教育虐待

文郷製菓

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どうしてこうなってしまったのだろう。
小林優菜(ゆな)は、貸切の大浴場の湯船に足だけ浸けて、磨りガラスをぼんやりと見つめて独りごちた。
精神病院に入院をしてはや4ヶ月。もう秋だ。

ゆらゆらと揺れる水面が視界にちらつく。
ペンを握りすぎて固くなった、右手の親指の関節を触る癖が抜けない。
「弱音を吐く暇があったら努力しなさい。」
母親の口癖は、まだ、呪いのように優菜の心を締めつける。
優菜は大きいため息を吐いてから、湯船に身体を浸けた。水圧で肺が潰されて、息ができなかった。
独りでじっとできない子供のように、足の指の間を手で擦って、垢を削ぎ落とした。

初めてこの病院に来たのは、7月の初めだったと思う。
今よりももっと暑い炎天下の中、こんな辺鄙なところまでバスに乗ってやってきたはずなのだが、うまく思い出せない。
6月の末、夜中まで続く両親からの罵倒に耐えかねて、声が出なくなった。朝起きたら、声の出し方がわからなくなっていた。
成人したので、保護者なしで病院にかかれるようになった。だから、ここで助からなかったら死のう。
ただそう思ってふらふらと、声の代わりに涙を流しながら、家の鍵とスマホとイヤホンと財布と、希死念慮を綴った日記を持って、ここまでたどり着いた。

心理的虐待の複雑性PTSDと、過労での鬱病だと診断された18歳の少女一少女と言うには大人びた、だが心は幼児のような柔い命が、中核都市の外れの精神病院「愛ひかり病院」に存在している。
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