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第五十五話 宣誓と地響き

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 理沙と須藤がまったく身動きが取れなくなるほどの大量の弾丸をばら撒きながら、信者達は奇声を上げる。

「死ね、死ね、死ね、死ね!」

「異教徒ども、まとめて地獄へ落ちやがれええええ!」

「大神様、万歳! 大神様、万歳! 大神様、万歳!」

 機関銃の銃声の数々が混じり、耳を聾せんばかりの大爆音となって展望室に鳴り響き続けるなか、壁や天井だけではなく展望室を囲むように張り巡らされている大きなガラスも次々と粉々に破壊されていく。

「うわあああ、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバいですって!」

 新しい穴が絶え間なく増えて蜂の巣になっていくピアノの下で須藤がそう叫んだ。

「もういいから、マー坊、私を解放する言葉を言えっつの!」

 理沙が銃声に負けないような大声で言った。

「やめろ、若造。何があっても言うな! なんだったら俺が鉛の弾を食らわせて、一生お前の口をきけなくしてもいいんだぞ!」

 老人が若い狙撃者と共に柱の陰からライフルで応戦しながら脅迫してきた。

「おい、いい加減黙れ、昭和の人! いっそのこと今ここでケリをつけてもいいんだよ!」

「馬鹿め、こちとらそのつもりでお前を追ってここまで来たんだ」

「ほう、格好いいこと言ってくれるじゃないか。昭和のあの時、仲間を見殺しにするどころか、私に仲間を差し出して、自分だけは助けてくれと命乞いしたクズ刑事だったくせ!」

「え?」と若い狙撃手が銃撃を止めて、老人に顔を向けた。

 老人は恥じ入るそぶりも見せないまま、理沙の隠れているカウンター向かってまたライフルを発砲した。

「黙れ、昭和の化物が!」

「ったく、あまりにもメソメソ泣くもんだから気まぐれで見逃してみれば、その隙をついて後ろから人の後頭部を撃ちやがって、この野郎。痛かったんだぞ、あれ! おまけに不意打ちが効かなかったら効かなかったで慌てて仲間を残して逃げやがって! 言っとくけどその時の事をまだ許しちゃいないよ、昭和の人!」

「……本当なんですか?」信者達への銃撃を中断し、若い狙撃手が老人に訊いた。

「もう何十年前の事だし、あんな怪物の言う事いちいち気にするな!」

「そうはいかない……俺の爺ちゃんは殺された時、あんたと一緒に……」

 若い狙撃手の怒りの矛先が老人に向けられようとした時、信者達の銃弾がその額に風穴を開けた。

「くそったれが! ジジイとその孫、揃いも揃って役立たずか?」

 即死した若い狙撃手の死体を目の前に老人は叫ぶと、銃口を向ける相手を信者に戻し、応戦を再開する。

 葉咲が闇雲に発砲する信者向かって確認をする。

「女は! 誰かここで若い女を見たか!」

「カウンターの後ろに金髪の目つきの悪い女がいます!」

 信者の一人が答えた。

「そういうばっちいのはダメだ。大神が腹を壊す。下品なのではなく普通のまともな女を捜せ!」

「おうおう、言ってくれるじゃないの、キ〇ガイどもめ! 好き勝手やりやがって!」

 そう声を上げると、理沙は銃撃の最中だという事を忘れたかのように身を乗り出し、カウンターの上に立った。 

「もう頭にきたぞ、このクソッタレどもが! ここにいる奴ら皆、よく聞け!」

 理沙が銃の爆音に負けないくらいの怒声を上げた。

「宣誓してやる! もう誰も生きてここから返さない。この私が責任を持って仕留めてやる! キ〇ガイ教団も昭和の人も誰一人残らずこの場でだ!」

 その声が異常な程に気迫のこもったものだったからか、それともそこから怪物の狂気を体が感じ取ったからか、展望室にいた誰もが銃撃を止め、辺りはしんと静まり返った。

「覚悟しろ、誰一人、綺麗な死なせ方はしねえ。ここにいる誰もがを味わう事になる。想像力を全力で駆使しても思いつかない残虐な死に方をさせてやる。この場で誓うぞ!」

 そして、鷹藤に向かってビシッと中指を立てた。

「特にゲロ男爵!」

「え、俺?」と両足を使い物にできなくされ、床に伏せているしかない鷹藤が悲鳴交じりの声で言った。

「ああ、お前の会社、アカネ十字社の幹部は全員地獄送りだ。特に今回の件の一番の大物の会長様にはたっぷりとお仕置をして責任を取らせるぞ。他にも今回の件に裏で関わっていた薄汚ねえ奴ら全員、血まみれの派手な死体にしてやる。本気だ、覚悟しろ!」

 静粛の中、好きなだけ吠えたせいか、理沙がウンと満足げに頷いた。

「……それらは後々の話になろうけど……ま、とりあえず私からは以上!」

 言うと理沙はまたカウンターの後ろに隠れた。

 するとハッと我に戻った葉咲が再び、機関銃を乱射し始める。

「ふざけるな、てめえらが死ね、この下品なギャルの異教徒が!」

 その声でスイッチが入ったように、その場の信者達と老人が再び銃の合奏を再開しはじめる。

「うらあ、死ね、死ね、死ね!」

「くそっ 若い女をどこに隠してやがる!」

「許可が出てる、撃って、撃って、撃ちまくれ!」

「人の昭和の復讐の邪魔をするんじゃねえ、キ〇ガイどもが!」

 そして、またエレベーターの扉が開くと、その騒ぎをさらに派手にするかのように、藻菊ら信者達の第二陣と、四連装のロケットランチャーを肩に抱えた信者が展望室に姿を現した。

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 時間が経ち、機械の音声の内容が変わる。

「東京都庁舎型巨大起動兵器、始動準備完了。東京都庁舎型巨大起動兵器、始動準備完了。東京都庁舎型巨大起動兵器、始動よし。東京都庁舎型巨大起動兵器、始動よし」

 祐華はレバーの内の一つを強く握ると、それを後ろに強く引っ張った。

「さあ、巨大魔神、まずはお前の美脚を世に見せてやろうじゃないか!」

 すると、コクピットが小さな震動を始め、その揺れは全く間に大きなものへと変わっていく。

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「あのカウンターだ。あのレジのカウンターを木っ端微塵にしろ! 下品な女と共に!」

 葉咲がロケットランチャーを持った信者に命じた。

「マジか!」理沙が仰天の声を上げた。

 信者が言われたままロケットランチャーの向きを理沙のいる方角に迎えた。

「待て待て待て待て、ちょっと、待った! 落ち着け! それはちょっと反則だって! だから待てって、な、な? って、おい、マー坊、助けろ!」

 理沙の懇願を無視し、信者がロケットランチャーの引き金をひこうとした瞬間、突然、足元が地響きと共に左右に激しく震え出し、展望室にいた全員がバランスを崩して床に倒れた。

「な、なんだ、地震か?」藻菊が両膝をつきながらも懸命に平衡を取りながら言った。

 他の信者達が床の上で揺さぶられながら混乱の声を出す。

「じ、地震って、大きいぞ……」

「お、おいハンパじゃねえ、震度どのくらいだ……」

「なんでこんな時に……って、ほんとにでかいぞ!」

「こ、これはいったい……」振り飛ばされないようにピアノにしがみ付きながら須藤が言った。

 すると、溜めたものを吐きだすような大きな縦揺れが展望室を襲い、身を屈めていたにも関わらず、その場にいた全員が勢いよく床に身を叩きつけられた。
 
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 都庁の周辺を埋め尽くしていた警察関係の人員、マスコミ、野次馬達も突然発生した大きな地面の揺れにパニックの悲鳴を上げていた。

「み、皆さん、落ち着いて、パニックにならないでください! 地震はすぐに収まります、落ち着いて!」

 言いながらも機動隊員は心配そうな表情で仲間に耳打ちする。

「……そ、そうだろ?」

 しかし、その仲間は人込みとはまったく別の方角に顔を向けたまま、怯えるような声で囁く。

「い、いいや……これは地震じゃない……」

「なんだって?」

 機動隊員は不審そうに、仲間が見ているものに視線をやった。

 すると、目の先にある東京都本庁舎という巨大な建物が縦や横に微動しているだけではなく、コンクリートの塵を巻きながら上へ上へと伸び、その姿をさらに大きくしているという異様な様が目に入った。

「都庁が……いったい……何が起こってるんだ……」

 そして、その光景に気づいた周辺の人間達が次々と驚愕と悲鳴の声を上げ始める。

「おい、なんだ、あれは?」

「と、都庁が大きくなっていく!」

「わ、分からないけど、なんかヤバくないか、これ!」

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 東京都本庁舎が揺れながら高さを増していく姿を、液晶モニターで見ながら友川が驚嘆の声を上げる。

「いったい何が起こってるんですか?」

 額を脂汗まみれにして吉城が言う。

「と、都庁が縦に伸びていっている!」

 牧田が冷静を務めるように、一呼吸おいてから言う。

「違う、伸びているのではない。隠されていた巨大ロボットの部位が地下から上昇してきているんだ。その上にあるボディ、つまり都庁本体ごとな」

「え?……」

 吉城と友川は改めて目を凝らしてモニターに映し出されている東京都本庁舎を注視する。

 そして、地下から姿を現した、その都庁舎本体を支えるような極大な二本の円柱を見て吉城が震えた声で言う。

「あ、あれは……脚か?……」
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