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定例茶会に行こうとするロイドは、執務室を出た所で侍従に呼び止められ、書類へのサインを求められた。
「急ぐので、すぐにお願いします!」
見慣れない侍従が言う。
「アベルはどうした?」
「居られないのです。でも急いでいて…」
「居ない?」
アベルはロイド付の侍従だ。これから婚約者との茶会に向かうのに側に居ないなどあり得ない。
「…お前、何者だ?」
侍従の顔色がサッと青褪める。
「何を企んでいる?…まさか、リザか!?」
ロイドは廊下へ飛び出した。
「リザ!!」
中庭に出ると、横たわるリザと、取り縋るハリジュが目に入る。
「ロイド兄様!紅茶を飲んだらリザちゃんが…」
「分かった。お前は大丈夫か?」
毒か。
リザを抱き起こす。眉を寄せた青白い顔。
「僕は大丈夫」
誰がリザを?
「紅茶をどのくらい飲んだ?」
「一口くらい」
即効性…少量でも死に至る毒かも知れない。
「ハリジュ、水差しを取ってくれ」
「はい!」
ハリジュが水差しとコップをテーブルから取って来たので、水をコップに注ぎ一口、口に含む。
水は大丈夫か。
コップの水を煽ると、リザに口移しで飲ませる。
リザが倒れても侍女やメイドも誰も来ない。近しい者は「敵」に取り込まれているのか。
では、誰が信用できる…?
「ハリジュ、サイモン兄様の所へ行って医者を呼んでもらってくれ。できるな?」
「うん!」
頷いて、ハリジュが走って行く。
何度か水を飲ませてから、指で喉を刺激し、吐き出させる。
咳き込むリザの背を撫でた。
何度か吐き戻させたリザはロイドの膝の上でぐったりしていた。
あの時のように血の気のない顔。
「しっかりしろ。リザ」
…まさか、また17歳で?
俺は17歳より長生きするリザが見たいんだ。大人になって、笑って、幸せなリザを…
-----
「ロイド殿下が吐き戻させていたので、胃洗浄をしましたが…後は様子を見るしか…」
医者が隣の部屋に待機しておくと部屋を出て行く。
「そうか」
サイモンが医者を送り出し、ベッドで眠るリザに視線をやってから、ソファで俯くロイドを振り向く。
ここはロイドの私室だ。
誰が信用できるか分からないので王宮の侍女や侍従も立ち入れないようにし、ロイドとサイモン、クロフォード侯爵家から呼んで来た数名の侍女とメイドのみが出入りをしている。
ロイドはソファに座り、膝に顔を埋めるように俯いていた。
「ロイド」
「……」
サイモンは無言のロイドの向かいに座る。
「心当たりは?」
俯いたまま首を横に振った。
「…そうか」
あの時紅茶を淹れた侍女とロイドを引き止めた侍従はすでに拘束されている。誰の差し金かはまだ口を割らない。
夜になり、リザの侍女ジューンが部屋に入って来る。
「ロイド殿下の侍従が川で、背中を切られ、手足を縛られた状態で見つかったそうです」
ロイドとサイモンに向けて言う。
「…生きているのか?」
サイモンが言うとジューンは頷く。
「意識がないと」
夜中。
ロイドを引き止めた侍従が「ボーデン侯爵家の者にロイド殿下を引き止めるよう頼まれた」と自供したと連絡が入る。
「侍従は『ロイド殿下を少しの間引き止めろ』と言われただけで、リザ様の毒の件は知らないと言っているそうです」
ジューンがそう言うと「そうだろうな」と言って、サイモンは考え込む。
「ボーデン侯爵?…第二王子派だな」
この国にも王位継承権を巡る小さな権勢争いがある。
王子が三人居るので、貴族は第一王子派、第二王子派、第三王子派に分かれている。たまに支持なし中立の貴族もいるが、かなり少数派だ。
サイモンが立太子し、ロイドには王位を狙う気がない。ハリジュが成人する頃にはサイモンがすでに王位に就いているだろう今の状況では権勢争いは成りを潜めていた。
「ロイド」
ロイドは相変わらず一言も喋らず俯いている。
「同じ俯くのなら、リザ嬢の手でも握って俯いていろ」
「……」
「…ローズ・エンジェル男爵令嬢が第二王子派を唆した可能性もあるぞ」
サイモンがそう言うと、ロイドがゆっくりと顔を上げる。
「…ローズが?」
「そうだ。今一番リザ嬢を邪魔に思うのは、誰だ?」
ロイドの侍従のアベルが意識のないまま王宮へ運ばれて来たと知らせを受け、サイモンが医師を伴って部屋を出て行く。
ロイドはベッドの傍らに立ち、眉を寄せて眠るリザの顔を見た。
「俺のせいだな…リザ、ごめんな」
汗で額に張り付く前髪をそっと撫でる。
第二王子派が企んだにしろ、ローズが関わっているにしろ、リザが毒を盛られたのは、ロイドと婚約しているからだ。
俺が、リザを側に引き寄せた。リザを婚約者に指名した。
俺と婚約していなければ、侯爵家に生まれていなければ、こんな目に合う事はなかったのに。
「どうか助かってくれ…」
リザが助かれば、もうそれで良い。
大人になって幸せになるリザを、遠くから見ているから。
ロイドはリザの額に口付けて、部屋を出て行った。
定例茶会に行こうとするロイドは、執務室を出た所で侍従に呼び止められ、書類へのサインを求められた。
「急ぐので、すぐにお願いします!」
見慣れない侍従が言う。
「アベルはどうした?」
「居られないのです。でも急いでいて…」
「居ない?」
アベルはロイド付の侍従だ。これから婚約者との茶会に向かうのに側に居ないなどあり得ない。
「…お前、何者だ?」
侍従の顔色がサッと青褪める。
「何を企んでいる?…まさか、リザか!?」
ロイドは廊下へ飛び出した。
「リザ!!」
中庭に出ると、横たわるリザと、取り縋るハリジュが目に入る。
「ロイド兄様!紅茶を飲んだらリザちゃんが…」
「分かった。お前は大丈夫か?」
毒か。
リザを抱き起こす。眉を寄せた青白い顔。
「僕は大丈夫」
誰がリザを?
「紅茶をどのくらい飲んだ?」
「一口くらい」
即効性…少量でも死に至る毒かも知れない。
「ハリジュ、水差しを取ってくれ」
「はい!」
ハリジュが水差しとコップをテーブルから取って来たので、水をコップに注ぎ一口、口に含む。
水は大丈夫か。
コップの水を煽ると、リザに口移しで飲ませる。
リザが倒れても侍女やメイドも誰も来ない。近しい者は「敵」に取り込まれているのか。
では、誰が信用できる…?
「ハリジュ、サイモン兄様の所へ行って医者を呼んでもらってくれ。できるな?」
「うん!」
頷いて、ハリジュが走って行く。
何度か水を飲ませてから、指で喉を刺激し、吐き出させる。
咳き込むリザの背を撫でた。
何度か吐き戻させたリザはロイドの膝の上でぐったりしていた。
あの時のように血の気のない顔。
「しっかりしろ。リザ」
…まさか、また17歳で?
俺は17歳より長生きするリザが見たいんだ。大人になって、笑って、幸せなリザを…
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「ロイド殿下が吐き戻させていたので、胃洗浄をしましたが…後は様子を見るしか…」
医者が隣の部屋に待機しておくと部屋を出て行く。
「そうか」
サイモンが医者を送り出し、ベッドで眠るリザに視線をやってから、ソファで俯くロイドを振り向く。
ここはロイドの私室だ。
誰が信用できるか分からないので王宮の侍女や侍従も立ち入れないようにし、ロイドとサイモン、クロフォード侯爵家から呼んで来た数名の侍女とメイドのみが出入りをしている。
ロイドはソファに座り、膝に顔を埋めるように俯いていた。
「ロイド」
「……」
サイモンは無言のロイドの向かいに座る。
「心当たりは?」
俯いたまま首を横に振った。
「…そうか」
あの時紅茶を淹れた侍女とロイドを引き止めた侍従はすでに拘束されている。誰の差し金かはまだ口を割らない。
夜になり、リザの侍女ジューンが部屋に入って来る。
「ロイド殿下の侍従が川で、背中を切られ、手足を縛られた状態で見つかったそうです」
ロイドとサイモンに向けて言う。
「…生きているのか?」
サイモンが言うとジューンは頷く。
「意識がないと」
夜中。
ロイドを引き止めた侍従が「ボーデン侯爵家の者にロイド殿下を引き止めるよう頼まれた」と自供したと連絡が入る。
「侍従は『ロイド殿下を少しの間引き止めろ』と言われただけで、リザ様の毒の件は知らないと言っているそうです」
ジューンがそう言うと「そうだろうな」と言って、サイモンは考え込む。
「ボーデン侯爵?…第二王子派だな」
この国にも王位継承権を巡る小さな権勢争いがある。
王子が三人居るので、貴族は第一王子派、第二王子派、第三王子派に分かれている。たまに支持なし中立の貴族もいるが、かなり少数派だ。
サイモンが立太子し、ロイドには王位を狙う気がない。ハリジュが成人する頃にはサイモンがすでに王位に就いているだろう今の状況では権勢争いは成りを潜めていた。
「ロイド」
ロイドは相変わらず一言も喋らず俯いている。
「同じ俯くのなら、リザ嬢の手でも握って俯いていろ」
「……」
「…ローズ・エンジェル男爵令嬢が第二王子派を唆した可能性もあるぞ」
サイモンがそう言うと、ロイドがゆっくりと顔を上げる。
「…ローズが?」
「そうだ。今一番リザ嬢を邪魔に思うのは、誰だ?」
ロイドの侍従のアベルが意識のないまま王宮へ運ばれて来たと知らせを受け、サイモンが医師を伴って部屋を出て行く。
ロイドはベッドの傍らに立ち、眉を寄せて眠るリザの顔を見た。
「俺のせいだな…リザ、ごめんな」
汗で額に張り付く前髪をそっと撫でる。
第二王子派が企んだにしろ、ローズが関わっているにしろ、リザが毒を盛られたのは、ロイドと婚約しているからだ。
俺が、リザを側に引き寄せた。リザを婚約者に指名した。
俺と婚約していなければ、侯爵家に生まれていなければ、こんな目に合う事はなかったのに。
「どうか助かってくれ…」
リザが助かれば、もうそれで良い。
大人になって幸せになるリザを、遠くから見ているから。
ロイドはリザの額に口付けて、部屋を出て行った。
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