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序章 動く人形
第六話 小野小町
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哲也を連れて家に戻ると、彼は瑠璃が案内するまでもなくずんずんと家の中を進んでいき、慣れたように祖父の部屋に入っていった。
「ようシゲさん、ぎっくり腰になったんだとな」
すると重人は、驚いたように目を見開いて、首を少しだけ浮かせた。
「おお、てっちゃん。わざわざ来てくれんでも良かったのに」
「おい忘れたのか。おれはむかし、整体師をしとったこともあるんだ」
そういいながら、哲也はよっこらしょ、と布団のそばに腰をおろした。
「そういえばそうだった、あまり評判は良くなかったがなぁ」
「ばか言え、ぎっくり腰なんざ、一発で治してやるわ」
親しげに言葉を交わし合う様子が、彼らの長い付き合いを感じさせた。
瑠璃は買い物袋から人形を出すと、あー窮屈だった、というように腕をぐるぐる回している。
それを見た重人が、腰を診てもらうためにうつぶせになりながら、くぐもった声で言った。
「そうだそうだ。てっちゃんあんた、動く人形なんて奇妙なものをよく作ってくれたなぁ」
「……おれは、動く人形なんて作っとらんぞ」
瑠璃はその言葉に、えっと声を漏らした。
「じゃあ、なんでこの人形は動くんだ!?」
「そんなの、わしが知ったことか」
哲也の投げやりな言葉に、瑠璃も重人も困惑した。
当の人形といえば、いまも平然と自立している。
「……あの、この人形は、母をモデルに作ったものなんですよね?」
瑠璃が細い声で尋ねると、哲也がしゃがれた声で答えた。
「まぁな。あんたのお母さんの厄災を被ってくれる、身代わり人形を作ってくれとシゲちゃんに頼まれたからな。
その時、どんな人形にしようかと悩んでいて……すると、ある日のことが頭に浮かんだ」
哲也は腰をもんだり足をぐりぐりと押したりしながら、動く手を止めることなく話した。
「あんたは、まだ生まれてなかったから知らんだろうがな。だいぶ昔、この近くの一本杉神社に、大きな杉のご神木があった。
小町さんが七五三の時だったかな。その木の下で、ちょうどこんな紅い着物を着た小町さんが、写真撮影のひまつぶしに鞠つきをしていたのを、よく覚えている。
わしはその時、あの世界三大美女といわれる小野小町が生きているのを、いまこの目で見ているようだと思った」
つまり哲也は、母を通してはるか昔に生きた人、小野小町を見たと錯覚した。
だからこの人形は、母の風貌をもとにしてつくった、小野小町その人なのだという。
「だがその杉が、樹齢五百年を超える長寿で、小町さんがもう少し大きくなったころに、根元から腐敗して折れてしまった。
長くこの町を見守ってくれたご神木として、わしはその木を保存することにした。
しかし、大人が五、六人手を伸ばしてやっと届くという太い幹だったからな。置き場所に困って、切り株の大きさにカットしたんだ。
そしてその木を木偶に、人形を作ろうと思った。
その方が、身代わり人形としての力を発揮してくれると思うてな」
瑠璃は間髪いれずに、哲也に尋ねた。
「でくって、なんですか?」
「ふつう人形を作るときにはな。あらかじめ作った型に粘土をはって固めて、その体を形成するが、この人形はわしが一から木を彫った。
そして顔や胴体を形成したその上から、外殻になる粘土をはりつけている。
だから普通の人形より、重量があるじゃろ? 特に胴体が重たいからな、ただの粘土でできているだけの足では、到底自分で立てないようになっている。
だが腕も足も、なるべく人間に近い動きができるようにと球体関節になっとるから、なめらかな動きをすることができるというわけじゃな」
すると、重人が腕をついて顔を上げた。
「なんでそんなものを……ただ、小町の身代わり人形を作ってくれれば良かったのによ」
哲也はその言葉を受けて、手を止めた。そしてどこか遠くを見るように顔を上げた。
「……ちょうどこれを作るときに、わしに人形作りを学びたいと言ってきたやつがおってな。
そいつが、なるべく人に近い人形を作りたいと言っておったんで、手本として作ったんだ」
(鳴瀬さんに、人形作りを?
じゃああの人形は、その人が作ったものなのかな……)
瑠璃は、昨日襲ってきた侍人形のことを思った。
その弟子のことが分かれば、なぜあの人形が、この小野小町人形を奪いにやってきたのかが分かるかもしれない。
だが尋ねようとすると、先に重人が口を開いた。
「てっちゃん、悪いがこの人形からその木偶ってやつを、今すぐ抜いてはくれんか。
それがなければ、この人形は動かないんだろう?」
瑠璃は、祖父の言葉に身を固めた。
「それはだめ……!」
哲也が何か答える前に、瑠璃は思わず声を振り絞って言った。
「お願い、この子を……小野小町を、動く人形のままにしておいてください! だってこの子は、わたしたちを守ってくれたじゃない。
それにこの子といると、他の人形の≪声≫は聞こえてこないの。動くからといって、災いがあるわけじゃないわ」
瑠璃は二人に、必死に訴えた。哲也はきょとんとしているが、重人の目は鋭い光をたたえていた。
「……お前が心を開くべきは、人形ではないだろう」
祖父の言葉が、心にずしりときた。
けれど負けじと、瑠璃はまっすぐに重人の目を見て言った。
「小町といさせてくれるなら……わたし学校に行きます」
「ようシゲさん、ぎっくり腰になったんだとな」
すると重人は、驚いたように目を見開いて、首を少しだけ浮かせた。
「おお、てっちゃん。わざわざ来てくれんでも良かったのに」
「おい忘れたのか。おれはむかし、整体師をしとったこともあるんだ」
そういいながら、哲也はよっこらしょ、と布団のそばに腰をおろした。
「そういえばそうだった、あまり評判は良くなかったがなぁ」
「ばか言え、ぎっくり腰なんざ、一発で治してやるわ」
親しげに言葉を交わし合う様子が、彼らの長い付き合いを感じさせた。
瑠璃は買い物袋から人形を出すと、あー窮屈だった、というように腕をぐるぐる回している。
それを見た重人が、腰を診てもらうためにうつぶせになりながら、くぐもった声で言った。
「そうだそうだ。てっちゃんあんた、動く人形なんて奇妙なものをよく作ってくれたなぁ」
「……おれは、動く人形なんて作っとらんぞ」
瑠璃はその言葉に、えっと声を漏らした。
「じゃあ、なんでこの人形は動くんだ!?」
「そんなの、わしが知ったことか」
哲也の投げやりな言葉に、瑠璃も重人も困惑した。
当の人形といえば、いまも平然と自立している。
「……あの、この人形は、母をモデルに作ったものなんですよね?」
瑠璃が細い声で尋ねると、哲也がしゃがれた声で答えた。
「まぁな。あんたのお母さんの厄災を被ってくれる、身代わり人形を作ってくれとシゲちゃんに頼まれたからな。
その時、どんな人形にしようかと悩んでいて……すると、ある日のことが頭に浮かんだ」
哲也は腰をもんだり足をぐりぐりと押したりしながら、動く手を止めることなく話した。
「あんたは、まだ生まれてなかったから知らんだろうがな。だいぶ昔、この近くの一本杉神社に、大きな杉のご神木があった。
小町さんが七五三の時だったかな。その木の下で、ちょうどこんな紅い着物を着た小町さんが、写真撮影のひまつぶしに鞠つきをしていたのを、よく覚えている。
わしはその時、あの世界三大美女といわれる小野小町が生きているのを、いまこの目で見ているようだと思った」
つまり哲也は、母を通してはるか昔に生きた人、小野小町を見たと錯覚した。
だからこの人形は、母の風貌をもとにしてつくった、小野小町その人なのだという。
「だがその杉が、樹齢五百年を超える長寿で、小町さんがもう少し大きくなったころに、根元から腐敗して折れてしまった。
長くこの町を見守ってくれたご神木として、わしはその木を保存することにした。
しかし、大人が五、六人手を伸ばしてやっと届くという太い幹だったからな。置き場所に困って、切り株の大きさにカットしたんだ。
そしてその木を木偶に、人形を作ろうと思った。
その方が、身代わり人形としての力を発揮してくれると思うてな」
瑠璃は間髪いれずに、哲也に尋ねた。
「でくって、なんですか?」
「ふつう人形を作るときにはな。あらかじめ作った型に粘土をはって固めて、その体を形成するが、この人形はわしが一から木を彫った。
そして顔や胴体を形成したその上から、外殻になる粘土をはりつけている。
だから普通の人形より、重量があるじゃろ? 特に胴体が重たいからな、ただの粘土でできているだけの足では、到底自分で立てないようになっている。
だが腕も足も、なるべく人間に近い動きができるようにと球体関節になっとるから、なめらかな動きをすることができるというわけじゃな」
すると、重人が腕をついて顔を上げた。
「なんでそんなものを……ただ、小町の身代わり人形を作ってくれれば良かったのによ」
哲也はその言葉を受けて、手を止めた。そしてどこか遠くを見るように顔を上げた。
「……ちょうどこれを作るときに、わしに人形作りを学びたいと言ってきたやつがおってな。
そいつが、なるべく人に近い人形を作りたいと言っておったんで、手本として作ったんだ」
(鳴瀬さんに、人形作りを?
じゃああの人形は、その人が作ったものなのかな……)
瑠璃は、昨日襲ってきた侍人形のことを思った。
その弟子のことが分かれば、なぜあの人形が、この小野小町人形を奪いにやってきたのかが分かるかもしれない。
だが尋ねようとすると、先に重人が口を開いた。
「てっちゃん、悪いがこの人形からその木偶ってやつを、今すぐ抜いてはくれんか。
それがなければ、この人形は動かないんだろう?」
瑠璃は、祖父の言葉に身を固めた。
「それはだめ……!」
哲也が何か答える前に、瑠璃は思わず声を振り絞って言った。
「お願い、この子を……小野小町を、動く人形のままにしておいてください! だってこの子は、わたしたちを守ってくれたじゃない。
それにこの子といると、他の人形の≪声≫は聞こえてこないの。動くからといって、災いがあるわけじゃないわ」
瑠璃は二人に、必死に訴えた。哲也はきょとんとしているが、重人の目は鋭い光をたたえていた。
「……お前が心を開くべきは、人形ではないだろう」
祖父の言葉が、心にずしりときた。
けれど負けじと、瑠璃はまっすぐに重人の目を見て言った。
「小町といさせてくれるなら……わたし学校に行きます」
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しんみりとした「和」の世界感で、落ち着いて読み進めました。
個人的に好きだなあ、今後の展開が楽しみです!
お祖父さんの腰が心配です、ぎっくり腰はクセになるので安静にしてほしいなあ。
西方様、本作品に初感想をくださいましてありがとうございます!
「和」を意識しすぎて、少し重たい雰囲気を放っているこの作品ですが、落ち着いて読めると言っていただけてとても嬉しいです。
わたしが腰が弱く、一度ぎっくり腰のようになったことがありその辛さがよく分かるので、おじいちゃんには気の毒なことをしてしまいました……(苦笑)