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その日から、ガイアは連日セヴァリー家へやって来た。
オリビアが「こちらは何の用もないから屋敷に入れないで」と使用人たちにお願いしているので、毎日門前払いされている。
「何なのよ、もう」
今日もガイアを追い返す様子を影から窺い見て、帰ったのを確認してから自室に戻る。
すると、部屋のドアの下の方へ封筒が挟まれていた。
「こっちは不法侵入ね」
呟いて封筒を手に部屋へ入る。
一応部屋には入らないように気遣ってくれてるのかしら?
…もしこの部屋の中に手紙が置いてあったら、もうこの部屋でも眠れなくなっちゃうわ。
封筒はダグラスからだ。ルイが持ってきて置いたのだ。
間者が部屋に入り封筒を置いて行くくらい、できて当たり前だと言う事はオリビアもよく分かっている。
でも唯一安心して眠れるこの部屋へ、自分の預かり知らぬ者が入り込んだ形跡を見るのは嫌だった。
オリビアは封筒を開ける。
「明日ね」
手紙には「明日、そちらへ行くから会えないか」と書いてあった。場所と時間はこちらで指定して良いとも。
「どこが良いかしら…人目につかない方が良いわよね」
オリビアは一応子爵令嬢だ。結婚を前提とした恋人や婚約者なら隠す事はないが、恋人でもない男性と二人で会っている所をそうそう見られる訳にはいかなかった。
側防塔は…?
あそこはオリビアが一人で寛ぐ場所だ。正直他の人に来て欲しくはないが、あそこなら二人でいても気付かれないし、ダグラスは常時こちらに居る訳ではない。
それに、何となくダグラスなら良いか、とも思った。
「ルイ」
小さく呼ぶ。気配は感じないが、そのまま続ける。
「15時に町外れの側防塔の天辺で」
周囲からは物音一つしないが、きっと伝わった。
オリビアはそう確信していた。
-----
次の日、約束の時間より前にオリビアは側防塔へやって来た。
「いい天気で良かった」
寝転がって空を見上げる。ただ上を向くより、全身で日差しを感じられるのが好きで、オリビアはよくここで寝転がる。
雲が流れて行くのをぼんやり眺めていると、靴音が聞こえた。
オリビアが身を起こすと、階段から上がって来たダグラスが目に入る。
「…倒れているのかと思った」
ダグラスが苦笑いしながら近付いて来る。
「寝転んで空を見るのが好きなの。早かったわね」
まだ約束の時間にはなっていない。オリビアは起き上がる。
「ああ、初めて来る場所だから早めにな」
ダグラスは足を伸ばして座るオリビアの隣りに胡座をかいて座った。
「で、パリヤ殿下のお願いって何なの?」
「…パリスと呼んでくれ」
「パリス…殿下じゃないから、パリス様?」
「そうだな。皆からは『領主様』と呼ばれているな」
「じゃあ領主様の方が良いかしら?」
「どちらでも。パリヤという名さえ出さなければ」
「間違えそうだから領主様にするわ」
ダグラスは小さな袋をオリビアへ差し出す。
「何?」
「クッキーだ。女性に会うのに手ぶらでは…」
ダグラスは少し照れた様子で頭を掻く。オリビアはふふっと笑った。
「ありがとう。頂くわ。折角だからダグラスも食べる?」
袋に手を入れ、クッキーと取り出すとパクリと咥える。そのまままた袋に手を入れ、クッキーを出すとダグラスの方へ差し出した。
「……」
ダグラスは無言でクッキーを受け取った。
オリビアはクッキーを一口齧ると、咀嚼しながら
「令嬢らしくないと思ったんでしょ?行儀が悪いって。でももう侯爵令嬢だった頃のマナーなんて忘れちゃったわ」
オリビアは笑って言う。本当はその気になれば完璧な立居振る舞いができる。できるが、したくないのだ。
「…まあ、俺の前で気取ってもな」
ダグラスはそう言うとクッキーを口へ放り込んだ。
「あ、そうだ。ダグラス、貴方ルイに私の部屋へ入らないように言った?部屋のドアに手紙が挟んであったから」
「…ああ。部屋を見られたり、入られたりするのは嫌そうだったから」
少し言いにくそうにダグラスは言う。本当はルイも他の「影」のように音もなく現れたり消えたりする事もできるが、夜会の時のオリビアの怯え方を見て、そうしない方が良いと思い、歩いて登場させたのだった。
「その通りなの。気遣ってくれてありがとう」
オリビアはにっこりと笑った。
その日から、ガイアは連日セヴァリー家へやって来た。
オリビアが「こちらは何の用もないから屋敷に入れないで」と使用人たちにお願いしているので、毎日門前払いされている。
「何なのよ、もう」
今日もガイアを追い返す様子を影から窺い見て、帰ったのを確認してから自室に戻る。
すると、部屋のドアの下の方へ封筒が挟まれていた。
「こっちは不法侵入ね」
呟いて封筒を手に部屋へ入る。
一応部屋には入らないように気遣ってくれてるのかしら?
…もしこの部屋の中に手紙が置いてあったら、もうこの部屋でも眠れなくなっちゃうわ。
封筒はダグラスからだ。ルイが持ってきて置いたのだ。
間者が部屋に入り封筒を置いて行くくらい、できて当たり前だと言う事はオリビアもよく分かっている。
でも唯一安心して眠れるこの部屋へ、自分の預かり知らぬ者が入り込んだ形跡を見るのは嫌だった。
オリビアは封筒を開ける。
「明日ね」
手紙には「明日、そちらへ行くから会えないか」と書いてあった。場所と時間はこちらで指定して良いとも。
「どこが良いかしら…人目につかない方が良いわよね」
オリビアは一応子爵令嬢だ。結婚を前提とした恋人や婚約者なら隠す事はないが、恋人でもない男性と二人で会っている所をそうそう見られる訳にはいかなかった。
側防塔は…?
あそこはオリビアが一人で寛ぐ場所だ。正直他の人に来て欲しくはないが、あそこなら二人でいても気付かれないし、ダグラスは常時こちらに居る訳ではない。
それに、何となくダグラスなら良いか、とも思った。
「ルイ」
小さく呼ぶ。気配は感じないが、そのまま続ける。
「15時に町外れの側防塔の天辺で」
周囲からは物音一つしないが、きっと伝わった。
オリビアはそう確信していた。
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次の日、約束の時間より前にオリビアは側防塔へやって来た。
「いい天気で良かった」
寝転がって空を見上げる。ただ上を向くより、全身で日差しを感じられるのが好きで、オリビアはよくここで寝転がる。
雲が流れて行くのをぼんやり眺めていると、靴音が聞こえた。
オリビアが身を起こすと、階段から上がって来たダグラスが目に入る。
「…倒れているのかと思った」
ダグラスが苦笑いしながら近付いて来る。
「寝転んで空を見るのが好きなの。早かったわね」
まだ約束の時間にはなっていない。オリビアは起き上がる。
「ああ、初めて来る場所だから早めにな」
ダグラスは足を伸ばして座るオリビアの隣りに胡座をかいて座った。
「で、パリヤ殿下のお願いって何なの?」
「…パリスと呼んでくれ」
「パリス…殿下じゃないから、パリス様?」
「そうだな。皆からは『領主様』と呼ばれているな」
「じゃあ領主様の方が良いかしら?」
「どちらでも。パリヤという名さえ出さなければ」
「間違えそうだから領主様にするわ」
ダグラスは小さな袋をオリビアへ差し出す。
「何?」
「クッキーだ。女性に会うのに手ぶらでは…」
ダグラスは少し照れた様子で頭を掻く。オリビアはふふっと笑った。
「ありがとう。頂くわ。折角だからダグラスも食べる?」
袋に手を入れ、クッキーと取り出すとパクリと咥える。そのまままた袋に手を入れ、クッキーを出すとダグラスの方へ差し出した。
「……」
ダグラスは無言でクッキーを受け取った。
オリビアはクッキーを一口齧ると、咀嚼しながら
「令嬢らしくないと思ったんでしょ?行儀が悪いって。でももう侯爵令嬢だった頃のマナーなんて忘れちゃったわ」
オリビアは笑って言う。本当はその気になれば完璧な立居振る舞いができる。できるが、したくないのだ。
「…まあ、俺の前で気取ってもな」
ダグラスはそう言うとクッキーを口へ放り込んだ。
「あ、そうだ。ダグラス、貴方ルイに私の部屋へ入らないように言った?部屋のドアに手紙が挟んであったから」
「…ああ。部屋を見られたり、入られたりするのは嫌そうだったから」
少し言いにくそうにダグラスは言う。本当はルイも他の「影」のように音もなく現れたり消えたりする事もできるが、夜会の時のオリビアの怯え方を見て、そうしない方が良いと思い、歩いて登場させたのだった。
「その通りなの。気遣ってくれてありがとう」
オリビアはにっこりと笑った。
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