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王族には似合わない質素な現地の宿で、揃って夕食を摂っている時、アイリスはラウルが自分をじっと見ている事に気が付いた。
「?」
何?ラウル殿下に見られてる?
これって「何ですか?」とか聞いて良いもの?
「ヴィクトリアはこの様な粗末…いや庶民的な宿に宿泊するのは嫌ではないのか?」
ラウルが言う。
少し眉を寄せて、揶揄う訳でも見下す訳でもなく、本当に疑問に思っているようだ。
「嫌ではありません」
私、もともと庶民の子だし。まあ貴族の「別宅」の生まれ育ちだから、結構良い暮らしをしてたとは思うけど。
この宿だってこの街にある宿の中の最上級だし、そりゃあ貴族が泊まる宿と比べたら部屋も狭いし、ベッドも固い。でも部屋も清潔でお風呂もお手洗いも綺麗だったし、嫌とかはないなあ。
あ、でも私は今ヴィクトリア・ガードナーなんだから生粋の伯爵令嬢らしく振る舞った方が良かったのかな?
でも生粋の伯爵令嬢のお姉様がここにいたとしても端から見てわかるほどの不快感を表に出したりはしない…と思うけど…
「強行軍にも音を上げず、意外と君は強健なのだな」
ラウルが笑いながら言う。
「私のために行程に遅れが出てはいけませんので、必死だったまでですわ」
アイリスがにっこり笑って言うと、ラウルは片眉を上げた。
「そのように必死になるのは、ウォルターのためなのか?」
「え?」
「ヴィクトリアはウォルターとの結婚を憂いていると聞いていたのだが…それはただの噂か?」
「…え?」
お姉様が?
「ラウル殿下、どこの誰がそのような噂を殿下の耳にいれたのですか?」
アイリスの隣の席に座っていたウォルターが上座のラウルを睨みながら言うと、ラウルは「さあな」と肩を竦めた。
-----
灰色の世界に白黒の画像が浮かぶ。
またあの画だわ。
アイリスの視界には、裾の長い白いドレスに白いレースのベールを被った女性が鏡の前に立っている後ろ姿が写っていた。
顔が見えないけど…もしかしてお姉様?
白黒だから違うかも知れないけど、白いドレスに白いベールのこれってウェディングドレスよね?と、なると、相手はもちろんウォルター殿下…よね…
…あ、また。
胸がザワザワする。
女性が振り向いて顔が見える。やはりヴィクトリアだ。
ただ、ヴィクトリアの表情は暗く、今にも泣きそうに眉を顰めていた。
え?結婚式、よね?
お姉様、何でこんな辛そうな表情なの?
振り向いたヴィクトリアの視線の先に、ヴィクトリアのいた部屋に入って来たらしい、王族の正装である軍装のウォルターが立っていた。
……っ。
心臓が鷲掴みにされたかのように締め付けられる。
痛くて、息ができない位、苦しい。
ウォルターもまた表情は険しい。ヴィクトリアもますます眉を顰める。
…あれ?
結婚式の前か後かわからないけど、何故二人ともこんな表情なんだろう?
もしかしてラウル殿下が「ヴィクトリアはウォルターとの結婚を憂いている」って仰ったから、この私の夢にその情報が反映されてるのかな?
眉を顰めて俯くヴィクトリアにウォルターが歩み寄り、手袋をした手を伸ばしてヴィクトリアの顎を掴んで上を向かせる。
そしてウォルターがヴィクトリアの顔に自分の顔を近付け…
…嫌!!
見たくない、とアイリスは思うが、画像は変わらず見え続けた。
ウォルターは鼻が触れそうな至近距離でヴィクトリアの目を覗き込むと、無表情で口を開く。
「笑え」
そう、ウォルターの唇が動いた気がした。
ヴィクトリアは辛そうな表情で唇を震わせる。
ウォルターは無表情のまま、ヴィクトリアの顎を離すと、踵を返しまた扉の方へと歩いて行った。
キス…するのかと思った…
嫌だって、思った。
お姉様とウォルター殿下の…ううん、私、ウォルター殿下が、お姉様にキスをするのを、見たくないって思ったんだわ。
「アイリスが、ウォルター殿下を、好きになってしまったりするかも知れないって言ったんだ」
いつかジェイドに言われた言葉が頭に甦る。
ジェイドに、お姉様の振りをしてる内に「分」を越えてしまうんじゃないかって言われたんだっけ。
…胸がザワザワしたり痛かったり苦しかったりしたのは、つまり。
「!」
ハッと覚醒すると、そこは視察先の宿のベッドの上。
薄いカーテンの向こうは夜の闇だ。
アイリスは仰向けで両手で自分の顔を覆った。
好きになってしまったんだ。私…
ううん。
本当はずっと好きだったんだわ。
王族には似合わない質素な現地の宿で、揃って夕食を摂っている時、アイリスはラウルが自分をじっと見ている事に気が付いた。
「?」
何?ラウル殿下に見られてる?
これって「何ですか?」とか聞いて良いもの?
「ヴィクトリアはこの様な粗末…いや庶民的な宿に宿泊するのは嫌ではないのか?」
ラウルが言う。
少し眉を寄せて、揶揄う訳でも見下す訳でもなく、本当に疑問に思っているようだ。
「嫌ではありません」
私、もともと庶民の子だし。まあ貴族の「別宅」の生まれ育ちだから、結構良い暮らしをしてたとは思うけど。
この宿だってこの街にある宿の中の最上級だし、そりゃあ貴族が泊まる宿と比べたら部屋も狭いし、ベッドも固い。でも部屋も清潔でお風呂もお手洗いも綺麗だったし、嫌とかはないなあ。
あ、でも私は今ヴィクトリア・ガードナーなんだから生粋の伯爵令嬢らしく振る舞った方が良かったのかな?
でも生粋の伯爵令嬢のお姉様がここにいたとしても端から見てわかるほどの不快感を表に出したりはしない…と思うけど…
「強行軍にも音を上げず、意外と君は強健なのだな」
ラウルが笑いながら言う。
「私のために行程に遅れが出てはいけませんので、必死だったまでですわ」
アイリスがにっこり笑って言うと、ラウルは片眉を上げた。
「そのように必死になるのは、ウォルターのためなのか?」
「え?」
「ヴィクトリアはウォルターとの結婚を憂いていると聞いていたのだが…それはただの噂か?」
「…え?」
お姉様が?
「ラウル殿下、どこの誰がそのような噂を殿下の耳にいれたのですか?」
アイリスの隣の席に座っていたウォルターが上座のラウルを睨みながら言うと、ラウルは「さあな」と肩を竦めた。
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灰色の世界に白黒の画像が浮かぶ。
またあの画だわ。
アイリスの視界には、裾の長い白いドレスに白いレースのベールを被った女性が鏡の前に立っている後ろ姿が写っていた。
顔が見えないけど…もしかしてお姉様?
白黒だから違うかも知れないけど、白いドレスに白いベールのこれってウェディングドレスよね?と、なると、相手はもちろんウォルター殿下…よね…
…あ、また。
胸がザワザワする。
女性が振り向いて顔が見える。やはりヴィクトリアだ。
ただ、ヴィクトリアの表情は暗く、今にも泣きそうに眉を顰めていた。
え?結婚式、よね?
お姉様、何でこんな辛そうな表情なの?
振り向いたヴィクトリアの視線の先に、ヴィクトリアのいた部屋に入って来たらしい、王族の正装である軍装のウォルターが立っていた。
……っ。
心臓が鷲掴みにされたかのように締め付けられる。
痛くて、息ができない位、苦しい。
ウォルターもまた表情は険しい。ヴィクトリアもますます眉を顰める。
…あれ?
結婚式の前か後かわからないけど、何故二人ともこんな表情なんだろう?
もしかしてラウル殿下が「ヴィクトリアはウォルターとの結婚を憂いている」って仰ったから、この私の夢にその情報が反映されてるのかな?
眉を顰めて俯くヴィクトリアにウォルターが歩み寄り、手袋をした手を伸ばしてヴィクトリアの顎を掴んで上を向かせる。
そしてウォルターがヴィクトリアの顔に自分の顔を近付け…
…嫌!!
見たくない、とアイリスは思うが、画像は変わらず見え続けた。
ウォルターは鼻が触れそうな至近距離でヴィクトリアの目を覗き込むと、無表情で口を開く。
「笑え」
そう、ウォルターの唇が動いた気がした。
ヴィクトリアは辛そうな表情で唇を震わせる。
ウォルターは無表情のまま、ヴィクトリアの顎を離すと、踵を返しまた扉の方へと歩いて行った。
キス…するのかと思った…
嫌だって、思った。
お姉様とウォルター殿下の…ううん、私、ウォルター殿下が、お姉様にキスをするのを、見たくないって思ったんだわ。
「アイリスが、ウォルター殿下を、好きになってしまったりするかも知れないって言ったんだ」
いつかジェイドに言われた言葉が頭に甦る。
ジェイドに、お姉様の振りをしてる内に「分」を越えてしまうんじゃないかって言われたんだっけ。
…胸がザワザワしたり痛かったり苦しかったりしたのは、つまり。
「!」
ハッと覚醒すると、そこは視察先の宿のベッドの上。
薄いカーテンの向こうは夜の闇だ。
アイリスは仰向けで両手で自分の顔を覆った。
好きになってしまったんだ。私…
ううん。
本当はずっと好きだったんだわ。
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