未熟な最強者の逆転ゲーム

tarakomax

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呪われた誇り

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ガスパード・ポークレイは宿屋の狭い部屋で、荒々しく息をつきながら壁を睨みつけていた。

「なんだここは! こんな貧相な場所に泊まれと言うのか!」

執事が一歩引きながら、静かに答える。

「申し訳ございません。急な訪問だったため、男爵と連絡がつかず……やむを得ず宿を手配いたしました。」

「言い訳は聞きたくない!」

ポークレイがグラスを机に叩きつけると、乾いた音が響き、執事はわずかに肩を震わせた。

「さっさと食事を持ってこい!」

執事が静かに頭を下げ、部屋を後にしようとした——そのとき。

コン、コン。

扉が短く二度、ノックされる。

「誰だ!」

執事が扉を開けると、フードを深く被った男が立っていた。

「遅くなった。」

低く抑えた声。

男は執事を押しのけ、無言で部屋に入ると、静かに扉を閉めた。

ポークレイは机に肘をつき、満足げに笑う。

「で、どうだ? 手に入りそうか?」

フードの男はフードを軽く引き直しながら答えた。

「……厄介だ。警戒が強すぎる。今すぐ動くのは得策じゃない。」

「チッ、あの冒険者上がりの男爵め……!」

ポークレイは舌打ちし、机を拳で叩く。

「しくじれば、ワシがどうなるか分かっているんだろうな?」

フードの男は目を細める。

「くそっ……"あの方"がいなけりゃ、お前みたいな得体の知れんヤツ、こっちから願い下げなんだがな……グフッ。」

フードの男は無言で目を細める。

「……それは困るな。私も"あの方"の意向には逆らえないのでね。」

ポークレイはニヤリと笑い、机を指で叩く。

「なら、ワシの言うことも大人しく聞いてもらわんとなあ?」

「……レシピの件は少々手こずっているが、例の件は順調だ。」

「ならいい。"アレ"さえ手に入れば、ワシも安泰だからな……グフフ。」

ポークレイは椅子にもたれかかり、不気味な笑みを浮かべた。

「明日はあの食堂に行く。準備しておけ。」

「わかった。」

フードの男は短く答え、無言で部屋を出る。

(もう利用価値はないな。)

背後で響く笑い声は、もはや聞くに値しなかった。

――――

ラルフとダリウスは、自室のテーブルを挟んで向かい合っていた。

揺れる淡い灯り。窓の外から流れ込む夜風が、酒の香りをゆっくりと攫っていく。

テーブルの上にはグラスが二つ。間には一本の酒瓶。

静寂は心地よく、長年の付き合いだからこそ生まれる、余計な言葉を必要としない空気がそこにあった。

ダリウスが軽く杯を傾け、穏やかな口調で言う。

「今日は大変だったろう? 村全体が収穫祭の熱気に包まれてたからね。」

そう言いながら、ラルフのグラスに酒を注ぎ足した。

「毎日こんなもんだよ。うちの子どもたちが絡むとな、特にだ。」

ラルフは微笑みながらも、どこか苦労が滲むような表情を浮かべる。

ダリウスがニヤリと笑った。

「ソフィーは美人になりそうだね。それに剣の腕もある。騎士団に入ったら引っ張りだこだろう?」

「やめろ。娘を売り込む話なんて、冗談でも聞きたくない。」

ラルフは軽く笑いながらも、嫌そうに首を振る。

「……とはいえ、貴族になった以上、そうも言ってられないんだがな。」

酒を一口含み、遠くを見るような目をする。

「あの子に、血筋のことは話しているのかい?」

ダリウスが酒を口に含み、少し真剣な表情を浮かべた。

「いや、もう少し成長してからだ。魔法も苦手だからな。」

ラルフの言葉に、ダリウスはグラスを回しながら呟く。

「光と闇か……」

「……うちに息子でもいれば、話が早かったかもしれないね。」

「お前の息子と結婚させるってか? 笑わせるなよ。」

ダリウスが肩をすくめると、ラルフも小さく笑う。しかし、その笑みはすぐに引き締まり、次の言葉を紡いだ。

「そういえば、ミアはどうなんだ? もういい年頃だろう? 話くらい来てるんじゃないのか?」

ダリウスは苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。

「いくつか来てるさ。でも、あの子は難しいんだよ。」

「……瞳か。」

ラルフが短く呟く。

「ああ。それがある限り、簡単に話を進められない。ミアも、それが理由で反発する。」

ダリウスの声には、微かな疲れが滲んでいた。

「自分で乗り越えてほしいんだけどね……」

「それだけか?」

ラルフが眉をひそめる。

ダリウスは一瞬、口を閉ざしたあと、ゆっくりと酒を飲み干してから、低い声で言った。

「……いや、実を言うと最近、魔族の活動が活発になってきていてね。その中で“闇魔法”が絡んでいるらしいという情報がある。」

ラルフの表情が険しくなる。

「闇魔法を使った何かか?」

「そうだ。『研究』という言葉が聞こえてくるが、それ以上のことはまだわからない。」

ダリウスは杯を置き、深く息をついた。

「厄介そうな話だな……。」

ラルフの声も、いつになく重くなる。

そして——

ダリウスが、ラルフの顔を真っ直ぐに見つめ、静かに言った。

「だから、手を貸してくれないか。」

一瞬の沈黙。

やがて、ラルフはゆっくりと杯を持ち上げた。

「当然だ。俺がどれだけお前に世話になってると思ってるんだ。」

ダリウスも、安堵のような、それでいてどこか覚悟を決めたような表情で杯を持ち上げる。

「助かるよ。本当に。」

カチン——

二つの杯が静かにぶつかる音が、部屋に響いた。

「……それと、うちの娘がトランプ大会に出場すると言って聞かなかったってのもあるね。」

ダリウスが杯を傾けながら、苦笑混じりに呟く。

「なんだ、お前も娘には弱いんだな。」

ラルフは小さく笑い、グラスを揺らした。

窓の外から流れ込む夜風が、ほのかに酒の香りを運んでいく。

ダリウスはふっと視線を外し、窓の外を眺めながら言った。

「それにしても、君の村はずいぶん変わったね。もう村なんて呼べない規模になってきてるんじゃないか?」

肩をすくめながら、杯を軽く揺らす。

ラルフは酒を一口飲み、静かに返した。

「そうだな。確かに成長はしているが、周りの貴族たちがうるさくてな。作り方を教えろとか、利益を寄こせとか……この村の成長を妨げられたらたまらんよ。」

「はは、貴族なんてそんなもんさ。自分の利益になることなら、手段を選ばない連中ばかりだ。」

ダリウスは苦笑しながら言うが、その目にはどこか警戒の色が滲んでいた。

「トランプもアーサーが考えたものだが……本人はその才能をまるで自覚してない。自分の興味があることにしか力を注がないんだ。」

ラルフは苦笑いを浮かべる。

「とはいえ、あの演奏は感動したよ。聞いたこともない曲だったが、心に響くものがあった。」

ダリウスの言葉に、ラルフも驚いたように頷いた。

「ああ、俺も驚いたよ。ピアノなんて触ったことないはずなのにな。どこで覚えたのか……あいつなりに努力してるのかもしれないな。」

ラルフは小さく笑みを浮かべる。

しかし——

ダリウスは、ふと真剣な表情になり、杯を指でなぞりながら尋ねた。

「ところで、アーサーの剣や魔法はどうだい? そっちのほうも気になるね。」

ラルフは一瞬黙り込み、ふっと息をついて杯を置く。

「剣のほうはダメだな。身体を動かすのが嫌いでな。魔法のほうは……カトリーヌが来てから随分伸びたんじゃないかと思う。」

「……なんだか含みのある言い方だね。何かあったのかい?」

ダリウスが目を細める。

ラルフは一瞬、迷うような表情を見せたが、すぐに笑って話題をかわした。

「いや、気にしないでくれ。」

ダリウスは軽く杯を持ち上げながら、ふっと笑う。

「お互い、子どもたちのことで頭を抱える日が来るなんてね。昔の私たちが聞いたら笑い飛ばしていただろう。」

「ああ、本当にそうだな。今となっちゃ笑い話にもならんがな。」

ラルフも杯を持ち上げ、ダリウスの杯と軽くぶつける。

カチン——

静かな音が響く。

部屋の中に流れる空気は穏やかだった。

だが、その背後には、それぞれが抱える悩みが静かに横たわっていた——。


――――


ミアはクリーヴランドの屋敷の一室で、ベッドに身を投げ出していた。

暗い部屋には、外の風が窓を揺らす音だけが響いている。

彼女は布団をかぶり、小さく身を丸めたまま、瞳を固く閉じていた。

(なんですの、あの子……!)

アーサーの顔が浮かぶたび、胸の奥でチクリと棘が刺さる。

(礼儀も知らない、不遜で失礼極まりない態度で、わたくしを見下すような……どうして、あんな子があそこまで……!)

彼女は手元の布団をきつく握りしめた。

心の中に湧き上がる苛立ちと虚しさが混ざり合い、目尻に熱が滲む。

(あの子には、家族も才能も、全てがあるというのに。わたくしには何一つない……何一つ……)

声を出すのも億劫で、ただその感情を胸に押し込める。

(わっ…わたくしは、ただみんなに笑顔になってほしかっただけ……。そのために、レシピがどうしても必要だったのに……。)

ミアは、家族やメイドたちが笑顔でプリンを頬張る光景を思い浮かべた。

それはきっと、小さな幸せに満ちた光景だったはずだ。

けれど、その夢が遠ざかるたびに、自分の無力さが胸を締めつける。

枕元に置かれた鏡が視界の端に映る。

彼女は反射的に目を逸らし、布団を深くかぶった。

その鏡には、もう何年も顔を映していない。

理由は、紅い瞳にある。

瞳に宿る紅の輝きが、彼女にとっては呪いそのものだった。

(この瞳さえなければ……こんな魔法さえなければ……)

幼い頃の記憶が脳裏に浮かぶ。誰もが自分を避け、噂話を囁いていた。

「闇の子だ」

「呪いを振りまく紅い瞳だ」

無邪気なはずの子どもたちの声が、ミアの心に深く刻み込まれている。

「……わたくしだって……普通に……笑い合いたかった……」

震える声でそう呟くと、抑えていた感情が胸の奥で波のように広がる。

思わず鏡に向き直った。紅い瞳がそこに映る。彼女はその目を睨みつけた。

「なぜ、わたくしをこんな目に合わせるの……!」

その呟きは鏡の向こうに吸い込まれ、部屋の中には再び静寂が戻る。

目を伏せた彼女は、そっと自分の手を胸に当てた。

——それでも。

「もし、誰かが手を伸ばしてくれたら。もし、誰かがこの瞳ではなく、私自身を見てくれたなら。」

……そんなことを、まだ願っている自分がいる。それが、たまらなく嫌だった。

けれど、そんな人がいるはずもない。今までだってそうだった。

ミアは瞼を閉じ、布団をきつく握りしめる。

「……誰も、わたくしを救ってはくれないの……。」

それでも、どこか心の片隅で、淡い期待が消えない自分が嫌になった。
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