだ。それに、もしアラン以外の人物が犯人であるなら既に逃げのびている。今更騒いでみても後の祭りさ」
「どうして絵はもっと以前に盗まれたと思うんだ?」
「どう考えても四秒で盗めるわけが無い」
「俺もそう思うが、実際この目で無くなる瞬間を見たじゃないか」
「あれはモニター映像を見ただけだ。実際に展示場所で見ていた訳じゃない。僕が直ぐに思いついたのは、防犯カメラに実際の現場を写していると見せかけて、実はダミー映像をモニターに流す手口だ。多分、館長もカメラに何か細工がしてあると考えて現場に引き返したのだろう。そんなことより犯人はどうして額縁を捨てていったと思う?」
「そりゃあ、邪魔になるからだろう」
「いいか、レンブラントの素描画が入れられていた額縁は新しくてシンプルなものだから価値は無いが、フェルメールの絵が入っていたこの額縁は、絵が作成された当時の額縁なのだ。この額縁にも大変な価値があるんだ」そう言って植草が額縁を示す。
成程、人間の肩幅程度の額縁の周囲には重厚な彫刻が施され、黒光りする艶が何世紀もの時代経過を物語っているようだ。
「例えばの話だが、警備員が目を光らせている会場にそっと忍び込んで貴重な絵を強奪できたとする。普通は一刻も早くその場から離れるはずだ。見つかる危険を冒してトイレに立ち寄ってまで額縁を隠すだろうか? そんなことをせずに一目散に車で逃走するはずだ。どうしても額縁が不要なら、安全な場所に逃げてからゆっくり始末すればいい」
「普通そうするよな」
「だが、この建物には先刻調査したように玄関以外の場所から侵入した形跡は無い。しかも玄関には警備員が目を光らせている。以上のことから導き出される結論は一つ」
「関係者と招待客が怪しいと言うんだな」
「そのとおり。それらの人物なら警備員の前を堂々と出入できる。しかし、だからといって例え布で隠して持ち出そうにも額縁が大きくて目立ち過ぎる。警備員も不審に思うだろう」
「成程、だから額縁を捨て、絵だけを持ち出したのか。しかし関係者だとしてもそれがアランだったとは言い切れないんじゃないか? 先刻俺が言ったように二人組みの外国人も怪しいぞ」
「まあ待てよ」そう言うと植草は、警備員に声を掛けた。
「この防犯カメラを稼働させたのは何時からですか?」
「お披露目が終了してからですから、たしか六時過ぎです。アランさんが最終チェックをされて、彼の立会いの下、録画を開始しました。巻き戻してみますか?」
「いえ、それには及びません。六時というのは間違いないですね」植草が警備員に念を押す。
「ええ、それからはずっと付きっ切りでモニターチェックしています。異変の合った十時前までは何事も無かったです。画像が乱れることも有りませんでした」
「そうか、俺にも判ったぞ。犯行時刻はカメラが稼働した六時以降に絞られるって事だ。そして犯人はゆっくり時間をかけて絵を盗み出した。なにしろモニターにはダミー映像が映し出されているわけだからな。しかし警備員が巡回した九時にはまだ絵は盗まれてはいない。となると益々犯行時刻は絞られる。つまり九時以降の犯行になる。どうだ? 真一、俺の推理も中々のもんだろ」
「まるでなっちゃいない。その時間には関係者や招待客は全員パーティー会場にいた。完璧なアリバイが有る。それにパーティーが始まってからは誰も通していないと、玄関の警備員が言っていたのを忘れたのか?」
「あ、そうか。九時の時点で絵は無事だった。しかしその後は誰にも盗むチャンスが無い。どうなっているんだ? ああ、判らない。可能性としては玄関の警備員か、九時に巡回した警備員。どちらかが嘘を言っているとしか考えられないじゃないか」栗橋が思わず口走る。
「しっ、声が大きい」慌てて植草が止めるが既に遅かった。
「我々は本当に誰も通してはいませんし、九時の巡回時に絵が存在したのを確認しています」警備員の一人がむっとして言い返す。
「すみません、彼もそれは信じています。可能性を言った迄です。許してやってください。それより、アランがチェックに立ち会ったと、さっき仰いましたよね?」
「ええ、三十のカメラできちんと作品総てがカバーしきれているかどうかをチェックされたのです」
それを聞いて植草は再び考え込む。又もや右手のボールペンがくるくると回りだす。
「何故だ? 何故そこまでチェックする必要が有る?」植草が誰にともなく呟く。
「モニターに何か細工を行ったのなら、その映り具合をチェックするだろうが、その可能性は無くなった。ならば何故? アランは監修の責任者だ。そこまで配慮する必要が何処に有る? 作品の価値や芸術性を理解してもらうために絵の配置やライティングに気を遣うのは理解できる。だが、防犯カメラに細工をしたので無ければ、チェックなど警備のプロに任せておけば良いはずだ」
「そりゃ、貴重な作品がこれだけ集まっているのだ。監修だけに留まらず盗難事故への配慮もするだろ」
まだアラン犯人説が信じられない栗橋は、彼を擁護するように言う。
「盗難が起きても管理責任を問われるのは、美術館側と主催者である関東日報だろ。変な言い方になるがアランにとっては関係の無い話だ。それに関東日報は多額の保険を掛けているのだろ」
「当然さ。それに警備も人間とカメラ、それに防犯ゲートまで設置して二重、三重のガードを施している」
「そこまで対策を施した結果がこのザマか?」植草が冷たく言う。
それを指摘されると一言も無い栗橋であった。
「まあ、そんな事を今更言っても仕方ない。何故アランはモニターチェックの必要が有ったのか? 多分それが犯行の手口に関連するはずだ」呟きながら再び植草が考え込む。
やがて、手の上のボールペンの動きが止まり、植草が顔を上げて叫んだ。
「そうか、判ったぞ。細工はカメラじゃ無かったのだ。おい、僕たちも現場に行ってみよう」そう言って立ち上がった。
二人が二階の展示室に向かうと学芸員たちが防犯カメラを念入りに調べていた。
「どうですか? 何か発見出来ましたか?」栗橋が館長に声を掛ける。
「いや、カメラには何の仕掛けもない。もうお手上げだ」
「やはりそうか。思ったとおりだ。誰かライトを調べて下さい」植草が口を挟む。
「又、君か。ライトなど何の関係も無いじゃないか」
苦々しく言う館長の言葉を聞き流し、植草はライトの真下に行き、自らそれを調べ始めた。
「これはライトじゃ無い。小型のプロジェクターだ」
その声にその場にいた全員が植草の周りに集まってきた。
「何だって、それを持ち込んでセットしたのはアランさんだぞ」と館長。
「だからアラン佐伯が疑わしいと先刻申し上げたはずです」
そう館長に冷ややかに言うと、植草は説明を始めた。
「僕にはどうしても九時の時点で絵が盗まれていないという点が引っ掛かっていました。それを前提にすると、どんな方法で絵を盗み出そうとも、九時以降の犯行になります。ですがパーティーが始まってからは誰も此処には出入していない。玄関以外に侵入した形跡も無い。となると、失礼な言い方になりますが、警備員の方々にしか犯行の機会は無いのです」
「やはり我々を疑っているんじゃないか」主任が注文をつける。
「勿論、警備員が嘘を言ったのではないでしょう。彼らは確かに絵を確認したのです。ですが、それは本当に実物だったのでしょうか」
「君は一体何を言いたいのだ。警備員を疑っているのか信用しているのかどっちなのだ」
館長が声を荒げて植草に詰め寄る。
「今説明します。彼らが見た絵は本物だったのでしょうか? 警備員が見たのは虚像だったのじゃ無いかと考えたのです」
「贋物という意味か?」
「贋物ではなく虚像です。それも3Dの画像だったのです。恐らく、アランは最新機種のライトだと偽って左右二機から発せられるプロジェクターを使い、3D映像を描き出したのです。つまり九時の巡回時に警備員が見たのは実物ではなく立体映像だったという訳です」
「3D? アバターをシネコンで見たが専用のメガネを掛けたぞ。メガネを掛けていなくとも立体画像が見えるのか?」栗橋が問いかける。
「専用のメガネで立体画像を見る技術など昔から存在する。子供の頃、赤と青のフィルムが張られたメガネで写真を見た記憶があるだろう。あれはアナグリフとよばれている。現在の主流は偏光フィルターを使用するパッシブ方式か左右の目を交互に閉じるシャッターメガネを利用するアクティブ方式、あとは頭からすっぽりと被るヘッドマウントディスプレーなどがある。だが、これらはすべてメガネが必要だ。
そこで開発されたのが裸眼で立体画像を見ることが出来る技術だ。既にパララックスバリアと呼ばれる技術を使ったN社のゲーム機が発売されているじゃないか。来年にはメガネ不要の3Dテレビが総合家電メーカーのT社から売り出される予定だ。S社も全方向から立体画像が見られる装置を発表した。但しそれらの場合、モニター側にパララックスバリアとかレンチキュラーだのと呼ばれる技術が盛り込まれている必要がある。
だが今回の場合は、直接壁に照射するのだから映画をスクリーンに照射するのと同じだ。雄太が今言ったようにメガネを掛けるか、又はアクティブ・レンチキュラー方式、つまりレンチキュラーと呼ばれるレンズを貼ったシートに照射させる方法が有るんだが、その場合は壁にレンチキュラーシートが残る。見たとおり壁には何も無い。だからこれは却下だ。最近ではプロジェクション・マッピングと呼ばれる技術もあるが、ほら、東京駅復原時に披露されていたやつさ。だが、あれは映像であることは誰の目にも明らかだ。
となると最新技術を利用したとしか思えない。まだ試作段階らしいのだが、プロジェクターから発するレーザー光の焦点で空気中の酸素や窒素をプラズマ発光させ、映像を作り出す方式が開発されたのだ」
「そんな事が可能なのか」館長はまだ懐疑的な口ぶりだ。
「映す対象によります。大勢の観客が鑑賞するスクリーンで、しかも画像がめまぐるしく変化する動画であれば、仰るとおり直ぐにばれてしまいます。幾らなんでもそこまでの技術はまだ開発されていません。実現するのにあと二十年は要すると言われています。しかし、今回は動きの無い絵を映すだけです」
「しかし、君。幾らなんでも実物と映像を見間違う訳は無い」館長が意地悪く突っ込む。
「ははは、館長、何か誤解されていませんか。3Dだからといって絵が飛び出すわけじゃないんですよ。絵そのものはキャンバスに描かれたものですから、実物にしても平面的な二次元でしかないのですよ」
「じ、じゃあどうして3Dにする必要が有る?」
「壁に掛けられた額縁の厚み、そこに収まる絵との奥行きなどが実物であると錯覚させるのです。しかも周りの照明は暗い。更に絵の展示場所は、この小さな部屋の左壁です。警備員はこの部屋の入口に立てば全体が見廻せます。その際、左正面にフェルメールの作品を眺めることになります」
説明を続けながら植草はプロジェクターを調べている。
「見て下さい、レーザー照射装置にタイマー機能が付いています。今再生しますので実際にご覧下さい」
そう言って植草がプロジェクターのタイマーを戻す。全員が見詰める左壁に見事な立体映像が浮かび上がる。
再び、植草が口を開く。
「3Dは人間の左右の目の視差を利用していますので、裸眼で立体像を見ることが出来る視野の範囲に制限があるのです。上から見下ろしたり、下から見上げたりしても立体像になる技術は今のところ開発されていません。左右百八十度までの角度から立体像を見ることは可能ですが、そうなるとプロジェクターも五十台程度は必要ですし、スクリーンとしてレンチキュラーシートを壁に貼る必要もでてきます。
ですが、この部屋は奥行きがおよそ五メートル足らずしか有りません。まさか真横近くから絵を眺める人はいないでしょう。自然と正面から絵を眺めることになります。だからこそ可能だったのです。全くうまい場所を見つけたものだ。この部屋にフェルメールを展示することに決めたのは監修責任者のアランですね?」
「ああ、君の言うとおり彼が提案したのだ」
今までの勢いは消え失せ、がっくりとうな垂れる館長。
「それでも明日になって、大勢の客が様々な角度から作品を見れば直ぐにばれてしまうでしょうが、警備員は作品を鑑賞するために巡回している訳ではありません。異常が無いか、不審者はいないか、そんな視点で見廻っているのです。巡回でざっと見渡す程度では、実物だと思うでしょう」
「まさか、そんな」
力が抜けてしまったのか、館長はへなへなとその場にしゃがみこんでしまった。
「本来今夜は九時で閉館予定だったので、彼は十時丁度で映像を消し、ただの光線に切り替えたのでしょう。ところがパーティーが延びたために警備員たちも居残っていた。それで絵の盗難がばれてしまった。でなければ、明日の朝まで気づかれることはなかったでしょう。ですから実際の犯行はもっと以前に行われたのです。恐らくこれをセットして直ぐに犯行に及んだのだと考えられます。そしてその後、警備室に行き、防犯カメラを稼働させ、モニターにどう写っているかを確認したのです」
誰もが呆然と植草の話を聞いていたが、警備主任がはっと我に返る。
「アランをすぐに捕まえましょう。高飛びされてしまう」
「大丈夫です。彼には妹を張り付かせていますから」植草が言う。
「妹さん? 女性じゃ危険だ」そう叫ぶと警備主任は部下を連れて駆け出した。
植草がクスクス笑っている。
「おい、笑っている場合じゃないだろ」栗橋が諌める。
「これが笑わずにいられるか? 妹が女性だから危険だってさ。アハハ」
奈緒は合気道三段の資格を持っているし、元格闘技チャンピオンで植草家の執事でもある斎藤にあらゆる格闘技を教わってもいる。だから真一も笑っていられるのだと栗橋には理解できる。しかし、そうは言っても奈緒は妙齢の女性なのだ。
その時、栗橋はあることに思い立った。
「真一、お前先刻、妹を張り付かせていると言ったな? という事は、デートじゃ無かったのか」
「当たり前だ。どこの世界に可愛い妹が絵画泥棒にナンパされるのを喜んで送り出す兄がいるものか。逃亡を企てないように足止めを食らわしてやったのさ」
「それ、おかしく無いか? 可愛い妹なのに危険な役目をさせているのは何処のどいつだ。ナンパよりよっぽど性質が悪い」
そう毒づきながらも、デートでなくて良かったと安堵の胸を撫で下ろす栗橋であった。
二人が館長を伴いバーラウンジに向かうと、奥のボックスシートで警備員たちがアランを取り囲むように坐っていた。
「館長、一体何事だ。もう余り時間が無い。羽田十二時発のパリ行きの便に間に合わなくなる。どうして私がこんな酷い扱いを受けなければならないのだ」
「とぼけるのもいい加減にしろ。まさかアラン佐伯が絵画泥棒だなんて誰も思わない。私は全幅の信頼を寄せていたと言うのに」館長が悲痛な叫びを上げる。
「大事な絵は何処に隠した? さっさと白状しろ」
「何の事だ? 私が絵画泥棒だと? 失礼にも程がある」
「まだしらばっくれるのか。君の部屋には警備員を向かわせた。絵が発見されるのも時間の問題だ。さっさと認めるのだな」
「何だと、他人の部屋に勝手に踏み込んだのか。日本人は何処まで無礼な人種なのだ。面白い、絵が出てこなければどうする? 私は裁判沙汰にするぞ」
両者が睨み合う。そのまま沈黙が続く。
「もうこのあたりで決着を着けませんか? 幾ら彼の部屋を探しても絵は発見出来ませんよ」沈黙を破るように植草が誰にとも無く呟く。
「君は判っているようだ。この無礼な奴らに何とか言ってくれ」
「僕は貴方が無実だとは言っていない。絵が部屋に隠されていないと言っただけです」
「じゃあ、何処に有ると言うのだ」館長が問い詰める。
「盗まれたのはレンブラントの素描画二枚とフェルメールの『レースを編む女』でした。あれはフェルメールの現存する作品の中でも一番サイズが小さい。展示時は大きな額縁に入れられていますが、絵自体は確か三号だったかな、B5版より若干幅が大きい程度です。素描画も同様のサイズです」
「だから? 何が言いたい」館長が焦れる。
「折角手に入れた貴重な絵です。額縁から抜き取れば肌身離さず持ち歩ける大きさになります。そのために額縁を捨てたのでしょう。この男が大事にいつも持ち歩き、しかも誰もが奇妙に思わない物。警備員も当然チェックしません。なにしろアランのトレードマークですからね。さあ、そのi-padのケースをこちらに寄越しなさい」
アランの脇にあったケースを奈緒が素早く取り上げる。それを受け取った植草が中身をあらためる。
「思ったとおりケース内側のポリカーボネイトやシリコンといった緩衝材を取り外してある。これなら三枚の絵もすっぽりと収まるでしょうね」
果たしてケースの中から三枚の作品が現れた。
「証拠の品が出てきたのだ。そろそろ覚悟を決めたらどうなんだい、アラン佐伯の偽者君」
植草のその言葉に、そこに居た全員が一斉に彼の顔を見る。アランの顔から血の気が引いていく。
「に、偽者だって?」
その時、背後で女性の声がした。
「そうです。この男はアラン佐伯では有りません。本人は現在イタリアに出張中です」
その声に振り返ると、いつの間にか二人の外国人と一人の日本人女性が立っていた。
男性二人の顔を見て、栗橋はあっと声を上げる。自分が窃盗犯だと勘違いした例の二人組ではないか。
「私は文科省文部技官の立花由香と申します。こちらの方々はFBIパリ支局のケント捜査官とフランス国家憲兵隊美術犯罪捜査班のピエール主任捜査官です」
立花由香は二人を簡単に紹介し、話を続けた。
「最近、ヨーロッパ全土を股にかけて活動していた大掛かりな窃盗団が逮捕されました。でも一味の主犯格の男性を取り逃がしてしまったのです。マスコミ報道はされていませんが、関係者から、その一人がアラン佐伯に似ていたという証言を得た当局は、まさかとは思いつつもアラン佐伯の動向をマークすることにしました。商用でイタリアに向かっているアランに見張りをつけたのです。
ところが先日、フェイスブックにアランが日本にいるという書き込みが有りました。そこで、真偽を確かめるために両名が急遽来日され、我々の協力を要請してこられたのです。
確かにこの男性はアランに瓜二つといって良いほど酷似しています。ましてや日本人である我々にはほとんど見分けがつきません。ですが、彼らの目は誤魔化せません」
その場の全員が、立花嬢の話しに気を取られていた。
「そうか、例の大規模窃盗団の捕り物で、主犯格の男が新開発技術を持ったまま逃走していると報じていた。この男だったのか、そして盗まれたのがレーザーによる3D照射技術」植草が独り納得している。
その瞬間アラン、いやアランの偽者が横に坐っている奈緒を拘束した。どこに隠し持っていたのか登山ナイフを奈緒の首筋に突きつける。
「こうなっては仕方が無い。さあ、全員後ろに下がれ。でないとマドモアゼルの白い首筋が真っ赤に染まることになるぞ。さあ、どけ」
しまった。予想外の展開に全員が油断をしてしまった。
「馬鹿なことは止せ。どうせ逃げ切れない」ピエールがフランス語で説得を試みる。
「そうだよ、君。絵は無事戻った事だし、穏便に済まそうじゃ無いか」館長も説得のつもりなのか日本語で喚いている。
「日本語で通じるのか?」植草がクスクス笑いながら栗橋に囁きかける。
こんな場面になっても奈緒の凄さを知る植草は暢気なものだ、と栗橋は思う。
「いいか、俺は羽田で飛行機をジャックする。それまでこの娘は人質に取る。大人しく我々を通せ」
男は左腕で奈緒の動きを封じつつ、右手のナイフをさらに彼女の喉元に突きつける。
「そろそろ奈緒の得意技が出るぞ。デジ・カメの用意はいいか?」植草が栗橋に囁く。
「おっと、そうだった」
二人が小声で囁きあっているのを男が聞きとがめる。
「おい、そこの二人。何を相談している、黙って言うことを聞け。全員後ろのテーブルまで下がるのだ」そう言って男はナイフに力を込める。
「仕方が無い。この場は言うことを聞きましょう。お二方も奴を刺激しないで下さい」
警備主任が植草たちを嗜め、全員を下がらせる。
男は奈緒を盾にしてテーブルを離れ、ゆっくりと通路へと歩を進める。
囚われの身となった奈緒は、右手で刃物を突きつける男の右腕をしっかりと両手で掴んでいる。
二人は、そのままの体勢で、出口のほうに後ずさりしていく。我々との距離が五メートルほど離れた、その時であった。
「とうりゃー」
気合のこもった声とともにカクテルドレスの裾が翻ったと同時に、男性の体が宙を舞い、背中から床に投げ出された。その拍子に金髪が吹っ飛び栗橋の足元に転がる。
「ん? カツラだったのか」
すかさず男の右腕を締め上げ、ナイフを取り上げる奈緒。俯く男の頭頂部は見事に剥げ上がっていた。
一瞬の出来事に、一同が唖然とする。
「何をぼけっと突っ立っているのよ。早く手錠を掛けなさい」
男の腕を逆に決め、床に這い蹲らせた奈緒が怒鳴る。
我に返った警備員達が両側から男を押さえつけ手錠を掛けた。
さすがに観念した男は、がっくりと首をうな垂れ、二人の捜査官に引きずられるように連行されていく。
「忘れ物だ」栗橋が金髪のカツラを男に放り投げてやった。
「やれやれ、一軒落着」両手でカクテルドレスをはたいて立ち上がる奈緒。
「馬鹿、早くこれを着ろ」植草が自分のタキシードを脱いで奈緒に着せかける。
「何? どうしたの」訳が判らずに奈緒が尋ねる。
「奈緒さん、む、胸元が……」顔を真っ赤に染めた栗橋が、奈緒のバストを指す。
大きく胸元の開いたドレスで立ち回りを演じたため、奈緒の右乳房がぽろりと顔を出していた。
「きゃ、エッチ、見ないで」奈緒は慌ててタキシードで胸元を押さえた。
翌日の関東日報の一面には、男を投げ飛ばす奈緒の勇姿がデカデカと掲載されていた。
「ああ、これでいよいよお転婆娘は縁遠くなったぞ。おまけに、その場でおっぱいポロリの大サービスだ」
「もう、兄さんったら。その話は止して」
「しかし、本当にこんなじゃじゃ馬を好きになってくれる男性はいるのかねえ」植草が大袈裟に嘆く。
「大丈夫、少なくとも一人は此処にいる」栗橋はうっかり口を滑らせる。
「えっ、雄太さん。今なんて言ったの?」
「いや、何でも無い」慌てて誤魔化し、栗橋は話題を変える。
「しかし、アランの贋物とは恐れ入ったよ。カツラが無ければイケメンの本人とは似ても似つかぬ、冴えないオヤジだったな。これで本物のアランも有らん(アラン)疑いを掛けられないで済んだ、なんちゃって」
二人が無言で冷たい視線を栗橋に投げつける。まずい。栗橋は更に話題を変える。
「それより、真一。どうしてアラン佐伯が偽者だと判ったのさ。いつから気がついていたんだ」
「記者会見を異常に避けていたじゃないか。まるで日本にいることを知られたくないようで、変だなとその時はちらっと思った程度だった。何か確認する方策は無いかなと――」
「あっ、フェイスブックにアランが日本にいると書き込んだのは、もしかして、お前だったのか?」
「そうさ。どう考えてもアランの挙動は不審だった。記者会見は売り込むチャンスだしフランスでテレビ番組を持つ彼が、何故カメラを避けるのか? そこで一か八かネットに投稿したのさ。フランスの誰かが読むことを祈ってね。だが反応は無かった」
「でも、実際はフランス当局の目に留まったって訳ね」
奈緒が、さすが我が兄貴じゃん! と讃える。
「僕の考え過ぎかなと思い始めたときに前夜祭があった。疑惑が確信に変わったのは、パーティー会場で今回の見所を説明した時だった。お前たちは気がつかなかったのか?ルーベンスの『愛の園』の解説を始めたときに、彼はこう言ったのだぞ。この作品は題名どおり沢山の天使がご婦人方を――ってね」
「どうして、それが変なの?」奈緒が頬に指を当て、首を傾げる。
「俺も判らない」
「やれやれ、先日欧州の文化について話した時に、キューピッドと天使の違いを説明したじゃないか」
「ああ、そういえば何かそんなことを話していた記憶が有る」
「兄さんの薀蓄が始まった時に、丁度テレビ番組にアランが出演していたのよ。そりゃ、そちらを優先するに決まっているじゃない」悪びれずに奈緒が言う。
「いいかい、今度こそ真剣に聞けよ。ルネッサンス以前の絵画には良くキューピッドが描かれている。当時は題材に神話を取り上げた作品が多いのだ。だからビーナス、ギリシャ神話ではアフロディティの事だが、その周りに愛の象徴であるキューピッド、正確にはクピドという弓矢を持った子供が描かれている。だからルーベンスの『愛の園』に描かれているのはクピド、もっと正確に言えばブットー、複数でブッティーと呼ばれるクピドのお供なのさ。
一方、その後キリスト教の浸透とともに題材にキリストやマリア像が多く描かれた。マリアの周りに描かれた羽の生えた子供、これは天使なのだ。例えばムリリョの『聖母昇天』の足元に描かれているのは天使なのさ」
「どう違うんだ。チーズのCMに『天使が恋するフィラデルフィア』っていうのがあるが、飛ばした矢が折れて戻ってくるぞ。クピドと一緒だろ」
「多くの日本人は両者を混同している。ギリシャ神話やキリスト教に馴染みが薄いから無理も無い。ヨーロッパの人間でもたまに違いが判らない輩が存在する、どうしてかというと迫害を恐れたキリシタンの画家は、キリスト崇拝の絵を描いたとばれないように、天使をクピドに似せて描いたのさ。それが混乱の元なのだ。
クピドは言い換えるとギリシャ神話でいうところの性愛の神、エロスなのだ。そして手に持つ矢が命中した人物が恋に堕ちる訳だ。一方、天使のほうは弓矢など持ってはいない。それに便宜上絵画では子供の姿で描かれているものの、実際は目には見えない実体の無い存在なのさ。
天使には階級があって上級、中級、下級に別れ、さらにそれぞれが三段階に区別されている。つまり全部で九階級に分かれているのさ。そして位の低い天使ほど人間の姿に近くなる。だから絵画に描かれるのは階級の低い八位の大天使や九位の天使なのだ。
マリア様に受胎告知を行うのは大天使ガブリエル、最後の審判で天国行きか地獄行きかを決めるのは大天使ミカエルという具合さ。こんなことは西洋美術を学ぶ際の基本なのだ。だから当然、美術評論家のアラン佐伯がそれらの事を知らないはずが無い。
だが、偽者と判明したものの僕には盗みの手口が判らなかった。それを解明しなければ彼は盗みを認めないだろうからね。だからその時間稼ぎをしたかった」
「それで私にあの男を足止めするよう指示したのね」
「そういう事」
「例の新開発の機械は無事研究所の手元に戻されたそうだ。しかし今後益々、犯罪も新しい科学技術やエレクトロニクスを悪用する連中が増加しそうだな」
栗橋の呟きに植草が応じる。
「それは今も昔も同じさ。化学兵器や原子力がそうだし、瑣末な例えではカラーコピー機の普及で偽札が作られる世の中だからね。要はそれを使う人間次第ってことなのだが、犯罪に限らず、暮らしが豊かになり便利な環境を享受してしまうと、そのリスクや危険性などを省みず、不便だけれど安全だった時代を忘れてしまうのが人間の性だ。それが良いのか悪いのか……」
植草の言葉は最後にポツンと呟いて終わる。
その場の雰囲気が少し重くなる。その空気を変えたのは奈緒だった。
「でも、あの男も馬鹿よね。新開発の凄い機械を盗んでおいて、わざわざ絵画を盗むなんて」
「どういう意味?」奈緒の言わんとすることが理解できないで栗橋が尋ねる。
「私なら、あの機械をライバル企業に売りつけるわ。それとも研究所を強請(ゆす)って買い戻させるって手もあるし……その方が、それを使って絵を盗むなんてしち面倒くさい事よりずっと楽に大金が手に入るじゃない」そう言って得意そうに奈緒が鼻をピクピクさせる。
言われてみれば全く奈緒の言うとおりだ。余りにも当たり前な発想なのに、どうしてそのことに気がつかなかったんだろう。絵を盗むことにしか考えが及ばないなんて、全く間抜けな泥棒だ。でも、それを思いつく奈緒という娘は、何て素直な発想の持ち主なんだろうと栗橋は感心しそうになるがすぐに思い直す。
素直な娘が強請るなどと邪悪な発想をするだろうか? 世間ずれしないお嬢様のどこにそんな大それた思考回路が有るのだろう。しかも男性を軽く投げ飛ばすほどのじゃじゃ馬でもある。
やはり女は怖い。プロポーズするのは考え直したほうが良いかな? そう密かに思う栗橋であった。
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