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 馬車の中でリネットが目を覚ましかけると、男性が鳩尾に拳を打ち込んだ。
「乱暴しないで!」
 オリビアが言うと、男性は「オリビア様は甘い」とニヤリと笑った。
「…傷付けたくはないのよ」
 呟くオリビア。ニヤニヤ笑う男性と、無表情の女性。
 馬車がエバンス家の別邸の前に停まった時、オリビアは口を開いた。
「遅くとも、明日にはこの企みがエバンス家の仕業だと露呈するわ。貴方達とは今日でお別れよ」
 男性は無言でリネットを抱くと、別邸へ入って行く。
 女性はほんの少し片眉を上げてオリビアを見た。
「…捕まらないようにね」
 オリビアは小さく呟くと、女性から目を逸らし別邸へ入る。女性はそのまま無言でオリビアを見送った。
 あらかじめ用意していた部屋へ、腕と足へ縄をかけ布で口を塞いだリネットを置いて、男性も居なくなっていた。

 …これで良いわ。
 リネット様は明日の朝には解放するつもりだけれど、それまでに誰かに探し出されるかも知れないわね。

 ふと気付くと、リネットが持っていた封筒がベッドサイドのテーブルに置いてあった。オリビアはその封筒を手に取り、中を覗く。
 リネットが生徒会室に来た時は何も持っていなかった。今はこの封筒を持っている。つまり、セルダから渡された物であろう。
 封筒の中にはドレスのデザイン画が沢山入っていた。
「セルダ殿下がリネット様にドレスを贈る、という事よね。これは」
 気を失っているリネットを見下ろして呟く。
 
 決して王太子妃になりたい訳ではないけれど…何故私はこんな事までしているのに、リネット様は何の努力もなしに王太子妃になれる権利を手にしているの?

 理不尽な怒りが湧いてくる。
 オリビアは大きく息を吸い、そして吐く。
 とにかく、リネットがセルダの意中の令嬢である事は間違いなさそうだ。
 オリビアが捕らえられるのはもう覚悟しているが、せめて父の言う通りの令嬢の「醜聞」を作る事ができて安堵する。

 オリビアは封筒を置くと部屋を出た。

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 コンコンと部屋のドアがノックされた。

 お義母様?…まだ戻るには早いわよね。

 オリビアはそろりとドアへ近付くと「誰?」と小さな声で聞く。
「ダグラス・チャンドラーだ」
「え?」
 先程ダグラスと別れた時「また連絡する」と言っていたが、部屋に来るとは言っていなかった。
「本物?」
 オリビアの心臓がドクドクと鳴る。
 開けて、もしも、違ったら…いや、本物のダグラスだとしても、夜女性の部屋に訪ねて来るなんて…。
 オリビアの脳裏にダグラスから言われた台詞が蘇る。「人攫いをする娘が、自分がされたら怯えるのか」ダグラスはオリビアが令嬢を誘拐した事を知っているのだ。
「オリビア?」
 震える手でドアノブを押さえる。
「出るから。少し待って」
 急いで荷物の中からコートを取り出して羽織り、テーブルに置いた鍵を取ると、ドアへ近付く。
「開けるから、ドアの前から退いて」
「ああ」
 開錠すると、ゆっくりドアを開け、できる限りの小さな隙間から廊下へ出る。
 ドアを閉めると、持って来た鍵で施錠する。
 ダグラスは怪訝な顔でオリビアを見ていた。
「…来るなんて聞いてないわ」
 振り向いてオリビアが言うと、ダグラスは苦笑いをする。
「何でコート?」
「部屋着だったんだもの」
「そうか。これ渡しそびれてたから」
 ダグラスはオリビアに封筒を差し出す。
「手紙?」
「まあ、読めば分かる。後…」
 ダグラスが「ルイ」と言うと、男性が廊下の向こうから姿を現す。足音も立てずオリビアとダグラスに近付くとすっと片膝をついた。
「俺の使っている『影』だ。オリビアとの連絡をしてもらうから『ルイ』という名前だけ覚えておいてくれ」
「そ…そう。よろしくね。ルイ」
 オリビアが言うと、男性は軽く礼をして、立ち上がると廊下の向こうへ去って行く。
「他人に紛れるのが仕事だから、顔は覚えても無駄だ」
「そうね」
「じゃあ、また連絡する」
 そう言ってダグラスは立ち去った。

 影…ジルとは違うタイプね。

 オリビアは部屋へ滑り込むように入ると、またしっかり鍵をかけた。





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