俺とクロのカタストロフィー

munetaka

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36.子供の頃に祖父母の家で親戚が集まったときに、話けてほしくないのに話しかけてくるおばさんの優しさは大人になってから理解する

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 祖父母の家のリビングには、温かな匂いと湯気が満ちていた。祖母がキッチンとリビングを何度も往復して料理を運び、テーブルには次々と北海道の家庭料理が並べられる。

「ほらほら、遠慮せずにたくさんお食べね。みんなお腹空いてるでしょ」

 祖母の穏やかな声にうなずき、俺たちはそれぞれ箸を手に取った。

「いただきます!」

 まず俺が手を伸ばしたのはラワンブキとさつま揚げの煮物だった。地元産のラワンブキは香りが鮮やかで、しっかり煮込まれているにも関わらず歯応えが残っている。甘辛い煮汁がたっぷりと染み込んださつま揚げと一緒に頬張ると、噛むごとに素材の旨味が口いっぱいに広がった。

「うまいな。やっぱりばあちゃんの煮物は最高だよ」

 祖母は嬉しそうに笑い、湊やリンも次々に煮物を口に運び「おいしい!」と感嘆の声を上げた。

 次に箸を伸ばしたのは、北海道ならではの焼き魚――ぬかニシンだ。ぬか漬け特有の芳醇な香りと強い塩味が舌に広がる。脂がほどよくのったニシンの身はふっくらとして、ご飯が進む絶品だった。

「ぬか漬けの魚ってこんなに美味しいんだね」

 隣で舞が感心したように言い、祖父は誇らしげに頷いていた。

 ジャガイモの味噌汁は、ホクホクのじゃがいもが口の中でほろりと崩れ、煮干し出汁と味噌のやさしい塩加減が胃にじんわり染みていく。寒い雪道を走り続けてきた体に、この温かさはまさに染み渡るようだった。

「そしてこれは自家製だよ」

 祖母がそう言って小鉢に盛り付けてくれたイクラのしょうゆ漬けは、一粒一粒が宝石のように輝いていた。箸で慎重につまみ、ご飯にそっとのせて口に運ぶと、ぷちぷちと弾ける食感とともに、濃厚な旨味と甘辛い醤油だれの風味が舌を踊らせる。

 横を見ると、リンと湊も驚きながら夢中でイクラを堪能している。食卓を囲むみんなの表情が緩んでいくのがわかった。

 ふと足元に視線をやると、クロが俺の横でおとなしくドッグフードを食べていた。その様子を見て祖母が目を細める。

「クロちゃんもお腹空いてたのね」

 和やかな空気の中、食事を続けていると、突然クロが食べるのを止めて耳をぴんと立て、玄関に向かって駆け出した。その直後、車が雪を踏むタイヤの音が聞こえてきた。

「誰か来たみたいだな」

 俺が立ち上がりかけた時、玄関がガラリと開き、懐かしい声が聞こえた。

「ただいま! みんな無事だったか?」

 声の主は父・良雄だった。父は長旅の疲れを隠さないまま、安心した表情でリビングに入ってきた。

「父さん、おかえり!」

 俺が父を迎えると、父は俺の肩をぽんと叩いた。

「颯も無事でよかったよ。ところで、こっちの人たちは?」

 父が舞や湊、リンを見回すので、俺は舞の腰に手をまわし軽く体を引き寄せて紹介した。

「この人が舞。同じ会社で働く先輩だったんだけど、一昨日、東京を出る直前に入籍したんだ」

 舞は少し緊張しながら立ち上がり、父に深く頭を下げた。

「初めまして、お義父さん。旧姓は浅野舞です。こんな状況でのご挨拶になってしまいましたが、これからどうぞよろしくお願いします」

 父は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「そうか、それはおめでとう。大変な時だが、うれしい報告を聞けて安心したよ。舞さん、颯をよろしくお願いします」

舞の腰から手を放して、リンの横に行き、父にリンを父に紹介する。

「そして、こっちはリン。俺の親友で、中国出身の留学生」
「ワン・リンです。パパさんよろしくお願いします」
「よくきたね。自分の家だと思って遠慮しないでね」
「ありがとうございます!」

次に湊の紹介をする。
「こちらは、湊。俺と舞の会社の後輩で、今は爽の彼女だよ」
「湊彩菜です。よろしくお願いします」
「おお!爽の彼女か!あいつもこっちに来られたらよかったんだけど、道庁の方が忙しいらしくてな。彩菜さんも自分の家だと思って遠慮しないでね」
「はい、ありがとうございます」
 挨拶がひと段落したところで、祖母が慌てて父の食事を整え始めた。

「父さん、荷物はどうする?」
「ああ、かなり積んできたが、今夜はそのままでいい。明日ゆっくり運ぼう」

 父はそう答えると、車から持ってきた高級そうなブランデーを取り出し、祖父に手渡した。

「途中で買ったんだ。今日はみんなでゆっくり飲もうじゃないか」

 酒を飲み始めてしばらく経つと、また玄関がコンコンとノックされる音が聞こえ、祖母が立ち上がった。

「あら、綾ちゃん!」

 隣家の父の幼馴染、綾子おばさんだった。

「良雄くんが戻ってきたって聞いてね、ちょっとだけ顔を出しに来たよ。これ、さっき作ったタラコと糸こんにゃくの煮物だよ」

 綾子おばさんは笑顔で父に煮物を差し出し、父は嬉しそうに受け取った。

「ありがとう、綾子。遠慮せず上がって一緒に飲もうよ」

 祖父が気軽に促し、綾子おばさんも炬燵の一角に腰を下ろした。

 持ってきてくれた煮物は、タラコの塩気が糸こんにゃくによく染みていて、酒のつまみに最適だった。俺たちはそのまま皆で酒盛りを続けながら、テレビに映る世界中のパニック状態のニュースを眺めた。画面には駅で押し合う人々や、物資を奪い合う映像が流れていたが、この温かな居間にいる俺たちにとって、それらはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。

「世の中は大変なことになってるけど、こうして皆が無事に集まれただけでもありがたいことだな」

 父が静かにそう呟くと、祖父母も深くうなずき、綾子おばさんも酒杯を持ち上げて笑った。

「まったくその通りだね。世の中どうなるか分からないけど、今晩くらいは楽しく過ごそうじゃないか」

 居間に温かな笑いが溢れ、俺は舞の手をそっと握った。

「大変な状況だけど、こうしてみんなで集まれて本当によかった」

「私たちをここに連れてきてくれた颯のおかげだよ」

 窓の外では静かに雪が舞い降りている。隕石の衝突まで残りわずかだが、この瞬間だけは世界の終わりを忘れて、穏やかに過ごしていたい。そんな願いを胸に、俺は静かに杯を傾けた。
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