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176.女神の愛し子

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「そもそも、クラネルト男爵令嬢は魔力の適性検査など受けておりませんでした。それが、いつの間にか選定の際に巫女姫候補として名が上がり、一定数の神官からの推薦を受けることで正式な巫女姫候補に…………」
「そしてその事実を突き止めた途端に、証人となり得る男爵令嬢を推薦した者たちがと………」

ジークヴァルトの言葉に、イェルクはもう一度力無く頷いた。

「イェルク様………」

アンネリーゼにはイェルクの気持ちが手に取るように分かった。
自分のせいでこのような事が起きたのだという自責の念で、押し潰されるような苦しさを感じているに違いなかった。

不安、後悔、絶望。
様々な負の感情が自分たちのいるこの空間を満たしているかのように感じられる。
もしもこの一連の事件が禍月の魔女の手によるものであれば、全て彼女の思惑通りなのだろう。
ジークヴァルトを永きに渡り苦しめてきた、張本人の思い通りになど、させたくなかったし、させるつもりもなかった。
アンネリーゼは静かに息を吸い込むと、真っ直ぐに前を見据えた。

「………今は悔やむよりも、少しでも良い方向に事が進むよう皆で力を合わせるべきだと思います」

アンネリーゼは未だに震える声を、振り絞った。
女神が自分に伝えようとした事を、自らの言葉にしてイェルクに、そしてジークヴァルトへと伝える。

「アンネリーゼ………」
「巫女姫様………」

ジークヴァルトもイェルクも、少し驚いたようにアンネリーゼを見た。
相変わらず顔色は紙のように真っ白で、唇は色を失っているが、それでも吸い込まれてしまうような深い蒼の瞳は、輝きを失ってはいなかった。

「わたくしはもう………誰かが命を落とすのを見るのは………嫌です。例えその人が許されない罪に手を染めていたとしても、排除されるべき命などないでしょう」

酷く頼りなく、か弱い印象だったアンネリーゼの表情が変わったように感じた。
嫋やかな雰囲気は変わらないのにどこか一本筋が通ったような、不思議な変化に、ジークヴァルトは目を瞠った。
それはまるでアンネリーゼに女神の意志が宿ったかと錯覚するようだった。

巫女姫とは、女神の愛し子であり、女神と繋がる者なのだと、遥か昔、まだジークヴァルトが寿命を持つ人間だった頃に年老いた神官から聞いたのを思い出す。

「巫女姫………様………。あなたは本当に、どこまでも清廉潔白なのですな。………分かりました。この老体でよろしければ、いくらでもお使いください」

憔悴しきっていた筈のイェルクのオリーブ色の瞳に、再び生気が戻ってきたのを見て、ジークヴァルトは心の底から、アンネリーゼの事が誇らしいと感じた。

「………全て、あなたの御心のままに………我が巫女姫」

ジークヴァルトは恭しく、アンネリーゼに向かって頭を下げた。
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