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北町のコインランドリー
7日間の奇跡3
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「忘れ物ありませんかー?」
「大丈夫」
小太郎がにこにこと見送ってくれる。今日のお弁当、ウィンナーがタコさんなんですよー!なんて嬉しそうにしてるからつい笑ってしまった。
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
家を出て授業を受けてしばらく経って、俺は無償に不安になった。
何かおかしい。何かわからない。でも何かが変だ。モヤモヤする。俺は何か取り返しのつかない事をしているのではないか?
(……昨日の、記憶……ない)
そうだ、夕方あたりから少しの間の記憶が途切れてる。
昨日は確か……。モヤモヤする記憶の断片的に残った欠片をかき集めて、ーーカチリ、と音を立ててはまった。
「?太一?」
「わり、次代返頼む!!」
叫んで教室を飛び出した。
「小太郎ッ!!小太郎!?何処だ!!小太郎!!」
「太一さん?」
姿が見えないと思ったら小太郎はベランダにいた。飛行機雲を見てたらしい。
「忘れ物ですか?」
至って普通だ。でも違う。
俺は思い出したんだ。昨日の悪魔に言われた言葉を。
ーー7日以内に願いを叶えないと死ぬ。
その7日最後まであとちょっとしかない。
「小太郎……」
小太郎は昨日みたいに困ったように笑った。
掴んだ腕が、蜃気楼みたいに揺らいだり戻ったりしてる。
俺は嫌だ、と首を横に振った。声には出せなくても、とにかく嫌だって伝えたくて何度も何度も小太郎を見上げて首を振る。
でも小太郎は、
「何で戻って来ちゃったんですか」
そうすれば俺が消えたと同時に記憶も完全に消えたのに、とーーそう悲しげに微笑むばかりで、昨日みたいに消えない、とは言ってくれない。
「嫌だ、小太郎……」
だって言ったじゃないか。
俺を一人にしないって。嘘なんてつかないって。
「ごめんなさい。太一さんと一緒にいたくて嘘つきました」
「何でだよ!!」
「そう言ったら本当になるんじゃないかと思ったんです。もっと太一さんといられるんじゃないかと思ったんです」
「だったらいろよ!消えんなよッ!!」
小太郎に拭われて初めて頬が涙で濡れている事に気が付いた。
だって、嫌だ。小太郎がいなくなるなんて、そんなの。
「願い……、俺の願い叶えたら消えなくて済むんだよな?なぁ、そうだよな!小太郎!!」
首を横に振った小太郎の輪郭はさっきよりもボンヤリしてる。
「嫌だよ、小太郎……!一人にするな……。俺の願い叶えろよ!!俺は、もっとお前と一緒にいたい!!簡単だろ!?叶えてくれよ!!」
「……ごめんね、太一さん。その願いは叶えてあげられない」
「やだ、小太郎ッ!!」
消えそうな手で涙を拭って。悲しそうな笑みを浮かべて、ごめんなさい、なんて謝って。
そしてーー俺の腕の中で、小太郎は光になった。
残ったのは小太郎が着ていた服だけ。
「ひっ、……っう、ぅあぁぁぁぁー……」
小太郎の匂いがするそれを抱き締めて俺は泣いた。ずっと泣き続けた。子供みたいに声をあげて、ずっと。
後で調べて知った話だけど、悪魔に願いを叶えてもらったら魂を取られてしまうのだそうだ。
だから小太郎は俺の願いを叶えてくれなかったんだと思う。
小太郎のいなくなった家は、来る前よりもっともっと寂しくて。こんなんだったら一緒に連れていってくれたら良かったのに、って何度も思った。
(あ、飛行機雲……)
頭も要領も悪い人間よりお人好しな悪魔は最期にあの飛行機雲を見て何を想ったのだろう。
トボトボと帰路につき、誰もいないドアを開けた途端に俺の心臓は跳ね上がった。
台所から物音がする。両親は海外にいるし、兄弟も恋人もいない俺の家に上がり込む相手なんかいない。だから、まさか、と思った。同時に泥棒だったらどうしよう、とも思った。
そっと近付いて中を覗いて、そのまま踵を返す。
「あ、おかえりなさい!」
でも見つかった。
ほんの数日なのに随分と懐かしく響く声音で、太一さん、と柔らかく呼び掛けてくる。
けれど俺は、ただいま、だとかいや、この場合お帰りだろうか、だとか考えながら言わなければならない事が一つだけーーある。それはもう、声を大にして言わなければならない事が。
「……何で、何でまた裸エプロンなんだお前は!!」
「痛ぁ!」
飛び蹴りを食らってブッ飛んだそいつはお嬢さん座りでメソメソ泣きながら
「だってだって、太一さん絶対怒ってると思ったから全力サービスしようと思ってぇ」
なんて言いくさりやがった。
「むしろ嫌がらせだ!!それより何でここにいるんだ、小太郎ッ!!」
何日も泣いて過ごしたあの日々は何だったんだ。しかも本来なら、
ーー嘘、なんで…?あぁでも帰ってきてくれた!おかえり……!
なんてちょっと感動に持っていくようなシーンじゃないのか、何だこの裸エプロンの変態は!!
「それがですねぇ、本当なら消える筈だったんですが……悪魔界のトップ3に裸エプロンが面白かった!って大ウケで。折角だからもっとやってこい、って無期限で送り出されました!」
畜生ぉぉぉ!悪魔ぁぁぁぁぁッ!!
そうだよね、悪魔だもんね!!!悪魔は人に悪戯したりからかったりするの大好きだもんね!?
俺は脱力しつつ床に拳を打ち付けて、でもそれだけでは勿論怒りは収まらず、小太郎の首をキュ、と締めた。
「返せ!この数日の俺の涙を返せぇぇぇ!」
「あわわ、ぐるじい……」
「俺、俺はもう、ホントに……っ」
あの日を思い出して、弛んだ涙腺からまた滴を落と俺を小太郎が抱き締める……前に俺は腕を突っ張った。
「っざ、けんな、変態!!俺に触るなら服着てこい!」
「えー?萌えませんか?」
「萌えてたまるかぁッ!!」
ぷー、なんて口を尖らせながら大人しく服を着た小太郎に訊く。
「……また、7日とか言わないよな?」
「はい。今度は嘘じゃありません」
引き寄せる腕を今度は素直に受け入れて抱きつく。
これが一日目。
これからは毎日、奇跡の日。
■■■■■■■■
読んでくれてありがとうございました。
本来は太一と佳那汰が同級生設定だったので一応北町のコインランドリーに入れてあります。
「大丈夫」
小太郎がにこにこと見送ってくれる。今日のお弁当、ウィンナーがタコさんなんですよー!なんて嬉しそうにしてるからつい笑ってしまった。
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
家を出て授業を受けてしばらく経って、俺は無償に不安になった。
何かおかしい。何かわからない。でも何かが変だ。モヤモヤする。俺は何か取り返しのつかない事をしているのではないか?
(……昨日の、記憶……ない)
そうだ、夕方あたりから少しの間の記憶が途切れてる。
昨日は確か……。モヤモヤする記憶の断片的に残った欠片をかき集めて、ーーカチリ、と音を立ててはまった。
「?太一?」
「わり、次代返頼む!!」
叫んで教室を飛び出した。
「小太郎ッ!!小太郎!?何処だ!!小太郎!!」
「太一さん?」
姿が見えないと思ったら小太郎はベランダにいた。飛行機雲を見てたらしい。
「忘れ物ですか?」
至って普通だ。でも違う。
俺は思い出したんだ。昨日の悪魔に言われた言葉を。
ーー7日以内に願いを叶えないと死ぬ。
その7日最後まであとちょっとしかない。
「小太郎……」
小太郎は昨日みたいに困ったように笑った。
掴んだ腕が、蜃気楼みたいに揺らいだり戻ったりしてる。
俺は嫌だ、と首を横に振った。声には出せなくても、とにかく嫌だって伝えたくて何度も何度も小太郎を見上げて首を振る。
でも小太郎は、
「何で戻って来ちゃったんですか」
そうすれば俺が消えたと同時に記憶も完全に消えたのに、とーーそう悲しげに微笑むばかりで、昨日みたいに消えない、とは言ってくれない。
「嫌だ、小太郎……」
だって言ったじゃないか。
俺を一人にしないって。嘘なんてつかないって。
「ごめんなさい。太一さんと一緒にいたくて嘘つきました」
「何でだよ!!」
「そう言ったら本当になるんじゃないかと思ったんです。もっと太一さんといられるんじゃないかと思ったんです」
「だったらいろよ!消えんなよッ!!」
小太郎に拭われて初めて頬が涙で濡れている事に気が付いた。
だって、嫌だ。小太郎がいなくなるなんて、そんなの。
「願い……、俺の願い叶えたら消えなくて済むんだよな?なぁ、そうだよな!小太郎!!」
首を横に振った小太郎の輪郭はさっきよりもボンヤリしてる。
「嫌だよ、小太郎……!一人にするな……。俺の願い叶えろよ!!俺は、もっとお前と一緒にいたい!!簡単だろ!?叶えてくれよ!!」
「……ごめんね、太一さん。その願いは叶えてあげられない」
「やだ、小太郎ッ!!」
消えそうな手で涙を拭って。悲しそうな笑みを浮かべて、ごめんなさい、なんて謝って。
そしてーー俺の腕の中で、小太郎は光になった。
残ったのは小太郎が着ていた服だけ。
「ひっ、……っう、ぅあぁぁぁぁー……」
小太郎の匂いがするそれを抱き締めて俺は泣いた。ずっと泣き続けた。子供みたいに声をあげて、ずっと。
後で調べて知った話だけど、悪魔に願いを叶えてもらったら魂を取られてしまうのだそうだ。
だから小太郎は俺の願いを叶えてくれなかったんだと思う。
小太郎のいなくなった家は、来る前よりもっともっと寂しくて。こんなんだったら一緒に連れていってくれたら良かったのに、って何度も思った。
(あ、飛行機雲……)
頭も要領も悪い人間よりお人好しな悪魔は最期にあの飛行機雲を見て何を想ったのだろう。
トボトボと帰路につき、誰もいないドアを開けた途端に俺の心臓は跳ね上がった。
台所から物音がする。両親は海外にいるし、兄弟も恋人もいない俺の家に上がり込む相手なんかいない。だから、まさか、と思った。同時に泥棒だったらどうしよう、とも思った。
そっと近付いて中を覗いて、そのまま踵を返す。
「あ、おかえりなさい!」
でも見つかった。
ほんの数日なのに随分と懐かしく響く声音で、太一さん、と柔らかく呼び掛けてくる。
けれど俺は、ただいま、だとかいや、この場合お帰りだろうか、だとか考えながら言わなければならない事が一つだけーーある。それはもう、声を大にして言わなければならない事が。
「……何で、何でまた裸エプロンなんだお前は!!」
「痛ぁ!」
飛び蹴りを食らってブッ飛んだそいつはお嬢さん座りでメソメソ泣きながら
「だってだって、太一さん絶対怒ってると思ったから全力サービスしようと思ってぇ」
なんて言いくさりやがった。
「むしろ嫌がらせだ!!それより何でここにいるんだ、小太郎ッ!!」
何日も泣いて過ごしたあの日々は何だったんだ。しかも本来なら、
ーー嘘、なんで…?あぁでも帰ってきてくれた!おかえり……!
なんてちょっと感動に持っていくようなシーンじゃないのか、何だこの裸エプロンの変態は!!
「それがですねぇ、本当なら消える筈だったんですが……悪魔界のトップ3に裸エプロンが面白かった!って大ウケで。折角だからもっとやってこい、って無期限で送り出されました!」
畜生ぉぉぉ!悪魔ぁぁぁぁぁッ!!
そうだよね、悪魔だもんね!!!悪魔は人に悪戯したりからかったりするの大好きだもんね!?
俺は脱力しつつ床に拳を打ち付けて、でもそれだけでは勿論怒りは収まらず、小太郎の首をキュ、と締めた。
「返せ!この数日の俺の涙を返せぇぇぇ!」
「あわわ、ぐるじい……」
「俺、俺はもう、ホントに……っ」
あの日を思い出して、弛んだ涙腺からまた滴を落と俺を小太郎が抱き締める……前に俺は腕を突っ張った。
「っざ、けんな、変態!!俺に触るなら服着てこい!」
「えー?萌えませんか?」
「萌えてたまるかぁッ!!」
ぷー、なんて口を尖らせながら大人しく服を着た小太郎に訊く。
「……また、7日とか言わないよな?」
「はい。今度は嘘じゃありません」
引き寄せる腕を今度は素直に受け入れて抱きつく。
これが一日目。
これからは毎日、奇跡の日。
■■■■■■■■
読んでくれてありがとうございました。
本来は太一と佳那汰が同級生設定だったので一応北町のコインランドリーに入れてあります。
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