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とある街での一幕

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「あ、あの、私はこれから予定がありまして…。」
さりげなく握られた手を引き抜こうとするも、がっちり握られていてそれも適いそうにない。
「ちょっとだけで良いからさ。見たとこあんた、いいとこの坊ちゃんだろう?
良い酒があるんだ、ちょっとくらい付き合ってくれよ。」
鼻息荒く食い下がってくる店主にどうしたものか、と思っていると――
 
「ウィリアム様ーーーーー!!!!!!」
私の名を叫ぶ声が聞こえた。
(ああ、もう大丈夫だ。)
根拠のない安堵。
だがこの声は、もう大丈夫だと安心させてくれる。
「ウィリアム様、もう出発なさいませんと。」
私のそばまで駆け寄ってきた男、もとい私の従者であるヴァンはいつの間にか店主に握られていた私の手を掴み、店主と私の間に割って入った。
体格の良いその身体が、息を整えようと少し上下に動いている。
(急いで駆けてきてくれたのだな。)
なんだか嬉しくて頬が緩んでしまう。
しかし、彼は必死に私を探してくれていたのだろうし、それに心配もかけてしまっただろう。
ここで笑ってしまったら不謹慎かなと思い、わずかに上がった口角を空いている方の手で隠す。
そして、何事もないかのように、
「ああ、そうだね。では店主、お誘いありがとう。また機会がありましたら。」
私はにこりと店主に微笑むと、ヴァンに控えられながら露店の並ぶ通りを後にしたのだった。
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