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天鼓の少年
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少年が引きこもってからもう何ヶ月になるだろうか。ベッドの上で体操座りしてずっとうなだれているのだった。愚かな少年だった。勉強もスポーツもダメでいつもぼんやりしている少年だった。女子からは気持ち悪がられ、男子からはいじめられて、家族からはバカにされていた。毎日「臭い、キモい、死ね」と言われた少年はすっかり絶望して、いつの間にやら誰とも会いたくなくなってしまった。引きこもってしまった少年を、家族は時には甘い言葉で、時には力づくで外に出そうとしたが、ついには諦めたように「お前は勇気も才能もないダメ人間だ」と捨て台詞を残して少年を傷つけたまま放置してしまった。
そんな少年だが、おじいちゃんだけはずっと味方をしてくれた。口下手な少年の言葉をおじいちゃんはいつもゆっくりゆっくり頷きながら聞いてくれた。無口でにこにこしているおじいちゃんだった。少年が眠る時はおじいちゃんがいろんなお話をしてくれた。ぽつりぽつりと楽しい話や怖い話をしてくれた。絵本ももごもごと読んでくれた。少年が親から怒られている時は何も言わないのだが、一人泣いていると頭を撫でながらぽつりぽつりと「大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。少年はそんなおじいちゃんが大好きだった。しかし、おじいちゃんは数年前に死んだ。味方がいなくなってしまった少年は、それからしばらくして引きこもってしまった。
どれほどの時間が経ったのか、少年は体操座りしながら自分の暗い部屋の様子をずっと眺めていた。ずっと掃除もしていなかったせいで、部屋の中が汚れていた。ふと少しは片付けようかなと思って掃除機を出すために押入れを開けた。随分ためこんだ押入れを開けたものだから、上からいろいろなものが落ちてきた。でかいけど軽い箱が頭を直撃した。痛みとさらに汚れた部屋で泣きそうになった少年だが、自分の頭を直撃した箱を見て昔の記憶を思い出した。
おじいちゃんがもうすぐ死ぬかもしれないとわかった少年がそばで泣いていたときに、ベッドからよろよろと起きたおじいちゃんが取り出した箱だった。おじいちゃんはにっこり笑って「おじいちゃんの大事な宝物だよ。これはお前にあげる。辛いとき悲しいときはこれを使いなさい。」と言ってもらったのだ。その後、おじいちゃんが死んだ悲しさや葬式などのゴタゴタで、箱ごとどこにやったのか忘れてしまっていたのだ。少年は涙を拭うと箱を開けた。
古い鼓が入っていた。
以前、おじいちゃんに見せてもらったときに、どうやって打てばいいのか教えてもらった。重い病気で苦しそうなおじいちゃんだったが、鼓を打つ姿はとてもかっこよかった。試しに打ってみたらおじいちゃんから生きている中で一番褒めてくれた。少年は嬉しくなってその日は何度もチ・タ・ツ・ポ・チ・タ・ツ・ポと打っていたのだった。
少年は、古い鼓を手にとって右肩に構えてみた。そしておっかなびっくり打ってみた。チ・タ・ツ・ポ・ツ・チポ・タ・チポ・タポタポンと打ってみた。はじめはぎこちなかったけど、だんだんと勘を取り戻して、より重厚で華やかな音色を奏でるようになっていった。鼓がチ・タ・ツ・ポとなれば鳴るほど、少年の心もチ・タ・ツ・ポと高鳴っていった。
どのくらい時間がたっただろう。さすがに右手が痛くなったので少年は鼓を打つのをやめた。ここまで熱中したのはいつ以来だろうか。嫌なことを全部忘れて心地いい気分になった少年は大きく伸びをしてあたりを見た。
そしたらどうだろう。めちゃくちゃに荒れていた自室だったが、いつの間にか綺麗にかたづけられていた。足の踏み場のなかった床が片付けられて、ピカピカに光っていた。少し前に探そうとしたけれど見つからなかった漫画が枕元に置いてあった。部屋の戸の近くには大量のゴミ袋と洗濯物が積み上げられていた。少年はキョトンとしてきれいな部屋を見回していた。
そのとき、部屋の扉ががちゃりと開いて「何うるさい音を出しているんだ!」と父親がどなりこんできた。父親の後ろから母親も不安そうに顔を見せている。少年は、突然のことに鼓をお腹に抱えて固まってしまった。「何だそのがらくたは。毎日毎日何もしないで引きこもっていてくだらない1日を過ごしているかと思ったら、急にうるさい音を出して。周りの人間に迷惑ばかりかけるだけのクズ人間が。さっさと捨てちまえ!」父親にそう言われて、少年は怖くて苦しくて悔しくて、思わず鼓をポンと鳴らした。
その途端、父親の口がチャックが閉じたように開かなくなった。父親は「むーむー」言いながら口を開けようとするが開かない。母親も父親に起きた異変に、びっくりして慌ててる。少年は立て続けにチ・ツ・タ・ポ・ツポ・チポ・ポポと鳴らし続けた。父親は足元のゴミ袋を抱えてゴミ捨てに行った。母親は足元の洗濯物の山を抱えて洗濯に行った。間違いない。この鼓を打てば、少年の思いどおりに周りが動くのだ。2人がゴミ捨てと洗濯に行ってしまったのを見て少年は扉を閉めて鍵をかけ、鼓をチ・タ・ツ・ポ・チ・タ・ツ・ポと鳴らし続けた。父親・母親に初めて反抗して少年はとても嬉しくなった。鼓を打てば打つほど、少年の心に今度は勇気が溢れてきた。やがて少年は疲れて眠りについた。
次の日の朝、少年は目を覚ますと思い切ってカーテンを開けてみた。久しぶりに日の光を浴びて、少年はとても清々しい気持ちになった。少年は近くに置いていた鼓を手にとってポンと鳴らしてみた。とても楽しい。鼓を鳴らしながら少年は部屋を出た。自分でも驚いたことに、今日は学校へ行ってみようと思ったのだ。鼓があれば行けるかもしれない。
階下に降りてきた少年をみて、母親がびっくりして固まってしまった。少年は「おはよう」と元気良く言うと、食卓についた。父親は新聞を読んでいたが、何も言わない。いや言えないのだ。昨日、思わず鼓を打ったせいで口が開かないままらしい。少年はすました顔で朝食を食べ、身支度を整えると鞄と鼓を持って、家を出た。
久しぶりの学校で校門の前に立つと、昔のことが思い出されてさすがに怖くなり足がすくんだ。深呼吸すると鼓を構えて大きくポンと鳴らした。足が自然と前に出た。教室に入るとクラスの皆がぎょっとして少年を見た。少年はなるべく気にしないようにして自分の机に向かった。久しぶりの机はひどいものだった。「ウザい・キモい・死ね・ゴミ・クズ」の落書きがあちこちに書かれ菊の花の花瓶が置かれていた。ふと見上げるといじめていた集団がこっちを見てニヤニヤしている。周囲からは、他の女子生徒たちの「なんで来たの?」というひそひそ声も聞こえた。少年は目を閉じると鼓を構えてポンと打った。
机の字がすっと消えた。もう一度、タ・ポ・ポンと3回打った。花瓶がびゅんと飛んで行っていじめ集団のそばでぱりんと割れた。ガラスの破片が刺さり、みんなずぶ濡れになった。叫び声があがる。少年は続けてチ・タ・ツ・ポ・チ・ツ・タ・ポと鳴らした。陰口を叩いていた女子生徒たちが「ニャーニャーワンワン」と言いだした。猫や犬の鳴き声しか出せなくなってしまった。少年は最後に一度ポンと鳴らした。クラスの皆が席につき、シーンとかしこまってしまった。少年は、息を一つつくと自分の席についた。ちょうど、チャイムがなって先生が入ってきた。いつになくシンとしている教室に先生もはてな?という顔をしたが、そのまま授業がはじまった。
昼休みになると、少年は購買でパンと牛乳を買い、懐かしの特等席・屋上へ向かった。購買はいつものようにごった返していた。鼓で行列を無くそうか考えたが、思い直してチ・ツと小さく打った。順番を守って割り込まれても怒らずにいると、大好きなツナパンと人気のから揚げパンが残っていた。それを買って少年は屋上で流れる雲を見ながら昼食をすませた。そして、ぼんやりと時間をつぶしていた。午前中、休みのときとかまた、少年のことを悪く言おうとする輩が何人かいたが、その都度椅子が壊れて無様に転げたり、動物の鳴き真似や少年以外の人の悪口にすり替わって別の喧嘩が起こったりして、少年への被害は無かった。鼓のおかげだと少年は嬉しく思った。少年は次の授業まで一眠りすることにした。
うとうとしかけたとき、急に腰のところを思い切り蹴飛ばされた。びっくりして目を開けると、いじめグループに囲まれていた。「散々やってくれたな。生きる価値のないクズのくせに」そう言って、みんなで思い切り少年を踏みつけ蹴り上げた。少年は反撃できずに、蹴られるまま蹴られた。やがて、リーダーが少年が持っていた鼓を見つけて取り上げた。少年が慌てて「返して!」と叫んだが、他の奴らに押さえつけられた。リーダーは鼓を見てニヤリといやらしく笑い、「お前も同じ目に合わせて、屋上から落としてやる。」と言った。そして、鼓を左肩に構え右手で思い切り叩いた。
ペチンと音が鳴った。
それだけだった。
みんながキョトンとしている中、リーダーは首を傾げながらどんどん鼓を叩いた。ペチン・ベチン・ペソンとしか音が鳴らず、周りも何も起こらなかった。「おい、これどうやって鳴らすんだ?」とリーダーが仲間に呼びかけた。仲間は少年から手を離して、リーダーの元に駆け寄り各々順番にペチン、ベチン、ペソンと鳴らしてみた。誰も打ち方を全く知らず、下手だった。リーダーはイライラして「なんで鳴らねえんだよ」といって、鼓を思い切り叩いた。ようやくパンと音が鳴った。
その瞬間、リーダーは周りの仲間達から少年のように殴られ蹴られた。リーダーは何をするんだ?と声をあげたが、仲間たちは慌てている。下手に鼓を打ったせいで、少年でなく自分に被害が及んだんだろう。リーダーはやめろやめろというが止まらない。やがて、リーダーの手から鼓が離れ、ころころと少年の元に転がってきた。少年はそれを取り上げると、右肩に構えて大きくポンと打った。ようやく仲間たちの動きが止まった。みんなが夢が覚めたようにぼーっとしている。少年は集団を睨み「ざまあみろ」と言って、また鼓を構えた。リーダーはくしゃくしゃ泣きながらその場から逃げてった。他のやつらも怖くなってわんわん泣きながら逃げてった。少年は、その場でチ・タ・ツ・ポと鼓を鳴らした。痛みや怪我がどんどんひいていった。
午後の時間、クラス中にいじめグループをやっつけた噂が広まったのだろうか。少年を悪く言う人はいなくなり、鼓を持つと皆が慌てて少年に優しくするようになった。試しにいろんな人に鼓を持たせてみたが、誰も鳴らせる人はいなかった。少年しか鼓を上手に鳴らせる人がいなかった。少年はおそらく初めて、楽しい学校生活を送ることができた。
下校時間になると、少年は鼓をポンポン鳴らしながら帰っていった。夕日が暖かく少年を照らした。少年はぽつりと「おじいちゃん、ありがとう。明日も頑張って学校に行くよ」とつぶやいた。そして、夕日に向かってポンと大きく打った。東の空に一番星がポンと瞬いた。
そんな少年だが、おじいちゃんだけはずっと味方をしてくれた。口下手な少年の言葉をおじいちゃんはいつもゆっくりゆっくり頷きながら聞いてくれた。無口でにこにこしているおじいちゃんだった。少年が眠る時はおじいちゃんがいろんなお話をしてくれた。ぽつりぽつりと楽しい話や怖い話をしてくれた。絵本ももごもごと読んでくれた。少年が親から怒られている時は何も言わないのだが、一人泣いていると頭を撫でながらぽつりぽつりと「大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。少年はそんなおじいちゃんが大好きだった。しかし、おじいちゃんは数年前に死んだ。味方がいなくなってしまった少年は、それからしばらくして引きこもってしまった。
どれほどの時間が経ったのか、少年は体操座りしながら自分の暗い部屋の様子をずっと眺めていた。ずっと掃除もしていなかったせいで、部屋の中が汚れていた。ふと少しは片付けようかなと思って掃除機を出すために押入れを開けた。随分ためこんだ押入れを開けたものだから、上からいろいろなものが落ちてきた。でかいけど軽い箱が頭を直撃した。痛みとさらに汚れた部屋で泣きそうになった少年だが、自分の頭を直撃した箱を見て昔の記憶を思い出した。
おじいちゃんがもうすぐ死ぬかもしれないとわかった少年がそばで泣いていたときに、ベッドからよろよろと起きたおじいちゃんが取り出した箱だった。おじいちゃんはにっこり笑って「おじいちゃんの大事な宝物だよ。これはお前にあげる。辛いとき悲しいときはこれを使いなさい。」と言ってもらったのだ。その後、おじいちゃんが死んだ悲しさや葬式などのゴタゴタで、箱ごとどこにやったのか忘れてしまっていたのだ。少年は涙を拭うと箱を開けた。
古い鼓が入っていた。
以前、おじいちゃんに見せてもらったときに、どうやって打てばいいのか教えてもらった。重い病気で苦しそうなおじいちゃんだったが、鼓を打つ姿はとてもかっこよかった。試しに打ってみたらおじいちゃんから生きている中で一番褒めてくれた。少年は嬉しくなってその日は何度もチ・タ・ツ・ポ・チ・タ・ツ・ポと打っていたのだった。
少年は、古い鼓を手にとって右肩に構えてみた。そしておっかなびっくり打ってみた。チ・タ・ツ・ポ・ツ・チポ・タ・チポ・タポタポンと打ってみた。はじめはぎこちなかったけど、だんだんと勘を取り戻して、より重厚で華やかな音色を奏でるようになっていった。鼓がチ・タ・ツ・ポとなれば鳴るほど、少年の心もチ・タ・ツ・ポと高鳴っていった。
どのくらい時間がたっただろう。さすがに右手が痛くなったので少年は鼓を打つのをやめた。ここまで熱中したのはいつ以来だろうか。嫌なことを全部忘れて心地いい気分になった少年は大きく伸びをしてあたりを見た。
そしたらどうだろう。めちゃくちゃに荒れていた自室だったが、いつの間にか綺麗にかたづけられていた。足の踏み場のなかった床が片付けられて、ピカピカに光っていた。少し前に探そうとしたけれど見つからなかった漫画が枕元に置いてあった。部屋の戸の近くには大量のゴミ袋と洗濯物が積み上げられていた。少年はキョトンとしてきれいな部屋を見回していた。
そのとき、部屋の扉ががちゃりと開いて「何うるさい音を出しているんだ!」と父親がどなりこんできた。父親の後ろから母親も不安そうに顔を見せている。少年は、突然のことに鼓をお腹に抱えて固まってしまった。「何だそのがらくたは。毎日毎日何もしないで引きこもっていてくだらない1日を過ごしているかと思ったら、急にうるさい音を出して。周りの人間に迷惑ばかりかけるだけのクズ人間が。さっさと捨てちまえ!」父親にそう言われて、少年は怖くて苦しくて悔しくて、思わず鼓をポンと鳴らした。
その途端、父親の口がチャックが閉じたように開かなくなった。父親は「むーむー」言いながら口を開けようとするが開かない。母親も父親に起きた異変に、びっくりして慌ててる。少年は立て続けにチ・ツ・タ・ポ・ツポ・チポ・ポポと鳴らし続けた。父親は足元のゴミ袋を抱えてゴミ捨てに行った。母親は足元の洗濯物の山を抱えて洗濯に行った。間違いない。この鼓を打てば、少年の思いどおりに周りが動くのだ。2人がゴミ捨てと洗濯に行ってしまったのを見て少年は扉を閉めて鍵をかけ、鼓をチ・タ・ツ・ポ・チ・タ・ツ・ポと鳴らし続けた。父親・母親に初めて反抗して少年はとても嬉しくなった。鼓を打てば打つほど、少年の心に今度は勇気が溢れてきた。やがて少年は疲れて眠りについた。
次の日の朝、少年は目を覚ますと思い切ってカーテンを開けてみた。久しぶりに日の光を浴びて、少年はとても清々しい気持ちになった。少年は近くに置いていた鼓を手にとってポンと鳴らしてみた。とても楽しい。鼓を鳴らしながら少年は部屋を出た。自分でも驚いたことに、今日は学校へ行ってみようと思ったのだ。鼓があれば行けるかもしれない。
階下に降りてきた少年をみて、母親がびっくりして固まってしまった。少年は「おはよう」と元気良く言うと、食卓についた。父親は新聞を読んでいたが、何も言わない。いや言えないのだ。昨日、思わず鼓を打ったせいで口が開かないままらしい。少年はすました顔で朝食を食べ、身支度を整えると鞄と鼓を持って、家を出た。
久しぶりの学校で校門の前に立つと、昔のことが思い出されてさすがに怖くなり足がすくんだ。深呼吸すると鼓を構えて大きくポンと鳴らした。足が自然と前に出た。教室に入るとクラスの皆がぎょっとして少年を見た。少年はなるべく気にしないようにして自分の机に向かった。久しぶりの机はひどいものだった。「ウザい・キモい・死ね・ゴミ・クズ」の落書きがあちこちに書かれ菊の花の花瓶が置かれていた。ふと見上げるといじめていた集団がこっちを見てニヤニヤしている。周囲からは、他の女子生徒たちの「なんで来たの?」というひそひそ声も聞こえた。少年は目を閉じると鼓を構えてポンと打った。
机の字がすっと消えた。もう一度、タ・ポ・ポンと3回打った。花瓶がびゅんと飛んで行っていじめ集団のそばでぱりんと割れた。ガラスの破片が刺さり、みんなずぶ濡れになった。叫び声があがる。少年は続けてチ・タ・ツ・ポ・チ・ツ・タ・ポと鳴らした。陰口を叩いていた女子生徒たちが「ニャーニャーワンワン」と言いだした。猫や犬の鳴き声しか出せなくなってしまった。少年は最後に一度ポンと鳴らした。クラスの皆が席につき、シーンとかしこまってしまった。少年は、息を一つつくと自分の席についた。ちょうど、チャイムがなって先生が入ってきた。いつになくシンとしている教室に先生もはてな?という顔をしたが、そのまま授業がはじまった。
昼休みになると、少年は購買でパンと牛乳を買い、懐かしの特等席・屋上へ向かった。購買はいつものようにごった返していた。鼓で行列を無くそうか考えたが、思い直してチ・ツと小さく打った。順番を守って割り込まれても怒らずにいると、大好きなツナパンと人気のから揚げパンが残っていた。それを買って少年は屋上で流れる雲を見ながら昼食をすませた。そして、ぼんやりと時間をつぶしていた。午前中、休みのときとかまた、少年のことを悪く言おうとする輩が何人かいたが、その都度椅子が壊れて無様に転げたり、動物の鳴き真似や少年以外の人の悪口にすり替わって別の喧嘩が起こったりして、少年への被害は無かった。鼓のおかげだと少年は嬉しく思った。少年は次の授業まで一眠りすることにした。
うとうとしかけたとき、急に腰のところを思い切り蹴飛ばされた。びっくりして目を開けると、いじめグループに囲まれていた。「散々やってくれたな。生きる価値のないクズのくせに」そう言って、みんなで思い切り少年を踏みつけ蹴り上げた。少年は反撃できずに、蹴られるまま蹴られた。やがて、リーダーが少年が持っていた鼓を見つけて取り上げた。少年が慌てて「返して!」と叫んだが、他の奴らに押さえつけられた。リーダーは鼓を見てニヤリといやらしく笑い、「お前も同じ目に合わせて、屋上から落としてやる。」と言った。そして、鼓を左肩に構え右手で思い切り叩いた。
ペチンと音が鳴った。
それだけだった。
みんながキョトンとしている中、リーダーは首を傾げながらどんどん鼓を叩いた。ペチン・ベチン・ペソンとしか音が鳴らず、周りも何も起こらなかった。「おい、これどうやって鳴らすんだ?」とリーダーが仲間に呼びかけた。仲間は少年から手を離して、リーダーの元に駆け寄り各々順番にペチン、ベチン、ペソンと鳴らしてみた。誰も打ち方を全く知らず、下手だった。リーダーはイライラして「なんで鳴らねえんだよ」といって、鼓を思い切り叩いた。ようやくパンと音が鳴った。
その瞬間、リーダーは周りの仲間達から少年のように殴られ蹴られた。リーダーは何をするんだ?と声をあげたが、仲間たちは慌てている。下手に鼓を打ったせいで、少年でなく自分に被害が及んだんだろう。リーダーはやめろやめろというが止まらない。やがて、リーダーの手から鼓が離れ、ころころと少年の元に転がってきた。少年はそれを取り上げると、右肩に構えて大きくポンと打った。ようやく仲間たちの動きが止まった。みんなが夢が覚めたようにぼーっとしている。少年は集団を睨み「ざまあみろ」と言って、また鼓を構えた。リーダーはくしゃくしゃ泣きながらその場から逃げてった。他のやつらも怖くなってわんわん泣きながら逃げてった。少年は、その場でチ・タ・ツ・ポと鼓を鳴らした。痛みや怪我がどんどんひいていった。
午後の時間、クラス中にいじめグループをやっつけた噂が広まったのだろうか。少年を悪く言う人はいなくなり、鼓を持つと皆が慌てて少年に優しくするようになった。試しにいろんな人に鼓を持たせてみたが、誰も鳴らせる人はいなかった。少年しか鼓を上手に鳴らせる人がいなかった。少年はおそらく初めて、楽しい学校生活を送ることができた。
下校時間になると、少年は鼓をポンポン鳴らしながら帰っていった。夕日が暖かく少年を照らした。少年はぽつりと「おじいちゃん、ありがとう。明日も頑張って学校に行くよ」とつぶやいた。そして、夕日に向かってポンと大きく打った。東の空に一番星がポンと瞬いた。
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