短編集

ナナメ

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北町のコインランドリー

手の鳴る方へ

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 血まみれの手で耳を塞いで、暗い夜道。
 ガタガタ震えて一人泣く。
 明るい場所から声が聞こえた。
 鬼さんこちら、手の鳴る方へ。



 桂弥(けいや)は一度開けた寝室の扉を無言で閉めた。

「?どした、桂ちゃん」

「……犯罪者がいた」

 犯罪者?
 首を傾げて、1個上の兄の寝室を覗く。で、俺も無言で閉めた。

「うん、犯罪者がいるな」

 兄貴……ワタルがいきなり家に佳那汰っていう男を連れて帰って来たのは今年の春の事。
 毎週金曜日になると何か年甲斐もなく10代みたいな格好で必ずどっか行ってたから何かあるな、って思ったら、佳那汰目当てにコインランドリーに通ってたっていうから、もうそっから既にちょっとした犯罪者だ。

「なになに~?どしたの?タケルー、けいやー」

 4歳になった龍介が部屋を覗こうとするのを阻止して、大人しく朝食の準備をしてた8歳の千秋の頭を撫でる。
 俺、桂弥、千秋、龍介。血は繋がってないけど家族。
 兄貴はほっとくと何日も飯食わなかったり、部屋が壊滅的なくらい散らかったりするから桂弥が日給1万で家の事をしてやっている。
 色々事情があって外に出たがらない桂弥には丁度いい暇潰し兼バイトだ。
 で、いちいち飯を別々に食うのも負担になるだろうから、こうして朝晩は兄貴の部屋に来て一緒に摂るのだ。どうせ隣だし。

「?ワタルと佳那汰はー?」

 首を傾げる千秋に俺達は曖昧に笑った。
 うん、多分あれはもうしばらく起きてこない。

「腹減ったら起きてくるよ。放置放置」

「けいやー、りゅうちゃんおなかへった!」

「じゃあお皿出して。皆のも」

「はーい!」

 俺、桂弥、千秋、龍介。血は繋がってないけど家族。
 ……家族なんだ。




 兄貴が何か眠そうな佳那汰を連れて起きて来たのはそれから1時間後の事。

「おはよー、犯罪者」

「ふざけんな、誰がだ」

 兄貴は俺より背が低い。26歳のくせに、パッと見桂弥と同じか下手したら佳那汰と同じに見える。
 一緒にいると弟さんですか、ってよく聴かれるくらいの童顔だ。俺の若さまで吸い取って生まれたんじゃねぇだろうな、って昔は本気で思ってた。
 これが七尾グループを仕切る男だなんて誰が信じるだろう。

「あー!ワタルー!かなたー!おはよー!!」

 佳那汰はあんまり笑わない。でも笑わないだけで怖くないのを知ってる龍介が遠慮なく飛び付いて、踏ん張れなくてよろける佳那汰を兄貴が後ろから支えて笑ってる。
 朝からラブラブな事で。当たり前みたいに腰に回ってる手が何かやらしい。
 何となくチラ、と見た先で桂弥は黙々と洗濯物を干してるけど、怒ってるわけじゃない。あっちもあれが通常だ。

「タケル、今日は買い物連れてってくれる約束だよ」

「ハイハイ」

「ちあき、おかいもの?りゅうちゃんも!りゅうちゃんもいくー!!」

「お前はだぁめ!」

「なんでー!」

「こないだ迷子になって大泣きしたろーが」

 それに兄貴だけならまだしも佳那汰がいるんじゃあ人見知りの桂弥はキツいだろう。
 龍介に引っ掻きまわされた方が気は紛れる筈だ。

「何だ龍介ー。俺と一緒は嫌かぁ?」

「やじゃないけど、おかいものいきたいんだもん~!」

「じゃあ新作のお菓子持って帰ってきたけど、桂弥にあーげよ。あーあ、折角龍介が好きなウェーブレンジャーだったのになー。残念だなー」

 どうする?って訊かれて、龍介陥落。
ホッとして、ふと見れば兄貴が意味深に笑ってる。
 ……あれは、何か勘付いてる顔だ。相変わらず鋭い。もう一度チラ、と見た先で桂弥は変わらず洗濯物を干してた。




 桂弥が家出をしたのは、それから数ヵ月後。
 佳那汰にもそれなりに慣れて、二人がポツポツと会話するのを兄貴と微笑ましく思ってたのに。
 理由に全く心当たりはなかったけど、桂弥が変、と思った時期はわかる。
 丁度親父が俺に見合い写真を持ってきた辺りだ。そんなの最初は兄貴だろ、って佳那汰がいるから無理なのは知りつつも言ってみたら、兄貴はすでに佳那汰との事を親父に言ってて、だから俺に回ってきたらしい。
 勿論見合いは断った。跡継ぎが、世間体が、と騒ぐ親父じゃないから兄貴も佳那汰との事を言ったんだろう。だから俺もーーと、思ったのに。
 具体的にどこの誰、と聞かれて……俺は答えられなかったんだ。
 その時から桂弥の様子はおかしかった。でも様子がおかしくなったのが見合い話の後だったってだけで、結局本当の所はよくわからない。
 数日後桂弥はいなくなった。
 警察に捜索願いをって思ったけど警察嫌いの桂弥が大人しく保護されるわけがなく、桂弥が出て行って4日。
心当たりを探したけどどこにもいない。

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