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番外編4
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オリーは目の前で閉じられた扉を見つめる。
サイモンは完璧な人だと思っていた。何事にも動じず、冷静で、思慮深く、穏やかに微笑む人。
誰にも何にも拘りを持たず、執着などしない人だと。
「黒い塊が胸にあって、オリーが私の側からいなくなると思うだけで塊が大きくなって心臓も肺も潰れそうになる」
そうサイモンは言った。
あれは…胸が締め付けられ息が苦しくなると言う意味よね?
オリーに執着していると言った。誰にも渡さないとも。
初めて口付けられた。あんな衝動的なサイモン殿下…初めて見た。
そして、静かな涙。
このまま、婚約解消して、殿下から離れてしまって良いの?
私が他の男性に心を移したと思った殿下は…傷付いているのでは?
「サイモン殿下」
扉をノックする。返答はない。取手を引くが鍵が掛かっているようだ。
「殿下、本当の理由を言います。開けてください」
ノックをするが、返答はない。
「…サイモン殿下」
オリーは扉に額を着ける。
聞いて欲しい。それを聞いたサイモンがやはり婚約を解消すると言っても、サイモンが傷付くよりも自分が傷付く方が良い。
「嘘なんです。好きなのは…昔も今もサイモン殿下だけです」
暫くして、カチッと鍵の開いた音がする。
オリーは思い切り取手を引いた。
扉を開けると、少しばつの悪そうな表情のサイモンが立っていた。
「…殿下のそのような表情、初めて見ました」
「オリーが関わると初めての事だらけだ」
サイモンはオリーに背を向けると、部屋の奥へと進む。扉を閉めようとするオリーに振り向いて「開けておけ」と言った。
人払いをしてあるようで、サイモンの私室にも廊下にも人影はない。それでもオリーは扉を閉めた。
「…また噂になるぞ」
「良いんです。私に殿下の他に好きな人ができたと言う噂も、わざと流しましたし」
サイモンはオリーをソファへ促すと、向かい側へと座る。
「わざと噂を流しているのではとも思っていたが、本当にそうだったのか」
「ええ。婚約を解消して欲しくて」
サイモンはオリーから目を逸らす。
「……そうまでして婚約解消をしたい、本当の理由とは?」
オリーは小さく息を吸うと、言った。
「私、殿下の御子を…世継ぎを産むことができないんです」
すんなりと婚約解消へと進む筈だった。
まさかサイモンがオリーに執着を見せるとは思ってもみなかった。
「…そうか」
オリーの話を聞き終えたサイモンはため息を吐く。
「婚約を解消して頂けますよね?」
「…子ができにくいとは言え、可能性がない訳ではないのだろう?」
「わざわざ低い可能性に賭ける事はありません」
「そうだが…私はオリーが良いんだ」
サイモンはじっとオリーを見つめた。
「…今日の殿下は予想外の事ばかり言われます」
オリーは頬を赤くして目を逸らす。
「そうだな。自分でも予想がつかん」
「殿下にとっては、ローズさん以外は誰でも同じなのではないのですか?私でも、他の令嬢でも」
「そんな風に思っていたのか。私はローズと結ばれたいと思った事はただの一度もないぞ」
「え?」
あのような作り物の感情に流される程愚かではないとサイモンは言う。
「私にとって特別なのはオリーだ」
「ええ?」
困惑するオリーを見て、サイモンは微笑むと立ち上がってオリーの前に立つ。
「…殿下?」
オリーが下から見上げると、サイモンは妖艶に微笑んだ。
「オリーの気持ちが私にないなら、婚約解消も仕方ないが、昔から今まで好きなのは私だけなんだろう?」
「で…殿下…」
サイモンはオリーの手を取って立つ様に促す。
「…名前で呼べ」
赤く染まった耳元で囁く。オリーの耳から背筋をゾクゾクとした物が駆け降りた。
「…オリー」
甘い声でオリーを呼んで、頬を両手で包む。
いけないと思ってもオリーの視線は紫の瞳に捉えられ、身動きさえできなかった。
オリーが欲しくて堪らなかった「熱」が見えた。
「サイモン様…」
涙が浮かぶ緑の瞳にサイモンが映っている。
オリーの喜びも、悲しみも、すべて私の物だ。
そして、唇が重なった。
オリーは目の前で閉じられた扉を見つめる。
サイモンは完璧な人だと思っていた。何事にも動じず、冷静で、思慮深く、穏やかに微笑む人。
誰にも何にも拘りを持たず、執着などしない人だと。
「黒い塊が胸にあって、オリーが私の側からいなくなると思うだけで塊が大きくなって心臓も肺も潰れそうになる」
そうサイモンは言った。
あれは…胸が締め付けられ息が苦しくなると言う意味よね?
オリーに執着していると言った。誰にも渡さないとも。
初めて口付けられた。あんな衝動的なサイモン殿下…初めて見た。
そして、静かな涙。
このまま、婚約解消して、殿下から離れてしまって良いの?
私が他の男性に心を移したと思った殿下は…傷付いているのでは?
「サイモン殿下」
扉をノックする。返答はない。取手を引くが鍵が掛かっているようだ。
「殿下、本当の理由を言います。開けてください」
ノックをするが、返答はない。
「…サイモン殿下」
オリーは扉に額を着ける。
聞いて欲しい。それを聞いたサイモンがやはり婚約を解消すると言っても、サイモンが傷付くよりも自分が傷付く方が良い。
「嘘なんです。好きなのは…昔も今もサイモン殿下だけです」
暫くして、カチッと鍵の開いた音がする。
オリーは思い切り取手を引いた。
扉を開けると、少しばつの悪そうな表情のサイモンが立っていた。
「…殿下のそのような表情、初めて見ました」
「オリーが関わると初めての事だらけだ」
サイモンはオリーに背を向けると、部屋の奥へと進む。扉を閉めようとするオリーに振り向いて「開けておけ」と言った。
人払いをしてあるようで、サイモンの私室にも廊下にも人影はない。それでもオリーは扉を閉めた。
「…また噂になるぞ」
「良いんです。私に殿下の他に好きな人ができたと言う噂も、わざと流しましたし」
サイモンはオリーをソファへ促すと、向かい側へと座る。
「わざと噂を流しているのではとも思っていたが、本当にそうだったのか」
「ええ。婚約を解消して欲しくて」
サイモンはオリーから目を逸らす。
「……そうまでして婚約解消をしたい、本当の理由とは?」
オリーは小さく息を吸うと、言った。
「私、殿下の御子を…世継ぎを産むことができないんです」
すんなりと婚約解消へと進む筈だった。
まさかサイモンがオリーに執着を見せるとは思ってもみなかった。
「…そうか」
オリーの話を聞き終えたサイモンはため息を吐く。
「婚約を解消して頂けますよね?」
「…子ができにくいとは言え、可能性がない訳ではないのだろう?」
「わざわざ低い可能性に賭ける事はありません」
「そうだが…私はオリーが良いんだ」
サイモンはじっとオリーを見つめた。
「…今日の殿下は予想外の事ばかり言われます」
オリーは頬を赤くして目を逸らす。
「そうだな。自分でも予想がつかん」
「殿下にとっては、ローズさん以外は誰でも同じなのではないのですか?私でも、他の令嬢でも」
「そんな風に思っていたのか。私はローズと結ばれたいと思った事はただの一度もないぞ」
「え?」
あのような作り物の感情に流される程愚かではないとサイモンは言う。
「私にとって特別なのはオリーだ」
「ええ?」
困惑するオリーを見て、サイモンは微笑むと立ち上がってオリーの前に立つ。
「…殿下?」
オリーが下から見上げると、サイモンは妖艶に微笑んだ。
「オリーの気持ちが私にないなら、婚約解消も仕方ないが、昔から今まで好きなのは私だけなんだろう?」
「で…殿下…」
サイモンはオリーの手を取って立つ様に促す。
「…名前で呼べ」
赤く染まった耳元で囁く。オリーの耳から背筋をゾクゾクとした物が駆け降りた。
「…オリー」
甘い声でオリーを呼んで、頬を両手で包む。
いけないと思ってもオリーの視線は紫の瞳に捉えられ、身動きさえできなかった。
オリーが欲しくて堪らなかった「熱」が見えた。
「サイモン様…」
涙が浮かぶ緑の瞳にサイモンが映っている。
オリーの喜びも、悲しみも、すべて私の物だ。
そして、唇が重なった。
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