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プロローグ
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プロローグ
富、名声、力、愛。
この世界の全てを手に入れようとしたリリィ・マクラクラン。
彼女はその犯してきた数々の所業から『悪役令嬢』の名をほしいままにしていた。彼女によって齎された災厄は数知れず、彼女の後ろには人々の嘆きが満ち、彼女に恨みを持つ者は数えきれない。
侯爵令嬢として生まれ持った高い地位と、王子の婚約者となり将来すら約束された権威により、並みいる敵を蹴散らし、弱者を踏みにじり、悪行の数々を尽くしてきた。
そんな絶対無敵かと思われた彼女だったが、あまりにも散々なやりように辟易した婚約者の王子と、悪の権化たる姉と比較され、聖女とすら呼ばれる妹により、その地位から追い落とされることになる。王子は彼女との婚約を破棄し、妹との婚約を新たに発表。国民が新たな婚約に祝福を送る中、彼女は全ての所業の責を取らされ、修道院へと送られることになっていた。
だが、王子と聖女の婚約式が新たに執り行われる中、修道院へと厳重に移送されていた悪役令嬢の身に異変が起きる。
いつの間にか、彼女を乗せた移送用の馬車が正規のルートを外れ、深い森の中へと向かい始めていた。
窓すら閉じられ、罪人のように逃亡を防止するための鉄の枷を足にはめられた彼女にも、突然の馬車の行先変更は察知できた。
(どういうこと?)
馬車の車内には、彼女以外誰もいない。
そのため、何も尋ねることはできない。
馬車は彼女を乗せたまま、森の奥へと分け入っていく。
道が徐々に悪くなり、乗り心地がただでさえ悪い移送用の馬車の中で、彼女は舌を噛まないようにぐっと奥歯を噛み締め口を閉じていた。
(修道院へは行かないのかしら?)
疑問はあれども答えるものもない。彼女に出来るのは、悪路の中でどこかに身体を打ち付けないように必死に耐えることだけだ。
どれくらい悪路を進んだだろうか。
唐突に馬車が止まる。
そして、彼女の乗る馬車の厳重に閉じられていた扉が外から開かれる。
扉を開いた人物は覆面をしており、中の彼女を睥睨して一言だけ告げた。
「降りろ。」
状況は全く理解できなかったが、彼女は大人しく従うことにした。
婚約破棄に、修道院での永久的な軟禁処置。侯爵令嬢としての地位のせいで罪に問うのが難しかった彼女への最大限の刑罰が既に下されたというのに、この期に及んでも彼女は自らの所業に対して反省の気すら起こしてはいなかった。なので、この状況も誰かが自分を助けに来たのではないかと少し期待していたくらいだ。
彼女は自分の罪を理解できるほど何も分かってはいなかった。
ただ、彼女は幼子が何もかもを欲しがるがごとく、自分の欲望のままに生きたに過ぎないのだから。
だが、既に何もかもを許される幼子ではなくなっていることにも気づかぬ悪役令嬢には、相応の罰が下される。本人に自覚がなかったとしてもである。
人里離れた森の奥。
誰も助けには来ない深い森の中。悲鳴を上げたところで誰にも届かない場所。
そんな森の中で馬車から降ろされた悪役令嬢に、覆面の者は冷徹に告げる。
「修道院など生ぬるい。貴様のようなヤツには死がお似合いだ。」
そして、反抗も理解すらも及ばぬまま、悪役令嬢は覆面の者の凶刃に倒れた。
ぐさっ
彼女の腹に、ナイフが突き刺さる。
彼女は鉄の枷に足を取られて、地面に倒れた。
倒れる拍子に、ナイフを腹から抜く覆面の者。
「急所は外しておいた。誰の助けも来ないこの場所で、苦しみ抜いて死ぬがいい。」
くくく、と喉の奥で笑い、覆面の者は立ち去っていく。
地面に倒れ伏して血を流す彼女には、遠ざかっていく足元だけしか見えなかった。
(……あれは、誰?)
覆面をしているせいだけではなく、覆面を取ったところで彼女には分からないだろう。
きっと、あれは彼女が知らないうちに踏みつけていた石ころのうちの一つに過ぎないのだ。計り知れない数の人間から恨みを買った彼女は、修道院での軟禁すら許されず、惨めに一人、誰も来ることのない見知らぬ森の奥で息絶えようとしていた。
彼女の眼前に死が間近に迫る。
傷口は熱を持ち、どくどくと流れていく血を感じる。
意識は少しずつ白み始め、唇を噛んでいないとそのまま気絶してしまいそうだった。
いくら急所が外れたと言っても、この出血量ならすぐに止血でもしなければそう遠くないうちに絶命するだろう。
それぐらいのことは彼女にも簡単に予想できた。
(……このまま終わってたまるものですか!)
死を意識した途端、彼女の心に去来したのは猛烈な怒りであった。
猛烈な怒りは彼女の死にゆく身体に最期の活力を与える。
彼女は自らの腹から流れ出る血を使い、最期の力を振り絞って魔法陣を描き始めた。
(……どうか、神よ、聞き届けたまえ。)
「ごぼっ!」
既に言葉を紡ぐ力はなく、口からは血の塊を吐きだし、咳き込むことしかできない。
咳き込むたびに、傷から出る血流は勢いを増していく。
もう彼女に残された時間はわずかしかなかった。
(……我がマクラクラン家に古来より伝わる秘術でもって、我の願いを聞き届けたまえ!)
魔法陣は完成し、その中で彼女は壮絶に息絶える。
次の瞬間、晴れ渡っていた空に、突如雷鳴が響き渡った。
彼女の最期の願いは、神へと届いたようであった……。
富、名声、力、愛。
この世界の全てを手に入れようとしたリリィ・マクラクラン。
彼女はその犯してきた数々の所業から『悪役令嬢』の名をほしいままにしていた。彼女によって齎された災厄は数知れず、彼女の後ろには人々の嘆きが満ち、彼女に恨みを持つ者は数えきれない。
侯爵令嬢として生まれ持った高い地位と、王子の婚約者となり将来すら約束された権威により、並みいる敵を蹴散らし、弱者を踏みにじり、悪行の数々を尽くしてきた。
そんな絶対無敵かと思われた彼女だったが、あまりにも散々なやりように辟易した婚約者の王子と、悪の権化たる姉と比較され、聖女とすら呼ばれる妹により、その地位から追い落とされることになる。王子は彼女との婚約を破棄し、妹との婚約を新たに発表。国民が新たな婚約に祝福を送る中、彼女は全ての所業の責を取らされ、修道院へと送られることになっていた。
だが、王子と聖女の婚約式が新たに執り行われる中、修道院へと厳重に移送されていた悪役令嬢の身に異変が起きる。
いつの間にか、彼女を乗せた移送用の馬車が正規のルートを外れ、深い森の中へと向かい始めていた。
窓すら閉じられ、罪人のように逃亡を防止するための鉄の枷を足にはめられた彼女にも、突然の馬車の行先変更は察知できた。
(どういうこと?)
馬車の車内には、彼女以外誰もいない。
そのため、何も尋ねることはできない。
馬車は彼女を乗せたまま、森の奥へと分け入っていく。
道が徐々に悪くなり、乗り心地がただでさえ悪い移送用の馬車の中で、彼女は舌を噛まないようにぐっと奥歯を噛み締め口を閉じていた。
(修道院へは行かないのかしら?)
疑問はあれども答えるものもない。彼女に出来るのは、悪路の中でどこかに身体を打ち付けないように必死に耐えることだけだ。
どれくらい悪路を進んだだろうか。
唐突に馬車が止まる。
そして、彼女の乗る馬車の厳重に閉じられていた扉が外から開かれる。
扉を開いた人物は覆面をしており、中の彼女を睥睨して一言だけ告げた。
「降りろ。」
状況は全く理解できなかったが、彼女は大人しく従うことにした。
婚約破棄に、修道院での永久的な軟禁処置。侯爵令嬢としての地位のせいで罪に問うのが難しかった彼女への最大限の刑罰が既に下されたというのに、この期に及んでも彼女は自らの所業に対して反省の気すら起こしてはいなかった。なので、この状況も誰かが自分を助けに来たのではないかと少し期待していたくらいだ。
彼女は自分の罪を理解できるほど何も分かってはいなかった。
ただ、彼女は幼子が何もかもを欲しがるがごとく、自分の欲望のままに生きたに過ぎないのだから。
だが、既に何もかもを許される幼子ではなくなっていることにも気づかぬ悪役令嬢には、相応の罰が下される。本人に自覚がなかったとしてもである。
人里離れた森の奥。
誰も助けには来ない深い森の中。悲鳴を上げたところで誰にも届かない場所。
そんな森の中で馬車から降ろされた悪役令嬢に、覆面の者は冷徹に告げる。
「修道院など生ぬるい。貴様のようなヤツには死がお似合いだ。」
そして、反抗も理解すらも及ばぬまま、悪役令嬢は覆面の者の凶刃に倒れた。
ぐさっ
彼女の腹に、ナイフが突き刺さる。
彼女は鉄の枷に足を取られて、地面に倒れた。
倒れる拍子に、ナイフを腹から抜く覆面の者。
「急所は外しておいた。誰の助けも来ないこの場所で、苦しみ抜いて死ぬがいい。」
くくく、と喉の奥で笑い、覆面の者は立ち去っていく。
地面に倒れ伏して血を流す彼女には、遠ざかっていく足元だけしか見えなかった。
(……あれは、誰?)
覆面をしているせいだけではなく、覆面を取ったところで彼女には分からないだろう。
きっと、あれは彼女が知らないうちに踏みつけていた石ころのうちの一つに過ぎないのだ。計り知れない数の人間から恨みを買った彼女は、修道院での軟禁すら許されず、惨めに一人、誰も来ることのない見知らぬ森の奥で息絶えようとしていた。
彼女の眼前に死が間近に迫る。
傷口は熱を持ち、どくどくと流れていく血を感じる。
意識は少しずつ白み始め、唇を噛んでいないとそのまま気絶してしまいそうだった。
いくら急所が外れたと言っても、この出血量ならすぐに止血でもしなければそう遠くないうちに絶命するだろう。
それぐらいのことは彼女にも簡単に予想できた。
(……このまま終わってたまるものですか!)
死を意識した途端、彼女の心に去来したのは猛烈な怒りであった。
猛烈な怒りは彼女の死にゆく身体に最期の活力を与える。
彼女は自らの腹から流れ出る血を使い、最期の力を振り絞って魔法陣を描き始めた。
(……どうか、神よ、聞き届けたまえ。)
「ごぼっ!」
既に言葉を紡ぐ力はなく、口からは血の塊を吐きだし、咳き込むことしかできない。
咳き込むたびに、傷から出る血流は勢いを増していく。
もう彼女に残された時間はわずかしかなかった。
(……我がマクラクラン家に古来より伝わる秘術でもって、我の願いを聞き届けたまえ!)
魔法陣は完成し、その中で彼女は壮絶に息絶える。
次の瞬間、晴れ渡っていた空に、突如雷鳴が響き渡った。
彼女の最期の願いは、神へと届いたようであった……。
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