「運命の番」と言われましても。

ねーさん

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「彼女……?」
 エステルはラインハルトとヘイデンと交互に見る。
「宰相閣下の元婚約者の事だよ」
 ラインハルトがそう言うと、ヘイデンは眉間の皺を深くした。

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 昔隣国との諍いでの従軍の医師としての活躍が王家に認められ男爵位を授けられた新興の貴族。
 ヘイデンの婚約者はその医師一族の家の一人娘だ。
 ヘイデンより三歳歳上の彼女は、幼い頃から医師である父や母、叔父や叔母の診療所での診察や教会の医療奉仕を手伝っていて、そこで自然と医学を学び、学園を卒業後に医療大学へ進学し、飛び級で医師免許を取得していた。
 ヘイデンの家グリーグサム侯爵家とは身分差はあるが、御殿医として王家に召し抱えられると噂のあった男爵家と縁を繋ごうと画策した一種の「政略」だった。
 そんな政略による婚約だったが、当事者二人は仲が良かった。
 ヘイデンは真面目な性格で面白味のない人間だと自分を評価していた。そして、自分とは真逆の天真爛漫で貴族らしくない彼女を好ましく思っていたのだ。
 飛び級で医師免許を取得した彼女を尊敬もしていた。
 彼女の方は、そんな貴族らしくない自分を認めてくれるヘイデンに好意を持ち、静謐なヘイデンの傍にいる時安らぎを感じていた。

 ヘイデンが学園を、彼女が医療大学を卒業し、そろそろ婚姻の日取りを決めようかという頃、この国で疫病が流行り始める。
「ヘイデン様、獣国では昨年この疫病が流行したのですが、早期に収束したそうなのです。獣国はわが国より医学が発展しています。私はこの疫病を収束させる術を学びに行きたいのです」
 彼女がそう言い出した時、ヘイデンは快く送り出した。
「どうか無事で。待っているから」
「はい。帰って来たら結婚式の日を決めましょうね」

 そう笑って別れた婚約者は、獣国の公爵家の嫡男から「運命の番」だと認知されたのだった。

 彼女からの手紙には【獣国では望む医学を学べそうにないので、西国へ行きます】と書かれており、「番」の事は一言もなかった。
 何故、望む医学を学べないんだ?疫病が早期に収束したから獣国へ行ったのだろう?
 ヘイデンは疑問に思ったが、西国は獣国以上の医療大国だ、きっと医師ではない自分にはわからない何かがあるのだろうと納得した。
 疫病への対処方法や薬は西国から送られて来て、流行病は程なく収束したが、彼女は帰国して来ないまま、やがて手紙も途絶えてしまう。
 男爵家へ彼女の消息を尋ねても要領を得ない返事のみ。焦れたヘイデンは彼女に会いに西国へと赴いた。

 そこで知ったのは──
 彼女が鷲の獣人の「運命の番」だった事。
 彼女が獣人から逃れて西国へ渡った事。
 獣人が彼女を連れ戻しに来た事。
 西国でできた友人の女性が彼女を匿った事。
 その友人が、獣人に傷を負わされた事。
 どうにか逃れた彼女はまた別の国へと逃げた事。

 ヘイデンがその後の彼女の足跡を追うと、彼女は密航で西国から北国へ渡っていた。
 そして隠れるように暮らしていたが、そこへも獣人は現れ、観念した彼女は獣人と共に獣国へ向かったそうだ。

 ヘイデンは獣国へ行き、件の公爵家を訪ねた。
 が、彼女には、会えなかった。
 彼女の「番」の鷲の獣人は勝ち誇った顔で「彼女は君に会いたくないそうだ。彼女は自分と結婚し、ここで幸せに暮らしている。だから今後一切関わらないでくれ」と言い放ったのだ。

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「閣下、貴方は俺とエステルに自分と彼女を重ね、俺がエステルをレオナルト殿下に奪われるのを見て溜飲を下げたかった。そうでしょう?」
 ラインハルトはエステルを抱きしめたまま、ヘイデンを睨む。
「……」
 ヘイデンも苦虫を噛み潰したような表情でラインハルトを睨んだ。
 ラインハルトはヘイデンと同年代の官吏から婚約者の家を聞き出し、話を聞きに行ったのだと告げる。
 彼女の一族の医師たちは国内各地にある国立の診療所の専属医となっていた。
「彼女は、西国で亡くなった事になったそうですね」
「……彼女に不貞や侯爵家との婚約破棄の汚名を着せないためだ。どうせ彼女がこの国に戻る事はない」
 ぶっきらぼうに言い捨てるヘイデン。
 ラインハルトも王都の診療所に勤める彼女の両親から「娘は一度も帰国した事はない」と聞いている。
 彼女が鷲の獣人に「捕らわれて」から約三十年、両親が彼女に会えたのは、医師である両親が無理に長期の休暇を取り獣国へ訪ねて行った、たった一度、しかも数時間のみだとも。
「そんな…」
 エステルが青褪めて呟くと、ラインハルトは慰めるようにエステルの髪を撫でた。

「男爵へ彼女が死んだと届け出るよう進言したのは私だ。しかし『彼女の汚名』は建前に過ぎず、自分の経歴に瑕疵が付くのを嫌ったまで。……私は、私を裏切った彼女を今も許してはいない」
 暗い声でヘイデンは言う。
 裏切りという言葉にエステルは身を強張らせた。
「追われて、捉えられたとはいえ、彼女は獣人の『番』となる事に自ら同意したのだから」





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