小夜啼鳥と黒の王

日野 月子

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1章 小夜啼鳥

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「WHOの健康の定義ってなんだっけ……」
「『健康とは、完全に、身体、精神、及び社会的によい状態であることを意味し、単に病気ではないとか、虚弱でないということではない』だよ」
「六花、よく覚えてるね……いや私も覚えなきゃなんだけど、覚えられる気がしないよ……」
「私は暗記が得意なだけだよ。幸子みたいに患者さんとのコミュニケーションが上手く取れる方がすごいよ」
「いやそもそも国家試験合格できないと看護師になれないし!六花、一緒に国試がんばろうね!」
「うん!」

他愛ない会話をしながら帰路に着く。
凍てつく風に震え、顔をマフラーに埋める。
私、辻村六花と木本幸子は看護学校三年生である。
幸子は同じ看護学校の寮生だ。
同じ爽風寮に住み、同室ではないが気が合い一緒に帰ることが多い。
そして今は1月。
2月にある看護国家試験に向け追い込みの時期であるはずだが幸子は今ひとつ危機感が足りない。
でも幸子の明るさを前にすると、なんとかなるかなと思えてしまうから不思議だ。
これも幸子の人徳故なんだろう。

私と幸子は対照的だ。
幸子はすぐ誰とでも打ち解けられるタイプで友人も多い。看護実習でもすぐ受け持ち患者さんを打ち解けることができ、実習終了による別れを惜しむ患者さんが多かったと聞いた。
だが、机上の勉強は不得意だった幸子に対し、私は勉強だけは得意だった。
暗記は得意だったし、習ったことはすぐ覚えることはできた。
ただ、実習の現場でいざ患者さんを目の前にすると何を話したらいいのかわからなくなってしまう。
勉強だけできても仕方がない。本当に看護師に向いているのは幸子のような人なんだろう。
昔から「六花は何を考えているのかわからない」「冷たそう」と言われることが多かった。
我ながら看護師に向いていないと思う。それでも看護師になろうと思ったのは、祖母がきっかけだった。

「六花ちゃん、ナイチンゲールのような人になってね」
それが祖母の口癖だった。
フローレンス・ナイチンゲール。
看護師の別称、白衣の天使の元になった人だ。
祖母は本当にナイチンゲールが好きだったようで、たびたび私に言い聞かせた。
そして私は将来看護師になるんだと自然に思うようになっていた。
感動的なエピソードではないが、私が看護師になろうと思ったきっかけは間違いなくこれである。

そんな祖母も最近入院してしまった。
私が面会に行くとやはり祖母はナイチンゲールの話をしてくれることがある。ただ、以前と内容が少し違うのだ。
「ナイチンゲールはね、六花ちゃんみたいに本当に頭が良くて、綺麗で優しかったのよ」
「ナイチンゲールは、私に優しく手を取ってくれたの」
まるで祖母はナイチンゲールと会ったことがあるように話す。
ナイチンゲールの没年は1910年。
それだけで考えても祖母が実際に会ったことがある可能性はない。
一緒に面会に来ていた母は入院で認知症になったのではないかと心配していたが、私はなぜかそうは思えなかった。
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