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第三章 神子
道具じゃない
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朴は帰って来たけれど、全てが元に戻ったわけではなかった。朴の状態を診たパーピュアからは何か薬物を使われた形跡がある、と言われ騎士団の監視下の元アークオランで過ごしているグリニッジに確認すると記憶に作用する薬を使われていたという。
「全ての記憶が消えるわけじゃなく、印象に残っている大切な記憶から消える物らしい」
だから神子は真っ先に番の記憶を失って戦意を喪失した。アークオランに帰る、と言う思いはあっても何故帰るのか、どこに帰ればいいのかわからなくなって混乱している中でも穢され続け、ついには心が砕けてしまったのだと。
そして腹に刻まれた紋様が何なのかを知り番達は怒りと不安で思わずグリニッジを絞め上げたけれど、彼がそうさせたわけではない。
「…薬が完全に抜けてしまえばこの瘴気も何とかならないでしょうか」
朴の中の負の感情を吸って力を蓄えているのなら、助かった事実を知れば少しは和らぐのでは。ーーーしかし、現実はそう甘くはないのだと突き付けられたのである。
数日経って毎日のように飲まされていた薬の効果が薄まると朴は全てに怯え泣き叫んで暴れるようになったのだ。パニック状態の彼には番達の声も届かない。
「嫌だッ!!寄るな!俺に触るなーーーーーッ!!!」
「スナオ…!」
誰が呼んでも暴れまわり泣き喚く。怯えて側に近寄っただけでも嘔吐を繰り返し、ついには血を吐いた。嘔吐のしすぎで粘膜に傷がついたのだろう。誰も朴の側に近寄れず、結局ダティスハリアでダリアセンがやっていたように暴れて疲れ果てた朴が眠りについた後で栄養を直接入れてやるしかできない。
あまりに暴れて危険な為、最初に運び込んだローゼンの部屋ではなく空き部屋を朴の為に整えた。何もない部屋はそれでも朴が暴れてカーテンはボロボロになり、毎日のように布団は羽毛が飛び出し酷い有様だ。今日も暴れに暴れ疲れ果てて床の上で丸くなっている朴が眠っている間に布団を変え部屋を掃除してベッドに戻してやる。
その様に憔悴したのは番達だ。特にパルティエータは口数が減り何事に対しても意欲がなくなってしまっていた。そして朴がこの状態なら浄化など到底出来ず、まだ瘴気が残っているという連絡が入っても対応が出来ない。その為に朴を助け出して2週間が経った今日、朴が眠るこの部屋に要人が集まったのである。
「…このまま薬を抜く処置を続けていたら、スナオ本人が保たないかも知れません」
大切な思い出が消えたまま、自身を穢される記憶ばかりが蘇る。それに耐えられなくなったからこそ彼は意識を閉ざしていたのだろう。しかしそれを今、薬を抜く為とは言え無理矢理起こすのは朴にとって負担以外の何物でもないのではないか。
パルティエータは朴が眠る布団に顔を伏せたままだ。ローゼンやディカイアスも疲労が滲み出ている。
「…しかし薬を抜き、浄化を続けなければ国は再び瘴気に飲まれてしまう」
「その前にスナオ本人が瘴気に飲まれる可能性があります」
連れ帰ったあの日から闇の紋はその濃さを変えてはいないが、このまま朴が怯え続けていればそれはそのまま負の感情として紋様の力になってしまう。それに彼の魂の定着度がどの程度なのかもわからない。いくら栄養を注入しているとはいえこの状態が続けば到底足りないだろう。
「神子がこのまま使えないなら、切り捨てて次を捜すしかない」
テューイリングの信じられない一言に全員無言で彼を見た。
「…ここまで尽力してくれたスナオを見捨てる、と?」
ディカイアスの声にも非難が混じる。
「今はまだ大まかな浄化が終わっているからいいが、残った瘴気からまた広がる。このまま完全に浄化が出来なければいずれ国は滅びる」
その為にこの2年旅を続けていたんだろう、と言われて黙るディカイアスとテューイリングが無言で目線を合わせた。
「…スナオがこのままの状態だったら、どうするんですか」
低い声で呟いたのはパルティエータだ。伏せた布団から顔をあげ、静かにテューイリングを見つめている。
「神子が使い物にならなかったら、どうするんですか」
「パルティエータ」
攻める口調にローゼンが静かに嗜める声を上げるけれど、パルティエータはそれを無視してただテューイリングを見上げた。
テューイリングはその嵐の前のような凪いだ瞳をひたと見据え言う。
「次の神子を召喚する」
「…スナオがいるのに?」
「神子として機能しない以上次を用意するしかこの国が生き残る術はない。彼を殺してでも次の神子を喚ぶしかないんだ」
冷たい声色。冷たい視線。その全てがテューイリングが本気だと示していてパルティエータは怒りのあまり一瞬くらりと目眩がした。その目眩が去ったあと相手に掴みかからなかったのはローゼンがその肩を強く押さえていたからだ。それがなければ確実に殴りかかっただろう。例え不敬罪と言われようと我慢できなかった。
「壊れたから次を用意する?神子は…、スナオはあんたの道具じゃない!!!!」
「パルティエータ!!」
鋭い叱責はディカイアスからで。厳しい瞳に見下ろされ、頭を冷やしてこい、と強い口調で促された彼が足早に部屋を出る。パーピュアはその後を失礼します、と頭を下げてから追った。
「全ての記憶が消えるわけじゃなく、印象に残っている大切な記憶から消える物らしい」
だから神子は真っ先に番の記憶を失って戦意を喪失した。アークオランに帰る、と言う思いはあっても何故帰るのか、どこに帰ればいいのかわからなくなって混乱している中でも穢され続け、ついには心が砕けてしまったのだと。
そして腹に刻まれた紋様が何なのかを知り番達は怒りと不安で思わずグリニッジを絞め上げたけれど、彼がそうさせたわけではない。
「…薬が完全に抜けてしまえばこの瘴気も何とかならないでしょうか」
朴の中の負の感情を吸って力を蓄えているのなら、助かった事実を知れば少しは和らぐのでは。ーーーしかし、現実はそう甘くはないのだと突き付けられたのである。
数日経って毎日のように飲まされていた薬の効果が薄まると朴は全てに怯え泣き叫んで暴れるようになったのだ。パニック状態の彼には番達の声も届かない。
「嫌だッ!!寄るな!俺に触るなーーーーーッ!!!」
「スナオ…!」
誰が呼んでも暴れまわり泣き喚く。怯えて側に近寄っただけでも嘔吐を繰り返し、ついには血を吐いた。嘔吐のしすぎで粘膜に傷がついたのだろう。誰も朴の側に近寄れず、結局ダティスハリアでダリアセンがやっていたように暴れて疲れ果てた朴が眠りについた後で栄養を直接入れてやるしかできない。
あまりに暴れて危険な為、最初に運び込んだローゼンの部屋ではなく空き部屋を朴の為に整えた。何もない部屋はそれでも朴が暴れてカーテンはボロボロになり、毎日のように布団は羽毛が飛び出し酷い有様だ。今日も暴れに暴れ疲れ果てて床の上で丸くなっている朴が眠っている間に布団を変え部屋を掃除してベッドに戻してやる。
その様に憔悴したのは番達だ。特にパルティエータは口数が減り何事に対しても意欲がなくなってしまっていた。そして朴がこの状態なら浄化など到底出来ず、まだ瘴気が残っているという連絡が入っても対応が出来ない。その為に朴を助け出して2週間が経った今日、朴が眠るこの部屋に要人が集まったのである。
「…このまま薬を抜く処置を続けていたら、スナオ本人が保たないかも知れません」
大切な思い出が消えたまま、自身を穢される記憶ばかりが蘇る。それに耐えられなくなったからこそ彼は意識を閉ざしていたのだろう。しかしそれを今、薬を抜く為とは言え無理矢理起こすのは朴にとって負担以外の何物でもないのではないか。
パルティエータは朴が眠る布団に顔を伏せたままだ。ローゼンやディカイアスも疲労が滲み出ている。
「…しかし薬を抜き、浄化を続けなければ国は再び瘴気に飲まれてしまう」
「その前にスナオ本人が瘴気に飲まれる可能性があります」
連れ帰ったあの日から闇の紋はその濃さを変えてはいないが、このまま朴が怯え続けていればそれはそのまま負の感情として紋様の力になってしまう。それに彼の魂の定着度がどの程度なのかもわからない。いくら栄養を注入しているとはいえこの状態が続けば到底足りないだろう。
「神子がこのまま使えないなら、切り捨てて次を捜すしかない」
テューイリングの信じられない一言に全員無言で彼を見た。
「…ここまで尽力してくれたスナオを見捨てる、と?」
ディカイアスの声にも非難が混じる。
「今はまだ大まかな浄化が終わっているからいいが、残った瘴気からまた広がる。このまま完全に浄化が出来なければいずれ国は滅びる」
その為にこの2年旅を続けていたんだろう、と言われて黙るディカイアスとテューイリングが無言で目線を合わせた。
「…スナオがこのままの状態だったら、どうするんですか」
低い声で呟いたのはパルティエータだ。伏せた布団から顔をあげ、静かにテューイリングを見つめている。
「神子が使い物にならなかったら、どうするんですか」
「パルティエータ」
攻める口調にローゼンが静かに嗜める声を上げるけれど、パルティエータはそれを無視してただテューイリングを見上げた。
テューイリングはその嵐の前のような凪いだ瞳をひたと見据え言う。
「次の神子を召喚する」
「…スナオがいるのに?」
「神子として機能しない以上次を用意するしかこの国が生き残る術はない。彼を殺してでも次の神子を喚ぶしかないんだ」
冷たい声色。冷たい視線。その全てがテューイリングが本気だと示していてパルティエータは怒りのあまり一瞬くらりと目眩がした。その目眩が去ったあと相手に掴みかからなかったのはローゼンがその肩を強く押さえていたからだ。それがなければ確実に殴りかかっただろう。例え不敬罪と言われようと我慢できなかった。
「壊れたから次を用意する?神子は…、スナオはあんたの道具じゃない!!!!」
「パルティエータ!!」
鋭い叱責はディカイアスからで。厳しい瞳に見下ろされ、頭を冷やしてこい、と強い口調で促された彼が足早に部屋を出る。パーピュアはその後を失礼します、と頭を下げてから追った。
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