転生令嬢と王子の恋人

ねーさん

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「リサコ」

 何故その名前がロイド殿下の口から出るの?
 リザは驚いてロイドを見つめた。
 ロイドは立ち上がると、リザの前に跪く。
「殿下?」
「…俺が、前世でリサコを死なせたんだ」

-----

 大学生で自転車便のアルバイトをしていた。
 時間に追われて、急いで、路地へ入ろうと歩道に上がった。
 そこに女の子が居た。
「避けきれず…衝突して…」
 ロイドは跪いたまま俯いて言う。

 流れる血、青白い顔、救急車の音。

 その後の記憶はあまりないが…倒れたリサコの顔と、二日後に亡くなったと知った時の絶望感だけはハッキリと覚えていた。
「…まだ17歳の女の子に痛くて苦しい思いをさせて、挙句……」
 ロイドが苦し気に言う。
 リザは椅子から降りるとロイドの前に両膝を着いた。
「殿下。私はその時の事は『自転車にぶつかられた』としか覚えていません。衝撃も痛みも苦しみも、記憶にはないんです」
 ロイドが顔を上げてリザを見た。
「…リザにも、前世の記憶が?」
「はい。私たちは『転生者』です」
「転生…」
「もしかして、殿下が私の名前を呼ばなかったのは『リザ』と『リサコ』が似ていたからですか?」
「…そうだ。俺が思い出すのも辛いが、リザにあの苦しみを思い出して欲しくなかったんだ。しかし今日はどうしても謝りたくて」
「では何故私と婚約を?遠くにいれば名前を呼ぶ機会もないでしょう?」
「リザを幸せにしたくて。俺が奪った幸せを、俺が取り戻して…」
 ロイドはリザの膝に置かれた手を取ると、指先に口付けた。
「なっ何ですか!?」
 頬を赤くして慌てるリザを見てロイドは微笑んだ。
 殿下が、笑った…
 リザは瞠目してロイドを見つめた。
「俺以外の男がリザを幸せにするのを、見たくなかった」

 学園で一学年下のリザが入学して来た時、その顔を見てロイドに前世の記憶が戻って来た。
「あの子だ…」
 そうだ、俺は前世で死ぬ時、生まれ変われるなら、あの子の側に生まれたいと願ったんだ。親でも兄弟でも良い。あの子が17歳より長く生きるのを見たい。幸せになる所を見たいと。
 リザは前世とよく似た顔立ちをしていた。
 あの子が笑う所を見たい。
 楽しそうにしている所を見たい。
 学園内でリザを見掛けると目で追う。友達と楽しそうだと安心し、沈んだ顔をしていると心配した。
 ある時、リザが男子生徒と並んで廊下を歩いて居るのを見掛けた。楽しそうに会話をしている。
 教室に入って他の女子生徒と合流した。三人でいるのを良く見掛けるようになる。
 あの男子生徒は友人の様だが、いつまでも友達のままかどうかは分からない。いつかは他の男子と恋をするかも…
 あの子が幸せになるのが見たい。でも学園を卒業したら姿を見る機会は限られる。ましてや誰かと結婚してしまったら?

「でも殿下、とても私を幸せにしたいと思っている態度ではなかったですよ?」
 定例茶会でしか顔を合わせない。仏頂面で喋らない。手紙もないし、贈り物も最小限。
 更に他の女性が付きまとっている。
 これで幸せになれると思う女性がいるだろうか?
「…そうだな。済まなかった」
「婚約を解消した方が幸せになれると私が言ったら、解消してくださいますか?」
 ロイドは先程手を取って、そのままだったリザの指先をキュッと握る。
「……リザが…そう望むなら」
 ロイドはそっとリザの手を離すと俯いた。
 リザはため息を吐く。
「何故殿下の方が泣きそうになるんですか。泣きたいのはこっちですよ」
「…幸せにしたいんだ。俺が」
「本当にそう思うなら、猶予をあげますから態度で示してください」
「猶予?」
 ロイドが顔を上げる。
「私も殿下とこんなに話したのは初めてですし、前世の事も聞きたいし、ゲームの事も話したいし」
「ゲーム?」
「とにかく、話したい事が一杯あるんです。なので殿下が卒業するまでが猶予期間です。その時、私が望めば婚約解消してください」
「…卒業まで」
「はい。あ、ローズさんに唆されても殿下の方から婚約破棄を言い出すのは無しですよ」
「ローズ?」
「約束してください」
 リザはそう言うとロイドの前に小指を差し出す。この世界に「指切り」という習慣はない。前世が同じ者だから分かる約束の印だ。
「…分かった」
 ロイドは自分の小指をリザの小指に絡めた。

「そうと決まれば、サイモン殿下にお会いしたいんですけど」
 リザは立ち上がりながら言う。
「兄上に?」
 ロイドも立ち上がる。リザはロイドを見ると人差し指を立てた。
「一つ分かった事があるんです」









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