呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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3.記憶喪失

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アンネリーゼが重たい瞼を持ち上げると、見慣れない景色がぼんやりと視界に入ってきた。
ゆっくりと瞬きをすると、こめかみの辺りがズキリと痛み、思考を巡らせるがうまく纏まらない。
それに、体がまるで自分のものではないかのように重たくて、怠かった。
何とか首を動かして、周囲の様子を確認する。

「まあ、目を覚まされたのですね」

突然声を掛けられ、アンネリーゼはびくりと体を強張らせた。
声のする方を見ると、小柄な年若い侍女が、すぐ脇に控えていた。

「お嬢様、ご気分はいかがですか?外傷はないようですが、かなりお体も冷えていらっしゃいましたし…………」
「あの、ここは一体…………?」

アンネリーゼお嬢様、と呼ぶが侍女の顔に見覚えはない。どうやら自室ではなさそうだ。
アンネリーゼはベッドに横たわったままでは失礼だと思い、上半身を起こしながら訊ねた。

「ここはクラルヴァイン辺境伯様のお城です。旦那様が、お嬢様が倒れていた所を見つけてお連れ帰りになられたのです。………あの森は、魔獣も頻繁に出没しますし、いくら初夏とはいえ夜は冷えますから、旦那様が見つけていなかったら、お嬢様は今頃………」

倒れていた?
不穏な言葉に、アンネリーゼは自分の身に何が起こったのかを思い出そうとした。
すると思わず顔を顰めるような痛みがアンネリーゼを襲った。

「………っ」
「だ、大丈夫ですか?」

侍女が慌ててアンネリーゼの様子を伺った。

「………大丈夫です。ありがとう」
「お嬢様、無理をなさらず横になっていて下さい。今旦那様を………」
「その必要はない」

突然、扉が開いたかと思うと、低く冷たい声が室内に響き、アンネリーゼははっと声の主に視線を移した。
女性なら『濡羽色』と表現される、夜の闇を閉じ込めたような漆黒の艷やかな髪と、長めの前髪の隙間から覗く金色に煌めく瞳。
そしてこの世のものとは思えないような、完璧としか言い表しようのない美貌の男性が、アンネリーゼを見据えていた。

「旦那様…………」
「魔力が、頼りなく揺らぐのを感じたから顔を出したんだ」

侍女に向かってそう告げると、今度はアンネリーゼに向かって丁寧な口調で話しかけてきた。

「ご令嬢、ご挨拶が遅れました。私はこの城の主でジークヴァルト・クラルヴァインと申します。………失礼ですがお名前を伺っても?」

目の前にやってきたジークヴァルトに尋ねられ、アンネリーゼは慌てて口を開いた。

「わたくしの方こそ、助けていただいたのにご挨拶もせず申し訳ございません。わたくしは、アンネリーゼ…………」

そこまで口にして、アンネリーゼは目を見開いて硬直した。
続きが、出てこない。まるで頭の中を白く塗りつぶされてしまったかのように、全く何も浮かんでこない。

「どうかしましたか?」

すぐ近くで問いかけるジークヴァルトの声が、やけに遠くで聞こえる気がした。
家名も、家族の顔や名前も、自分が今までどこでどう暮らしていたのかすらも、何も覚えていないということに気がついて、アンネリーゼは愕然とする。
どうしていいのか分からず、助けを求めるようにジークヴァルトを見上げた。

「その、アンネリーゼという名前以外………何も思い出せないのです」

アンネリーゼの言葉に、ジークヴァルトの表情は微動だにしなかったが、僅かにその金色の瞳が揺らいだように見えた。

「助けて頂いたというのに、何もお礼が出来ずに申し訳ございません。クラルヴァイン辺境伯様にご迷惑をお掛けするつもりはございませんので、準備が出来次第、すぐにこちらを発つつもり………」
「謝る必要はありません。それに、記憶もないのに、ここを出てどちらへ向かおうというのですか?」

アンネリーゼの言葉を遮るジークヴァルトの言葉は優しいのに、どこか冷たかった。
本当に、迷惑をかけるつもりは無かったが、ジークヴァルトの指摘は正しい。
アンネリーゼは唇を軽く噛んだ。

「体調が戻るまで、城に留まっていただいて構いません。何かあれば、そこにいる侍女のニーナに申し付けてください。では」

突き放すようにそう告げると、ジークヴァルトはアンネリーゼに背を向けて部屋を出ていった。
アンネリーゼはただ呆然と、その様子を見ていることしか出来なかった。
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