コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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          ◇

「うん、旨い」

 満足げな櫻井の様子に、薫は安心して箸を取った。

 土曜日の夜。人気のラーメン店は、そこそこに混んでいた。 厨房から湯気が立ち昇り、元気のいい店員の声が飛び交う。

「なぁ。元々息子さんが成人したら、籍を抜く予定だったんだって?」
「あれ、美奈子に聞いた? 何だ、もう言っちゃったんだ。早いよ」

 ざわめく店内のカウンター席に並んで座り、櫻井と2人でラーメンを啜る。

「何で言ってくれなかったの」

 息子の翼は、今年二十歳になる。

「だって、弱ってる本城君は可愛いからねぇ。もうちょっと見ときたかったっていうか。それにほら、略奪愛って気分的に盛り上がるだろうし」
「あんた悪趣味だなっ」
「くくっ。まぁ、君も十分罪悪感に浸れたってことで、いいんじゃない?」

 きれいにスープまで飲み干した櫻井が、ごちそうさま、と箸を置く。

「社長に、よろしく頼むって言われたよ、あんたのこと」
「うん。よろしくね?」
「……こちらこそ」

 7年越しに連れて行くことのできた薫お勧めのラーメン店は、隣町に2号店もオープンする繁盛振りだ。見ると入口に待ってる人がいて、薫も急いで残りを食べた。

 薫を助手席に乗せた櫻井の運転する車は、すっかり暗くなった街中をしばらく抜けたあと、なだらかな坂道に入ってゆく。

 すれ違う車を時々見送りながら小高い丘へと差しかかると、少し開けた展望スペースに今日は先客が少しいた。

「ここに来るのも、7年ぶりだ」

 懐かしそうに呟く櫻井に続いて車を降りると、冷たい風が頬を撫でた。
 1月の夜は、やはり寒い。
 櫻井が、自身のコートを薫の肩に乗せた。

 木製の太い手すりを撫でると、懐かしい木の感触がした。 真冬の空気は凛と透き通り、それ程高くはない場所から見渡す街の夜景がやけに美しかった。

「やっぱ、きれいだね」

 薫が白い息を吐く。

 遠くに見える1つ1つの窓ごとに灯る明かりに、それぞれの暮らしがあるなんて不思議だ。小さな子供がいる家族だったり、結婚したての夫婦だったり、薫のような1人暮らしだったり。

 これまで別々だった薫と櫻井の窓の明かりが、これからは1つになる。それはむず痒くも嬉しくて、温かい気持ちになった。

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