【短編連作】妄想売人パラノイア【アジアンゴシック】

桜野うさ

文字の大きさ
10 / 12
case.4

理想の子どもが欲しい老女③

しおりを挟む
 気がつくと雑貨屋の主は草原の上に立っていた。若々しい草が心地よい風を受けて揺らめいている。頭上には半透明のような青空がどこまでも広がっていた。どんな高価な青い宝石もこの空には勝てまい。
 雑貨屋の主は深く息を吸い込んだ。懐かしい香りだ。本当の家に帰って来たという想いが胸いっぱいに広がった。
 ふり返ると、白いドーム型のテント――ゲルが建っていた。壁のフェルトにできた染みの位置でわかる。ここはかつて住んでいた家だ。
 ドアを開けて中に入ると我が家であることは間違いなかった。ゲルの内部にはベッドなど必要最低限の家具の他に、他者から見ればゴミとしか思えないガラクタが積み上げられていた。大切な商売道具だ。
 その昔、自分と同じ遊牧民は商売を毛嫌いしていたという。自給自足だけで生きていけた頃はそもそも商売は必要なかった。雑貨屋の主が生まれたのはそういう時代ではなかった。多くの者が町に働きに出たが、安定した仕事に就けずに物乞いになる者もたくさんいた。
 雑貨屋の主は生きるために必死で商売を覚えた。元手の金はなかったが、ゴミの中から使えそうな物を見つけ、修理して売って稼いだ。大天災地変(だいてんさいちへん)で世界が壊れた後も、そうやって暮らして来た。
 ガラクタを使える物に変えることを、雑貨屋の主はある種の錬金術だと思っていた。プライドを持ってやっていた。なのに……。
 実の息子は母の仕事を毛嫌いしていた。

「ゴミを漁って生きるなんて、物乞いと変わらない」

 酷いことも言われた。

「もっとまともで人間らしい生活を送るべきだ。中央に行こう、母さん」

 息子はこれまで生きた土地を、無整備地区スラムを捨てろという。なんて酷い子どもだろうか。

「私の子どもはあの子だけだよ」

 雑貨屋の主はガラクタで出来た人形のことを思った。人形はすでに彼女の中では人間だった。

【かあさん。かあさん】

 小さな声がゲルに響いた。

「私を呼んでいるのか」
【そうだよかあさん。僕たちを産んでよ。かあさん】

 雑貨屋の主は耳をそばだてた。声はガラクタの方から聞こえて来る。

【捨てられた僕たちをかあさんは拾ってくれた。今度はあたらしい僕たちにしてよ】
「ああ、わかったよ」

 雑貨屋の主は物入れを改めた。そこには使い慣れた道具が入っている。
 刷毛でガラクタの汚れを丁寧に取り除いて行く。

【きもちいいよ、かあさん】
「そうかい」

 雑貨屋の主は優し気に目を細めた。
 ゴミを修理し始めたのは生活のためだった。けれどいつしか、彼女の中でもっと大きな意味を持つようになって行った。年を取って出来ないことが増えるほどにその意味は大きさを増した。息子が自分を捨てて中央都市に行ってしまってからは、ゴミの修理はかけがえのない営みとなった。

「お前たちはまだ役に立てるんだよ」

 綺麗にしたガラクタを雑貨屋の主は修理して行った。不思議と若い頃のように体がよく動いた。ガラクタはみるみるうちに生まれ変わった。
 座り心地のよさそうな椅子、小さくて可愛らしい宝物入れ、丈夫そうな棚。魔法みたいに次々と出来て行く。

「こんにちは。素敵なお店はここかしら」

 ゲルの外で少女の声がした。

「私、素敵な物を買いに来たの。ここなら売ってくれるって聞いたわ」
「お嬢ちゃんは何が欲しい?」
「オルゴールよ。可愛い葦毛のお馬さんのお人形がついていると嬉しいわ。曲はね、『草原の子守歌』がいいわ」

 その曲は、雑貨屋の主の故郷で最もポピュラーな子守歌だった。

「残念だけどオルゴールはないよ」
「絶対にあるわ。よく探してよ」

 雑貨屋の主はガラクタが積み上げられているところを再び見た。壊れたオルゴールが無造作に置かれていた。さっきはなかったはずだ。この世界では不思議なことばかり起きる。

「……少し時間を頂くよ」
「いつまでも待っているわ」

 雑貨屋の主はすぐにオルゴールの修理に取り掛かった。主要部品を分解し、汚れを取り除いて行く。金属部分はよく磨くと驚くほど綺麗になった。ペイントの禿げたところは塗り直した。ネジはいくつか駄目になっていたから、似たようなネジで代用した。

「そのオルゴールね。昔、お婆ちゃんがくれたの」

 少女はふいに呟いた。

「そうかい」
「私はお婆ちゃんが大好きなの」
「それはいいことだ」
「だけどお婆ちゃんはお父さんと喧嘩しちゃったから、もう一緒に暮せないの。私は二人に仲直りをして欲しい」

 雑貨屋の主は「そうかい」と答えることができなかった。少女の正体に気づいたからだ。

「お前さんがそう願ったところで、壊れた関係は簡単には直らないもんだ」
「お婆ちゃんは壊れたものをなんでも直して来たのに?」

 雑貨屋の主の手がぴたりと止まった。

「お父さんはお婆ちゃんにもっといい生活をして欲しいと思っていた。だから中央で暮らそうって言ったのよ」
「……私にとって一番いいのは今の生活だよ」

 雑貨屋の主はオルゴールの修理を再開した。綺麗にした部品を組み直し、ネジをしっかりと閉める。

「お父さん、昔言ってた。お婆ちゃんは過去ばかり見てるって。もっと未来も見て欲しいって」
「だからって、過去を捨て去るような生き方はごめんだ。価値観が違うんだ。お前達とはもう一緒に暮らせない」

 オルゴールが動くか確認するためにネジを巻いた。

「壊れたらもう終わりなんて寂しいわよ。どれだけ時間がかかっても私は家族を修理したい」

 懐かしいメロディーが響き渡った。愛しい我が子が心地よく眠るために歌われる曲。かつては何度も息子に聞かせ、孫にも聞かせた。息子のことは愛していた。彼の嫁も、可愛い孫も愛していた。……確かに今も。

「ううん。直してみせるわ。私はお婆ちゃんの孫だもの」

 かつて自分の両手に収まる程小さかった孫は、きっぱりとそう言ってのけるまでに成長していた。対して自分はどうだろうか。変化を嫌い、いつの間にかさび付いていた。打ち捨てられ、もう二度と日の目を見ることはないといじけているガラクタたちのように。

【かあさん、かあさん】

 ガラクタたちがまた雑貨屋の主を呼んだ。

【直して、直して。あたらしくして】

 その声に、一瞬でも弱気になったのがおかしくなった。自分はこれまで何度も錬金術にも劣らない手業でガラクタを蘇らせて来たというのに。

「ディナラ。私は壊れたものなら何でも直せると自負して来た。なのに……家族ひとつ直せないなら、とんだ思い上がりだね。そんなんじゃ私のプライドに傷がつく」
「お婆ちゃん……!」
「『これ』の修理にはかなりの時間を頂くよ」
「いつまでも待っているわ」

 少女はオルゴールに合わせて歌った。雑貨屋の主もつられて歌っていた。ゲルの外と中で歌が重なる。懐かしい心地よさだった。
 雑貨屋の主は妄想から覚めると、開口一番に言った。

「悪くない品だった。だが刺さる人間が狭すぎるのが気になった。まるでオーダーメイド品だな」

 雑貨屋の顔には「お前たちの魂胆などすべてお見通しだ」と書いていた。

「うちの孫が世話になったようだ」
「何のことかな」
「ふふ、まぁいい。タダでこれだけして貰ったんだ。文句はない」
「で、どうする。このまま買うかい?」

 雑貨屋の主は首を横に振った。

「息子の心はしばらく必要なくなった。あの子の兄をまずは何とかしなくちゃいけなくなったんだ」
「そうかい。妄想が必要になったらいつでもあたしに頼みな」

 パラノイアはディナラたちが隠れている方に視線を向けた。会話が聞こえていたのか、ディナラは嬉しそうに微笑んだ。


 次の日。パラノイアは店を休むことにした。

【いきなりどうしたんだヨ】
「久しぶりに婆さんの墓参りでも行こうかと思ってさ」
【ディナラたちに感化されたのカァ? 影響されやすい奴!】
「そんなんじゃないよ。あんまり行かないと婆さんが不機嫌になると思っただけさ」

 リビドーは挑発的にふふんと笑うと、相棒の肩に乗った。

【おいらもついて行くゼ!】

 パラノイアは綺麗な花と婆さんの好物だったハーブ入りクッキーでも買って行ってやるかと、晴れ晴れした気持ちで出掛けて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...