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第一章

好きは壊れる R18

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※境界の町の訛りとして関西弁風味の文が出てきます。そういうのダメー!って方はご免なさい…。






 国内最速の軍艦“疾風”。王の側近は既に遠く離れた港の小さな人影を見つめる。可楽の斜め後ろに控えていた雪夜の感情を圧し殺した顔が目蓋の向こうをちらついて目を閉じた。自分がいない間、彼がどんな目に遭うのか想像するだけでも腹の中がドロドロする。

「おいアヤ」

 呼ばれて振り返った王の側近……綾人あやひとはこちらもまた感情などどこかへ置き去りにしてきたかのような無表情のまま。その顔にため息と共に肩を竦めたのは疾風艦長、そして海軍を総括している大佐奏斗かなとである。

「すぐ帰って来られるって」

 彼が力を使った場所へ向けて進む船。しかしだからと言って彼がそのままそこへとどまってくれている筈もなく、あまりに楽観的な親友に向けた瞳はどこまでも冷ややかだ。

「んな顔すんなよ」

 奏斗はまた肩を竦めニヤリと笑う。

「向かう先はわかってんだ。すぐに見つかる。いいもの手に入れちゃったんだよね~」

 ◇◇

 ドン、と腹に響く砲弾の音に椅子へと縋りついたアサギはチラリとケイを見上げた。相も変わらず楽しげな顔で海賊旗を掲げた相手を見据え、相手の機動力を殺いだところで接舷し板を渡して乗り移る。今回も仲間を率いて隣へ乗り移ったのはリツで、ケイはアサギの隣で戦況を見守るだけ。

「……あんたも行ってくればいいのに」

 どこかうずうずした様子にそう言えば、彼は何も言わずにアサギの頭を撫でた。柔らかく、くしゃりと髪を掻き混ぜてするりと梳くその指の動き。情事の最中には熱く器用に動いてアサギを蕩けさせてしまう。その手が普段から心地いい事を学習した体は払い除けようとする意思さえ捩じ伏せる。もっと撫でてほしい、なんて口にはしないけれど。

 しばらくされるがまま髪を梳かれていると、抵抗がないのに気をよくしたらしいケイに抱き寄せられた。それでも抗おうという気にならないのは何故なのだろう、とどこか他人事のように考えていると。

「……最近大人しいな?」

 同じように疑問に感じたらしいケイが首を傾げる。精霊祭の日以来、最初ほど抵抗されなくなった事を彼も感じていたらしい。自分でもよくわからないそれに答えられず、代わりに

「あんた……いつもおばあちゃんの匂いがする」

 と告げた途端周りの空気が凍った。ついでに操舵室に残っていたジルタが吹いた。

「……そうか、そんなにお仕置きしてほしいのか……今日こそ潮噴いてみるか」

 ジロリとケイに睨まれたジルタがこほん、とわざとらしい咳をしながら目を逸らすのを横目に腕の中の青年に低い声で告げると、アサギは

「誉めたんじゃん!」

 慌てたようにもがく。

「今のが誉め言葉かぁ?」

「誉めたよ!何か蜜柑食いたくなる匂いだって!」

「いやぁ~、これは誉め言葉じゃなくねぇかなぁ。おばあちゃんてお前……性別越えてんじゃねぇか」

「誉めたのに!ばか!はーなーせー!!」

 ちらりと見た外では既に戦闘は終わり相手は逃げ出した後、仲間は金品を運び込んでいる最中。ケイは懸命にもがくアサギを抱き締める腕を僅かに緩めた。途端に人慣れしていない野良猫が逃げ出すかのように力任せにケイの腕を振り払い、外へと駆けていく。

「……おばあちゃんって……」

 その姿を見ながらボソッ、と呟くと耐えきれなくなったらしいジルタがまた吹き出した。

「ええんちゃいますか。懐いてきた証拠でしょう。甘えてるんですよ」

「そうかぁ?おばあちゃんだぞ、おばあちゃん」

「おばあちゃんて無条件に甘やかしてくれそうやないですか。それに船長、確かにいつも柑橘っぽい匂いしたはりますよ」

 いつものように真面目くさった顔をしているが口角は上がってるし、普段境界の町特有の訛りを気にして無口だというのにえらく饒舌だ。

「……お前、面白がってるな?」

「とんでもない」

「口が笑ってる」

 唇を尖らせて指摘すれば、やはり耐えられないらしいジルタが肩を震わせて笑い出し、憮然としているケイの眉間に皺が寄る。

「船長にそんな顔させるなんてあの子大物やと思いますけどね」

 基本的に仮面のような無表情か、楽しげで不敵な笑みを浮かべている姿しか思い出せないケイの、こんな拗ねた子供みたいな表情は長い付き合いのジルタでも始めてだ。アサギが来てからというものえらく表情豊かである。

「まああの子最初から船長には懐いてましたけど」

「え、どの辺が?めっちゃ噛みつかれてたけど」

 ツンツンしなくなったのはつい最近。それまでは何をしてもそっぽを向かれていたと言うのに。不思議そうに首を傾げるケイにジルタは肩を竦める。

「言うときますけど、あの子がああやってツンツンすんの船長にだけですからね。俺らには絶対あんなんしませんよ」

 外でカルに渡された荷物を乗員達に混じって運んでいる彼はどちらかと言えば怯えている姿しか見ていない。カルと仲良くなって、カルが連れ回すようになってから少しずつ他の乗員相手への態度も軟化してきてはいるがケイの前だけでは最初から感情を顕にしてきている。気付いていなかったらしいケイが「そうかぁ?」と考え込む姿にジルタは苦笑した。

 


 海賊船を沈めたその日の夜、いつもはケイが来るまでに風呂を済ませてしまっているアサギを半ば強引に風呂場へと引き立て、何が入れてあるのか乳白色の湯がたまる湯船に放り込んだ。

「何すんだ!」

「えー、だっておばあちゃんとか言うからー」

 もう言うほど気にしてはいなかったけれどそう告げると、アサギがうぐ、と変な声を出して黙りいつもの“お仕置き”を警戒してか湯船に深く浸かりながら様子を窺ってくる。
 警戒中の猫のような動きが可愛くてつい吹き出すとそれだけでもビクッ、と体をびくつかせての上目使い。普段そんなに酷いお仕置きしてるか?と疑問に思いながら、猫耳を乗っけてやりたい動きをしているアサギの頭に洗髪剤をとろりと落とした。軽く泡立てて、かきまぜて、余分な泡を落として。濃厚なふれ合いばかりが多かった彼とこうして穏やかに風呂に入っているのが何だか不思議だ。婚約者とだってこんな風に触れ合った事は少ない。

(どれだけ薄情だったんだかな)

 戦いばかりの日々。いつ戻れるか、明日生きているのかさえもわからない。そんな中で何故もっと大事にしてやれなかったのか。
 後悔は消せない――が、過去には縋らない。それはいつだったか彼女とした最後の約束。

 ――もし明日どっちかがこの世からいなくなったとしても、絶対に立ち止まらないで先に進む事。

「……んー……」

 ふ、と小さな呻きに視線を下げれば、向い合わせで足の間に挟まれた子供が心地良さそうにうとうとしている。

「……本当に猫みたいだな」

 そう言って苦笑するのが聞こえているのかいないのか、頭を洗われるのが相当心地良いよう。かくん、と船をこいだそのままお湯に顔ごと突っ込み自分で驚いている。

「そんなに気持ちいい?」

「……ん」

 泡を流してやりながら聞くと少し考えて小さく頷く。またうつらうつらとしている様子に微笑んで、ふと思い出した。香に侵し尽くされた彼を同じようにここで洗ってやったのは半年前だ。あの時はまさか彼に特別な感情を抱くとは思っていなかった。

「アサギ」

「んー……?」

「好きだ」

 言葉がぽろりと溢れて落ちた。

「んー……、ん?」

 言われた方は夢うつつのまま呻いて、それから言葉の意味を考え動きが止まる。驚いたようにケイを見たら、何故かケイも驚いていた。

「……何であんたがびっくりしてんだ」

「……わからん」

 今すぐに言おうと思っていた言葉ではないからだ。自覚したのは少し前。彼女との約束を果たすのに10年かかった、と苦笑した。彼女の声が聞けたなら確実に怒られてたな、と。
 まだ思いを告げるには早すぎると思っていたのにどうにも感情を隠すのがうまくいかない。仕方ない、いつか言うのならば今でも問題ないだろう、とはただの開き直りではあるが。
 何の反応もないアサギはどう思っているのかと窺えば相も変わらず複雑そうな顔をしてプイ、とそっぽを向く。

「それ……、やだ」

 やがて呟いたその言葉の意味がわからず首を傾げるケイにアサギはもう一度小さくやだ、と呟いた。

「好きとか……言うな」

 耳まで赤くして恥ずかしそうに下を向いて。でも口先だけは否定する。

「?何で?お前もここ、」

 言いながら下肢をするりと撫で、びく、と反応した相手にニヤリと笑う。それは逃げ道。冗談でした、ですませる事が出来る様に。

「弄られるの“好き”って言うだろ?」

 そう意地悪げに囁くと、カァ、と真っ赤になったアサギが「あれはそういう好きじゃない!」と怒鳴って今度は体ごと反対を向いてしまった。
 膝を抱えて俯いて、小さく呟く。

「好き、は……壊れるから、嫌だ」

「――――……」

 それは時折ケイを通して見ている“誰か”の事だろうか。俯いている青年を抱き寄せると、浮力か抵抗する気がなかったかいとも簡単に腕の中へと収まって体を預けてくる。明らかに最初の頃より甘えているその様子にジルタの言っていた事もあながち間違ってはいないようだと思った。
 “壊れる”のを嫌がるくらいには好かれているらしい。

「好きがダメなら何だったらいいんだ?」

 無意識なのだろうか。特に嫌がる素振りも見せず体を委ねている彼の肩に頭を乗せてもやはり拒否反応はない。

「……何もダメ」

 言うことだけは変わらず素直ではないが。
 きっと彼に”好き”と言ってもらうにはまだ早い。好きと言っても言われても壊れない、と証明するまでは。だから今はこれだけで。

「……なら名前、呼んで」

 彼がケイを名前で呼んだことは一度もなかった。いつも“あんた”だ。いつになったら呼んでくれるのかと待っていたけれどいつまで経っても呼んではくれない。それもまた、ケイだけ。言われたアサギは、あー、とかうー、とか謎の呻き声を上げ無意味にお湯をバシャバシャ叩いている。跳ねるお湯が口に入ったか一人で噎せる幼子の様な様に笑いながら。

「呼んでくれないのか?」

 しかし戯れにはほど遠い甘く低い声音をその耳に直接囁く。びく、と首を竦めて真っ赤な顔で睨んでくるが迫力は皆無だ。

「…………また今度……」

 アサギの精一杯なのだろう。拒否でも許容でもないそれに思わず吹き出した。本当に素直じゃないけれど、そこもまた可愛いと思ってしまう。

「笑うな!」

「いやー、お前はほんと可愛いなぁ」

「可愛いもダメだ!」

「誉め言葉だろ?」

 おばあちゃんと一緒だ、と言われてまたうぐ、っと変な声を出すアサギのうなじに口付ける。戯れのようなそれにさえびくん、と反応する敏感な体を作ったのは好きが壊れてしまったらしい誰か、なのだろうか。
 後ろから抱き締めて肩に、首に、頬に、と唇を押し付けている内にアサギの口から小さな吐息が漏れるようになった。手の位置を下げて下肢に触れると、僅かに芯を持った熱に当たる。触れられた瞬間耳まで赤くなったアサギがバシャン、と足を閉じるけれどその腿はケイの手の平を挟んだままだ。

「随分乗り気だな」

「違……っ、ん……」

 違うと振り返るのは予想内。振り返ったタイミングで唇を奪うと途端にふにゃりと力が抜けるその体を向かい合わせで抱え直して、より深く口付け貪る。

「ん、んぅ……は、……ン……」

 クチュクチュと音を響かせながら舌で掻き回して離れては吸い付き、唇を食んで重ね、また深く口付けて顔を離して。至近距離にはとろん、と蕩けた琥珀。気持ちいい、と声には出さないのに瞳が語る。

「お前、キス好きだろ」

「好き……。あんたの、が……」

 早くも快楽に堕ちている青年にくすりと笑い、意地悪く問いかけた。

「じゃあ俺は?」

 途端にハッと意識を取り戻しいつものようにプイ、と横を向いてしまった。
 ドサクサまぎれのそれにさえ敏感に反応するなんて、前の相手と何があったのか。しかし今問うには空気が甘く、これを壊すのは勿体ない。相変わらず耳まで赤くしてそっぽを向いたままだったアサギは次のケイの動きを見逃した。

「ゃう……っ!!」

 乳白色の湯に隠れて見えない手がキュ、と緩く首をもたげたままの熱を握ってゆるゆると上下に動き波をたてる。

「あ、やん……っ」

「ここ弄られるのも好きだよな?」

「ん、や、好き、じゃ、ない!!」

「へぇ……」

 くり、と先端を刺激されて声なく仰け反ったアサギがぶんぶんと首を振ってその胸を押すと、そんな些細な抵抗などないと同じだがケイは手を止めた。こんなにあっさりやめてもらえると思っていなかったアサギは物足りなさそうな、不思議そうな顔。そんな彼の額に口付けながら思う。好きだと口に出して、わかった事がある。

(……いつの間にこんなに好きだったんだか……)

 この10年、彼女を忘れた事など一度もない。未だにあの日の事を悪夢に見て、いつだって助けを求める彼女の手を掴み損ねて飛び起きる。
 ケイの容姿に寄ってくる人間は多かったし、本気の想いを告げられた事もあった。欲の捌け口に娼館へ行くこともあったけれど心が動いた事は一度もなかった。
 何がこんなに心を揺さぶるのか。

 ――もう自由だよ

 彷徨える魂に告げた言葉が耳の奥で蘇る。その言葉を紡いだ唇を塞いで舌を絡めて、思う。

(だから、か……)

 ケイがしてやれなかった事を、彼女が選ばなかった事を、彼は選びとってまた彷徨える魂に選ばせた。
 だから彼だったのだ。
 彼女がいないと死んでしまうと思ってたあの頃、世界の全ては彼女だった。彼女がいなくなっても世界は廻って、こうして生きて笑って、戦っている。彼女が望んだ世界で、まだ生きている。彼女が望んだ所為でこの青年を犠牲にしたまま、世界は廻る。
 幻か魂か、うっすら透けている彼女が微笑んだ。

(……ごめんな)

 助けてやれなくて。守ってやれなくて。わかってやれなくて。最後の約束さえ、果たすのに10年もかかってしまった。しかし彼女は小さく微笑む。

 ――やっと前に進めるね、ケイ……

 今のは自分の願望が見せた幻か、彼の力だったのか。
 光に溶ける彼女を見送り、どうかしたのか、と不安そうな顔をしている青年の頬に口付けて言った。

「お前は覚えてねえだろうけど」

「うわ!?」

 前触れ無く抱き上げると慌ててしがみついてくる細い裸身に手近なタオルを乗せてベッドへ運びおざなりに拭いて。見上げてくる琥珀はあの日と違ってしっかり意思を持ってケイを見つめ、今は期待と不安を浮かべている目蓋に一度口付けてベッドに倒した。

「お前を見つけた日もこうやって風呂入れてここで抱いた」

(あ……)

 言われてアサギは本当にうっすら残る断片のような記憶を思い出した。
 そうだ、香でわけがわからなくなってとにかく早く快楽が欲しくて、でも怖くて怖くて。とうに無くしたと思っていた理性は奥へ押しやられて助けて、と泣いていた。

 ――よしよし、よく頑張ったな

 暖かくて安らげる声に縋った記憶は確かに、――ある。
 聞こえた優しい声は散り散りになっていた思考に届いて物凄く、そう、あれは安心感だ。委ねても大丈夫、とあの時ほんの少し残っていた意識は安心していた。

「半年かぁ……。案外早かったな」

 殆んど海の上だったから大きな変化があった訳ではないけれど、相手の事をもっと知りたいと思う心の変化はある。
 アサギはそっとケイの肩口にある傷跡に触れた。前々から気になっていたけれど訊けずにいた物だ。知る必要はない、と思っていたのに何故だろう。この男の事が、今こんなにも……知りたい。
 ケイは傷跡を辿る指をとり軽く口付けてベッドに寝転がり、仰向けからケイ側へ向きを変えたアサギを抱き寄せる。

(全く抵抗しなくなったよな……)

 最初の頃はこんな事をしようものならきつく睨まれるか嫌がってバシバシ殴られていたのに。

「これ……」

 またちょい、と傷跡に触れるアサギの、今度は額に軽く口付け

「気になる?」

 と訊いてみる。頬を赤くして何か――恐らく文句を――言おうとした唇をきゅ、と引き結んでやがて小さくこくりと頷いた。その素直さが愛しくてちゅ、ちゅ、と顔中に唇を押し付けてから少しの間。それから過去に思いを馳せる。

「……これは初めて戦場に出たときに、な」

 15歳の少年は初めての戦場で必死に戦った。一人殺し、その事にショックを受ける間もなくすぐ次の敵に狙いを定め、とにかく無我夢中だった。

「……訓練だって、」

 ポツ、と呟いたケイのその青灰色は一見冷たく見えるのに、本当はとても優しい色で瞬くのをアサギは知っている。ケイは見上げる子供の柔らかな髪をゆっくりと梳きながら遠い記憶を辿った。
 徴兵され、過酷な訓練を受け、あの日を迎えた。

「実弾を使った射撃訓練だって、言われたんだ」

 生い茂る草を掻き分けながら見上げた空は青く澄んでいた。とても綺麗な空だった。今が戦時だなんて、忘れてしまいそうな程に。しかしハッと気付いた時にはもう敵の軍服が射程範囲内に見えていて。

「……偶然?」

「いや、最初から上層部は知ってた。俺達は捨て駒に使われたんだ」

 訓練をしたとは言え実践経験のない新兵ばかり。周りの仲間はどんどん倒れていく。昨日まで共に厳しい訓練を乗り越え、苦しい中でも笑いながら過ごしてきた仲間達が血を流しながら息絶えていく。
 何故?何が、どうなっている?
 何とか状況を飲み込んで、そこからは死に物狂いだ。死ぬわけにいかない。彼女の元へ帰るのだ、と。弾が切れれば息絶えた仲間達の銃を取り、時にはその体の下に潜り込んで弾を避け、息のある仲間を救護班の元へ引きずって。
 敵が退却する頃にはまともに立っていたのはケイ一人。そのケイの肩にも銃による傷ができていたけれど、彼がその事に気が付いたのは救護班の兵に指摘されてからだった。

「その戦いで生き残ったのは俺を含めて4人だ。けどそのあとの戦いで……みんな死んだ」

 ケイと同期の兵は誰一人生きて帰ってはこなかった。遺体でも家族の元へ戻れた仲間は一握り。大部分はどこかの大地で眠っている。

「……俺と同室だったやつは徴兵される前日に結婚したんだって言ってた。結婚したその夜一緒に過ごして、次の日は戦地でな……」

 戦後、彼の遺品を届けに行ったのはケイだ。体は敵の砲撃で粉々になってしまったから回収する事は不可能だった。彼の愛した女性は、彼が大事に取っていた手紙の束を抱いて泣き崩れてしまった。

 ――どうして……っ、帰ってくるって言ったじゃない……!

 嘘つき、と泣く彼女にかける言葉は何もなくただ頭を下げてその場を離れる事しかできなかった。
 他にも妊娠している妻を置いてこなければならなかった仲間もいた。その妻から息子が生まれた、と聞き喜んでいた彼も結局我が子を抱くことなく戦場に散って後に残ったのは爆撃を免れた片足だけ。
 その戦争は、ケイの婚約者の死を以て終わったのである。

(……5年……)

 たった5年しか保たなかった平和の為に彼女は死んだのだ。しかしそこで彼女が犠牲にならなければ戦争は未だ終わっていなかっただろう。
 だがその選択がこの青年を巻き込んだのは事実。
 アサギはまだケイの傷跡を指で辿っている。その澄んだ琥珀は痛ましい色を浮かべて、ただ傷を撫でる。

「……そういやお前、年いくつだ?」

 少し重たい空気を振り払うかのようにいつもの声音で、かなり今更な事を訪ねるケイの胸にこつんと額を当てたアサギが小さく答えた。

「昨日20になった」

「…………は!?」

「な、何だ!?急にでかい声出すな!」

ケイの声に驚いたらしいアサギも声を張り上げるけれど、それどころではない。

「昨日!?」

「昨日誕生日だった」

「何で言わないんだよ!」

「?だって訊かれなかったから」

 確かにそうだ。アサギの性格からいって「今日誕生日なんだ~!祝って!」などと言うはずもない。そもそも切っ掛けがなかったとは言え最初に確認すべき事を後回しにしていた自分が悪いのだ。ケイは大きく息を吐いた。

「わかった、一日遅れたけど……」

 ぐるんと体勢が変わり、またケイに見下ろされる形になったアサギは

(何か嫌な予感……)

 と思いながらもその予感が現実になってほしいとも思う。
 予想通りケイの大きな手の平が体をまさぐりはじめて心臓がドキドキと強い鼓動を刻む。

「……あ、の……」

「今日はいつもよりもっとヨくしてやる」

 ニヤリ、と笑みを浮かべるケイに

「い、いつもので十分よすぎるから!」

 と言ってみたけれどもはや気分がノッてしまったらしいケイは聞く耳を持たない。

「ひ……っ!」

 足の間に入り込んだ頭を思わず腿で挟んでしまう。一番敏感なそこを熱い粘膜で包まれる感触に背筋がゾワゾワと戦慄いて仰け反った体をケイの手の平が宥めるように撫でた。

「腿で挟んでくれんのは嬉しいけど、やり辛ぇ。足広げろ」

「や、だ……っ、無理ィ……っ!」

 吐息がかかるだけでも快楽へと変わってしまうのに力など抜けるわけがないのにこの男は無茶ばかり言う。アサギがブンブン首を振ると、少しの間の後無理矢理グイッと押され足を開かされて、ケイの眼前に全てが晒されてしまった。

「やだ、やだ……っ!これ、はずかし……っ」

 足を閉じようとするけれど押さえる力が強くて閉じられない。

「いいからこっち、集中してろ」

 ちゅぅ、と強めに吸い上げられ

「ひ、にゃぁあ……っ、」

 洩れた子猫の様な声にケイは笑いながら肘を器用に使い腿を固定すると、手の平で熱を包んで口と合わせて巧みな愛撫を施してくる。そこはあっという間に勃ち上がり卑猥な水音をさせはじめた。

「や……っ、あ、ぁ、ぁー!」

 ぢゅぷ、とわざと音をたてて離した唇と咥わえ込まれていた熱との間に透明な糸が引かれる。背を戦慄かせながら、蕩けた瞳が切羽詰まってケイを見た。
 もう少しでイきそうだったのに、何故。腿をする、と撫でたケイが意地悪く笑った。

「名前」

「ふぇ……?」

「名前呼べよ」

 じゃなきゃイかせてやんない、と言われたアサギはカァ、と真っ赤になって両手で顔を覆ってしまう。

「バカぁ……!意地悪すんな……っ」

 もうイきたいのに、と力の入らない手で頭をペシペシ叩くとそれすら楽しんでいるらしいケイが体をずらし、アサギの顔の横に両手を押さえて縫い付けた。視界一杯にケイの端正な顔が映って思わず顔を逸らしてしまった所為で餌食になったのは無防備な耳。

「ひゃぁんっ!」

 生暖かい感触が耳孔に入り込んでレロ、と舐めたかと思えば耳朶をわざととしか思えない音をたてて吸われ、その上耳朶の裏に唇をつけて

「なぁ、呼べよ。イきたいんだろ?」

 低く甘く囁く。アサギは懸命にその甘さから逃れようともがくけれど力などとうに入らず

「あ、っはぁ……ん」

 逆にケイへと擦り寄る形になってしまった。また小さく笑ったケイがまるで逃げ場を塞ぐように頬を撫でて柔らかく口付け、鼻先が触れ合う距離で

「ほら、早く」

 言いながら甘く口付けて。その甘さがいつものようにアサギの思考を蕩けさせる。

「あ……」

 震える唇が言葉を紡ぎかけては閉じられ、また開き、を何度か繰り返し、コツ、と額をつけて再び促されて。ただそれだけなのにきゅぅ、と胸が締め付けられるかのように切なくて痛い。
 名前を呼んだら…呼んでしまったら、後には戻れないことがわかっていた。ケイが与えてくれた優しさと暖かさを、他の誰もが与えてはくれなかったのだから。
 でもそれは裏切りなのだろうか。
 アサギの雰囲気で察したのだろう。ケイはそのまままた唇を合わせ、何度も啄んだ。 優しく優しく、全てを包み込むように。

「……過去を忘れろなんて言わねぇよ。俺だってあいつを忘れるつもりなんてねぇし」

 昔があったから今のお前がいるんだろ、と言われて泣きそうに顔を歪ませたアサギはついにケイの背に腕を回した。トクトク刻むお互いの心音が重なって、その鼓動を聞きながら小さく。

「けー……さ、ん……」

 ケイ、としっかり発音するのが恥ずかしいのか、けー、と呟いた素直じゃない呼び掛けにくすくす笑った。

「さん、はいらねぇ」

「ふぁ……っ」

 むに、と胸の粒を摘まむと背中に回った腕に力が籠って、そろそろここだけでもイけそうだな、なんて楽し気に呟いたケイは言葉通り執拗に胸を弄り始めたからたまらない。ついでに互いに風呂上がり、裸のままだからケイの熱が腿に当たって羞恥を煽る。

「あ……!や、擦りつけんなぁ……!」

「自分だけ気持ち良くなって……ズルいだろ」

「そ、そんなのあんたが……っ」

「……“あんた”?」

「ひ……っん、けー、が!」

 あんた、を聞き咎めてギュと強めにつねられて悲鳴を上げながらも僅かに快楽も得てしまうこんな浅ましい体を、ケイはまるで宝物のように扱ってくれるのだ。

「ぅん……!ゃあぁ……っ」

 アサギに縋りつかれて動きにくい体勢のまま体の間に入り込んで器用に胸の粒を刺激してくる指。香油を絡ませた指のヌルヌルした感触が快楽を引き出して熱が下肢へと集まっていく。

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