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ギブソン家の応接室で、アルベルトがレジスに向かって頭を下げた。
「本当に済まなかった。レジス君」
「レジスさんごめんなさい」
アルベルトの隣に座っていたエラも立ち上がると頭を下げる。
「いえ。父親ならば当然の反応ですから。私としては眼鏡さえ弁償していただければそれで」
アルベルトとエラの向かい側のソファの真ん中に座っていたレジスは頬を冷やす濡らした布を手で押さえていて、もう片方の手を顔の前で振った。
「レジス、素直に殴られたけど、覚悟してたの?」
レジスの隣からニーナが言うと、レジスは「まあな」と頷く。
「閣下にとって、事情を知る前の俺は『身分も弁えず愛娘を誑かした男』だから、当然だろう」
少し目を眇めて話しているのは、眼鏡を掛けていなくて良く見えないせいだ。
レンズの割れた眼鏡は応接テーブルの上のレジスの前に置いてある。
ニーナと反対側のレジスの隣に座っているニーナとレジスの義父アドルフがニコニコと笑いながら言った。
「まあ、私としては公爵閣下のお嬢様への愛情を知れた気がして安堵しましたよ」
-----
エラとアルベルト、ニーナとレジスとアドルフ、そしてマノンの六人での話し合いが終わり、応接室にエラとアルベルトが残ると、エラは身を竦めてアルベルトに頭を下げた。
「お父様…ごめんなさい…」
「エラが謝る理由は何もないだろう?」
アルベルトは眉を下げ、しかし口角を上げてエラの肩に手を置く。
お父様のこの表情…困った時によくされる表情だわ。
「私の方こそエラに謝らなければ。エラが何も言わないのを良い事に、放っておいてすまなかった。娘が苦しんでいるのも知らずに…レジス君が言ったように私はもっと家を省みなくてはならなかったんだな…」
「…私が、敢えて言わなかったし、マノンや使用人たちにも口止めしていたのです。だからお父様は悪くありません。私の事で煩わせてしまって…お仕事も中断させてしまいました」
「仕事など、かわいい娘と比べられる物ではないよ」
シュンとして俯くエラの肩をポンポンと叩いた。
アルベルトはソファから立ち上がると応接室の窓の方へ歩いて行き、窓から見える庭へと視線をやる。
「しかし…カミーユは何故……」
小声で呟く。
アルベルトはカミーユの良き妻、良き母の面しか見た事がない。
自分の妻が継子を使用人扱いし、理不尽に虐げていた。まして自らペーパーナイフで切り付けたなど、俄かに信じられないのだ。
もちろんエラやギブソン家の者の言い分が嘘だと思っている訳ではない。特にギブソン男爵は旅行会社の経営者でもあり、外交官である自分に不利益な嘘を告げる理があるとは思えない。
アルベルトはただ自分の知る妻の姿と、エラたちの語る妻の姿との乖離に戸惑っていた。
「とりあえずは『押し掛け婚』が方便で安心したよ」
振り向いたアルベルトは笑顔で言う。
「いくら学園では生徒に階級はなく等しく扱われるとはいえ…」
いくら何でも男爵家では。
濁した後に続く言葉がエラには聞こえた気がした。
「……」
代々外交官を勤めるゴールドバーグ公爵家にとって、本来娘の嫁ぎ先など選り取り見取り選び放題なのだ。
国内外問わず有力な公爵家や侯爵家、家格の高い伯爵家、望むのなら王族でさえも。
だからこそアルベルトは娘たちの婚約を後回しにして来た。いつでもそれなりの家と縁を結ぶ事が可能だからだ。
「お父様」
エラは俯いて腿の上の手をきゅっと握る。
「何だい?」
「私に、使用人として扱われた期間のお給金をください」
「給金を?」
顔を上げたエラは真っ直ぐにアルベルトを見た。
「はい。私、レジスさんの眼鏡を弁償したいのです」
アルベルトは困惑して首を傾げる。
「エラが心配しなくとも、弁償ならば私がするが?」
「いいえ。私がそうしたいのです。そして、それは私が自らの労働で得た対価からでなければ意味がないと思うのです」
リリアナが…エラの母親が生きていた頃にはエラが私にこんなに強い意志を示した事はなかった。
…ああ、私は、エラの窮地に気付かなかっただけではなく、愛娘の成長をも見逃して来たんだな。
アルベルトは目を閉じると「わかった」と頷いた。
ギブソン家の応接室で、アルベルトがレジスに向かって頭を下げた。
「本当に済まなかった。レジス君」
「レジスさんごめんなさい」
アルベルトの隣に座っていたエラも立ち上がると頭を下げる。
「いえ。父親ならば当然の反応ですから。私としては眼鏡さえ弁償していただければそれで」
アルベルトとエラの向かい側のソファの真ん中に座っていたレジスは頬を冷やす濡らした布を手で押さえていて、もう片方の手を顔の前で振った。
「レジス、素直に殴られたけど、覚悟してたの?」
レジスの隣からニーナが言うと、レジスは「まあな」と頷く。
「閣下にとって、事情を知る前の俺は『身分も弁えず愛娘を誑かした男』だから、当然だろう」
少し目を眇めて話しているのは、眼鏡を掛けていなくて良く見えないせいだ。
レンズの割れた眼鏡は応接テーブルの上のレジスの前に置いてある。
ニーナと反対側のレジスの隣に座っているニーナとレジスの義父アドルフがニコニコと笑いながら言った。
「まあ、私としては公爵閣下のお嬢様への愛情を知れた気がして安堵しましたよ」
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エラとアルベルト、ニーナとレジスとアドルフ、そしてマノンの六人での話し合いが終わり、応接室にエラとアルベルトが残ると、エラは身を竦めてアルベルトに頭を下げた。
「お父様…ごめんなさい…」
「エラが謝る理由は何もないだろう?」
アルベルトは眉を下げ、しかし口角を上げてエラの肩に手を置く。
お父様のこの表情…困った時によくされる表情だわ。
「私の方こそエラに謝らなければ。エラが何も言わないのを良い事に、放っておいてすまなかった。娘が苦しんでいるのも知らずに…レジス君が言ったように私はもっと家を省みなくてはならなかったんだな…」
「…私が、敢えて言わなかったし、マノンや使用人たちにも口止めしていたのです。だからお父様は悪くありません。私の事で煩わせてしまって…お仕事も中断させてしまいました」
「仕事など、かわいい娘と比べられる物ではないよ」
シュンとして俯くエラの肩をポンポンと叩いた。
アルベルトはソファから立ち上がると応接室の窓の方へ歩いて行き、窓から見える庭へと視線をやる。
「しかし…カミーユは何故……」
小声で呟く。
アルベルトはカミーユの良き妻、良き母の面しか見た事がない。
自分の妻が継子を使用人扱いし、理不尽に虐げていた。まして自らペーパーナイフで切り付けたなど、俄かに信じられないのだ。
もちろんエラやギブソン家の者の言い分が嘘だと思っている訳ではない。特にギブソン男爵は旅行会社の経営者でもあり、外交官である自分に不利益な嘘を告げる理があるとは思えない。
アルベルトはただ自分の知る妻の姿と、エラたちの語る妻の姿との乖離に戸惑っていた。
「とりあえずは『押し掛け婚』が方便で安心したよ」
振り向いたアルベルトは笑顔で言う。
「いくら学園では生徒に階級はなく等しく扱われるとはいえ…」
いくら何でも男爵家では。
濁した後に続く言葉がエラには聞こえた気がした。
「……」
代々外交官を勤めるゴールドバーグ公爵家にとって、本来娘の嫁ぎ先など選り取り見取り選び放題なのだ。
国内外問わず有力な公爵家や侯爵家、家格の高い伯爵家、望むのなら王族でさえも。
だからこそアルベルトは娘たちの婚約を後回しにして来た。いつでもそれなりの家と縁を結ぶ事が可能だからだ。
「お父様」
エラは俯いて腿の上の手をきゅっと握る。
「何だい?」
「私に、使用人として扱われた期間のお給金をください」
「給金を?」
顔を上げたエラは真っ直ぐにアルベルトを見た。
「はい。私、レジスさんの眼鏡を弁償したいのです」
アルベルトは困惑して首を傾げる。
「エラが心配しなくとも、弁償ならば私がするが?」
「いいえ。私がそうしたいのです。そして、それは私が自らの労働で得た対価からでなければ意味がないと思うのです」
リリアナが…エラの母親が生きていた頃にはエラが私にこんなに強い意志を示した事はなかった。
…ああ、私は、エラの窮地に気付かなかっただけではなく、愛娘の成長をも見逃して来たんだな。
アルベルトは目を閉じると「わかった」と頷いた。
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