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第四話 怪物との対面②

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「いやいや、とっつあん、いい子つれてきたじゃん! うんうん、私が出した捜査協力の条件とはいえよくやってくれました! 無茶言ったつもりだったのに感服ですよ、マジで!」

 そう快活な笑みを浮かべる口が裂けていない口裂け女に向かって、牧田が険しい表情で声を荒げる。

「牧田のとっつあんじゃない。牧田警視だ! 以前から警視と呼べと言っているだろ!」

口裂け女はその言葉に構うことなく、ガラスの向こうから須藤の体を舐めるように見回す。

「くおおおおお、いいよ、いいよ、彼! 太い眉毛に成人ながらもまだ青年のかわいらしさが残るつぶらな瞳に、小柄で細身のシュッとした肉体!」

 牧田は苛立ちを堪えるように、一度歯ぎしりしてから口裂け女を睨んだ。

「くそ、どうだ、お前の条件どおりのかわいい弟及び子犬系の刑事を捜して連れてきてやったぞ!」

 は? かわいい弟及び子犬系の刑事?

「苦労したんだぞ! むさ苦しい男所帯の警察の中からかわいい弟及び子犬系の刑事を見つけるのはな! こいつがパートナーならちゃんと捜査に協力をするな? こっちはちゃんと条件を守ったぞ、口裂け女!」

「はいはい、口裂け女でございますよ。何も今さらここでそう呼ばなくても。ちゃんと約束通り、警察の一員となって怪事件の捜査をいたしますってば」
 
 ぼやくように言うと口裂け女はまた須藤の顔に目をやり、下品な笑みを浮かべた。

「何十年ぶりに表の世界に出れるってのに、臭い中年のハゲデブの刑事と組んで長時間作業なんて御免だったけど、うん、このかわいい坊やなら余裕で合格だ、マジで!」

「勘違いするなよ。この刑事はお前の慰みものでもホストなんかでもない。秘密捜査のパートナーだ。分かってるだろうな?」

 口裂け女は今はそんな事を考えている暇はないとばかりに、須藤の前身を頭のてっぺんからつま先まで審査員のような厳しい目で睨めつける。

「はい、そこの君、ちょっと後ろ向いて」

「はい?……」

「いいからいいから、ほら後ろ向いてってば。大丈夫、いくら私が怪物でも強化ガラス越しじゃ襲えないっつの。だから後ろ向いて、ほらとっととクルっとやって、クルっと! そしてスーツの上着を腰の上までまくって!」

 牧田が須藤向かって言う通りにしてやれと言うように苦い表情で顎をしゃくった。

「…………」

 狼狽しながらも、須藤は言われるまま口裂け女に向かって背中を向け、上着の裾を腰の上まであげた。
 
 と、口裂け女が興奮を爆発させ、激しくガラスをバンバンと叩いた。

「ヒャッハー! 100点満点のお尻様だ! 最高のプリケツ!」

 須藤は慌てて両掌で尻を隠し、体の向きを元に戻した。

「ええええええええ!」

 そして、パニックになったようにあたふたしながら牧田向かって絶叫する。

「な、な、な、なんなんですか、いったい! 警視、何考えてるんすか、この女は! 変態ですか!」

「くそ、調子に乗りやがって! もういい、おふざけもここまでだ!」

 そう怒声をあげると牧田が表情に嫌悪感を露わにしながら口裂け女に指をさした。

「いいか、忘れるな。お前をこの牢から出すのはあくまでも警察の捜査のためだ。遊ばせるためじゃない。もし捜査中に須藤巡査部長の監視下から逃げ出したり、過去のように一般市民に危害を与えようものならお前は終わりだ。もう地下の別荘も用意しない。今度こそ昭和の怪物がこの世から葬りさられる事になる!」

 口裂け女が不快そうに口元を歪めた。

「うお、なんだよ、晴れの出所ってめでたい時に怖い事言うなあ、牧田のとっつあん。これから汗水流して警察の捜査に協力してやろうとしてるのに、まったく……」

「ふざけるな、おまえが過去に犯した犯罪の数々を警察も世間も忘れてないぞ! あの時代、どれだけ世間の罪のない人々に被害を及ぼしたと思ってやがる!」

「いやいや、もう昔みたいなバカはしないって。さすがに牢屋の中でTVだけが友達って生活を何十年もやらされてうんざりでね。だから解放のチャンスをもらったのなら、悪い奴を退治しまくって、善良な一般市民様のお役に立つと今ここでお誓い申し上げます!」

 言い、口裂け女は宣誓するように右掌を小さく上げた。

「マジで!……って、どおよ、これで満足? とっつあん」

「それだけじゃない、捜査に失敗してもだめだ。事件を解決できなかった時は不合格としてお前をまたこの地下牢に戻す! お前は永遠に解放のチャンスを失うってわけだ」

「へいへい、警察から二度目の慈悲はないって事ね。まあ、そんくらいのプレッシャーはかけられるでしょうよ、当然」

「それがこっちからの条件だ。だからお前は手を抜かず気合を入れて捜査に協力するしかない。正直、俺はお前が事件を解決できず、不合格の印を押されて永遠に地下牢に閉じ込められる方に期待しているがな」

 言うと、牧田は拭えない不信と憎悪がこもった目で改めて女を睨んだ。

「おまえの更生を信じたわけじゃないし、お前みたいな怪物を外へ出す危険性は承知だが上からの命令だ。今を持ってこの地下牢から解放する。今後は一般市民の平和に貢献をしろ!」
 
 口裂け女は地面から跳ね上がってガッツポーズをとった。

「やりいいいいい! 解放だあ! さあ、お国のためにがんがん捜査して、悪い奴らとたっぷりとっちめるぞお! ねえ、美尻の坊や?」
 
「え……その……」

 愕然とする須藤に銃口を降ろした警備チームのリーダーが同情の声をかけてくる。

「巡査部長の兄ちゃん、あれと一緒に事件の捜査だって? しかも奴が上司で警部だって? 言っておくがあれ、口裂け女とかいってるけど、本性はただの昭和のエロオヤジだから」

「はい?」

「もう事件の捜査の前に、お兄ちゃんの体が奴にいろいろ捜査されちゃうから。ま、とりあえず警告したから。後は自分でサバイブしな、巡査部長の兄ちゃん」

「は?」

 須藤が戦々恐々としながら改めてガラスの向こうに目をやると、口裂け女が鼻息を荒くしている。

「うおおおお! 上には絶対服従のパワハラ、セクハラなんて当たり前の警察の世界! 若い部下に18禁のあんな命令やこんな命令までし放題ってわけか? え? マジか? そんなの許されちゃうんすか? いやいやいや、こりゃ、やべえじゃないですか、おい! ひゃあああ、これから毎日スペシャルナイトになっちゃうじゃん! あ、鼻血が出てきた!」

 これまで感じていたものとは違う恐怖が須藤を襲い、須藤の顔が凍りつく。

「……今から転属願いのお願いは無理ですよね?……やっぱ」
 
 牧田は冷徹な表情で答えた。

「却下だ。これは警察組織のトップの決定だ。もし若手の刑事がそんな超お偉い方々の顔を潰すような事をしたら、君の警察官としてのキャリアはあっという間に粉々にされるぞ」

「ハハハハ……泣いていいですか?……」

「それは許可しよう!」

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