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 王都に戻ったリンジーは、領地から持ち帰った荷物の中から封筒の束を取り出した。
 クリーム色のヒューイから届いた封筒数枚の上に三通の色が違う封筒を重ねて束ねてある。
 王都に戻ったから、この三人に手紙を書こう。
 どうにか「条件」を達成できるように、頑張らないと。

 三通の封筒だけをテーブルの上に残し、クリーム色の封筒を持って机の引き出しを開けた。
 リボンの掛かった小さな箱が四つ、引き出しに入っている。
 これは、ヒューイへの誕生日プレゼントだ。ザインとケントへの誕生日プレゼントと一緒に毎年用意してきたが、ヒューイにだけ渡していなかった。
 十二歳の誕生日に贈る筈だった刺繍入りのハンカチ。十三歳の誕生日に用意したクラバット。十四歳の誕生日に用意した革のブックカバー。十六歳の誕生日に用意したコインパース。
 この間の十七歳の誕生パーティーに渡した万年筆は、本当は十五歳の誕生日に用意していた物だ。
「今年は…ザインとケントのプレゼントどうしようかな…」

 ケントと言えば。

「リンジー、俺と結婚しないか?」

 領地に立ち寄ったケントが言った言葉。

「え?」
 まったく想像もしていなかった言葉の意味が理解できなくて、それを聞いたリンジーはきょとんとした表情を浮かべた。
 ケントが苦笑いしながら言う。
「俺ならリンジーの『条件』を満たせる」
 条件を満たせるって…ケントが私のために何もかもを捨てるって事で…
「…何で?」
 何でケントが私のために何もかもを捨てるの?
「リンジーが好きだからだ」
 さも当然の事のようにケントは言う。
 好き?ケントが私を?

「ちょっと待って。ケント、もしかして条件、間違って覚えてない?」
 困惑しながらリンジーが言うと、ケントは少し首を傾げて
「『私のために何もかもを捨てる覚悟』だ。間違えてはいないだろ?」
 と言った。
 確かに。一字一句違わない。
「…ケント、何もかも捨てるって事は、何もかも捨てるって事よ?」
「そうだな」
 ケントが口元に拳を当ててクスクスと笑う。
 あああ、もう。私ったら何を言ってるんだろう。
 動揺して上手く言葉にならないわ。
「リンジーの言いたい事はわかるよ。もちろん、こんな話しに直ぐに飛びつくリンジーじゃないのもわかってる」
 だって。
 他の男性ひとなら、何もかもを捨てる覚悟…その覚悟があるって事をヒューイが納得できれば婚約を諦めてくれるかも知れないけど、ケントは私の条件を最初から知ってるんだから、本当に何もかもを捨てなければ、きっとヒューイは納得しないわ。
 ケントが何もかも捨てるって事は、王族である身分も、結婚して臣籍降下した時賜る爵位も捨てるって事。
 そんな事、ケントにさせられる?
 私にそんな価値があるなんて思えない。

「リンジー、俺にとっては一世一代の告白なんだ。そんな悲痛な顔をしないでくれ」
 ケントの言葉に俯いていたリンジーはハッとして顔を上げた。
「俺は昔からリンジーが好きだよ。ただリンジーもずっと昔からヒューイを好きなんだと思っていたから言うつもりはなかったけれど」
「ケント…」
 本当の本当の本当に、ケントが私を好きなの?
「ちなみにヒューイは俺がリンジーを好きな事を知っているよ」
「え?」
「だから誕生パーティーの時『俺がリンジーの条件を満たすと言ったらどうする?』と言ってみた」
「え?」
「そうしたら、ヒューイは後日『リンジーと同じベッドで朝まで眠った』と言って来た。要はリンジーは自分の婚約者で、もう周りにも既成事実があると認識されているんだと言っているんだ。つまり、牽制だよな」
「牽制?」
「そう。『リンジーは俺のだ』と」
「ええ?」
 俺の、だなんて冗談じゃないわ。
「この言動だけを見れば、ヒューイもリンジーを好きなんだと思う処だが…」
 顎に手を当てて考えながら言うケント。
「ないわ。それは絶対ない」
 リンジーは首を横に振る。
「絶対ない?」
「絶対ない」
 強く頷くリンジー。
「そうか…?」
 首を傾げるケント。

「まあ、とにかく」
 ケントはそう言うと、優しい笑顔でリンジーを見つめた。

「俺にはその覚悟がある事を覚えておいて。どうしてもヒューイと結婚するのが嫌なら、俺がいる事を思い出してくれれば良い」

 そう言ってケントは王都へと帰って行った。
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